医学検査
Online ISSN : 2188-5346
Print ISSN : 0915-8669
ISSN-L : 0915-8669
原著
頸動脈内膜剥離術における術中モニタリング波形と頭部MRA所見の関係
橋本 光弘近藤 規明井澤 和美柴田 一泰高須 俊太郎
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 72 巻 1 号 p. 55-60

詳細
Abstract

頸動脈内膜剥離術(CEA)中の頸動脈血流遮断時には脳虚血による合併症を生じるリスクが避けられない。術側の内頸動脈血流遮断時の脳虚血の程度は,非術側の血管系からの血流供給の程度に依存すると考えられている。本研究では,頭部磁気共鳴血管撮影(MRA)で描出されるWillis動脈輪前方の画像所見と術中モニタリングとして実施された体性感覚誘発電位(SEP)および運動誘発電位(MEP)の波形との関連について検討した。対象は,CEAの際にSEPおよびMEP術中モニタリングを行った患者205例とした。対象者をMRAでの前大脳動脈起始部(A1)と前交通動脈(A-com)の描出パターンで分類し,術中での内頸動脈血流遮断後のSEPあるいはMEPモニタリング波形の振幅が,遮断前と比較して50%以上低下した症例の割合を群間比較した。モニタリング波形の振幅が低下した症例の割合は,MRA上で両側のA1が描出された群で6.1%,非術側のA1だけが描出不良の群では21.1%,術側のA1だけが描出された群で50.0%,両側のA1は描出されるがA-comが描出不良の群で100%であった。Willis動脈輪前方における非術側から術側への血流供給の有無が,内頸動脈血流遮断時の脳虚血の要因の一つであると考えられた。非術側のA1あるいはA-comの低形成や欠損が存在すると,内頸動脈血流遮断による術側大脳半球の脳虚血が生じるリスクが高くなることが示唆された。

Translated Abstract

One of the complications of carotid endarterectomy (CEA) is cerebral ischemia caused by the clumping of the internal carotid artery. The incidence of cerebral ischemia depends more on the blood supply from other arteries than on the operated internal carotid artery. We investigated the relationship between the structure of the Willis artery circle on magnetic resonance angiography (MRA) images and the attenuation of the amplitudes of somatosensory (SEP)- and motor (MEP)-evoked potentials during the clumping of the internal carotid artery. The subjects were 205 patients who underwent SEP and MEP intraoperative monitoring during CEA. They were classified into four groups according to the MRA pattern of the anterior part of the Willis artery circle, i.e., the cerebral artery origin (A1) and the anterior communicating artery (A-com). During the clumping of the internal carotid artery, the SEP and MEP amplitudes decreased by 50% or more,in comparison with those before clumping. The incidence of SEP/MEP reduction of more than 50% was 6.1% in the group with bilateral A1 and A-com on MRA, 21.1% in the group with no A1 on the operated side, 50.0% in the group with no A1 on the non-operated side, and 100% in the group with no A-com. The presence or absence of blood supply from the non-operated to the operated side was one of the factors related to cerebral ischemia during the clumping of the internal carotid artery. The absence of A1 or A-com on MRA on the non-operated side indicates a high risk of cerebral ischemia during the clumping of the internal carotid artery in CEA.

I  はじめに

頸動脈内膜剥離術(carotid endarterectomy; CEA)は頸部内頸動脈狭窄症に対する脳神経外科領域の外科的治療の1つである1),2)。CEAは術中に術側の内頸動脈の血流を一時的に遮断する必要があり,周術期に発生する血行力学的脳梗塞症の原因となる1),3),4)。内頸動脈血流遮断時の脳虚血の程度は,非術側の血管系からの血流供給の程度に依存し,特に前交通動脈(anterior communicating artery; A-com)を介する対側からの血流の有無が脳虚血発生に関係があると考えられている3),5)。A-comおよび前大脳動脈起始部(A1)によって形成されるWillis動脈輪前方の血管分岐と血流には正常バリエーションが存在し,A-comやA1,あるいはそれらの一部が欠損する場合もある5),6)

一方,頭頸部,脊髄,大血管などの手術では,虚血を含めた術中および術後の合併症を防ぐために神経生理学的な術中モニタリングが行われている7)~9)。所属施設では,CEAの術中モニタリングとして体性感覚誘発電位(somatosensory evoked potential; SEP)および運動誘発電位(motor evoked potential; MEP)を行っている。術中モニタリングとしてのSEPおよびMEP波形の振幅は脳虚血を反映するとされていることから1),3),4),7),10),Willis動脈輪前方の血流供給と術中モニタリング波形の変化には関連性があると推測される。本研究では,Willis動脈輪前方の血管分岐パターンについて頭部磁気共鳴血管撮影(magnetic resonance angiography; MRA)を用いて分類し,術中モニタリング波形の変化との関連を検討した。

II  対象と方法

1. 対象

所属施設において2003年6月から2022年3月までの期間に行ったCEAのうち,内頸動脈遮断前および遮断後の経時的な術中モニタリングが可能であった205例を対象とした。平均年齢は71.8 ± 7.12歳(年齢範囲:51~85歳),男性178例,女性27例であった。

2. 術中モニタリング

術中モニタリングとして上肢SEPおよび上下肢導出のMEPの測定を行った。SEPは全対象例に,MEPは2016年2月以降の対象80例に実施した。使用機器はMEB-5508(ニューロパックΣ,日本光電),MEB-2306(ニューロパックX1,日本光電),SEN-4100(日本光電)を用いた。

上肢SEPは手術対側の手関節部での正中神経刺激により導出した。導出電極(−)はCz(国際10–20法)から後方2 cmの位置より手術同側半球側へ7 cm外側の頭皮上に(体性感覚野における手の領域),基準電極(+)はFz(国際10–20法)に,針電極を設置した。記録条件は,低域遮断フィルタ20 Hz,高域遮断フィルタ3 kHzに設定した。刺激電極は手関節部の正中神経の走行に沿ってシール電極を設置し,中枢側を陰極,末梢側を陽極とした。刺激条件は持続時間0.2 msecの矩形波を用い,刺激頻度5 Hz,加算100回で,N20の振幅が最大になる刺激強度に設定し,N20の振幅を計測した。N20の振幅はN20成分立ち上がりから頂点までの電位を振幅とした。

MEPは経頭蓋運動野刺激にて導出した。導出電極(−)は左右の短母指外転筋もしくは小指外転筋,左右の母趾外転筋の筋腹に,基準電極(+)はそれぞれの筋の腱側に針電極を設置した。記録条件は,低域遮断フィルタ50 Hz,高域遮断フィルタ1.5 kHzに設定した。刺激電極はCzから前方2 cmよりそれぞれ左右5 cm外側の頭皮上にコークスクリュー電極を設置し,刺激側を陽極,対側を陰極とした。電気刺激は,定電圧刺激をmonophasicモードで行った。刺激条件は持続時間0.05 msecの矩形波を用い,ISIは2.0 ms,trainは5–8回で,閾値上刺激(MEP波形が30–50 μV以上の振幅が得られる刺激強度の20%程度強い強度)の刺激強度に設定し,MEPの振幅を計測した。MEPの振幅は最大陽性成分と最小陰性成分の振幅差とした。

内頸動脈血流遮断直前でのSEPとMEPをコントロールとし,内頸動脈血流遮断後,経時的に術中モニタリング波形の振幅を計測した。

3. Willis動脈輪前方の血管分岐パターンの評価と分類

術前に施行した頭部MRAにおいてA1とA-comの描出の有無により4群に分類した(Figure 1):Group A;両側のA1およびA-comが描出されるもの,Group B;手術側のA1が描出不良で,対側のA1が描出されるもの,Group C;手術側のA1が描出され,対側のA1が描出不良のもの,Group D;両側のA1は描出されるがA-comが描出不良のもの,とした。内訳はGroup A(163例),Group B(19例),Group C(20例)およびGroup D(3例)であった。

Figure 1 Willis動脈輪前方の血管分岐のパターン分類と各グループでの代表症例のMRA

手術側を基準にしてグループ分けをした。

Group A:両側のA1およびA-comが描出されるもの;Group B:手術側のA1が描出不良で,対側のA1が描出されるもの;Group C:手術側のA1が描出され対側のA1が描出不良のもの;Group D:両側のA1は描出されるがA-comが描出不良のもの

4. 統計的比較

内頸動脈血流遮断後の経時的モニタリング中に,コントロール波形と比較し,SEPまたはMEPモニタリング波形のいずれかで50%以上の振幅低下を示した症例を陽性と判定した。陽性割合を血管分岐パターンによる4群間でFisherの確率検定により比較した。有意水準はp < 0.05とした。

III  結果

内頸動脈血流遮断後,術中モニタリング波形変化を陽性と判定した件数と割合はGroup Aが163例中10例で6.1%,Group Bが19例中4例で21.1%,Group Cが20例中10例で50.0%,Group Dが3例中3例で100%であった(Table 1)。Group Aとその他のグループを比較した統計学的解析結果から,Group CとGroup Dは術中モニタリング波形の陽性率に有意差を認めた(Table 1)。またGroup Bは陽性率に差はあったものの,統計学的有意差はなかった。

Table 1  術中モニタリング波形変化の陽性率と血管分岐パターンとの関係
Group A Group B Group C Group D
症例数 163 19 20 3
陽性数/症例数 SEPのみで判定 8/95 3/13 8/17 0/0
*SEPとMEPで判定 2/68 1/6 2/3 3/3
全体の陽性率(%) 6.1 21.1 **50.0 **100

陽性:内頸動脈血流遮断前のコントロール波形と比較し同動脈血流遮断後にSEPあるいはMEP波形の振幅が50%以上低下を示した症例

* 2016年2月以降は判定にSEPとMEPを併用し,どちらか一方の振幅低下を陽性とした

** Group Aと比較し,有意な差を認めたもの(Fisherの正確確率,p < 0.05)

IV  代表症例

1. Group A

72歳男性,右CEA。

術前に行った頭部MRAにて両側のA1およびA-comが描出された(Figure 1)。内頸動脈血流遮断中にモニタリング波形の陽性変化を認めなかった(Figure 2)。血流遮断中,SEP,MEPともに陽性変化がなかったため,内シャントは使用しなかった。

Figure 2 各グループにおける術中モニタリング波形の記録例

Group AおよびBの症例は術中を通して術中モニタリング波形の振幅に変化は認めなかった。

Group CおよびDの症例では,血流遮断後に術中モニタリング波形の振幅の低下を認めた(*)。

2. Group B

74歳女性,右CEA。

術前に行った頭部MRAにて手術同側のA1が描出不良であった(Figure 1)。内頸動脈血流遮断中にモニタリング波形の陽性変化を認めなかった(Figure 2)。血流遮断中,SEP,MEPともに陽性変化がなかったため,内シャントは使用しなかった。

3. Group C

63歳男性,右CEA。

術前に行った頭部MRAにて手術対側のA1が描出不良であった(Figure 1)。内頸動脈血流遮断後2分で左上肢MEPに陽性変化を認めたため(Figure 2),術者へ警告し,直ちに内シャントを挿入した。

4. Group D

74歳男性,左CEA。

術前に行った頭部MRAにてA-comが描出不良であった(Figure 1)。内頸動脈血流遮断後10分で右下肢MEPに陽性変化を認めたため(Figure 2),術者へ警告し,直ちに内シャントを挿入した。

V  考察

CEAにおいてSEPおよびMEPの変化は術中の脳虚血を検知するために用いられており,内頸動脈血流遮断時の脳虚血の発生と関わりがあるとされている1),3),4),7),10)。内頸動脈血流遮断時の脳虚血の程度は,血管分岐の状態に依存し,A-comを介する対側からの血流の有無が脳虚血と関わりがあると考えられているが3),5),Willis動脈輪を形成する血管分岐パターンにはいくつかのバリエーションがあり,血管の一部が欠損する場合もある5),6)。今回の検討ではWillis動脈輪前方を形成する血管分岐の違いで,術中内頸動脈血流遮断時におけるSEPおよびMEPモニタリング波形の振幅低下出現率に有意差を認めた血管分岐のバリエーションのうち,Group Cでは半数にGroup Dでは全例に振幅の低下を認め,脳虚血が生じたと判断された。Willis動脈輪前方を形成する血管分岐パターンは,CEAにおける術中内頸動脈血流遮断時の脳虚血の要因の一つであり,手術対側のA1あるいはA-comの低形成および欠損があると,脳虚血が生じやすくなると考えられた。

Group Dの症例数は少なかったもののSEPおよびMEP振幅の低下を全例で認めた。MRA上でのA-com描出については判断が難しい例があることは指摘されているが11),A-comの欠損や低形成が疑われる場合には,内頸動脈血流遮断時の脳虚血が生じやすい血管分岐パターンとして注意を要する。

A1の描出不良例で,術中モニタリング波形変化が起こらなかった要因として,MRAで血流の同定が困難であっても実際の血流が存在する可能性があることや11),後交通動脈(P-com)などA-com以外の血管から血流が補われている可能性は考えられた。本報告のGroup CにはP-comからの血流により脳虚血から免れたと考えらえた症例が認められた。

Group BはGroup Aと比較して,統計学的有意差はないものの術中モニタリング波形の振幅低下出現率に差を認めたが,Group CやGroup Dよりも低率であった。内頸動脈血流遮断時の脳内血流動態はWillis動脈輪を構成する血管によるものだけではなく,軟髄膜吻合(leptomeningeal anastomosis)が皮質の血流の保持に関与していると考えられている3)。Group CやGroup Dで対側のA1やA-comが欠損もしくは低形成がある場合,対側から手術側の前大脳動脈末梢(A2)へ血流が補われないため,A2を介したleptomeningeal anastomosisが期待できず,手術側の大脳半球が虚血状態に陥る可能性が高いと考えられた。一方Group Bの場合,手術側のA1からの血行がなくても,対側からA-comを介して手術側のA2への血行は保たれ,手術側のA2からのleptomeningeal anastomosisにより,中大脈領域への血流が補われ,脳虚血が生じにくかったと考えられた。

Group Aで虚血が生じる割合は低かったが,10例(6.1%)でMEPあるいはSEPの振幅低下を認めた。A1やA-comが描出され血行が保たれていても,対側の内頸動脈の狭窄などが影響していた可能性が考えられた。また,MRAではA-comの描出の有無の判断がつきにくいため,実際はA-comが存在していなかった可能性も考えられた。術前の頭部MRAでGroup Aと評価されても,術中の内頸動脈血流遮断時に脳虚血が生じる可能性は一定の割合で存在することを想定して術中モニタリングに臨むことは必要である。

術中モニタリングを実施する検査技師によるSEPやMEPの波形観察において,振幅の低下を認めた際の術者への迅速な注意喚起は,手術による合併症を予防するための重要な情報となる。術中での内頸動脈血流遮断時の脳虚血には内頸動脈血流遮断部を迂回する内シャントを挿入して対応がなされるが,内シャントによる合併症(塞栓性脳梗塞や血管解離など)のリスクもあるため,本報告実施施設では術中のSEPおよびMEPモニタリング波形に振幅の低下を認めた時のみ内シャントを行っている。このため,術中モニタリングは内シャント適用決定の重要な指標となっている。本報告対象者の内シャントを適用した症例で,術後麻痺が残存した例は現在のところ認めていない。

術中でのSEPおよびMEPモニタリング波形は術中の脳虚血以外にも,麻酔薬,fade現象,筋虚血,体温低下,アーチファクトの混入あるいはテクニカルエラーなど,様々な要因で変化する可能性がある8),12)。術中SEPあるいはMEPモニタリングを実施する技師にとっては波形変化の判断が困難となる場合もある。術前に頭部MRAでA1やA-comなどの血管の分岐や血流状態を把握しておくことは,内頸動脈血流遮断時の脳虚血の可能性をある程度予測することを可能とし,波形変化の観察と術者への迅速な報告の一助となると考える。

VI  結語

臨床検査技師が術前に頭部MRAでWillis動脈輪前方の血流所見を把握し,内頸動脈血流遮断による脳血流低下の可能性を考慮して術中モニタリングに臨むことは重要である。

本論文の要旨は,第70回医学検査学会(Web,2021年)で発表した。

倫理委員会 審査番号1546

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2023 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
feedback
Top