医学検査
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症例報告
濾胞性リンパ腫治療中に骨髄像の鏡検を手がかりに治療関連APLと診断した1例
小川 有里子西尾 美津留石井 寿弥宮木 祐輝上田 格弘村瀬 篤史綿本 浩一
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2023 年 72 巻 4 号 p. 636-642

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Abstract

典型的な急性前骨髄球性白血病(acute promyelocytic leukemia; APL)は,t(15;17)(q24.1:q21.2)の染色体転座によって,PML::RARA融合遺伝子が形成される。しかし,稀にRARA遺伝子の微細領域がPML遺伝子に挿入されることにより,PML::RARA融合遺伝子は形成されるが,t(15;17)(q24.1:q21.2)が検出されないcryptic t(15;17)(q24.1:q21.2)(以下,cryptic APL)が存在する。今回,濾胞性リンパ腫治療中に実施した骨髄検査で,骨髄像の鏡検を手がかりに,治療関連cryptic APLと診断した症例を経験したので報告する。患者は60歳代,女性。濾胞性リンパ腫の治療中に白血球減少を認め,骨髄穿刺を施行した。骨髄検査では病理組織診断や染色体の異常は確認されなかった。骨髄像のわずかなfaggot細胞から,APLを疑い,担当医師へ報告したことで,遺伝子検査が追加され,PML::RARA融合遺伝子を検出できた。血液検査担当技師として骨髄像を確認する際には,治療関連骨髄性腫瘍を念頭に置き,ごくわずかな異常細胞を見逃さないことが早期診断,治療に重要であると再認識した。

Translated Abstract

In typical acute promyelocytic leukemia (APL), the fusion gene PML::RARA is formed by a chromosomal translocation of t(15;17)(q24.1:q21.2). However, in rare cases, cryptic t(15;17)(q24.1:q21.2) exists when a fine region of RARA is inserted into PML, forming the fusion gene PML::RARA, but no t(15;17)(q24.1:q21.2) is detected. We report a case of therapy-related cryptic APL diagnosed on the basis of a bone marrow specimen obtained during treatment for follicular lymphoma. The patient was a female in her 60s. During the treatment of follicular lymphoma, leukopenia was observed and bone marrow puncture was performed. Bone marrow examination did not reveal any histopathological or chromosomal abnormalities. On the basis of a small number of faggot cells in the bone marrow image, the hematology technologist suspected APL and reported this to the physician in charge, who asked for additional genetic tests, which revealed the fusion gene PML::RARA. When checking bone marrow images, it is important that hematology technologists keep therapy-related myeloid neoplasms in mind and do not miss even a few abnormal cells when checking bone marrow images for an early diagnosis and treatment. I reaffirmed this importance in this study.

I  はじめに

治療関連急性前骨髄球性白血病(therapy-related acute promyelocytic leukemia; t-APL)はAPLの15%を占める1)。APLの92%は,t(15;17)(q24.1:q21.2)の染色体転座によって,PML::RARA融合遺伝子が形成される。しかし,APLの6%はPML::RARA融合遺伝子は形成されるが,t(15;17)(q24.1:q21.2)が検出されない場合がある。これは15番,17番染色体を含む複雑な染色体転座や,RARA遺伝子の微細領域がPML遺伝子に挿入されることによるものであり,後者の場合は,cryptic t(15;17)(q24.1:q21.2)またはmasked t(15;17)(q24.1:q21.2)(以下,cryptic APL)と呼ばれる2),3)。染色体異常が検出される症例と,染色体異常が検出されず,PML::RARA融合遺伝子のみが検出されるAPLでは形態学的な違いは認められない2)。筆者の調べでは,非Hodgkinリンパ腫から,cryptic t-APLを発症した症例報告は1症例4)と少ない。今回,濾胞性リンパ腫治療中の骨髄検査で,骨髄像の鏡検を手がかりに,cryptic t-APLと診断した症例を経験したので報告する。

II  症例

患者:60歳代,女性。

主訴:なし。

既往歴:虫垂炎

現病歴:虫垂炎診断時のCT検査で腹腔内から鼠径部にかけて多数のリンパ節腫大を認めた。鼠径部リンパ節生検を施行し,病理組織学的に濾胞性リンパ腫Grade 1と診断された。骨髄検査で骨髄浸潤が確認され,臨床病期IV期と診断された。濾胞性リンパ腫Grade 1に関しては20XX − 3年9月時点ではGroupe d’Etude des Lymphoms Folliculaires基準(GELF基準)は満たさず,低腫瘍量と定義されたため,治療はすぐには実施されなかった5)。20XX − 2年8月に高腫瘍量と判断されたため,治療が開始された。リツキシマブ,ベンダムスチン併用療法2コース後に部分奏功が確認された。併用療法4コースを経て,リツキシマブ維持療法12コース目に白血球減少を認め,20XX年11月24日に骨髄穿刺を施行した。

末梢血検査所見(Table 1):白血球数2.7 × 109/Lと低下を認めたが,明らかな播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation; DIC)を示唆するデータ異常は認められなかった。

Table 1 末梢血検査データ

WBC 2.7 × 109/L TP 6.3 g/dL PT 14.5 sec
 Blast 0.0% Alb 4.0 g/dL PT % 84.7%
 Pro 0.0% A/G 1.7 PT INR 1.11
 Myelo 0.0% T-Bil 0.7 mg/dL APTT 26.9 sec
 Meta 3.0% AST 15.5 U/L FIBLI 345 mg/dL
 Stab 6.0% ALT 14.5 U/L FDP < 5.0 μg/mL
 Seg 38.0% ALP (JSCC) 329.8 U/L
 Eo 0.0% LD (JSCC) 200.2 U/L
 Baso 0.0% γ-GTP 24.9 U/L
 Mono 10.0% UN 15 mg/dL
 Lymph 43.0% Cr 0.72 mg/dL
RBC 5.29 × 1012/L UA 4.7 mg/dL
Hb 17.3 g/dL Na 140.5 mEq/L
Ht 49.9% K 3.8 mEq/L
MCV 94.3 fL Cl 107.5 mEq/L
MCH 32.7 pg Ca 9.2 mg/dL
MCHC 34.7 g/dL CRP 0.45 mg/dL
PLT 196 × 109/L

骨髄検査所見:全有核細胞数3.43 × 104/μL,骨髄は正形成。芽球6.0%,M/E比は0.7と赤芽球系細胞が有意に認められた(Table 2)。芽球領域の細胞表面マーカーはCD34,HLA-DRが陽性であり(Figure 1),G分染法では染色体異常は認められなかったが(Figure 2A),骨髄像でfaggot細胞と思われる形態所見を認めたため(Figure 3A, B),APLが疑われた。faggot細胞は圧挫伸展標本1枚と薄層塗抹標本3枚を全視野鏡検しても2カ所しか認められなかった。芽球は6.0%と増加していたが,正常芽球に近い形態をしており,APLに特徴的なアズール顆粒が豊富な前骨髄球や切れ込みの深い2分葉核を示す細胞は目立たなかった(Figure 3C)。担当医師に報告したところ,急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia; AML)の診断を目的に20XX年12月3日に再び骨髄穿刺が施行された。骨髄像からAPLを疑い,リアルタイムPCR法でPML::RARA融合遺伝子5.2 × 104コピー/μgRNAを検出した(Table 3)。12月3日はmyeloperoxidase染色も実施したが,標本上の異常細胞が少数であったため,染色性が強陽性の細胞があまり目立たず,判定困難であった。またG分染法でも染色体異常は認められなかった(Figure 2B)。

Table 2 骨髄像データ

NCC 3.43 × 104/μL
巨核球数 25/μL
M/E 0.7
 Blast 6.0%
 Promyelo 0.2%
 Myelocyte 15.6%
 Metamyelo 3.0%
 Band 2.4%
 Segment 9.6%
 Baso 0.6%
 Proerythro 0.2%
 Baso erythro 1.4%
 Poly erythro 29.6%
 Ortho erythro 15.8%
 Mono 2.4%
 Lymphocyte 12.6%
 Plasma 0.4%
 Mast cell 0.2%
Figure 1 11月24日の細胞表面マーカー

芽球領域の細胞表面マーカー

左:CD34 75.4%,HLA-DR 29.7%,右:CD13 76.0%

CD33は悪性リンパ腫解析目的のため測定項目に含まれず。

Figure 2 G分染法

A:20XX年11月24日,B:20XX年12月3日,C:20XX + 1年2月2日

いずれも染色体異常は認めず。

Figure 3 11月24日の骨髄像(メイ・グリュンワルド・ギムザ二重染色)

A,B(×1,000):faggot 細胞と思われる形態所見がみられた。圧挫伸展標本1枚と薄層塗抹標本3枚を全視野鏡検しても2カ所にしか認められなかった。

C(×400):APLに特徴的なアズール顆粒が豊富な前骨髄球や切れ込みの深い2分葉核を示す細胞は目立たなかった。

Table 3 リアルタイムPCR法

キメラmRNA定量
Major BCR::ABL1 検出せず
minor BCR::ABL1 検出せず
PML::RARA 5.2 × 104コピー/μg RNA
RUNX1::RUNX1T1 検出せず
CBFB::MYH11 検出せず
DEK::NUP214 検出せず
NUP98::HOXA9 検出せず
ETV6::RUNX1 検出せず
TCF3::PBX1 検出せず
STIL1::TAL1 検出せず
KMT2A::AFF1 検出せず
KMT2A::AFDN 検出せず
KMY2A::MLLT3 検出せず
KMT2A::MLLT1 検出せず

病理組織診断検査において,20XX年11月24日の時点では濾胞性リンパ腫の骨髄浸潤を認めなかった。急性白血病の診断を目的とした20XX年12月3日の検査では,軽度低形成,顆粒球系細胞の分化はやや不良,部分的に核小体の目立つ細胞を認めるが,組織学的に芽球の増加は認められなかった。

WHO分類第4版に従い,PML::RARAを伴うAPLと診断された。

処置および経過(Figure 4):20XX年12月15日より全トランス型レチノイン酸(ATRA)による寛解導入療法が開始された。ATRAによる寛解導入療法後(50日目)の20XX + 1年2月2日に実施された骨髄検査ではfaggot細胞は認められなかった。PML::RARA融合遺伝子が4.4 × 102コピー/μgRNA検出されたが,染色体異常は認められなかった(Figure 2C)。血液学的完全寛解が得られたため,20XX + 1年2月15日より亜ヒ酸(ATO)による地固め療法に移行した。20XX + 1年3月17日の骨髄検査ではPML::RARAは検出されなかった。以降,ダウノルビシン + シタラビン(DNR + AraC)とATOとゲムツズマブ・オゾガマイシン(GO)で地固め療法を行い,20XX + 1年10月29日の骨髄検査でも完全寛解を維持している。20XX + 2年現在タミバロテン(Am80)による維持療法継続中である。

Figure 4 処置および経過

ATRA:全トランス型レチノイン酸,ATO:亜ヒ酸,AraC:シタラビン,DNR:ダウノルビシン,GO:ゲムツズマブ・オゾガマイシン,Am80:タミバロテン

III  考察

治療関連骨髄性腫瘍(therapy-related myeloid neoplasms; t-MN)は一次腫瘍に対する化学療法や放射線治療の後に生ずる骨髄性腫瘍を示す。t-MNには芽球の割合や血球減少あるいは増加により治療関連骨髄異形成腫瘍(therapy-related myelodysplastic neoplasms; t-MDS),治療関連急性骨髄性白血病(t-AML),治療関連骨髄異形成/増殖性腫瘍に分類される。近年のがん治療の進歩による予後の延長に伴い増加しつつあり,t-AMLはAML全体の10~20%を占める6)。t-APLはt-AMLのなかでも6.3%みられており,de novoに対する割合とほぼ同等であるとされている7)。t-APLの前疾患として乳がん(30%),造血器腫瘍(20%),多発性硬化症(16%),泌尿器系悪性腫瘍(13%)がある。造血器腫瘍のなかでも非Hodgkinリンパ腫は8%報告されている8)。t-APLにおける一次腫瘍に対する治療として放射線治療,トポイソメラーゼII阻害剤,アルキル化剤,ホルモン療法,代謝拮抗薬などがあり,特に放射線治療とトポイソメラーゼII阻害剤の使用が最も一般的な危険因子とされている8)。アルキル化剤は不均衡型の染色体異常を呈し,汎血球減少症やMDSの所見を呈する時期を経て4~7年後に骨髄芽球性白血病(FAB分類:M1,M2)を発症することが多い。トポイソメラーゼII阻害剤は均衡型の染色体異常を呈し,2~3年と比較的早期にMDSを経ることなく単球性白血病(FAB分類:M4,M5)を発症することが多い9)。今回,濾胞性リンパ腫の治療に使用されたベンダムスチンはアルキル化剤に分類される。本症例は治療期間が2年半ほどで,MDSを経ることなく,PML::RARA融合遺伝子を検出しており,トポイソメラーゼII阻害剤の特徴に近かった。しかし,アルキル化剤の使用歴は確認されたが,トポイソメラーゼII阻害剤の使用歴は確認されなかった。1種類の抗がん薬で治療された患者のうち,72%がトポイソメラーゼII阻害剤,7%がアルキル化剤の使用歴が報告されており8),本症例もアルキル化剤の使用がt-APLに関与した可能性がある。

t-APLでは8番,7番,9番染色体異常が多いとの報告があるが8),本症例では,G分染法から染色体異常は検出されなかった。今回,分裂中期FISH法は実施していないが,faggot細胞を認めた20XX年11月24日とPML::RARA融合遺伝子を検出した同年12月3日,翌年2月2日の3回に分けて染色体異常が検出されなかったことから,複雑核型ではなく,cryptic APLの可能性が高い。

t-APLはde novo APLと同様の化学療法反応を示し,予後が良いとされている。t-APLの79%にDICを発症するという報告があるが8),本症例ではDICを示唆する所見は認められなかった。しかし,APLは病初期にDICによる臓器出血により早期死亡が多いため,早期に診断し治療を開始する必要がある10)。20XX年11月24日の骨髄検査では病理組織診断や染色体の異常は確認されなかった。骨髄像で芽球6.0%と軽度増加していたが,血球の異形成を認めなかったため,MDSとは診断できず,idiopathic cytopenia of undetermined significanceや急性白血病の発症初期段階だと考えられた。しかし,骨髄像でfaggot細胞を認めたため,APLを疑い,担当医師へ報告したことで,遺伝子検査が追加され,PML::RARA融合遺伝子を検出できた。骨髄像を詳細に確認したことで,遺伝子検査の依頼がなく,病理組織診断検査の異常や染色体異常を検出せずとも,病態を推定することができ,早期診断と治療に貢献した。

血液検査室において,造血器腫瘍の治療歴がある患者の場合,少なからず,その疾患を対象として精査してしまう傾向にあるが,血液検査担当技師として骨髄像を確認する際にはt-MNを念頭に置き,ごくわずかな異常細胞を見逃さないことが早期診断,治療に重要であると再認識した。

IV  結語

濾胞性リンパ腫治療中にcryptic t-APLを発症した症例を経験した。骨髄像の少数の異常細胞から病態を推定することができ,早期診断と治療に貢献した症例を経験した。WHO分類は染色体転座や遺伝子異常の有無に比重がおかれた分類であるが,改めて形態観察の重要性を認識した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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