本研究は,臨床検査とAIに関する臨床検査技師の認識を調査し,新興技術をテーマとする講習会の意義を検討することを目的とした。2023年8月19日に開催された人工知能と臨床検査をテーマとした講習会の事前申込者と受講者を対象にオンライン調査を実施した。回答はFisher’s exact testで分析し,自由記載は共起ネットワーク図から分析した。講習会前の回答者278名中,62.9%がAIに肯定的であった。AIに肯定的な群はそれ以外の群と比較して,AI関連Webサービスの利用頻度が有意に高かった(p < 0.01)。また,より積極的にAIに関する情報を入手する傾向にあった(p < 0.05)。講習会前に最も支持された「AIの判定を必ず臨床検査技師が最終確認すべき」との意見は,講習会後に有意に低下した(p < 0.05)。受講者169名中,63.9%が今後の積極的な情報収集意思を示した。自由記載では,業務改善や品質向上,技術の進歩への期待が示された一方で,AIの実用化に向けた課題も挙げられた。調査結果からは,回答者の多くがAIに肯定的だが,従来の役割維持を前提とした期待であることが示唆された。また,講習会参加が情報収集行動の契機となる可能性が示された。本研究により,臨床検査技師のAIへの前向きな認識が明らかになり,新興技術の実状解説と議論を交えた講習会には意義があると考える。この結果は,臨床検査医学におけるAI導入の議論や,都道府県臨床検査技師会の生涯教育運営に寄与する可能性がある。
This study aimed to investigate Japanese medical technologists’ perceptions of AI in laboratory medicine and evaluate the significance of seminars on emerging technologies. An online survey was conducted before and after a seminar titled “Artificial Intelligence and Clinical Laboratory: A Tale of the Encounter between Deep Tech and Medical Technicians” held on August 19, 2023. Responses were analyzed using Fisher’s exact test, and free-text responses were analyzed using a co-occurrence network. Of the 278 pre-seminar respondents, 62.9% had positive attitudes towards AI. The AI-positive group showed significantly higher usage of AI-related web services (p < 0.01) and more proactive information-seeking behavior (p < 0.05) compared to the non-positive group. Post-seminar, support for “AI results must always be verified by medical technologists” significantly decreased (p < 0.05). Additionally, 63.9% of the 169 participants expressed intent to actively gather information in the future. Free-text responses revealed expectations for work improvement, quality enhancement, and technological advancement, alongside concerns about AI implementation. The results suggest that while many respondents view AI positively, their expectations are predicated on maintaining traditional roles. The seminar appeared to catalyze information-seeking behavior. This study revealed Japanese medical technologists’ positive perceptions of AI and concluded that seminars including explanations of emerging technologies and discussions are valuable. These findings may contribute to discussions on AI implementation in laboratory medicine and the design of continuing education programs for medical technologists.
近年,革新的新興技術であるartificial intelligence(AI)が急速に一般化している。OpenAIにより開発され2022年11月にローンチされたChatGPTに代表されるGenerative AIは世界を席巻しており,すでに我々の身近な存在となっている。医療分野でもビッグデータを用いた機械学習や深層学習によるAI研究が行われており,臨床検査医学の領域での実装が推定されているが,「臨床検査とAI」の現状について情報を得る機会が少なく,臨床検査技師の認識を示す報告や現状に基づいた議論も充実していない。このことから,奈良県臨床検査技師会では2023年8月19日に最新情報の紹介と演者同士の議論を交えた「人工知能と臨床検査~ディープなテクニシャンの出会いの物語~」1)と題したシンポジウム形式の講習会を実施した。そして事前申し込み者と受講者を対象にオンライン調査を行い,当該事項について臨床検査技師の認識・態度を調べた。また,これからの講習会のあり方を考えることを目的に,日本臨床衛生検査技師会(Japanese Association of Medical Technologists; JAMT)の生涯教育研修制度(生涯教育)において実用化前の新興技術をテーマとする意義も併せて考えた。
オンライン調査は,講習会前の2023年7月1日から8月18日と,講習会後の8月19日から9月19日に行った。調査対象は,JAMT会員専用サイトから当該講習会の事前申し込みを行ったJAMT会員とした。講習会はYouTube(Google LLC)で配信し,参加費を無料とした。調査の設問はGoogleフォーム(Google LLC)で作成し,単一回答と自由記載で構成,一部は受講後に再度回答を求めた。設問の配付について,講習会前は調査対象者宛てに都道府県技師会専用サイトから回答用URLを電子メールで送付し,回答(「回答しない」を含む)完了後に講習会視聴用URLが示される方式で行った。講習会後は,受講登録フォーム内で併せて行った。個人に関わる情報(メールアドレスと会員番号,氏名)は分析に用いなかったため,回答者個々の評価は行わなかった。結果の分析は,講習会前のAIへの態度が肯定および非肯定(否定的,どちらでもない),または講習会前および後に対し,設問の選択肢を選択したか否かについて,Fisher’s exact testを行った。統計学的有意差はp < 0.05とし,統計解析はEZR(version 1.68)2)を用いた。自由記載の回答は,KH Coder(Version 3.02)3)を用いて共起ネットワーク図を作成し分析した。尚,調査結果は当該講習会で報告し,データは研究データリポジトリ「Zenodo」においてCreative Commons Attribution 4.0 Internationalのライセンス下で公開している4)。
当該講習会の事前申し込みは320名,そのうちオンライン調査への回答は278名であった(Table 1A)。また,講習会後の回答者(受講者)は169名であった。臨床検査とAIについて「肯定的」な立場を示した回答者は62.9%(175/278)であり,「どちらでもない」「否定的」はそれぞれ36.3%(101/278),0.7%(2/278)であった(Table 1B)。臨床検査とAIについて考える上で重視する事柄として,「臨床研究や医療の発展」34.2%(95/278)と「患者や社会への貢献」29.1%(81/278)が多く支持され,肯定と非肯定群間で有意差はなかった(Table 1C)。AI関連Webサービスの利用状況は「していない」が74.8%(208/278)を占めたが,肯定群の利用頻度は非肯定群に比して有意に高かった(p < 0.01)(Table 1D)。臨床検査とAIに関する情報の収集状況は「講習会やネットなどでなんとなく聞いたことをたまに思い出す程度」が57.9%(161/278)を占め肯定と非肯定群間で有意差はなかった。また「医療関連AIのまとめ記事などを読むことがある」「そもそも考えたことがない」では有意差を認め,肯定群でより積極的にAIに関する情報を入手する傾向にあった(p < 0.05)(Table 1E)。AIと臨床検査の今後についての文章から最も共感できるものの選択では「AIの判定をそのまま報告するのではなく,必ず臨床検査技師が最終確認をすべきである」が最も多く支持されたが,講習会前の36.3%(101/278)から講習会後は23.7%(40/169)となり有意に低下した(p < 0.05)(Table 1F)。受講者を対象とした今後の情報収集の意思についての回答では,「これからのために情報を集めていきたい」「情報収集だけでなく発信・共有も行いたい」が63.9%(108/169)と半数以上を占めた(Table 1G)。
| 設問 | 講習会前 (n = 320) |
講習会後 (n = 169) |
Fisher’s Exact Test (p value) |
|||||||||
| A.調査参加の同意 | ||||||||||||
| 同意して回答する | 278 | 86.9% | ||||||||||
| 回答しない | 42 | 13.1% | ||||||||||
| B.臨床検査とAIにおける回答者の立場(n = 278) | ||||||||||||
| 肯定的である | 175 | 62.9% | ||||||||||
| どちらでもない | 101 | 36.3% | ||||||||||
| 否定的である | 2 | 0.7% | ||||||||||
| 全体 (n = 278) |
肯定的である (n = 175) |
どちらでも ない(n = 101) |
否定的である (n = 2) |
肯定的vs 非肯定的* |
講習会前vs 講習会後 |
|||||||
| C.貴方が最も重視する事柄を選んで下さい。 | ||||||||||||
| 1.患者や社会への貢献 | 81 | 29.1% | 54 | 30.9% | 27 | 26.7% | 0 | 0.0% | 0.495 | |||
| 2.臨床検査室運営での利益 | 37 | 13.3% | 28 | 16.0% | 9 | 8.9% | 0 | 0.0% | 0.101 | |||
| 3.臨床検査技師の未来 | 59 | 21.2% | 32 | 18.3% | 25 | 24.8% | 2 | 100% | 0.13 | |||
| 4.臨床研究や医療の発展 | 95 | 34.2% | 59 | 33.7% | 36 | 35.6% | 0 | 0.0% | 0.896 | |||
| 5.自身のキャリア | 6 | 2.2% | 2 | 1.1% | 4 | 4.0% | 0 | 0.0% | 0.199 | |||
| D.職場や私生活でAI関連Webサービスを利用していますか? | ||||||||||||
| 1.日常的に利用している | 21 | 7.6% | 20 | 11.4% | 1 | 1.0% | 0 | 0.0% | < 0.01 | |||
| 2.日常的ではないが利用する事ができる | 49 | 17.6% | 44 | 25.1% | 5 | 5.0% | 0 | 0.0% | < 0.01 | |||
| 3.していない | 208 | 74.8% | 111 | 63.4% | 95 | 94.1% | 2 | 100% | < 0.01 | |||
| E.臨床検査業務におけるAIの活用について,情報収集などを行っていますか? | ||||||||||||
| 1.学術論文を読んでいる | 5 | 1.8% | 5 | 2.9% | 0 | 0.0% | 0 | 0.0% | 0.161 | |||
| 2.医療関連AIのまとめ記事などを読むことがある | 61 | 21.9% | 49 | 28.0% | 12 | 11.9% | 0 | 0.0% | < 0.05 | |||
| 3.講習会やネットなどでなんとなく聞いたことをたまに思い出す程度 | 161 | 57.9% | 94 | 53.7% | 66 | 65.3% | 1 | 50.0% | 0.0782 | |||
| 4.そもそも考えたことがない | 47 | 16.9% | 23 | 13.1% | 23 | 22.8% | 1 | 50.0% | < 0.05 | |||
| 5.臨床検査データを用いた機械学習や深層学習などの研究を行っている | 4 | 1.4% | 4 | 2.3% | 0 | 0.0% | 0 | 0.0% | 0.3 | |||
| F.AIと臨床検査の今後について,最も共感できるものを選んで下さい。 | ||||||||||||
| 1.臨床検査業務のAI導入は,日本の全医療施設的な問題ではないと考える | 3 | 1.1% | 2 | 1.1% | 1 | 1.0% | 0 | 0.0% | 2 | 1.2% | 1 | |
| 2.臨床検査技師の業務は,機械学習のためのデータ管理が中心となるだろう | 17 | 6.1% | 12 | 6.9% | 5 | 5.0% | 0 | 0.0% | 8 | 4.7% | 0.672 | |
| 3.AIで制御された移動式ロボットが,人間の代わりに採血や検体の取り扱い,ピペッティングなどの手作業を担うだろう | 20 | 7.2% | 15 | 8.6% | 5 | 5.0% | 0 | 0.0% | 14 | 8.3% | 0.714 | |
| 4.例えば機械学習におけるデータ倫理や医療事故等での責任の所在など,AIを臨床検査で用いる上での問題が法的に明確でなければ利用しない,できない | 40 | 14.4% | 16 | 9.1% | 24 | 23.8% | 0 | 0.0% | 33 | 19.5% | 0.187 | |
| 5.AIの判定をそのまま報告するのではなく,必ず臨床検査技師が最終確認をすべきである | 101 | 36.3% | 59 | 33.7% | 40 | 39.6% | 2 | 100% | 40 | 23.7% | < 0.01 | |
| 6.これからどうなるか,全く想像できない | 24 | 8.6% | 12 | 6.9% | 12 | 11.9% | 0 | 0.0% | 10 | 5.9% | 0.359 | |
| 7.検査数が多いほど,AIシステム導入の利益は大きいだろう | 45 | 16.2% | 33 | 18.9% | 12 | 11.9% | 0 | 0.0% | 36 | 21.3% | 0.205 | |
| 8.人工知能やロボティクスの研究への臨床検査技師の関与が望まれる | 28 | 10.1% | 26 | 14.9% | 2 | 2.0% | 0 | 0.0% | 26 | 15.4% | 0.101 | |
| G.今後,臨床検査とAIについて個人的に情報収集を行いますか? | ||||||||||||
| 1.実用化されるまでは行わないだろう | 18 | 10.7% | ||||||||||
| 2.行うかもしれないが積極的ではない | 43 | 25.4% | ||||||||||
| 3.これからのために情報を集めていきたい | 102 | 60.4% | ||||||||||
| 4.情報の収集だけでなく発信・共有も行いたい | 6 | 3.6% | ||||||||||
*非肯定的は「どちらでもない」「否定的である」を指す
自由記載回答について,まず肯定的な立場の理由では業務改善や品質向上,技術の進歩と期待が示されており,臨床検査技師がAIと共存しながら患者貢献することや従来業務の効率化,結果報告の自動化によるミスの削減と医療の質の向上への期待が挙げられた(Figure 1A)。次に,臨床検査とAIについての質問・意見では,AIの導入と活用,倫理と規制,医療領域での利用,技術的な進展,職業と教育,技術の実用化,未来展望について記述されていた。特に超音波検査や血液学的検査,病理学的検査,生化学的検査での利用について多く挙げられており,将来の業務利用におけるヒトとの関わりやデータの取り扱いなど,実際の運用を見据えた課題や期待が示されていた(Figure 1B)。

AIについて肯定的な認識を持つ理由は7領域で構成されており,臨床検査技師がAIと共存しながら患者貢献することや業務の効率化,結果報告の自動化によるミスの削減への期待が見られた。また,医療の質を向上させることや画像検査での活用も注目されていた(A)。
臨床検査とAIについての質問・意見は9領域で構成されており,AIの臨床検査への利用として超音波検査や血液学的検査,病理学的検査,生化学的検査など,分野に関する事柄が多く挙げられ,将来の業務利用におけるヒトとの関わりやデータの取り扱いなど,実際の運用を見据えた課題や期待が示されていた(B)。
回答の詳細は,https://doi.org/10.5281/zenodo.10815820を参照。
臨床検査におけるAIとは,単純作業の自動化やワークフローの改善のみならず,検査依頼の適正化や測定結果のレビューとリリース,臨床検査医学や病理学,放射線学などの結果を統合した解釈の自動化など「検査プロセス全体」を指しており,特に需要管理(無駄の削減)や総合診断などにおいては「進化的イノベーション」とされている5),6)。これらは,データセットを用いた機械学習や深層学習アルゴリズムによってモデルが構築されている。例えば台湾の研究では,人口の99.6%以上をカバーする全民健康保険研究資料庫7)にある医療情報を用いて,個々の患者に適切で無駄のない検査依頼を行うディープニューラルネットワークモデルが報告されている8)。他にも尿検査結果からの細菌検査実施評価9)や敗血症の予測10),術中大量輸血の予測11),計算機的な特殊染色12),12誘導心電図波形の解析13),長期脳波からのてんかん発作の検出14)など,実践的研究が幅広い分野で行われている。人間との比較では,単極誘導心電図波形の分類15)や超音波検査における左室駆出率の初期評価16),子宮頸部細胞診検査17)において,熟練技師や専門医などと同等とされている。また,採血検体の取り違えを電解質,尿素およびクレアチニンの測定値から予測・検出するモデルでは,AIの予測確率に関わらず臨床化学のスタッフが介入することで精度が低下したとしている18)。このように臨床検査に関連するAI研究は数多く報告されているが,データサイエンティストによって設計・製造されたAIアルゴリズムは,臨床検査医学の概念を考慮することなく臨床に有用なアルゴリズムを得ることはできないため,臨床検査医学の専門家の積極的な貢献が全体のプロセスにおいて正確なデータ分析と解釈を提供するための鍵になるとされており19),一部の臨床検査技師がそれを担う可能性がある。AI実装における制限としては,データの品質と結果の標準化,法律とプライバシー,情報技術セキュリティが挙げられている19)。「データの品質と標準化」に関わる品質保証プログラムでは,例えばpatient-based real-time quality control(PBRTQC)の機械学習プロトコルを用いて検査データから品質評価を行うモデル20),21)が報告されているが,他方で「外部精度管理未参加施設」「技師間差に起因するばらつき」「生理機能検査の精度保証が標準化されていない」などの既知の課題が挙げられている22)。「法律とプライバシー」ではstakeholder capitalismの観点や説明責任を含めたデータ倫理問題23)がある。これからAIを理解するためには,臨床検査技師の役割や現在の制限,今から取り組める課題を知り「考える」場が重要と思われ,当該講習会はその始まりを作ることを目的に,前述した既報の紹介だけでなく演者同士の議論を交えながら実施した。これらを踏まえて,調査結果から見えた臨床検査技師の認識と特徴,新興技術をテーマとする講習会の意義を考察する。
今回調査対象とした臨床検査技師の特徴として,AIに対する肯定的な姿勢や,医療の発展および患者への貢献を重視する一方で,「必ず臨床検査技師が最終確認をすべきである」という保守的な意見に最も多くの共感が集まった点が挙げられる。この姿勢は,JAMTが作成した「『将来へ向けての臨床検査技師のあり方』~提言~」24)における「AIはあくまで道具である」という見解と一致しており,臨床検査技師はAIを補助的なツールと捉え,最終判断は人間が行うべきだと考えていることが示唆された。AIに対する不安感に関する研究では,AIを人間と同等に扱うことが,AIに対する不安や拒否感を引き起こす要因となることが示されている25)。これに対して,臨床検査技師はAIを「最終確認の権限を持たない道具」として認識することで,AIに対する肯定的な認識が生じやすくなっていると考える。また,JAMT会員を対象とした調査では,96.5%が「何らかの業務がAIやロボットに置き換わる」と予測しており,技術の進展が業務に影響を与える可能性を臨床検査技師が認識していることが示されている26)。しかし,72.7%が「臨床検査技師であることに誇りを持っている」と回答する一方で,「臨床検査技師の未来は明るい」と答えたのは14.5%,「知人に臨床検査技師を勧める」としたのは14.9%にとどまっており,技術の進化に対する期待と同時に,従来の役割が失われる可能性に対する不安が共存していることが窺える。さらに,AIは臨床検査分野において「破壊的イノベーション」として位置づけられており,既存の業務プロセスが再構築され,新たな戦略が求められる場面が増加することが予測されている5)。実際,少数ではあるが否定的な回答者からは「不安を感じる」「職を失う可能性がある」といった意見が寄せられている4)。このような状況から,多くの肯定的な態度は,従来の仕組みや役割を維持しながら,AIを活用して検査医学の進展や患者アウトカムの向上を図ることへの期待が背景にあると推測された。
次に新興技術をテーマとする講習会の意義を考察する。回答者の多くはこれまで能動的な情報収集を行っておらず,特にAIに肯定的でない群においてAIサービスの日常利用の経験が乏しく,新しい技術・事柄自体への関心が薄いあるいは慎重な態度が推察された。また,自身のキャリアにAIを関連させない姿勢もほとんどで示された。この要因として,臨床検査は企業が開発した機器や試薬などの体外診断医薬品に依存した業務が主であるため,上市・導入されるまで当事者性を見出せないことが考えられる。また,臨床検査の本質として,医療施設の臨床検査室間には経済的競争がないため,実用化されていない技術の最新情報の入手や積極的な検討,他施設に先行した導入・実践の価値は極めて限定的である。しかし,受講者の半数以上は今後の情報収集を積極的に行うとしたため,講習会が受講者の一部で探究や追求などのプロアクティブ行動の前段階としての「考える」を引き出せた可能性がある。そして「必ず臨床検査技師が最終確認をすべきである」への支持が受講後に減少し,法的問題や検査規模,AI関連研究への関わりを示した文章に注目が向けられていたこと,回答者から単なるワークフローの改善にとどまらない様々な意見や質問が自由回答で示されていたこと4)も考慮すると,受講者のニーズを顕在化させ多角的視点を与えることを目的に,新興技術についての情報提供だけでなく議論も交えた「考える」講習会を行う意義はあると考える。今後は,回答者の多くが支持した医療の発展や患者・社会への貢献も内容に含めることが望ましいと思われる。
本研究の限界として,調査対象が限定的であるため,回答によっては実状よりも過大または過小に偏っている可能性が挙げられる。ただし,回答は講習会への参加と受講登録に直結しており,半ば強制的なものとしたため,回答の多様性は一定程度確保されたと考える。また,AIに対して肯定も否定も示さなかった「どちらでもない」についてその理由を収集しなかったことや当該講習会への評価が回答の選択に影響した可能性を追求できなかったことも挙げられる。これらは調査方法や設問の欠陥に起因するものであり,今後同様の研究で検討されると考える。
産業の発展とは技術革新の繰り返しであるが,それは容易に受容されない。臨床検査技師の身近なところで急速に起こった医療施設での遺伝子検査の普及27),28)や都道府県技師会講習会のオンライン化29)は,これまで積極的に活用されてこなかった技術が「コロナ禍」という全人類的事変を契機に広く用いられたことで,高い精度や汎用性,利便性などの有用性が認知され,本来の革新性がようやく社会全体で受け入れられた特異な例である。人類には,過去のマーケットリーダーが革新を受け入れずに現状維持を優先するという傲慢さで破壊的な進歩に取り残され凋落した歴史があり,臨床検査医学の専門家も単なる数値の報告ではなく専門知識と付加価値を患者ケアに提供できなければ同じ運命に直面する可能性があるとされている5)。また革新を考慮しなくとも,日本の臨床検査技師の需要は総人口と将来の臨床検査件数減少に伴い低下するとされ,供給過剰となる前にタスクシフトシェアなど新たな業務の開拓に活路を見出すべきであるともされている30)。本邦での「臨床検査とAI」がどのように確立されるのか,現時点で不明確だが,本研究の回答者の態度や意識の変化を考慮すると,進歩的とも破壊的ともされているこの「道具」について,臨床検査医学の識者・専門家と共に当事者である最前線の臨床検査技師も議論し,将来の立場を再考できる場が求められる時代の到来は決して遠くないと考える。本研究は,その前提となる臨床検査技師の現在の認識や講習会のあり方について,ナラティブに分析するためのデータの一部になり得るという意味において意義があったと言える。
奈良県臨床検査技師会では,今後も社会的な課題を的確に捉えてそれに応じた事業を行い,臨床検査の発展に貢献したい。
本研究では,臨床検査とAIについて臨床検査技師の前向きな認識が示された。また,これまでの情報を得る機会やAIの日常的利用の少なさが示されたが,講習会後は受講者の半数以上で今後の情報収集を積極的に行う姿勢が示され,講習会への参加が契機となった可能性が示唆された。このため普及前の新興技術の実状の解説と議論を交えた講習会に意義はあると考える。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。