医学検査
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抗ピロリ抗体検査における偽陰性疑い症例の検討
井上 鈴花湯浅 和久小澤 晃宮本 卓馬丹 美玖北爪 洋介舩津 知彦櫻井 信司
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2023 年 72 巻 1 号 p. 123-127

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Abstract

LIA法の抗ピロリ抗体検査試薬(H.ピロリ-ラテックス「生研」)は,カットオフ値が10.0 U/mLに設定されているが,実際は抗体陰性例中にもピロリ菌現感染症例が少数存在することが報告されている。今回,抗体価陰性高値例と低値例における現感染疑い症例の存在について,同時期に実施された内視鏡所見の再評価により検証した。対象は,過去に除菌歴,胃がんの既往がなく,当院の検査で抗ピロリ抗体陰性(< 10.0 U/mL)と判定され,かつ同時期に施行された内視鏡検査で慢性萎縮性胃炎疑いと診断されていた53例。そのうち,抗体価陰性低値(< 3.0 U/mL)は31例(58%),陰性高値(3.0–9.9/mL)は22例(42%)であった。53例について内視鏡専門医が所見の再評価を行ったところ,ピロリ菌現感染が疑われ,「要精査」と判定された症例が23例存在し,陰性低値群8例(8/31, 25.8%),陰性高値群15例(15/22, 68.2%)と,陰性高値群で有意に高かった。今回の検討で,陰性高値群では陰性低値群に比べ,ピロリ菌現感染を疑う症例が有意に多く存在したが,抗体検査を実施した検診受診者の中には,内視鏡検査を受けない人も少数見られ,これらは抗体陰性の場合,精査されることはない。しかし,今回の結果からは,陰性高値群も精査の対象とし,呼気試験等他のピロリ検査や,内視鏡検査の実施も検討する必要があると考えた。

Translated Abstract

The latex immunoassay using the Helicobacter pylori antibody test reagent “H. pylori-latex Seiken” (Denka Co., Ltd.) has been considered to be sufficiently accurate with a cut-off value of 10 U/mL. However, there have been reports indicating the presence of H. pylori infection among antibody-negative patients. We aimed to re-evaluate H. pylori infection among antibody-negative patients with high (3.0–9.9 U/mL) and low (< 3.0 U/mL) negative antibody levels with results of endoscopies conducted alongside antibody tests. From our hospital, we enrolled 53 patients who were endoscopically diagnosed as having chronic atrophic gastritis from 214 patients negative for H. pylori antibodies and no clinical records of H. pylori eradication treatment or histories of gastric cancer. Of these 53 patients, 31 (58%) had low negative antibody levels and 22 (42%) had high negative antibody levels. Re-evaluation of endoscopic findings revealed that 23 (43.4%) of these 53 patients were possibly currently infected with H. pylori or needed further examination to verify infection. Of these 23 patients, 8 had low negative antibody levels (8/31, 25.8%) and 15 had high negative antibody levels (15/22, 68.2%). We discovered false-negative results of the H. pylori antibody test, with a higher ratio in the patients with high negative antibody levels than in those with low negative antibody levels. If these patients were not examined by endoscopy in addition to antibody tests, the infection might have been missed. From our results, it appears necessary to use additional H. pylori tests such as urea breath tests and/or endoscopy for patients with high negative antibody levels.

I  序文

本邦における胃がん検診は,上部消化管内視鏡検査または胃部X線(バリウム)検査で行われているが,血清検体による,抗ピロリ抗体とペプシノゲン検査を組み合わせて胃がんのリスク評価を行う,いわゆるABC検査を胃がん検診に併用する自治体も見られ,当院でも抗ピロリ抗体,ペプシノゲン検査をオプション項目として実施している。

抗ピロリ抗体検査は,以前,本邦で広く使用されていたEIA(enzyme immunoassay)法では,カットオフ値以下の比較的抗体価が高い陰性高値群(3.0 U/mL以上10.0 U/mL未満)に,少なからず現感染群(現在ピロリ菌に感染している状態)が含まれているとの報告が多数あったことから1),2),2017年にカットオフ値が3.0 U/mLへ引き下げられた3)

当院では,抗ピロリ抗体測定試薬として,LIA(latex immunoassay)法の「H.ピロリ-ラテックス「生研」」(デンカ株式会社)(以下,デンカLIA)を導入しているが,デンカLIAではEIA法と異なり,規定のカットオフ値(10 U/mL)で十分な精度が得られる(感度0.86%,特異度0.95%)4)とされ,このカットオフ値を推奨する報告も多く見られる4),5)。当院でもこのカットオフ値を採用してきたが,抗ピロリ抗体陰性と判定された症例の中に,上部消化管内視鏡検査で,ピロリ菌現感染を疑う症例が複数存在した。

そこで今回,抗ピロリ抗体陰性例(< 10.0 U/mL)における,偽陰性症例の存在を把握するために,抗体検査と同時期に上部消化管内視鏡検査が実施されていた症例を抽出,内視鏡所見を再検討し,抗体陰性症例における精査の必要性について検証を行った。

II  対象と方法

1. 対象

2018年1月-2019年5月までの期間,当院で抗ピロリ抗体を測定した1,446例のうち,問診票で,過去にピロリ菌の除菌歴または胃がんの既往歴がなく,抗体価検査で陰性(< 10 U/mL)と判定され,同時期に上部消化管内視鏡検査が実施されていた214例を抽出した。

2. 抗ピロリ抗体測定

抗ピロリ抗体測定試薬は,デンカLIAを用いた。本試薬の基本性能について,自施設における精密さは,2濃度の管理試料を連続測定して得られた同時再現性のCVが1.3–2.7%(n = 10)であった。また,能書による測定範囲は,測定下限値3.0 U/mL,測定上限値100.0 U/mL,カットオフ値10.0 U/mLである。また今回,カットオフ値の引き下げが推奨されたEIA法の「Eプレート‘栄研’H.ピロリ抗体II」と同様に,測定下限値である3.0 U/mLを境として,< 3.0 U/mLを陰性低値群,3.0–9.9 U/mLを陰性高値群に分類した。

3. 内視鏡所見の再評価

当院所属の日本消化器内視鏡学会専門医1名が,抗ピロリ抗体測定と同時に行われた上部消化管内視鏡検査のうち,慢性萎縮性胃炎と診断されていた症例について,1)木村・竹本分類と2)追加検査(尿素呼気試験,便中H. pylori抗原検査)による精査の必要性について再評価を行った。

追加検査の必要性については,除菌歴の有無,胃炎の京都分類に基づいた評価を行った上,内視鏡上,ピロリ菌未感染胃粘膜所見であるものをA,ピロリ菌現感染胃粘膜所見であるものをCとした。また,除菌歴があり上部消化管内視鏡上も除菌後胃炎を示唆する所見があるものをA',除菌歴が不明だが,ピロリ菌現感染胃粘膜とする所見は無く,高度萎縮のあるものをB,萎縮の逆パターンを認め,自己免疫性胃炎を疑うものをDとした(Table 1)。

Table 1  追加検査の必要性に関する分類
分類 判定基準
A ピロリ菌現感染を疑わない RACあり
A' どちらとも言えないが精査不要 RACを認めないが除菌歴あり
除菌歴不明だが萎縮が軽度で,除菌後胃炎を疑う所見を認める
B どちらとも言えず要精査 除菌歴不明で高度萎縮があり,RACを認めず,現感染を疑う所見がない
C ピロリ菌現感染が疑われる RACを認めず,現感染を疑う所見がある
D 自己免疫性胃炎 萎縮の逆パターンを明らかに認める

さらに1)と2)の再評価結果について,抗ピロリ抗体陰性低値群(< 3 U/mL)と陰性高値群(3.0–9.9 U/mL)で,比較を行った。

4. 胃生検の病理組織診断

抗ピロリ抗体検査と同時期に施行された上部消化管内視鏡検査で,胃生検が実施された症例が8例あったため,組織学的にピロリ菌感染を疑う所見の有無について,当院病理診断科の専門医1名が再判定を行った。

5. 統計学的処理

抗ピロリ抗体陰性低値群と陰性高値群における1)木村・竹本分類と2)追加検査による精査の必要性について,ウィルコクソンの順位和検定による有意差の検定を行った。

III  倫理的配慮

本研究は,JCHO群馬中央病院倫理委員会(倫理委員会承認番号2019-033)の承認を得て実施した。

IV  結果

1. 評価対象の抽出結果

抗ピロリ抗体陰性(< 10 U/mL)で,かつ同時期の上部消化管内視鏡検査で慢性萎縮性胃炎の診断がついていた症例は,男性32例,女性21例の計53例(平均年齢62.4 ± 12.4歳)だった。そのうち,陰性低値(< 3.0 U/mL)は31例,陰性高値(3.0–9.9 U/mL)は22例であった。

2. 木村・竹本分類の再評価とその比較

木村・竹本分類の再評価の結果は,(陰性低値,陰性高値)各々,C-0(16例,2例),C-1(7例,1例),C-2(2例,7例),C-3(1例,4例),O-1(3例,6例),O-2(1例,2例),O-3(1例,0例)で(Table 2),陰性低値群と陰性高値群では粘膜萎縮の程度に有意な差がみられた(Figure 1)。

Table 2  木村・竹本分類の再評価結果
抗体価
陰性低値
< 3.0 U/mL
陰性高値
3.0–9.9 U/mL
C-0 16 2
C-1 7 1
C-2 2 7
C-3 1 4
O-1 3 6
O-2 1 2
O-3 1 0
31 22
Figure 1 木村・竹本分類の再評価結果比較

胃粘膜萎縮の進んだ例が,陰性低値群よりも陰性高値群に有意に多く存在していた。

3. 追加検査による精査の必要性についての再評価とその比較

それぞれ陰性低値群,高値群で,A:ピロリ菌未感染(12例,2例),A':どちらとも言えないが精査不要(11例,5例),B:どちらとも言えず要精査(8例,13例),C:ピロリ菌現感染を疑う(0例,2例),D:自己免疫性胃炎等他の疾患を疑う(0例,0例)と判定された(Table 3)。抗体陰性例中にも,内視鏡所見的にピロリ菌現感染を疑う症例が存在し,陰性低値群と高値群の結果には有意差がみられた(Figure 2)。

Table 3  追加検査の必要性に関する分類の評価結果
抗体価
陰性低値
< 3.0 U/mL
陰性高値
3.0–9.9 U/mL
A 12 2
A' 11 5
B 8 13
C 0 2
D 0 0
31 22
Figure 2 追加検査による精査の必要性に関する分類の評価結果

要精査とされる症例が,陰性低値群よりも陰性高値群で有意に多く存在した。

4. 胃生検の病理組織診断

胃生検を実施していた8例の内訳は,陰性低値群6例,陰性高値群2例であった。再評価の結果,低値群の6例では,組織学的にピロリ菌感染を疑う所見はなかった。一方,陰性高値群の2例では,胃粘膜の萎縮性過形成性変化が目立ち,ピロリ菌感染を疑う所見を認め,そのうちの1例は,HE染色にて明らかなピロリ菌感染が確認された(Figure 3)。

Figure 3 胃生検のHE染色

H. pylori感染が確認された。

V  考察

抗ピロリ抗体価は高齢,菌量低下,胃粘膜の萎縮化生,迅速ウレアーゼ試験陰性症例などでは低下する傾向があり,加齢と共にカットオフ値未満の現感染例,すなわち偽陰性症例が増加する,とする報告もある2)。実際に今回の検討でも,カットオフ値10 U/mL未満の抗ピロリ抗体陰性者において,内視鏡画像所見的に胃粘膜萎縮の進んだピロリ菌現感染を疑う症例が見られ,特に陰性低値群より,陰性高値群で有意に多く存在することが明らかとなった。

LIA法による抗ピロリ抗体陰性者の前向き観察研究では,5年間の累積胃がん発症率は0%との報告6)もあり,抗体陰性例(< 10.0 U/mL)の胃がん発生リスクは極めて低いとされている。しかし,この報告はあくまで5年間の観察研究であり,長期的な発がんリスクについて評価したわけではない。また,がん化には至らなくとも,今回の検討で見られたように,偽陰性により胃炎,胃粘膜の萎縮が進行している症例は存在しているものと考える。そのような症例では,胃潰瘍や消化不良等を合併する可能性があるが,胃部X線(バリウム)検査や抗ピロリ抗体検査のみでは,胃炎,胃粘膜萎縮を詳細に把握することは困難である。

当院の健診センターは,対策型検診よりも職域健診,人間ドックによる受診者が多く,内視鏡検査は受けずに,胃部X線(バリウム)検査や侵襲性の低い抗ピロリ抗体検査のみを希望する健診受診者も一定数存在する。今回の検討を踏まえると,そのような受診者のうち,抗体価陰性高値となった受診者の一部には,がんや萎縮性胃炎が見過ごされる可能性がある。がんによる死亡率の低下を目的として自治体が実施する対策型のがん検診と,健康診断として実施されている職域健診,人間ドックの中の任意型がん検診では,その目的は必ずしも一致しない7)~9)。後者では,個々の受診者における胃潰瘍や胃炎の有無,将来のがんのリスクを把握することが健康診断の目的としては重要と考える。

今回の結果を踏まえ,がんの発見だけではなく,慢性胃炎や胃粘膜萎縮の進行によるQuality of Lifeの低下も考慮した上で,ピロリ菌現感染の見落としを極力減らすため,陰性高値群(3.0–9.9 U/mL)については外来へ受診勧奨し,他のピロリ菌検査(尿素呼気試験,便中H. pylori抗原検査)や上部消化管内視鏡検査による精査を行う必要があると考えた。そこで,臨床検査部より健診センター医師,消化器内科医師を含む院内の委員会へレポートの改正を提案した結果,当院健診センターにおいては,今までカットオフ値10 U/mLで一律に陰性としていた抗体価について,陰性高値群(3.0–9.9 U/mL)については「弱陽性」とし,除菌歴や胃癌の既往がなく,上部消化管内視鏡検査を実施していない場合には,外来での精査を勧めるコメントを結果報告に付記することとした。

上記運用を開始した2021年4月から2021年12月の間に,当院健診センターにおいて424例の抗ピロリ抗体が測定され(過去にピロリ菌の除菌歴,胃がんの既往歴がある例を除く),「弱陽性」の判定は82例(19.3%)であった。そのうち,同時に上部消化管内視鏡検査を実施していなかったのは44例(10.4%)で,これらの受診者には外来への受診勧奨を行ったが,追加検査による精査が行われたのは5例のみであった。この5例の追加検査では,尿素呼気試験3例は全て陰性,上部消化管内視鏡検査2例は全てC-0の判定で,ピロリ菌感染を示唆する症例は見られなかった。

「弱陽性」判定の有用性については引き続き調査を続ける必要があるが,「弱陽性」と判定された健診者の外来受診率を上げることも,新たな課題として見えてきた。

VI  結語

デンカLIAでは,既存のカットオフ値10 U/mLで十分な精度が得られるとされている。しかし,今回の検討から,陰性高値群の中には,ピロリ菌現感染を疑う胃粘膜萎縮を有する症例が,少なからず含まれていることが分かった。その為,一次予防,二次予防を目的とする健診領域においては,抗体価陰性高値群に対しても,外来での精査を勧奨する意義はあると考えた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2023 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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