医学検査
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原著
下肢静脈瘤によって生じた血流鬱帯の可溶性フィブリンへの影響
保谷 岳彦山下 洋介大野 静香菅野 みずき内野 利菜志水 正史
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2019 年 68 巻 1 号 p. 13-18

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Abstract

可溶性フィブリン(soluble fibrin; SF)は,血栓症及び,血栓化傾向を推測する線溶系分子マーカーとしての有用性が認められている。我々は,深部静脈血栓症(deep vein thrombosis; DVT)のスクリーニングにSFとDダイマーの測定を行い,測定結果をもとに,確定診断のために造影CT検査を追加している。その結果,当院では,SF,Dダイマーが共に高値患者においてDVTの陽性的中率は30%程度であり,その有用性が示唆される一方で,SF,Dダイマーが高値であっても,DVTや動脈血栓,出血などの所見を認めないケースが存在する。そこで,下肢静脈超音波検査にて血栓を認めた場合や,事前検査にて,悪性腫瘍,肺炎,糖尿病などの他の疾患を認めた患者は除外した患者群でSF,Dダイマーが高値であった要因を検証した。今回,下肢静脈瘤に注目しSF,Dダイマーの測定を行った。その結果,明らかな新鮮血栓を認めていない下肢静脈瘤患者において,下肢静脈レーザー治療(EVLA)を予定した患者のうち,大伏在静脈の血管径が8 mm以上に拡大している患者群(拡張群)において,大伏在静脈の血管径が8 mm未満の患者群(非拡張群)よりSFの有意な高値傾向を認めた(p < 0.01)。このことから,血栓の存在がなくても,SFが高値となることがあり,血管径と逆流に関連していることが示唆された。これらより,SFの高値は,血栓の有無だけではなく,静脈血の鬱帯も考慮するべきであると考えた。

I  はじめに

可溶性フィブリン(soluble fibrin; SF)は,近年,血栓形成および,血栓傾向を鋭敏にとらえる凝固系マーカーとして注目されてきた。SFは「活性化されたトロンビンの作用により血液凝固の初期に血液中に出現する可溶性のフィブリン」と定義されており,深部静脈血栓症(deep vein thrombosis; DVT)の診断に対して有効とされている1)。他には,FDP,Dダイマーなどのフィブリン関連マーカーが用いられており,このうち,Dダイマーは二次線溶のみを反映するとされている。

我々は,主に,DVTの診断および,治療効果判定のためにSFを導入した。また,整形外科受診患者のうち,大腿骨頸部骨折との診断を受けた患者において,DVTのスクリーニング検査として,SF,Dダイマーの同時測定を実施してきた。

その結果よりSF 7 μg/mL以上,Dダイマー 1 μg/mL以上の患者のうちDVTが否定できない患者に対して,確定診断のために造影CT検査を施行した。その結果,当院でのDVTの陽性適中率は30%ほどであった。

この要因として,血流の鬱滞に起因してSF,Dダイマーが上昇しているのではないかと考えた。そこで今回,血流の鬱滞を要因とする下肢静脈瘤において,SF,Dダイマーの動向を検証した。

II  対象および方法

1. 対象

2017年4月1日から2017年12月末日までの間に当院で,下肢静脈超音波検査を実施し,大伏在静脈に対し,下肢静脈瘤レーザー治療(ELVA)を予定した計56症例を対象とした。下肢静脈超音波検査にて血栓を認めた場合や,事前検査にて,悪性腫瘍,肺炎,糖尿病などの他の疾患を認めた患者は除外した。

男性:20人(46–83歳:平均68.5歳),女性:36名(31–88歳:平均67.9歳)。

なお,本研究は,一般社団法人巨樹の会 所沢明生病院の倫理委員会の承諾を得ている(第281017-1号)。

2. 方法

1) SF,Dダイマー

検体検査の分析装置にはTBATM-120FR(CANON)を用いた。

SFの測定試薬はLSIメディエンスのイアトロSFを用いた。イアトロSFは,検体中の可溶性フィブリン(SF)と抗ヒト可用性フィブリンマウスモノクローラル抗体感作ラテックス(抗ヒトSFマウスモノクローラル抗体感作ラテックス)が反応し,凝集塊を形成する。この凝集塊を光学的に測定し,可溶性フィブリンを検出する。モノクローラル抗体はIF-43を用いている。

また,Dダイマーの測定試薬は,Sysmex社のリアスオート・Dダイマーネオを用いた。リアスオートDダイマーネオは,抗ヒトDダイマーモノクローラル抗体(マウス)感作ラテックスを用いた凝集反応を原理としている。

2) 超音波検査

下肢静脈エコーでは,GE社LOGIC P6,LOGIC S7の2機種の超音波検査装置を用いて,プローブは3 Hz~12 Hzのリニアプローブを使用した。また,下肢静脈瘤は,立位にて腓腹部のミルキングを実施し,パルスドプラを使用して,大伏在静脈(GSV)における逆流の有無と持続時間と血管径を計測した。ミルキングとは,検査中の患者の大腿部を技師の手によって圧迫し,大腿部より心臓側へ静脈血を還流することとしている。圧迫の加減の目安として,超音波検査にて静脈血の還流を確認できる最低限度とした。

計測は,GSVのうちSFJから末梢までの血管で,もっとも血管径が太い部位を記録した。その結果,血管径が8 mm以上を拡張群,8 mm未満を非拡張群とした。また,0.5秒以上の持続する逆流を逆流あり(弁不全)として扱った2)

その結果,拡張群が31症例(平均年齢69.4歳),非拡張群が25症例(平均年齢68.7歳)となった(Table 1)。

Table 1  各群の詳細
拡張群 非拡張群
症例数 31 25
平均GSV径(mm) 10.2 6.3
SF平均値(μg/mL) 5.2 3.9
Dダイマー平均値(μg/mL) 1.2 1.2
逆流平均値(秒) 3.4 2.9
平均年齢(歳) 69.4 68.7

3) 統計

統計はマイクロソフト社エクセルを用いて行い,t検定にて,p値を算出し,p値が0.05以下を有意差ありとして扱った。また,同様に,各相関も求めた。相関係数(r値)を算出し,±0.9~±1.0:ほぼ完全な相関がある,±0.7~±0.9:強い相関がある,±0.4~±0.7:やや相関あり,±0.2~±0.4:弱い相関あり,0.0~±0.2:ほとんど相関なしとして扱った。

III  結果

1. 下肢静脈瘤における血管の拡張の有無とDダイマー値,SF値との比較

拡張群と非拡張群との間でSF値とDダイマー値を比較したところ,SF値においてのみ2群間に有意差を認め,拡張群で高値であった(SF p = 0.012 DD p = 0.686)。

しかし,Dダイマー値では2群間で明らかな有意差はなかった(Figure 1)。

Figure 1 

拡張群と非拡張群におけるSF値とDダイマー値

また,拡張群と非拡張群との間でSF値,Dダイマー値に関して相関を検証したところ,SF値,Dダイマー値ともに明らかな相関はなかった(拡張群SF r = 0.019 非拡張群SF r = −0.281,拡張群DD r = 0.007 非拡張群DD r = 0.257)。

2. 下肢静脈瘤における逆流の秒数とSF値,Dダイマー値の比較

拡張群と非拡張群の各群において,逆流の秒数と比較したところ,2群間に逆流秒数の明らかな有意差はなかった(p = 0.197)。

また,SF値,Dダイマー値に対して相関を検証したところ,各群ともに相関もなかった(拡張群SF r = −0.150 非拡張群SF r = −0.206,拡張群DD r = −0.150 非拡張群DD r = −0.283)。

3. 下肢静脈瘤におけるSF値,Dダイマー値と年齢の影響の検討

拡張群と非拡張群の各群において,SF値,Dダイマー値と年齢の比較をしたところ,2群間に年齢の明らかな有意差はなかった(p = 0.784)。また,各群間とのDダイマー値の相関は,拡張群のDダイマー値においてのみ相関があり,非拡張群においては相関がなかった(拡張群DD r = 0.505 非拡張群DD r = 0.288)(Figure 2)。

Figure 2 

Dダイマー値と年齢別の検討

また,SF値は,拡張群,非拡張群ともに弱い相関があった(拡張群SF r = 0.373 非拡張群SF r = 0.398)(Figure 3)。

Figure 3 

SF値の年齢別の検討

4. 下肢静脈瘤における血管径と年齢の影響の検討

拡張群と非拡張群の各群における血管径と年齡の相関を検討したところ,各群の間に血管径と年齢に明らかな相関はなかった(拡張群における血管径と年齡r = −0.149,非拡張群における血管径と年齡 r = −0.076)。

5. 下肢静脈瘤における逆流秒数と年齢の影響の検討

血管の拡張および,逆流秒数に対して,年齢の影響を検討するため,拡張群と非拡張群の各群において,年齢と逆流の秒数の相関を検証したところ,非拡張群においては,弱い負の相関があり,拡張群では相関はなかった(拡張群における年齡と逆流秒数r = 0.040,非拡張群における年齡と逆流秒数r = −0.430)(Figure 4)。

Figure 4 

年齢と逆流秒数の比較

IV  考察

DVTの診断にはFDP,Dダイマー,SFなどのフィブリン関連マーカーが用いられている。トロンビンがフィブリノゲンに作用するとフィブリノペプチドA,B(FPA, FPB)が遊離し,フィブリンモノマー(FM)になるが,FMは不安定であり,すぐに重合することでフィブリンモノマー複合体(FMC)を形成し,フィブリノゲン2分子と結合しSFとして血中に存在する。その後,重合を繰り返すことで安定化フィブリンを形成する。プラスミンが安定化フィブリンに作用することで,線溶が生じて,その結果Dダイマーが生成される。血中にSFが存在することは,トロンビンが直接フィブリノゲンに作用した証拠であり,血管内の凝固亢進状態を反映するマーカーとして臨床での活用が期待されている1)

また,SFは血栓症だけでなく,過凝固状態(前血栓状態)の診断にも有用とされており3),今回の検証のようにエコーやCTで明らかに血栓を検出してなくとも,何らかの理由により血栓傾向が高まれば,SFの形成が考えられる。

我々は,その血栓傾向の要因として,下肢静脈瘤によって生じた下腿部への血流の鬱滞が要因である可能性を推測した。下肢静脈瘤は表在静脈の逆流を起因とする疾患であり4),下腿部への血流の鬱滞が生じ,その程度は様々ではあるが,血管の拡張に伴ってその周囲での血流の鬱滞が増大していると考えることができる。そのため,2群間での逆流の程度に相関性は認めないが,血管拡張群において明らかなSFの高値を認めるのではないかと推測した。しかし,各群内においては,血管径に相関性が無いことから,鬱滞の程度に関しては,他の要因も影響していると考えている。

年齢とDダイマー値,SF値の検証では,拡張群のDダイマー値において,相関を認めることができた。Dダイマーにおいて,年齢における影響が出ることは,Schoutenらの報告5)にもあった。SF値においても,拡張群,非拡張群ともに年齢との相関を認める可能性があった。しかし,今回の検証においては,2群間で年齢に有意差がないこと,SF値においては,各群ともに相関の可能性があったことから,今回の結果においてSF値に対して加齢の影響があったとは考えづらい。

次に,年齢と各群間の血管径を検証したが,明らかな相関を認めていないことから,血管径は加齢の影響を受けていないと考えた。

これらから,下肢静脈瘤は,静脈血の逆流を起因とし,弁の逆流の増加やその鬱滞の増加などの様々な要因によって血管が拡張し,SFが上昇すると考え,これには,年齢の影響を受けている可能性は低い。また,今回の検証において,Dダイマーにおいて血管拡張との関連性が認められなかった要因として,Dダイマーが線溶系のマーカーであることから,今回の検証では明らかな血栓を認ないため拡張群と非拡張群において有意差が見られなかったのではないかと推測した。

また,逆流秒数と年齢が非拡張群との間のみで相関傾向を認めた要因として,非拡張群の高齢患者では,血液鬱帯量が少なく,ミルキングによる効果が少なかったのではないかと推測する。加えて,超音波検査時におけるミルキング操作は個人差が大きいことも影響があったのではないかと考えた。

V  結語

今回の検証より血管の拡張に伴った血流の鬱滞によってSFの増加が認められた。このことより,SFの高値は,血栓によるものだけではなく,静脈血の鬱帯も考慮する必要があると考えた。

今後は,今回の検証では,下肢静脈における血管容積の測定が困難であったこと,小伏在静脈との比較検証ができなかったことなど,より追求が必要と考えた。また,さらなるSFの可能性を考え,他の要因によって生じた血流鬱滞に対しても検証を続けていきたい。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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