医学検査
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技術論文
抗リン脂質抗体症候群における抗ホスファチジルイノシトールELISAの臨床的有用性
鍵谷 彩恵金重 里沙本木 由香里野島 順三
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2024 年 73 巻 3 号 p. 486-492

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Abstract

抗リン脂質抗体症候群(anti-phospholipid syndrome; APS)は,血液中に抗カルジオリピン抗体(aCL),抗β2グリコプロテインI抗体(aβ2GPI)などの抗リン脂質抗体(aPLs)が出現することにより血栓症や習慣流産などを呈する自己免疫疾患であるが,近年,診断基準であるaCLやaβ2GPIが陰性にも関わらず,APS特有の臨床症状を発症する非基準APSが問題視されている。本研究では,APS検査診断の向上を目的に2種類のELISA:抗ホスファチジルイノシトール抗体(aPI),抗ホスファチジルエタノールアミン抗体(aPE)を確立し臨床的有用性を検討した。原発性APS 20症例,APS合併SLE 30症例,APS非合併SLE 10症例,APS以外の膠原病40症例,健常人73症例を対象に,各症例群と健常人群におけるaPI-ELISA及びaPE-ELISA抗体価を比較した。その結果,aPI-ELISAの抗体価はSLE群,Others群,健常人群に比較してPAPS群およびSLE/APS群で有意に高く,さらに非基準APS 13症例中4例(30.7%)でaPI-ELISAが陽性を示した。一方,aPE-ELISAは各症例群および健常人群で抗体価に差を認めなかった。ホスファチジルイノシトールを固相化したaPI-ELISAはAPSの血栓性合併症に特異的な新たな抗リン脂質抗体である可能性を見出した。

Translated Abstract

Antiphospholipid syndrome (APS) is currently diagnosed on the basis of both clinical findings and laboratory evidence of persistent aPLs. At present, the detection of IgG/IgM classes of anti-cardiolipin (aCL) and anti-β2-glycoprotein I (aβ2GPI) antibodies measured by standardized enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) has been adopted as the diagnostic criterion for APS. The major problem with APS diagnosis is that even if all current commercially available ELISA techniques are performed, only about 75% of all APS cases can be diagnosed. Therefore, it is necessary to establish an ELISA technique that can detect new anti-phospholipid antibodies useful for diagnosing APS. The objective of this study was to evaluate the prevalence of autoantibodies against phosphatidylethanolamine (PE) or phosphatidylinositol (PI) in patients with APS and various autoimmune diseases. We have established a new ELISA technique with solid-phased PE or PI and examined the prevalence of anti-PE and anti-PI autoantibodies in 20 patients with primary APS (PAPS), 30 SLE patients with APS (SLE/APS), 10 SLE patients without APS, 40 other collagen disease patients (Others), and 73 healthy subjects. The present study showed that both antibody titers and positivity rates of aPI-ELISA were significantly higher in the PAPS and SLE/APS patients than in the SLE patients, Others, and healthy persons. Furthermore, aPI-ELISA showed positive results in 4 of 13 non-criteria APS patients who were negative for aCL and aβ2GPI but had thrombotic complications peculiar to APS. These results suggest that aPI-ELISA detects autoantibodies specific to APS patients, and positive results of aPI-ELISA may be useful in diagnosing APS in addition to conventional aPLs.

I  背景および目的

抗リン脂質抗体症候群(anti-phospholipid syndrome; APS)は,種々のリン脂質およびリン脂質結合タンパクを標的抗原とする抗リン脂質抗体の出現に伴い,動・静脈血栓症や妊娠合併症などを呈する自己免疫疾患である1),2)。明らかな基礎疾患を持たずに抗リン脂質抗体が出現することで発症する原発性APSと膠原病などに併発する続発性APSがあり,続発性APSの基礎疾患としては全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus; SLE)が最も代表的である3)。APSの診断には抗リン脂質抗体の検出が必須であり,現在の診断基準では,定性検査としてループスアンチコアグラント(LA)活性の検出,定量検査として抗カルジオリピン抗体(aCL)および抗β2グリコプロテインI抗体(aβ2GPI)の測定が採用されている4)。しかし,上記2種類の抗リン脂質抗体以外にも抗ホスファチジルセリン/プロトロンビン抗体(aPS/PT)など,固相化リン脂質とエピトープ提供蛋白の違いにより様々な種類の抗リン脂質抗体が存在している5)~8)

近年,診断基準であるaCLおよびaβ2GPIが陰性にも関わらず,動・静脈血栓症や妊娠合併症などAPS特有の臨床症状を発症する非基準APSが問題視されている5)。さらにAPSの検査診断に用いられるELISAは,カルジオリピンやホスファチジルセリンなどの酸性リン脂質を固相化したELISAであり,他の固相化リン脂質での検討がなされていない。そこで,本研究ではAPSの検査診断の向上を目的に,ホスファチジルイノシトール(phosphatidyl inositol; PI)とホスファチジルエタノールアミン(phosphatidyl ethanolamine; PE)の2種類のリン脂質を固相化したHomemade-ELISAを確立し,現在APS診断基準に採択されているaCLおよびaβ2GPI-ELISAとの比較により臨床的有用性を検討した。

II  対象および方法

1. 対象症例

基礎検討:APS患者6症例

臨床検討:APS患者50症例(男性:8症例,女性:42症例;平均年齢:45.1歳[14~67歳])。APS非合併膠原病患者50症例(男性:17症例,女性:33症例;平均年齢:54.5歳[16~83歳])。非基準APS患者13症例(男性:0症例,女性:13症例;平均年齢:43.8[8~74歳])健常人73例(男性:22症例,女性:51症例;平均年齢:24.6歳[21~69歳])。

本研究は,山口大学大学院医学系研究科保健学専攻生命科学・医学系研究倫理審査委員会承認(670-1)を得て実施した。

2. aPIおよびaPE-ELISA反応のステップ

aPIおよびaPE-ELISAのプロトコルを示す(Figure 1)。ELISAプレートの各ウェルにPIあるいはPE(50 μg/mL)を30 μL/well添加し,4℃にて一晩(PEは2時間)静置した。冷風ドライアップした後,10%成牛血漿(adult bovine plasma; ABP)加TBSにて2時間ブロッキングした。ウェルを洗浄後,10% ABPおよび0.05% Tween20加TBSにて101倍希釈した患者血清を50 μL/well添加して室温にて1時間静置した。ウェルを洗浄後,5,000倍(PEは10,000倍)希釈したペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgG抗体を100 μL/well添加し室温にて1時間静置した。ウェルを洗浄後,Tetramethylbenzidine(TMB)を100 μL/well添加し20分間(PEは30分間)反応させ,1NHClにて反応を停止させ,450 nmにおける吸光度を測定,吸光度に1,000を乗じた値を結合活性(=抗体価)(mOD)とした。

Figure 1  Home-made-ELISAの反応ステップ

aPIおよびaPE Home-made-ELISAの反応ステップを示す。50 μg/mLに調整したPIもしくはPEを96 wellプレートに固相化し,ABPを含むブロッキングバッファーにて2時間ブロッキングした。洗浄後,希釈バッファーにて101倍希釈したサンプル血漿を添加し,1時間静置反応させた。その後希釈バッファーにてPIは5,000倍,PEは10,000倍に希釈したペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgG抗体を添加し,1時間静置反応させたのちTMBを加えてPIは20分間,PEは30分間発色させた。1NHClを添加することで反応停止し,450 nmの吸光度を測定した。

3. 検討方法

1) 基礎検討:aPIおよびaPE-ELISAの条件設定

APS患者6症例の血漿サンプルを用いて,エピトープ提供蛋白に10% ABPと0.5%ウシ血清アルブミン(bovine serum albumin; BSA)を用いた際の結合活性を比較した。

2) 臨床検討:aPIおよびaPE-ELISAの臨床的有用性

APS 50症例,APS非合併膠原病50症例,健常人73例を対象にaPI/ABPおよびaPE/ABP-ELISAにて測定を実施し,各群における結合活性の中央値(25~75%)を比較した。さらに,APS症例50サンプルを対象にaPI-ELISAと3種類の市販ELISAキットMESACUPカルジオリピンテスト(MBL),QUANTA Lite ACA IgG(IL Japan),QUANTA Lite aβ2GPI(IL Japan)との測定値の相関および,判定一致率を検討した。

3) 非基準APS症例におけるaPI-ELISAの陽性率

既知の抗リン脂質抗体であるaCLとaβ2GPIが共に陰性でAPS特有の動・静脈血栓症が認められた非基準APS 13症例におけるaPIの陽性率を検討した。

4. 統計解析

本研究ではStatFlex Ver. 6.0を用いて統計解析を行った。P < 0.05の場合を有意とした。

III  結果

1. 基礎検討:aPIおよびaPE-ELISAの条件設定

結合活性は,aPI-ELISAおよびaPE-ELISA共に,0.5% BSAに比較して10% ABPの方が明らかに高く,さらにaPI-ELISAとaPE-ELISAでは,同一の症例でも結合活性が異なっていることを確認した。基礎検討の結果,10% ABPを用いて臨床検討を実施することに決定した(Figure 2)。

Figure 2  エピトープ結合蛋白の違いによる比較

エピトープ提供蛋白に10% ABPと0.5%ウシ血清アルブミン(bovine serum albumin; BSA)を用いた際の結合活性を比較した。その結果,aPI-ELISAおよびaPE-ELISA共に,0.5% BSAに比較して10% ABPの方が明らかに結合活性が高く,さらにaPI-ELISAとaPE-ELISAでは,同一の症例でも結合活性が異なっていることを確認した。

2. 臨床検討:aPIおよびaPE-ELISAの臨床的有用性

各群における結合活性の中央値(25~75%)は,aPI/ABP-ELISAでは,APS非合併膠原病群 67 mOD(34–108),健常人群 51 mOD(42–67)に比較してAPS群では596 mOD(129–1,750)と有意(p < 0.0001)に高かった。また,健常人99%tile値をカットオフ値とし陽性率を比較した結果,APS非合併膠原病群16.0%,健常人群2.7%に比較し,APS群では84.0%と明らかに高い陽性率を示した(Figure 3)。さらに,市販ELISAキットとの測定値の相関はvs. MESACUP aCL-IgG:r = 0.932,vs. QUANTA Lite aCL-IgG:r = 0.920,vs. QUANTA Lite aβ2GPI-IgG:r = 0.843と良好な相関関係を示したが,一部で測定値が乖離する症例も認めた(Figure 4)。

Figure 3  各症例群におけるaPI-ELISAの測定値の比較

各症例群におけるaPI-ELISAの陽性率を比較した結果,APS非合併膠原病群16.0%,健常人群2.7%に比較してAPS群では84%と明らかに高い陽性率を示した。

Figure 4  aPI-ELISAと市販ELISAとの抗体価相関

APS 50症例においてaPI-ELISAと3種類の市販ELISAキットとの測定値の相関を検討した結果,vs. MESACUP aCL-IgG:r = 0.932,vs. QUANTA Lite aCL-IgG:r = 0.920,vs. QUANTA Lite aβ2GPI-IgG:r = 0.843と良好な相関関係を示したが,一部で測定値が乖離する症例も認めた。

APS症例におけるaPI/ABP-ELISAと市販ELISAキットとの判定一致率は,vs. MESACUP aCL IgG 78%,vs. QUANTA Lite aCL IgG 80%,vs. QUANTA Lite aβ2GPI IgG 80%と,いずれにおいても少なからず判定不一致例が認められている。それら判定不一致例の内訳は,MESACUP aCL IgGが陰性だった16例中10例でaPI/ABP-ELISAが陽性,QUANTA Lite aCL IgGが陰性だった14例中8例でaPI/ABP-ELISAが陽性,QUANTA Lite aβ2GPI IgGが陰性だった16例中9例でaPI/ABP-ELISAが陽性だった。

一方aPE-ELISAでは,各症例群で結合活性の中央値に有意な違いは認めなかった(Figure 5)。また市販ELISAキットとの測定値の相関も認めなかった(Figure 6)。

Figure 5  各症例群におけるaPE-ELISAの測定値の比較

各症例群におけるaPE-ELISAの陽性率を比較した結果,各症例群で結合活性の中央値に有意な違いは認めなかった。

Figure 6  aPE-ELISAと市販ELISAとの抗体価相関

APS 50症例においてaPE/ABP-ELISAの抗体価と3種類の市販ELISAキットにおける測定結果を比較したところ,市販ELISAキットとの測定値の相関は認めなかった。

3. 非基準APS症例におけるaPI-ELISAの陽性率

非基準APS 13症例のうち4例(30.7%)でaPIが陽性を示した。

IV  考察

APS患者血中には多種多様な抗リン脂質抗体が混在しており,各抗体の持つ病原性が複雑に絡み合ってAPS特有の多彩な合併症(脳梗塞・深部静脈血栓症・肺塞栓症・習慣流死産など)が生じると推測される6)~8)。これまでの研究で,APSの動・静脈血栓症発症に関連する抗リン脂質抗体は,リン脂質に直接結合する抗体ではなく,酸性リン脂質とリン脂質結合蛋白との複合体を認識していることが明らかになっており,その代表的な構成因子がCLとβ2GPIである。β2GPIは5つのドメインで構成されており,血液中では閉環構造で存在しているが,ドメイン5が陰性荷電を持つCLと結合することにより開環構造となり,β2GPI分子上に抗リン脂質抗体が認識するエピトープが出現することがわかっている2)

本研究では,固相化リン脂質にホスファチジルイノシトール(PI)およびホスファチジルエタノールアミン(PE)を,エピトープ提供蛋白としてABP中に含まれる種々のリン脂質結合タンパクを用いた新たなELISAを確立し,臨床的有用性を検討した。PIは,CLと同じ陰性荷電(酸性)リン脂質であり,一方のPEは中性リン脂質である。本研究では,CL以外の酸性リン脂質が固相化リン脂質として有用か否かを検討する目的でPI固相化ELISAを確立した。また中性リン脂質を固相化した場合,抗リン脂質抗体が検出できるか否かを検討する目的でPE固相化ELISAも検討した。その結果,PE固相化ELISAでは,APS群,APS非合併膠原病群,健常人群で結合活性に有意な違いは見られず,抗リン脂質抗体を検出するELISAでは,酸性リン脂質を固相化することが重要であることが再確認された。

また通常のELISAではブロッキングbufferに添加する蛋白として0.5%ウシ血清アルブミン(BSA)を用いる。本基礎検討より,0.5% BSAは非特異的反応をブロックする作用はあるものの,抗リン脂質抗体に対するエピトープ提供タンパクとしての効果は低いと考え,10% ABPを添加することによりABP中に含まれる種々のリン脂質結合タンパクをエピトープ提供蛋白として用いた新しいELISAを考案した。

本研究で確立したaPI/ABP-ELISAは,測定原理上,複数種のエピトープにより複数種の抗リン脂質抗体を広く検出できるスクリーニング的な位置付けのELISAである。実際,本邦で汎用されている3種類の市販ELISAキットを全て測定しても本検討症例での抗体陽性率が80.0%だったのに対し,aPI/ABP-ELISAでは84.0%と1回の測定で市販ELISA 3キットと同等以上の陽性率を示した。APS症例における市販ELISA 3キットとの判定不一致例の多くは,aPI/ABP-ELISAが陽性でありスクリーニング検査としての有用性が期待できる。さらに,既知の抗リン脂質抗体が陰性の非基準APS 症例の約30%でaPI-ELISAが陽性であり,特にaCLとaβ2GPIが陰性で診断に苦渋するAPS症例の追加検査としての有用性が示唆される。

V  結語

APS検査診断の向上のためには新たな抗リン脂質抗体を見出し,測定系を確立することは重要である。aPI/ABP-ELISAは市販ELISAキットと比較してより低コストで実施できるため,一般病院検査部でもスクリーニング検査としての汎用性が高い。今後,aPI/ABP-ELISAのキット化を目指し,APS診断能力の向上に貢献したい。

本論文は第16回日本臨床検査学教育学会学術大会において発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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