日本看護科学会誌
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ISSN-L : 0287-5330
原著
特定妊婦に対する保健師の支援プロセス
―妊娠から子育てへの継続したかかわり―
黒川 恵子入江 安子
著者情報
キーワード: 保健師, 特定妊婦
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2017 年 37 巻 p. 114-122

詳細
Abstract

目的:保健師における特定妊婦への妊娠期から出産後の子どもの養育支援を含む,一連の支援プロセスを明らかにする.

方法:母子保健5年以上の経験で,同一特定妊婦の妊娠期と出産後に2回以上かかわり,一連の保健師活動を自ら語ることができる保健師11名を対象に半構成的インタビューを行った.分析は修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた.

結果と結論:特定妊(産)婦への保健師による支援プロセスは『子どもへの愛着を基に生活する能力の見極め』であった.このプロセスは【妊婦とのつながりづくり】【妊(産)婦の甘えられる居場所探し】【妊(産)婦の生活の見極め】【閉ざされないサポートづくり】【安全のためのネットづくり】で構成された.保健師は脆弱性を抱える特定妊(産)婦の主体性を育てるために,身近な人の潜在的力を活用しながら子どもの安全確認を関係機関に外在化し,特定妊(産)婦の内面に働きかけることが重要である.

Ⅰ. 背景

児童虐待防止対策は,出産後の子育て支援から妊娠期を含む支援へと拡大されるようになった.厚生労働省(2011)は,児童虐待防止を目的に,妊娠・出産・育児について悩みを抱える者を早期に把握し,各関係機関の連携により家庭の養育力向上を図るよう通知している.養育支援訪問事業ガイドライン(厚生労働省,2009)では,特定妊婦の指標を若年,失業等の経済的問題,望まない妊娠等とし,妊娠期における早期支援が必要であるとしている.

特定妊婦への早期支援が必要とされるようになった背景には,児童虐待につながる家庭状況等のリスク要因が明らかになったことがある.母親の要因として,妊婦健康診査未受診者,望まない妊娠,若年出産等が明らかになり,妊娠から出産に至るまでの切れ目のない支援が指摘されるようになった(厚生労働省,2014).

また,日本における児童虐待防止対策と産後うつ病との関連性の検討により,周産期からの医療,保健,福祉の連携が指摘されるようになったことも特定妊婦への早期支援が必要とされる一因となっている(池田・上別府,2011).杉下ら(2010)は,児童虐待を引き起こした母親には,育児不安や産後うつ等の心理的,精神的問題が存在していることを指摘している.中板・佐野(2012)は,母親の精神障害を要因とする子ども虐待を予防するためには,妊娠早期からの支援が重要であると述べている.つまり,心理的,精神的問題を抱えている妊婦への早期支援が,産後うつ病や児童虐待の予防につながると考えられる.

このような背景から特定妊婦への支援の重要性が指摘されている.吉岡ら(2016)は,保健師が判断した特定妊婦の特徴と関連要因について,妊婦健診の未受診,妊娠出産の知識不足を抽出している.上別府・山下(2007)は,産後の母親への専門職による援助スキルの調査において,精神科既往歴のある妊婦や虐待リスクのある母親への対応に関する自己評価が低く,複雑な社会的背景を持つ妊産婦への対応が困難であることを明らかにしている.

諸外国でも保健師による思春期妊婦とその子育てに関する家庭訪問プログラムの有用性についての実証研究が行われている(Schaffer & Mbibi, 2014Atkinson & Peden-McAlpine, 2014).しかし,効果的な支援方法やアウトカム指標について明確な内容は示されていない(Brunton et al., 2014Burger, 2010).

これらから,子どもの安全を優先する児童虐待事例とは異なり,保健師による妊娠期からの支援には妊婦の心理的側面への支援が不可欠であり,特定妊婦が抱える不安や精神的問題への支援方法が求められている.そこで,本研究の目的は,保健師における特定妊婦と子どもの養育支援を含む,妊娠期からの一連の支援プロセスを明らかにすることとした.保健師による特定妊婦への支援を明らかにすることにより,今後の効果的な支援方法を検討する際の一助となることが期待される.

Ⅱ. 用語の定義

特定妊婦の定義は,児童福祉法第6条の3第5項と養育支援訪問事業ガイドラインを参考にし,経済的困難,望まない妊娠,若年等の背景を持ち,虐待防止の観点から出産後の子どもの養育について出産前からの支援が特に必要な妊婦とした.なお,便宜上,出産後の特定妊婦を総称して産婦とした.したがって,本研究結果で用いる妊婦は特定妊婦,妊(産)婦は特定妊(産)婦とした.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究は,保健師の特定妊婦へのかかわりから一連の支援プロセスを理論的に説明するため,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(木下,2007)を方法論として用いた.

2. 研究協力者

研究協力者は母子保健の経験年数5年以上で,同一特定妊婦に対し,妊娠期及び出産後に少なくとも2回以上かかわった(面接及び訪問)経験があり,一連の保健師活動を自ら語ることができる研究同意が得られた保健師11名とした.

本研究のリクルート方法は,スノーボールサンプリングを用いた.研究協力者である特定妊婦にかかわっている保健師を見つけることは難しく,また,特定妊婦へのかかわりのある保健師らは互いに情報交換しながら対応している事実があったため,この手法を用いた.最初の研究協力の依頼は,特定妊婦に先駆的にかかわっているA県内のB市保健センター長宛に行い,保健師の紹介を受けた.さらにインタビューを行った保健師から次の研究協力者になり得る保健師の紹介を受けた.

3. データ収集方法(期間:2014年1~6月)

データ収集は,研究協力者が指定した保健センターの個室で,個別に半構成的インタビューを行った.インタビュー内容は,インタビューガイドに基づき,一事例を想起してもらい,事例の年齢・妊娠経験・婚姻,特定妊婦と判断した根拠,支援内容,かかわりの中での困難や判断等を語ってもらった.研究協力者の承諾を得て,面接内容をICレコーダーに録音した.録音内容を逐語録に起こし,データとした.

4. 分析のプロセス

最初に,逐語録をもとに,保健師による特定妊婦への支援に関連していると思われる部分を,文脈を考慮して抽出した.そのデータを意味づけして保健師の支援をコード化し,さらにコードの内容を比較分析し,サブカテゴリーを抽出した.次に,新しいデータのコードを継続的比較分析しながら,サブカテゴリー,カテゴリーに分類し,カテゴリーの関連性を構造化した.

研究協力者8名のインタビュー分析が終了した頃から,『子どもの愛着を基に生活する能力を見極める』ことが主要なカテゴリーと考えられた.

また,それに関連しているのが特定妊婦の複雑な家族背景や,思春期から抱えている問題であると分析できた.そこで,このような社会的背景を持つ特定妊婦の支援にかかわった経験がある保健師の紹介を依頼し,理論的サンプリングを行った.

さらに,特定妊婦の多様な社会的背景が保健師による支援内容に与える影響について検討し,研究協力者の語りから新しい支援内容が示されなかったことをもって理論的飽和状態に至ったと判断し,データ収集を終了した.分析過程では,看護学領域の研究者からスーパーバイズを受けた.最終の分析結果は研究協力者に確認し,同意が得られた.

5. 倫理的配慮

本研究は,奈良県立医科大学の医の倫理委員会により承認を得た(承認番号:805).研究協力者及び所属する保健センター長には,研究の趣旨,途中辞退の自由,プライバシーの保護,秘密保持等について口頭及び文書で説明を行い,研究同意の意志を確認後,文書で研究協力の同意を得た.

Ⅳ. 結果

1. 研究協力者の概要

研究協力者(保健師)の概要を表1に示した.研究協力者の母子保健の経験年数は,中央値15年(範囲:6~25)であった.また,研究協力者が語った事例の概要を表2に示した.事例の年代は,10代4名,20代5名,30代2名であった.

表1 研究協力者(保健師)の概要
性別 年齢 経験年数( )は母子保健従事年 所属機関 インタビュー時間
A 30代 18(18)年 a市 65分
B 30代 14(14)年 a市 58分
C 40代 25(25)年 b町 47分
D 40代 25(25)年 c市 67分
E 30代 8(8)年 d市 50分
F 40代 17(17)年 d市 57分
G 40代 15(15)年 b町 54分
H 30代 14(14)年 e町 45分
I 40代 25(6)年 f町 44分
J 30代 6(6)年 g市 48分
K 60代 30(23)年 h市 59分
表2 研究協力者が語った事例の概要
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
年齢 10代 10代 20代 10代 20代 30代 20代 20代 10代 30代 20代
初産・経産 初産 初産 初産 初産 初産 経産 初産 初産 初産 経産 初産
婚姻 あり なし あり なし あり あり あり あり なし あり あり
特記事項 ・実母との関係性悪い
・母子寮の選択
・実母との関係悪く,祖父母のサポート ・独自の価値観あり(自然派志向) ・実父のパートナーからのサポート ・精神科疾患あり ・里帰りするが,実家の居心地悪い ・育児不安強い ・母子家庭で育つ ・単身で子育て ・自宅トイレにて出産.
・出産後,精神科入院
・近所在住の叔母からのサポート

2. 特定妊(産)婦に対する保健師の支援プロセス

分析の結果,データは【妊婦とのつながりづくり】【妊(産)婦の甘えられる居場所探し】【妊(産)婦の生活の見極め】【閉ざされないサポートづくり】【安全のためのネットづくり】の5カテゴリーと15サブカテゴリー,70コードに分類できた.

特定妊(産)婦に対する保健師の支援プロセスは,妊娠期,産後を通してその焦点が特定妊(産)婦の子どもへの愛着を基に生活する能力にあると考えられたため,コアカテゴリーとして,『子どもへの愛着を基に生活する能力の見極め』を抽出した.また,その支援プロセスは,妊(産)婦の心理としての内面と周囲への支援で構成されていた.内面への支援は,保健師が妊婦の拠り所になる【妊婦とのつながりづくり】をスタートラインにし,その後,身近な人に寄りかかりながら生活するための【妊(産)婦の甘えられる居場所探し】,子どもへの愛着を基に生活していくための【妊(産)婦の生活の見極め】へと発展していた.周囲への支援は,妊(産)婦からの連絡が途切れないようにするための【閉ざされないサポートづくり】から,出産と子どもの虐待の兆候を早期にキャッチするための関係機関との【安全のためのネットづくり】へと発展した.妊(産)婦の内面への支援である【妊婦とのつながりづくり】【妊(産)婦の甘えられる居場所探し】,周囲への支援である【閉ざされないサポートづくり】【安全のためのネットづくり】は同時進行するものであり,【妊(産)婦の生活の見極め】が妊(産)婦の内面と周囲への支援をつなぐ要となっていた.

なお,研究協力者の出産経験の有無,性別による支援内容に相違はなく,特定妊婦の複雑な家庭環境等の社会的背景の有無が支援内容を変える要因であった.

これら一連の保健師による妊(産)婦への支援プロセスを図1に示した.文中の表記は,カテゴリー【 】,サブカテゴリー《 》,コード〈 〉とし,インタビューでの保健師の語りを斜体で示した.語りの( )内は,文脈の前後の内容を明らかにするために研究者が補足した.また,語りの最後に,研究協力者ID,想起した事例番号,発言番号を示した.

図1

保健師による『子どもへの愛着を基に生活する能力の見極め』のプロセス

1) 【妊婦とのつながりづくり】

【妊婦とのつながりづくり】とは,保健師が《妊婦の拠り所になる》ことで妊婦が抱える困りごとをサポートし,《妊婦と家族との溝を見つけ,関係性を知る》ことで,《妊婦・家族との間に入れる隙間づくり》をしながら妊婦とのつながりをつくるものであった.

《妊婦の拠り所になる》とは,保健師が妊婦の抱えている相談事や聴いてほしいことを傾聴することで,妊婦とのつながりをつくり,気持ちを落ち着かせることができる妊婦の拠り所となることであった.

保健師は(妊婦にとって)ほんとに話し相手というか,自分のことを聞いて聞いてっていうのがなかなか言えないし,お友達が少ない方やと思うので,お友達相手のような.親身になって,そういう話を良いも悪いも言ってくれるのはあの人にとっては保健師しかいないのかなと.そこは親ではないと思う.(中略)お母さんの拠り所が保健師になっていて.(F7-45)

《妊婦と家族との溝を見つけ,関係性を知る》とは,妊婦の成育歴と家族との関係性を探りながら妊婦の気がかりな生活の背景を知ることで,妊婦とのつながりをつくるものであった.

(妊婦の親が)離婚してからはお母さんの実家の祖母のところに長くいたようなんですけど,やっぱり新しいお父さんとは折り合いが悪くって,しばらくしたらおじいちゃんおばあちゃんのところにいて.そこでも新しい彼ができたりすると出て行ったりしてしまって.(B1-5)

《妊婦・家族との間に入れる隙間づくり》とは,妊婦が家族との距離をとり,保健師が妊婦・家族との間に入れる隙間づくりのチャンスを待ち,その隙間に入り込むことが,妊婦を守るためのつながりをつくるものであった.

自分(妊婦)が一番信用してる母親(実母)に裏切られた,離婚までさせられて,出産後,家に帰って見てくれると思ってたのに,そこも裏切られてになると,すごい精神的なダメージも大きいと思ったけど,そんな親やって割り切ってもらわないと仕方ないし,私らにしては,それの方(実母と離れて,母子寮に行く)が幸せやと思ったんですよ.(A8-46)

2) 【妊(産)婦の甘えられる居場所探し】

【妊(産)婦の甘えられる居場所探し】とは,保健師が妊(産)婦の《家族のサポート態勢を知る》・《生活への価値観を知る》ことで,《妊(産)婦のストレスの軽減》状況を把握し,妊(産)婦が身近な人に寄りかかりながら生活する《妊(産)婦の甘えられる居場所探し》をするものであった.

《妊(産)婦の甘えられる居場所探し》とは,他者に寄りかかりながら,気ままに振る舞うことができる生活の場を探すものであった.

(この妊産婦を)支えてくれる,受け止めてくれる人がいたっていうのが大きかったかなと.おじいちゃんおばあちゃんがいたということが.だからこの子が特定妊婦から抜けれたというか.頼れる人がというか,わがままを言っても受けてくれる人がおったっていうことが,この子にしたら,最終的にはよかったかなと.(B8-35)

《家族のサポート態勢を知る》とは,妊(産)婦が生活していく上で他者に寄りかかることができる身近な人の存在を探るものであった.

妊婦さんのお父さんのパートナーが妊婦さんの後々の出産のことに関しても助けてくれたので,この人はキーでしたね.(D2-12)そういう(出産)準備っていうのをお父さんのパートナーの人が一緒にしてくれたんですよ.一緒に見に行ったり.(D3-27)

おばさんの子どもさんが(煮物を)持ってきてくれたから,こういう何か関係があるんだったら,助けてもらえるかもしれないって.そこを何かインフォーマルなサポートが得られるんじゃないかって,若干あてにしちゃったんですよ.(K8-43)

《生活への価値観を知る》とは,妊(産)婦や夫の価値観を知り,尊重することであった.

このご夫婦は自然に産むということが一番安全と思っていると思うんです.こっちとしてはきちんと健診を受けて,安全を担保した上で.でも,自分のやりたいお産,そういう風に産みたい,こういう子育てがしたいっていう思いはやっぱり尊重されるべきことだと思いますと(妊婦に)言いました.(C2-11)

《妊(産)婦のストレスの軽減》とは,妊(産)婦が手助けをしてもらえると思っていたが手助けを得られない,思い通りにならないストレスやしんどさ,さらにそのストレス状況を把握し,軽減するように支援することであった.

お母さんにとって,身体的には実家の方が楽だったかもしれませんが,長く離れていた実家に戻るっていうのがお母さんにとってはストレスだったみたいで,かなりイライラした感じの里帰りだったみたいで,里帰り先からもちょくちょく電話がありました.(F3-22)

3) 【妊(産)婦の生活の見極め】

【妊(産)婦の生活の見極め】とは,出産後,子どもへの愛着を基に生活していく妊(産)婦の能力を,保健師が《妊(産)婦の主体性の見極め》《子どもへの愛着の大きさを量る》《生活能力の見極め》を通して確かめることであった.

《妊(産)婦の主体性の見極め》とは,妊(産)婦が子どもとの生活を受け身ではなく,自分のペースでできているかを見極めることであった.

どう(子ども)3人って(尋ねたら),まあ3人ともかわいいよって言っていたんで,まあ大丈夫かなって.服もちゃんと着せてもらってるし,体重も増えてきたし.保育園の見守りで,園にはちゃんと休まず連れてきてくれてるから,低空飛行でずっときてる感じですね.(J9-47)

《子どもへの愛着の大きさを量る》とは,子どもの誕生を待ち望んでいる気持ちを量ることであった.

(退院の服について尋ねたところ,)退院の服は旦那と妊娠中に買いに行って,あの子(旦那)が選んで買ってくれて,2セット買ってたんですわ.準備してあったんやなって思って.それで,(赤ちゃんの)手袋をね,いやーこれ,かわいらしいなあって言うたら,私(妊婦),これ縫うてんって.これを退院の時にしようと思ってって.(A16-84)

《生活能力の見極め》とは,妊(産)婦の生活状況から育児能力を知り,出産後も育児が可能か否かを見極めるものであった.

家事とかしっかりしてはるし,もちろん,子どもに対しての思いとかのところは大丈夫ですので,あの,ちょっとしたことで,いろいろ質問が出るってことは,それだけしっかり見てるってことかなって思うのでね,子どもに対してはちゃんと見てるかなと思ったりするんですけど.(H4-29)

4) 【閉ざされないサポートづくり】

【閉ざされないサポートづくり】とは,《妊(産)婦との連絡の取りづらさを補う》ことを行いながら,連絡が途切れないように《子育てのリスクへのサポートづくり》をしていくことであった.

《妊(産)婦との連絡の取りづらさを補う》とは,妊(産)婦の社会経験の未熟さから連絡が途切れやすくなることに保健師は不安に感じ,それを補うために複数の連絡手段を用いて妊(産)婦の安否の確認することであった.

産後は連絡取りづらかったので,メールでやり取りしたりしてましたね.いついつ行ってもいい?今日はどうやった?とか.(B7-38)

メールで少しだけ連絡しましたね,彼女に関してはなかなかつながらへんかったんで.(家で)寝てたりしたら,産後,特に寝ててつながらへんかったりとか,訪問して(家の鍵が)空いてたけど,約束して行ったけどおらへんで,(戸を空けたら)子どもとお母さんがすやすや寝てたりとかね.(B7-39)

《子育てのリスクへのサポートづくり》とは,出産後の育児へのリスクを考慮したサポート態勢を整えていくことであった.

警察に入ってもらえないと(妊婦に)出会えない,訪問にも行けない状態で,果たして出産後,(妊婦と実母の)関係がいい時とか,母親の調子がいい時は入っていけるけど,いつ何どき,家に入れてもらえない日が来るかもわからへん.(略)それよりか訪問した時に入れるかどうか心配やって.(A8-45)

5) 【安全のためのネットづくり】

【安全のためのネットづくり】とは,《安全な出産のためのネットづくり》のために,《子どもの安全を仲間と共有》し,《何があっても動ける態勢づくり》を行うことであった.

《安全な出産のためのネットづくり》とは,安全な出産につなげるため,緊急事態を早期に発見してスムーズに対応するために,関係機関とネットを張り,受け入れ態勢を整えることであった.

(妊婦の家族は)救急車を何度も呼んでお世話になっているんですよ.だから私たちも,「連携取るね」と(消防署に)連絡入れて,「こういう人が,ひょっとしたら,タクシー代わりに救急車を呼ぶかもわからへん.そのときはまた連絡ください.私たちも動きますので」って.A3-20)

《何があっても動ける態勢づくり》とは,母子の状況が把握できる機会をつくり,関係機関と情報共有しながら,対応できる態勢を整えることであった.

幼稚園と小学校にそれぞれに見守りしていて,お母さん妊娠届を取りに来られたんですけど,こういう状況でちょっと様子は気になるタイプの方なのでっていうことで,みんな,ある程度の場所でお母さんの見れるところで情報共有しながら見守りをして.幼稚園の先生と小学校の担任の先生と,要対協があるので,そこにも連絡がいってたので,そこが取りまとめて情報を総括してそのケースの見守りをしてたんですね.(J2-10)

私たちが手の届かないところに行ってしまうと,向こう(里帰り先)の環境も分からなくって,向こうにお母さんお父さんもおられるんですけど,育児状況が分からないので,特定妊婦ということで里帰り先のところに連絡をして,生まれたら即訪問してほしいこととか,お母さんの相談相手としてお願いしたいと,保育園も,産前産後で入れてもらえるように手配して.(F3-21)

《子どもの安全を仲間と共有》とは,仲間の保健師や保育士の目を通して,感じたことを共有し,関係機関との見守り態勢をつくることであった.

上の子もいろんな経緯があるのでどの保健師(気をつけて見ていくという)認識としてはありますし,特定妊婦としてなので,上の子の虐待予防として保育園にもそういった情報は流してあるので.(略)常に(保健師と保育士の中で)共通理解っていうのはできてますね.こっちでも特定妊婦として何か変わったことがあれば情報としてはちゃんと言うようにはしてます.(F6-35)

Ⅴ. 考察

1. 保健師による特定妊(産)婦に対する内面への支援

本研究結果において,特定妊(産)婦に対する内面への支援は,保健師が妊婦の拠り所になる【妊婦とのつながりづくり】をスタートラインに,家族ではない身近な人に依存しながら生活する【妊(産)婦の甘えられる居場所探し】へつながるものであった.つまり,内面への支援は,特定妊(産)婦の成育歴からくる家族関係の問題を知り,特定妊(産)婦が身近な人に寄りかかりながら生活できる居場所を探すものであった.

妊(産)婦と実母との母子関係について,吉田(2006)は,子どもは母親から拒絶的な態度を取られると,自分には価値がないと認識し,自信のない自己像を作ると指摘している.また,片山ら(2004)は,十分な養育や愛情を受けずに育った母親は自尊感情の低下や対人関係での強い劣等感が生じ,子どもへの不安や苛立ちを感じていると述べている.このことから,母親との関係において,拒絶された経験があることは,出産後の妊(産)婦の子どもへの愛着行動に影響を及ぼすことが考えられる.

本研究結果においては,保健師の語りから特定妊(産)婦の被虐待歴の詳細は明らかになっていないが,すべての対象者が,実母との折り合いの悪さや甘えられない幼少期を過ごしてきた何らかの背景を有していた.例えば,実母との関係性の悪さから実母を頼ることなく,出産後も甘えられる居場所である祖父母のもとで子育てをしていた例や,実母との関係を修復するのが難しいことから,出産後は実母のところではなく,施設での生活を保健師が選択した例もあった.

これらのことから,特定妊(産)婦は実母との愛着形成が困難な成育歴により,他者との関係づくりにおいて自信のなさから生じる脆弱性があると考えられる.その脆弱性をカバーするために,特定妊(産)婦をサポートしてくれる身近な人の存在が重要であり,妊(産)婦が甘えられる居場所を探していたと考える.

身近な人の存在について,佐藤ら(2014)は,家族,友人や近隣住民が含まれ,本人とのつながりやサポートを得られるかどうかを把握して活用することの必要性を述べている.また,林・鈴木(2011)は,児童虐待に関する支援において,拡大家族や友人,知人といったインフォーマルネットワークには潜在的力があり,インフォーマルな関係者・専門職との協働は子どもの見守り体制を強化すると指摘している.この潜在的力とは,エンパワーし,養育責任の自覚や養育課題の取り組み意欲を促すものである.

本研究結果において,わがままを受け入れてくれる祖父母の存在や,母親ではない父親のパートナーの存在などが特定妊(産)婦の支えとなり,甘えられる居場所の存在がその後の生活の見通しにつながっていた.つまり,身近な人による潜在的力は,特定妊(産)婦が見守り支えられながら,自分自身を認めて,自己と向き合うことを可能にすると考えられる.

Bowlby(1988/1993)は,養育者に受け入れられ,情緒的に結びつくことを通して,子どもは養育者を安全の基地とし,主体性,自律性を獲得していくと述べている.また,甘えについて,土居(1971)は,乳児の発達において,母親と自分とは別の存在であることを知覚した後に,母親を求めると指摘している.本研究結果における【妊(産)婦の甘えられる居場所探し】とは,この愛着形成が実母ではない身近な人の存在によって行われ,居場所を探すものであると考えられる.また,特定妊(産)婦にとっての甘えは生活していくために重要なもので,それは依存のみを示すものではなく,自分を認めてくれる身近な人を通して,主体性を形成するものであるといえる.

したがって,保健師の特定妊(産)婦に対する内面への支援は,特定妊(産)婦自身にその脆弱性を気づかせ是正をねらうものではなく,特定妊(産)婦の主体性を育てるため,特定妊(産)婦が身近な人の潜在的力によって甘えられる居場所を探し,自己と向き合うことを可能にする支援といえる.

2. 保健師の特定妊(産)婦に対する周囲への支援

本研究結果において,保健師による特定妊(産)婦の周囲への働きかけは,【閉ざされないサポートづくり】【安全のためのネットづくり】であった.保健師は,妊(産)婦との関係が途切れないように,様々な手段を駆使しながら連絡の取りづらさを補っていた.また,子どもの安全と虐待の兆候を早期にキャッチするために,関係機関と情報共有していた.

関係機関との連携について,上田(2009)大友・麻原(2013)は,多機関・多職種のネットワークとしての横の連携と,年齢の異なる子どもが所属する機関での縦の連携において,継続した支援の必要性を報告している.また,小笹ら(2014)は,要保護児童対策地域協議会(以下,要対協とする)を有効に活用し,他の専門職と連携することで,地域での子どもの安全,母親と子どもの生活の安定への支援ができると指摘している.このことから,子どもの安全を守るために,要対協等と連携することが求められている.本研究結果においても同様の結果が示されており,個々の専門職が情報共有し,協働していくことが支援プロセスには不可欠といえる.

しかし,関係機関と連携しながらも,本研究の対象者からは子どもへの虐待の兆候に対する不安が語られていた.A保健師は「訪問にも行けない状態で,果たして出産後,(妊婦と実母の)関係がいい時とか,母親の調子がいい時は入っていけるけど,いつ何どき,家に入れてもらえない日が来るかもわからへん.」と,関係が途切れてしまったとき,虐待の兆候を把握して介入を開始することができない不安を語っていた.これは,妊(産)婦との信頼関係を基に介入しながらも,子どもの安全を守るための強制的な判断を迫られたとき,強制措置と信頼関係を基にする介入が二律背反することに戸惑いを感じていると考えられる.

児童虐待防止における保健師の能力について,Joyce(1992/1996)は,家族へのケアを提供する能力と保健師自身の身を守る能力の2つがあると述べている.家族へのケアを提供する能力とは,家族の自律を励ます能力であり,家族自身が決定して前進していけるように働きかけることを指す.また,保健師自身の身を守る能力とは,家族での解決が困難な場合に強制措置などへ踏み切る判断をする能力である.Joyceは,家族との信頼関係を基にした介入と強制措置の実施との境目の判断は繊細で複雑なものであると指摘している.

また,林・鈴木(2011)は,専門職には調整役割と介入役割の2つがあると述べている.調整役割とは,他職種などの関係機関との情報共有のための連絡・調整等や,スムーズな連携のための橋渡しを行うことである.一方の介入役割は,当事者の安全を確保しながら,信頼関係を形成していくことである.この調整役割と介入役割は対立する場合があるため,対立関係の外在化と協働を提唱している.このことから,児童虐待においては,子どもの安全を守るための他職種との連携と,家族と信頼関係を基にした介入を分散させることが必要であると考える.

【安全のためのネットづくり】において,J保健師は「幼稚園の先生と小学校の担任の先生と,要対協があるので,そこにも連絡がいってたので,そこが取りまとめて情報を総括してそのケースの見守りをしてたんですよね」と語っており,要対協や関係職種に子どもの安全への見守りを任せていた.【安全のためのネットづくり】の中で,保健師は子どもの安全と母親の育児状況について関係機関に確認を任せ,母子に何が起きているかを把握していたと考えられる.このネットを張る行為は,児童虐待の兆候や子どもの安全確認を関係機関に任せようとするものである.つまり,保健師は,林の調整役割と介入役割の対立関係の外在化と協働に関して,保健師以外の第三者に調整役割を外在化し,保健師は特定妊(産)婦に対する内面への支援に集中させるためのものだといえる.

したがって,特定妊(産)婦に対する周囲への支援である【安全のためのネットづくり】とは,単なる関係機関との連携や協働にとどまらず,子どもの虐待の兆候への確認を外在化することにより,保健師が特定妊(産)婦とのつながりを強化しながら,特定妊(産)婦が子どもへの愛着を基に生活する能力を育成させる内面への支援に集中できるバランスを保っているともいえる.

3. 今後の特定妊(産)婦支援の実践への示唆

上別府・山下(2007)は,産後の母親への専門職による援助スキルの調査において,精神科既往歴のある妊婦や虐待リスクのある母親への対応に関して,専門職の自己評価が低く,複雑な社会的背景を持つ妊(産)婦への対応が困難であると指摘している.本研究結果において『子どもへの愛着を基に生活する能力の見極め』のコアカテゴリーが抽出された.具体的に必要と考えられる支援としては次の2点が挙げられる.1点目は,保健師が,複雑な社会的背景から生じる特定妊(産)婦の脆弱性を身近な人の潜在的力により特定妊(産)婦自身の主体性を育てる支援につなげることである.2点目は,子どもの安全確認を保健師以外の関係機関に外在化することである.保健師に必要なことは,特定妊(産)婦の内面への支援である,子どもへの愛着を基に生活していく能力の育成に重きを置くことである.

4. 本研究の限界と課題

本研究の限界は,保健師における特定妊(産)婦に対する支援プロセスを明らかにするにあたり,保健師の語りのみをデータとし,保健師の支援に対する特定妊婦の受け止めは検討していないことである.しかし,保健師による妊娠期からの虐待予防に関する具体的方略を提示できたことは,本研究の強みである.今後の課題は,保健師による支援に対する特定妊(産)婦の受け止めや特定妊(産)婦への支援の効果を検討することである.

謝辞:本研究に快くご承諾いただき,貴重な体験をお話しくださいました保健師の皆様に心より御礼申し上げます.

本研究は,奈良県立医科大学大学院看護学研究科に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.また,本研究の一部は第35回日本看護科学学会学術集会にて発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KKは,研究の着想,デザイン,データ収集,分析,論文執筆の全研究プロセスに貢献した.YIは,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承諾した.

文献
 
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