日本看護科学会誌
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原著
心血管手術経験をもつマルファン症候群患者の体験
清水 知子, 瀬戸 奈津子, 清水 安子
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2017 年 37 巻 p. 96-104

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Abstract

目的:心臓血管手術経験をもち,疾患を抱えながら生活するマルファン症候群患者の体験を明らかにすることである.

方法:研究対象者6名に半構成的面接を実施し,質的統合法(KJ法)を用いて分析した.

結果:【突然死に対する恐怖心を見てみぬふりをしてやり過ごす】【他人とは違うというコンプレックスを仕舞い込む】【抗えない,努力のしようのない病気なので意識しないようにしている】【身近な人の死と手術経験を経て,命を大切に生きる】【結婚・子どもをもうけるかどうかの葛藤と消えない家族への呵責の念】【苦難を乗り越えて,今なら病気でも何とかなると思える】【社会の理解や医療・社会保障の整備を望む】【得た情報で不安になることもあるが,支えになる同病者との交流】のシンボルマーク8つが抽出された.

結論:内在する思いに配慮しつつ,遺伝看護の実践,セルフケア能力を高める援助,医療環境の整備の必要性が示唆された.

Ⅰ. はじめに

マルファン症候群は,FBN1遺伝子を原因遺伝子とする常染色体優性遺伝性疾患で,発生頻度は5,000~10,000人に1人と推測されている(Loeys et al., 2010).マルファン症候群の75%は両親いずれかから受け継がれた遺伝子変異によるが,残りの25%は突然変異により発症すると考えられている(森崎・森崎,2009).全身の結合組織障害を起こす疾患であり,特に骨格系,心血管系,眼系に特徴的な病変を来す.これらのうち,心血管系における大動脈瘤・大動脈解離の合併は高頻度であり,突然死に繋がり得ることから,マルファン症候群において心・大血管疾患は生命予後に直結する最も重要な表現型である(縄田・師田,2009).マルファン症候群患者は生涯に渡って医療的管理を必要とし繰り返し心臓血管手術を受けなければならないこと,運動制限がある中で自己調整しつつ生活をしている(Peters et al., 2001)ことが報告されている.マルファン症候群患者の体験についての先行研究は,遺伝的特徴・遺伝カウンセリングの視点からQOLや痛みを扱ったものが多く,慢性的な痛みと疲労をもっていることなどが患者の体験として明らかとなっている(Rand-Hendriksen et al., 2007).また,遺伝性疾患であるために強い社会的スティグマを負っていることも示されている(Peters et al., 2005).さらには,マルファン症候群という病気が患者の人生においてネガティブな影響をもたらす(Peters et al., 2001)とも表現されている.マルファン症候群患者が抱える身体的,心理社会的状況を明らかにした先行研究は多数あるものの,患者の詳細な語りから体験の全体像を明らかにしたものは見当たらない.看護の役割を果たすには,患者が体験していることを理解しておかなければならない.従って,筆者はマルファン症候群患者が疾患を抱える中での感情を含めた体験を明らかにすることが必要であると考えた.

本研究では,心臓血管手術経験をもち,疾患を抱えながら生活するマルファン症候群患者の体験を明らかにすることを目的とした.心血管系病変はマルファン症候群患者の生活に大きく影響を与える特徴であり,大動脈全長に渡って複数回人工血管置換手術を受けなければならない患者も稀ではない(縄田・師田,2009)ため,本研究では研究対象者を心臓血管手術経験をもつ者とした.心臓血管手術経験をもつマルファン症候群患者の体験を明らかにすることで,有用な看護への示唆が得られると考えた.

Ⅱ. 目的

本研究は,心臓血管手術経験をもち,疾患を抱えながら生活するマルファン症候群患者の体験を明らかにすることを目的とした.

Ⅲ. 用語の定義

体験:その人が自分の身をもって,時々の状況の中で経験したことで,行動だけではなく,その時の思いや感情を含むもの.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究対象者

研究対象者は,A大学附属病院心臓血管外科外来通院中の患者と,患者会会員とした.①マルファン症候群と診断され告知を受けている,②心臓血管手術の経験がある,③18歳~64歳,④言語的コミュニケーションが可能,⑤約1時間の面接に耐えられる身体状態,⑥研究協力の同意が得られた者,以上6項目全ての条件を満たす者とした.本研究では幅広く多様な体験を明らかにすることを目指したため,年齢を区切らず調査を行うこととした.

2. 調査実施期間

平成20年6月~平成22年3月.

3. データ収集方法

1) 対象者の選定手続き

外来通院患者については,診療部長を介して主治医に対象者候補を選定してもらい,主治医から研究協力を依頼してもらった.承諾を得られた患者について,研究者が口頭と文書で研究概要を改めて説明し同意を得た.患者会を通じた手続きは,患者会理事に研究概要を説明し研究協力依頼を行った.その後,研究支援部門の担当者に対象者の選定基準を提示し,会員に研究協力を呼び掛けてもらい協力意思をもつ人をリストアップしてもらった.対象者への研究依頼と承諾は,研究者が電話またはメールで直接連絡を取り依頼し同意を得た.そして,面接の際に口頭と文書で研究概要を改めて説明し同意を得た.

2) 半構成的面接

どのようにして病名を知ったのか,病名を告知された時の思い,疾患およびその症状・治療に対する気持ちや考え,病気をもち生活する中での困難と対処方法,同じ病気を抱える患者と家族への助言,現在の社会環境・医療に望むことなどについて,インタビューガイドを作成し,面接をおこなった.面接はプライバシーが保てる個室で行い,面接内容は承諾を得てレコーダーに録音し,逐語録としたものをデータとした.

4. データ分析

分析に用いるデータは半構成的面接によって得られた遂語録とし,データの分析には,質的統合法(KJ法)(山浦,2008)を用いた.質的統合法(KJ法)は現象の実態と本質を把握しようとする質的分析方法で,看護の現象の克明な(豊富な)記述から,看護現象を構造的に把握することに優れた方法論であり,確認可能性が保証されている(正木,2008)ため,複雑な要素が絡み合う本研究の対象の実態に迫るには非常に有用であると考えられた.

質的統合法(KJ法)を用いて対象者6名の個別分析を行った後,全体分析を行い,心臓血管手術経験をもつマルファン症候群患者の体験を明らかにした.分析手順は以下のとおりである.

1) 個別分析

対象者毎に,以下の(1)~(3)の分析を行った.

(1) ラベル作成

遂語録として得られた文章を3~4回読み返し,「心臓血管手術経験をもつマルファン症候群患者が疾患を抱えながら生活する中での体験」が表現されている部分を,ひとつの意味内容ごとに区切りラベル作成した.

(2) グループ編成

すべてのラベルが見渡せるようにラベルを一面に広げ,意味内容に類似性のあるものを集めた.1段階でのラベル数は前段階のラベルの枚数の1/2~2/3程度となるようグループ編成を行った.そして,集まったラベルのセット全体が何を訴えかけているのかを読み取り,表札として文章化した.最終的なラベル数が7枚前後となるまでグループ編成を繰り返した.

(3) 最終段階―表札の空間配置

グループ編成で得られた最終ラベルの訴える内容が意味の上で最もわかりやすく,一貫した相互関係配置となる構造図ができるように,ラベル同士の関係を配置して空間配置図を作成し,全体の配置を鑑み,内容を端的に表した言葉を検討し,「シンボルマーク」として表現した.

2) 全体分析

対象者の個別分析終了後,全体分析を行った.全体分析の元ラベルは,6事例の個別分析の最終ラベルの2段階下のラベルを用いた.個別分析の最終ラベルを元ラベルにすると,統合結果の抽象度が高くなりすぎるため,個別分析の具体性とリアリティを残しつつ統合するために,最終ラベルの2段階下のラベルを使用することとした.そして,個別分析と同様の手順でグループ編成,空間配置を行った.

5. 信憑性と確実性の確保

分析の信憑性と確実性を確保するために,研究者自身が質的統合法(KJ法)の基礎訓練を受けて分析を行った.本研究の分析においては,質的統合法(KJ法)の指導者研修を受けた経験があり,また,質的研究及び慢性疾患看護を専門分野とする研究者のスーパーヴィジョンを受けた.

6. 倫理的配慮

本研究は,明治国際医療大学研究倫理委員会の承認を得た(承認番号20-2)うえで,研究協力施設の承諾を得て実施した.対象者には研究参加を依頼する文面を提示したうえで,研究参加の拒否や途中辞退の自由,個人情報の保護,データ管理について口頭で説明し同意の署名を得た.尚,面接はプライバシーの保持に十分配慮し行った.

対象者が面接中にこれまでの苦悩の記憶を思い出し,心理的苦痛を生じる可能性が考えられたため,面接時には対象者の心身状態に注意し,心理状態が不安定となった場合には,面接を中止し,協力施設の看護師に連絡するなどの対処を想定していたが,実際に問題を生じることはなかった.

Ⅴ. 結果

1. 対象者概要

対象者は20歳代~50歳代の6名(男性4名,女性2名)で,いずれの対象者も待機手術経験者で,緊急手術を経験した者はなかった(表1).インタビュー時間は45~100分で中央値は68.5分であった.

表1 対象者の概要
対象 性別 年代 職業の有無 婚姻状況 子どもの有無
A氏 女性 30歳代 あり なし なし
B氏 男性 50歳代 あり あり あり
C氏 女性 40歳代 なし あり あり
D氏 男性 50歳代 あり あり なし
E氏 男性 20歳代 なし なし なし
F氏 男性 50歳代 あり あり あり

2. 全体分析結果

全体分析は,対象者6名の各個別分析の最終ラベルより2段階下のラベル203枚を用いた.グループ編成は11段階にわたり,その結果導き出された8つの最終ラベルとシンボルマークを用いて空間配置を実施したところ,図1のような全体像が示された.

図1

心血管手術経験をもつマルファン症候群患者はどのような体験をしているのか

以下は,空間配置の全体像および空間配置にある各シンボルマークの内容について説明を行う.下記の【 】はシンボルマークを,「 」は元データを示す.

1) マルファン症候群患者である全対象者の体験(空間配置)

マルファン症候群患者は,【突然死に対する恐怖心を見てみぬふりをしてやり過ごす】【他人とは違うというコンプレックスを仕舞い込む】【抗えない,努力のしようのない病気なので意識しないようにしている】という思いを常に内在させながらも,それでも【身近な人の死と手術経験を経て,命を大切に生きる】と考えていた.そして,【身近な人の死と手術経験を経て,命を大切に生きる】と考えていても,【結婚・子どもをもうけるかどうかの葛藤と消えない家族への呵責の念】は拭えずに揺れ動いていた.

【身近な人の死と手術経験を経て,命を大切に生きる】と考えることが,【苦難を乗り越えて,今なら病気でも何とかなると思える】【社会の理解や医療・社会保障の整備を望む】という思いに結びつき,また,【得た情報で不安になることもあるが,支えになる同病者との交流】が存在することで,【身近な人の死と手術経験を経て,命を大切に生きる】【苦難を乗り越えて,今なら病気でも何とかなると思える】【社会の理解や医療・社会保障の整備を望む】という思いが導かれていた.

2) 各シンボルマークについて

(1) 【突然死に対する恐怖心を見てみぬふりをしてやり過ごす】

親からの遺伝の病気だと漠然とわかっていながらも,成長に伴い病気に関する知識が増えるにつれて,突然死に対する不安が大きくなっていた.死に対する恐怖心を忘れるために,病気を見て見ないふりをしてこれまで生きていた.そして,「もし急に倒れたりとかした場合の,あの受け入れ先とかやっぱり不安がある.どこでも大丈夫っていうような状況じゃないと思う.タイミングとか,そこはちょっと怖いところではあるけど,でも,そこまで考えてたらね,普通に事故にあうのと,いうようなもんだと思うのであまり考えないようにはしてるけどね(C氏)」と,大動脈解離・破裂の可能性があることを意識しないようにしていた.

(2) 【他人とは違うというコンプレックスを仕舞い込む】

「身体的特徴とかが一番嫌だなと思っていた.それ(身体的特徴)が一番特徴的に出るじゃないですか(A氏)」,「漏斗胸は不特定の人に見られるのは嫌で,あんまり見せたくはない(E氏)」と,人前に出るのが嫌で,外見は触れられないよう避けるしかなく,他人とは違う見た目は長年にわたってのコンプレックスで,どうしようもないとも感じていた.

(3) 【抗えない,努力のしようのない病気なので意識しないようにしている】

同じ病気の血縁者の病状を眺め自分も同じように死んでしまうのではないか不安に思っていたが,自分自身,そして家族の死への恐怖と向き合うことは容易ではなく,「マルファン症候群が遺伝している人は,いつかこういうこと(突然死)になる可能性が高いんだっていうようなことは,ずっと,どっかで,隅っこにありますね(F氏)」と,何が起こっても仕方がないと思うことで,やりきれない気持ちを何とかしようとしていた.また,B氏は「手術する前の日の検査のときにチラッとマルファン症候群って聞いただけで,治療やカウンセラーに話を聞いてもらったこともないし,だからまったく無知」,「(マルファン症候群については)大動脈が大きくならならなければいいとしか頭にない」と,マルファン症候群についてじっくり考えたことはなく,病気を意識することはないとしながらも,「ひょっとしたらまた心臓の弁の手術をしなくてはいけないかもしれないという不安はずっとある」と,不安を心の奥に閉じ込め意識しないという態度を取っていた.

(4) 【身近な人の死と手術経験を経て,命を大切に生きる】

病名判明後,心血管合併症が出現するまでは,病気に打ち勝とうと頑張っていた対象は,親しかった同疾患の患者が大動脈解離で突然亡くなったことを突きつけられ,それまでは気にならなかった小さな体調の変化に敏感になっていた.そして,「手術の時期を決して逃さないように,そこが一番大事かなと思うので.命を繋いでいくためにも(D氏)」と,自身の手術に向き合ったことで,自分の病気や身体に対する関心を強め,命を大切にしようという思いが明確になっていた.

(5) 【結婚・子どもをもうけるかどうかの葛藤と消えない家族への呵責の念】

「私みたいにこんな嫌な思いをするんだったら,自分の子どもを産まないでおこうとか,かわいそうだからって思ったことがあるけれど,今は別にいいのかなとも思う(A氏)」と,妊娠・出産に対して揺れる思いを表現していた.病気を次世代に引き継いでしまった,病気とわかっていたら結婚するかどうか考えた時期を経て,今では「遺伝疾患であってよかったなと思うときもある(C氏)」と,家族の絆を実感していた.その一方で,「今考えるに,この年になって子どもがあんだけの大きさになって考えるに,女房に申し訳ないことをしたなって(F氏)」,子どもに対しては「病院通いずっとしてますしね.そういうような苦労をかけたことが,(子ども)に対してすごく申し訳ないというか,そういう気持ちはしますね(F氏)」と,結婚・子どもをもうけたことについての葛藤する態度は変わらず存在し,病気が遺伝した子どもには小さいころから通院等辛い思いをさせ,一方で,病気でない子には何より病気の子に気が行くものだから後回しにしてしまって寂しい思いをさせてしまったと過去を振り返り,また,配偶者に対しても一緒に過ごす時間が長くなればなるほど申し訳ないという思いが募っていた.

(6) 【苦難を乗り越えて,今なら病気でも何とかなると思える】

心配事があってつらいという気持ちを拭えずにいながらも,障害があったからこそ今の自分があると感じ,病気や障害があっても自分なりの工夫で帳尻を合わせていけば何とかなると考え,今置かれている状況の中で一番何が大事なのかということを選別しながら毎日毎日を大事に生きていくしかないと思っていた.「子どもも遺伝したとしても何とかなるんだっていうことは自分がわかってますから,多分,まあそれなりにやっていくんじゃないでしょうかねえ(E氏)」,「自分も経験した道ならばわかってるからそんなに心配にはならないんじゃないかなっていう,自分が乗り越えられてこれたことを自分の子どもは乗り越えられないはずはないと思います(E氏)」と,病気を抱え生きてきた経験を糧として暮らしていけば,問題はないと思っていることが示された.

(7) 【社会の理解や医療・社会保障の整備を望む】

身体を気遣いながら自分のできることに全力を注いできたけれど,就業等の将来にどう影響するのかが心配だと感じていた.また,外見では病気とわからず他者からの理解が得られにくいこともあるので,「患者会を組織して,マルファンっていうのはこういう病気だっていうのを知らせていくのは大事(D氏)」と,病気の理解が社会全体に広まっていくことが必要だと考えていた.さらには,病気であることを知らずに生活をしている人もおり,包括的かつ継続的に診療を受けることのできる体制や早期発見・早期治療につなげていく流れが必要であり,患者が安心できる生活環境が整備されていくことを望んでいた.

(8) 【得た情報で不安になることもあるが,支えになる同病者との交流】

「患者会に入ってしんどいっていうか,ここまで知らなくていいのにって思うこともあった(C氏)」と,病気について知れば知るほど不安になる,同病者の病状を目の当たりにして不安になるということはあったが,同病者,そして家族から生の声を聞けたことは病気に前向きに向き合っていこうとする姿勢を生んでいた.そして,病気についての情報や知識を得ること,悩みをわかちあえたことはマルファン症候群患者の力になっており,患者会でのボランティア活動・使命感も大きな支えとなっていた.

Ⅵ. 考察

全体分析の結果から得られた8つのシンボルマークのうち,マルファン症候群患者の体験として特徴的なものに着目し考察する.その後,看護援助の方向性について考察する.

1. 心血管手術経験をもつマルファン症候群患者の常に内在する思い

1) 【突然死に対する恐怖心を見てみぬふりをしてやり過ごす】

マルファン症候群患者の多くは,大動脈径拡大がみられないにも拘らず解離を来たすこともしばしばで,予測できない解離や破裂を発症し生命を脅かされることがある.その事実を知っている患者は【突然死に対する恐怖心を見てみぬふりをしてやり過ごす】という思いをもっていた.三浦ら(2008)は,胸部大動脈瘤術後患者の病気認識として,再発・再手術を予防するため,瘤径をコントロール下に置くような強い気持ちで療養していたと報告している.それに対して,マルファン症候群患者は再発・再手術を避けたいと適切な医療介入を受けていたとしても生命の危機に陥る可能性があり,瘤径をコントロール下に置くという考えをもてずに,病気を見て見ぬふりをし,やり過ごすことでしか病気と付き合っていくことができないと示された.【突然死に対する恐怖心を見てみぬふりをしてやり過ごす】という思いは,同じ胸部大動脈瘤という心血管異常をもつ患者にあっても大きな違いであり,マルファン症候群患者にとって注目すべき体験である.

2) 【他人とは違うというコンプレックスを仕舞い込む】

患者は,骨格異常による高身長,胸郭変形等の外見の特徴について,【他人とは違うというコンプレックスを仕舞い込む】という思いをもち,「他人とは違うと感じてきた」,「見られないようにするしかなかった」と,スティグマを負っていた.スティグマは,何らかの違いをもつ個人に対して,負の価値を付与するもの(Lubkin & Larsen, 2002/2007)とされており,期待される完璧な身体と現実の身体状態の間に見られる欠損というかたちをとり,敵意に満ちたものとなっていた.A氏の【見た目でわかってしまう側弯はコンプレックスで,努力してもだめだったので諦めるしかなかった】,C氏の【劣等感をもっていた他者とは違う自身の特徴がマルファン症候群の症状と一致し,昔から病気をもっていたことに気づいた】という個別分析の最終ラベルからは,身体的な完璧さが美徳とされる社会的な価値観とマルファン症候群患者に見られる現実は衝突してしまうため,自分の身体について劣等感を感じざるを得ない状況があると考えられた.出村・岩田(2012)はパーキンソン病患者の生活体験として,奇異だという他者からのまなざしを自分自身へと差し向けて,スティグマを負い他者との関係性に影響を及ぼしていたことを明らかにしている.スティグマを付与しようとする動きに対する各人の最初の反応は無視であり,痛みを伴う出来事について表現したり議論したりしない(Lubkin & Larsen, 2002/2007).他者との関係性に影響する【他人とは違うというコンプレックスを仕舞い込む】という思いを自分自身の胸の奥に仕舞い込み,無視することを選択することで,どうしようもない気持ちと折り合いをつけているのではないかと推測する.尚,米国における先行研究(Peters et al., 2001)では,マルファン症候群患者は高身長やスレンダーな体形について肯定的に認識しているとあり,本研究と異なる結果が示されている.

3) 【抗えない,努力のしようのない病気なので意識しないようにしている】

近年,治療成績は飛躍的に改善してきたものの,大動脈径拡大兆候がなくてもマルファン症候群患者は大動脈解離を起こすことがある.そのため,「いつ解離になるかわからない」,「いつ再手術になるかわからない」と,マルファン症候群に罹患している事実を再認識し不安が強まり,【抗えない,努力のしようのない病気なので意識しないようにしている】ことが考えられた.医療者の指示に従っていても,突然死の可能性と背中合わせだという不安や不確実性が影響しており,【突然死に対する恐怖心を見てみぬふりをしてやり過ごす】と強い関連性をもつ思いでもある.Kleinman(1996/2009)は,神話形成という人間の普遍的な特質によって自分を支える諸資源が,実際に描かれた状態よりも,我々の欲望にしたがうようになることによって,我々は安心させられ,自己欺瞞が慢性の病いを耐えうるものにしていると述べている.不安をもちながらも,マルファン症候群に関わる事実がそれほど脅威なものではないと思いこむことで,やり過ごすことができているのではないかと推測できた.また,自分ではどうすることもできないと感じる病気を抱える対象は仕方がないと気持ちを切り替え,そして病気についてわざと意識をしないという態度をとることで病気を遠ざけ,対処しているとも考えられた.

2. 心臓血管手術経験のあるマルファン症候群患者に対する看護の方向性

1) 遺伝性疾患であることを考慮した関わり

多くのマルファン症候群患者は,病気を抱えていることが子どもをもうけるかどうかの意思決定に影響を与えると考える傾向にある(Peters et al., 2002).本研究では,【結婚・子どもをもうけるかどうかの葛藤と消えない家族への呵責の念】というシンボルマークが示され,子どもに病気が受け継がれていくこと,配偶者に対する感謝と葛藤の思いをもっていることがわかった.遺伝性非ポリポーシス大腸がんに関連する遺伝子検査を受けた者の研究において,子どもに遺伝子変異を受け継がせてしまうことに関する罪責感と,遺伝性腫瘍の家系内で自分は助かってしまったというsurvivor guiltの2種類の罪責感の存在が明らかとなっている(村上,2010).マルファン症候群患者においても,同じ遺伝性疾患に属していても発端者,配偶者,子どもたちなどそれぞれの立場によって,疾患に対する捉え方や思いが異なり,それぞれの立場による悩みを抱えていることが考えられた.当事者だけではなく家族へのケアも重要であり,家族一人一人が病気についてどのように考え,どういった価値観をもっているのかを知り,家族看護の視点からも介入することが今後求められると思われた.また,遺伝性神経難病の家系員で発症前遺伝子検査を受け,将来発症することを知って生きる人の体験として,発症を覚悟して生きることに伴ってくれた配偶者らへの感謝と重荷を背負わせたという葛藤が明らかになっており(柊中ら,2013),他の遺伝性疾患患者の体験として類似していることが確認できた.

患者に必要なケアをアセスメントする際に家系図を作成し患者の遺伝情報を収集することは,看護職者すべてに必要な能力であると考えられ(有森ら,2004),マルファン症候群患者の看護援助において,上記のような患者・家族の心情に十分配慮しながら,患者の遺伝情報を収集し的確なアセスメントするといった実践能力が求められていることが示唆された.

2) セルフケア能力を高めるための看護援助

適切な内科的および外科的管理によって多くのマルファン症候群患者の生命予後の改善と延長が可能であるが(Dean, 2007),【抗えない,努力のしようのない病気なので意識しないようにしている】が示すように,マルファン症候群患者は自分の病気をどうしようもないものだと考え,セルフケアを積極的に行えないでいる可能性があると考えられた.先行研究(Strider et al., 2013)において,家庭血圧測定や定期受診などについての正確な情報提供は,マルファン症候群患者のアドヒアランスを高めることが確認されており,患者がセルフケアに向かうことで重篤な症状の予防ができるということは間違いない.患者が自分の身体について知ることができるように身体情報を提示することや,患者が得た情報を解釈できるような援助(上床ら,2010)を行うことで,マルファン症候群患者のセルフケア能力を高めることが可能であると考える.

外見の問題,病気を抱えている事実に対しては確かに努力の仕様がないと言えるが,大動脈瘤や解離などの循環器症状については進行を遅らせるといった努力ができる.【抗えない,努力のしようのない病気なので意識しないようにしている】という思いは,患者は自らすすんで自分の身体を気遣うという行動を取らずに生活を送ってしまう可能性に影響を与えるだろう.患者が自分の病気を理解し自分の問題に対処できるような看護援助を提供し,セルフケアに向かえるよう,同時に,【抗えない,努力のしようのない病気なので意識しないようにしている】という思いから抜け出せるよう,心理的なサポートも含めた継続的な看護実践が求められていると考える.

3) マルファン症候群患者を取り巻く環境整備

マルファン症候群の症状は多彩であるため,複数の診療科を別個に受診しなければならない不便さ,診療科間の連携が不十分で健康状態の全体像を把握してくれる医師がいない不満をもっていることが表現され,提供されているケアの質が高いとは言えない状況が推測された.希少疾患患者は,医療者の知識不足が原因で様々な困難に直面しているとされており,情報が不足している希少疾患であるからこそ,正確な知識の提供が医療者には求められている(Budych et al., 2012).Strider et al.(2013)の報告では,的確な情報提供はマルファン症候群患者のアドヒアランスを向上させたとある.医療者がマルファン症候群に関わる知識を豊富にもち,その知識を患者と家族に提供する重要性,横断的な診療体制を基盤にその人の生活に即した継続的なサポートの必要性が示唆された.

Ⅶ. 研究の限界と今後の課題

本研究の対象者は,性別,年齢層,診断時期や症状の発現時期の幅が大きく,遺伝状況が異なるなど,多様な背景をもっている.そのため,病気に対する否定的な感情ならびに肯定的な感情,自分たちを取り巻く医療環境に対する要望についてなど,心臓血管手術経験のあるマルファン症候群患者の体験を広く明らかにしていると考えられる.しかし,本研究の対象者は待機手術を受けた患者に限られており,緊急手術を受けたマルファン症候群患者は含まれていないため,心臓血管手術を受けたマルファン症候群患者全般の体験を示すには限界がある.今後より多様な患者の体験を積み重ねて明らかにしていくこと,本研究結果が看護実践として活用できるのか検証していく必要があると考える.

謝辞:本研究の参加を快く承諾してくださった対象者の皆様,本研究の計画・実施にあたりご助言頂いた京都府立医科大学大学院医学研究科 夜久均教授,名古屋市立大学大学院看護学研究科 嶌田理佳准教授,並びに患者会関係者の皆様に心から感謝を申し上げます.尚,本論文は2010年度大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻博士前期課程に提出した修士論文の一部を加筆修正したもので,第74回日本循環器学会学術集会で発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:TSおよびYSは研究の着想およびデザイン,原稿作成までの研究プロセス全体;NS は原稿への示唆および研究全体への助言.全ての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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