目的:女性が1人法で行うBVM換気において,頬部保持法はEC法と比較してどの程度の1回送気量を確保できるか,頬部保持法による送気量と女性の身体的特徴との関連性があるかを明らかにする.
方法:A大学女子看護学生57名が,EC法と頬部保持法によるBVM換気を実施した.送気量は成人マネキンの気道部分にスパイロメーターを接続して測定した.基本属性は身長,体重,BMI,両手の握力,両手の寸法等を調査した.
結果:頬部保持法は1回送気量の平均値548.0 ± 201.5 ml,EC法は403.2 ± 223.7 mlであり,有意に多かった(p < .001).頬部保持法による1回送気量と身体的特徴とは,有意な相関はみられなかった.
結論:頬部保持法は,EC法よりも1回送気量が多く,至適送気量の範囲内であり,女性の身体的特徴とは有意な関連がみられなかったことから,人工換気において有効なBVM保持方法である可能性が示唆された.
Objectives: BVM ventilation performed by a female using the one-person technique, we aimed to elucidate whether the volume of air supplied is greater with the cheek-holding technique or the E-C technique, and how the volume of air supplied using the cheek-holding technique relates to the female’s physical characteristics.
Methods: A total of 57 female nursing students of a university performed BVM ventilation using the E-C technique and the cheek-holding technique. The airway portion of the mannequin was connected to a spirometer with which the volume of air supplied was measured. We also assessed height, body weight, body mass index, grip strength in both hands, and size of both hands.
Results: The mean volume of air supplied per breath was 548.0 ± 201.5 ml for the cheek-holding technique, and 403.2 ± 223.7 ml for the E-C technique. A significantly greater volume of air was supplied per breath with the cheek-holding technique than with the E-C technique (P < .001). There was no significant correlation found between the physical characteristic parameters of participants and the volume of air supplied per breath with the cheek-holding technique.
Conclusion: The cheek-holding technique resulted in a greater volume of air supplied per breath than with the E-C technique, and the air volume supplied was within the normal optimal range. Furthermore, there was no significant correlation with the female’s physical characteristics, which suggested that the cheek-holding method might serve to be an effective method of holding the BVM for one-person artificial ventilation by a female.
臨床において急変患者の第一発見者のほとんどが看護師であり,看護師が蘇生処置で果たす役割は大きいことから(本家ら,2017),看護師は医療従事者の一員として蘇生の技術を十分に習得しておく必要がある.バッグバルブマスク(bag valve mask:以下BVM)換気は,急変患者に対して呼吸および循環の維持を補助する目的がある.アメリカ心臓協会(American Heart Association:以下AHA)は,救助者1人で行う1人法でのBVM換気よりも,救助者2人がそれぞれマスク保持とバッグ保持に分かれて行う2人法を推奨している(AHA, 2016).しかし,臨床で常に2人法で対応することは難しく,1人法で対応せざるを得ない可能性も考えられる.加えて先行研究(Langeron et al., 2000;Koga & Kawamoto, 2009)では,熟練した医師であっても5%,研修医でも20%以上の症例において BVM換気が不十分であったことが明らかになっている.これらのことから,1人法での確実なBVM換気方法を検討する必要がある.
AHA(2016)は,BVMの保持方法として,母指と示指をC,残りの3指をEの形にしてマスクを保持するEC法を推奨している.EC法に関する先行研究(Koga & Kawamoto, 2009;秋月・大橋,2017;Na et al., 2013)では,女性がEC法を行う場合,男性と比較して有効な換気が困難であることが明らかになっている.
EC法はマスクの縁から空気が漏れやすいため,マスクと顔を密着させる必要があり,患者の頬にバッグを添わせる方法(以下,本研究においては「頬部保持法」とする)が保持しやすいことが報告されている(小林・本田,2014).この方法は,臨床において応用的に取り入れられている(図1).頬部保持法は女性が1人法で有効な換気ができるマスク保持方法である可能性が高いと考えられるが,この方法を用いた実証的な研究は見当たらない.
EC法と頬部保持法によるBVM保持(上面図)
さらに,女性が行うBVM換気が困難になる要因として身体的特徴が考えられる.1回送気量と身長,体重,握力の関連性について,先行研究(秋月・大橋,2017;Shawn et al., 1993)では,それぞれ異なる結果が示されているが,これらは参加者が男女混合であり,女性のみの身体的特徴に焦点を当てた研究は進められていない.
以上より,本研究は女性が1人法で行うEC法と頬部保持法の1回送気量の比較,および1回送気量と女性の身体的特徴との関連性を明らかにすることで,有効に人工換気ができるBVMの保持方法を検討することを目的とした.
準実験研究
2. 対象一次救命処置演習を履修し,調査参加の同意が得られたA大学の4年次女子看護学生57名とした.なお,一次救命処置演習を欠席した者,AHA一次救命処置インストラクターの資格を取得している者は対象から除外した.
3. 調査期間2018年6月
4. 調査項目および調査方法 1) EC法と頬部保持法によるBVM換気の送気量はじめに参加者に対し,EC法と頬部保持法について,口頭及び実演による説明をした.次に,参加者は心肺蘇生訓練用成人マネキン(Little Anne, Laerdal Medical製)に対し,EC法と頬部保持法で計5分間の送気練習を行った.その後,EC法と頬部保持法それぞれの測定前に1分間の休憩を挟み,12回連続の送気を行った.なお,クロスオーバー法を用いて各参加者にはEC法と頬部保持法の順序をランダムに割り当てた.また,前に実施した方法の持ち越し効果を最小限にするため,1分間の休憩時間を挟んで次の方法を実施してもらった.
測定にはスパイロメーター(マイクロスパイロHI-302,日本光電社製)を用い,心肺蘇生訓練用成人マネキンの気道部分と接続し,肺活量として表示された数値を記録した.
2) 身体的特徴(身長,体重,BMI,両手の握力,両手の寸法)身長と体重は,参加者が調査用紙に2018年4月の健康診断時の数値を自己記載した.また,左右の手の寸法,握力を測定し,BVM換気を行った際,左右どちらの手でバッグあるいはマスクを保持したかを研究者が記録した.
5. 分析方法はじめに,EC法と頬部保持法それぞれの12回送気量の平均値を1回送気量とした.次に,参加者の基本属性,EC法と頬部保持法の1回送気量について記述統計を算出した.そして,EC法と頬部保持法における1回送気量の平均値において有意な差が生じているかpaired-t検定を用いて比較した.最後に,EC法と頬部保持法による1回送気量と女性の身体的特徴との関連性を明らかにするために,Pearsonの積率相関係数またはSpearmanの順位相関係数を算出した.なお,統計解析にはJMP Pro Ver. 13.2.1を使用し,有意水準は5%とした.
6. 倫理的配慮本研究は,東京医療保健大学ヒトに関する研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:30-10).参加者には口頭及び文書を用いて,研究及び調査への協力は自由意思に基づくものであること,学業成績には一切関係しないこと等を説明し,同意書の提出によって同意を得た.また,参加者IDや調査で得たデータ等の個人情報の保護に努めた.
A大学4年次女子看護学生81名に対して本研究に関する説明を行い,57名が調査参加に同意した(参加率70.4%).また,調査で得られたデータに欠損はなかった.
1. 参加者の基本属性(表1)身長の平均値は159.0 ± 5.0 cm,体重の平均値は50.8 ± 5.8 kg,BMIの平均値は20.1 ± 2.0 kg/m2であった.握力の平均値はバッグ保持手が23.7 ± 5.1 kg,マスク保持手が22.2 ± 5.2 kgであった.手の寸法の平均値はバッグ保持手が16.9 ± 0.7 cm,マスク保持手が 16.9 ± 0.7 cmであった.
平均値 | 標準偏差 | 中央値 | 最大値 | 最小値 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
身長(cm) | 159.0 | 5.0 | 159.0 | 172.0 | 147.0 | |
体重(kg) | 50.8 | 5.8 | 50.0 | 62.0 | 37.0 | |
BMI(kg/m2) | 20.1 | 2.0 | 20.2 | 24.5 | 13.6 | |
握力(kg) | バッグ保持手 | 23.7 | 5.1 | 22.0 | 36.0 | 13.0 |
マスク保持手 | 22.2 | 5.2 | 21.0 | 39.0 | 15.0 | |
手の寸法(cm) | バッグ保持手 | 16.9 | 0.7 | 16.8 | 18.6 | 15.4 |
マスク保持手 | 16.9 | 0.7 | 16.9 | 19.0 | 15.3 |
EC法による1回送気量の平均値は403.2 ± 223.7 ml,頬部保持法による1回送気量の平均値は548.0 ± 201.5 mlであり,頬部保持法はEC法と比較して1回送気量が有意に多かった(p < .001).
平均値 | 標準偏差 | p値1) | |
---|---|---|---|
EC法(ml) | 403.2 | 223.7 | <.001 |
頬部保持法(ml) | 548.0 | 201.5 |
1)paired-t検定
EC法による1回送気量の平均値と身長(r = –.095),体重(r = .035),BMI(r = .107),バッグ保持手の握力(r = .076),マスク保持手の握力(r = .095),バッグ保持手の寸法(r = –.169),マスク保持手の寸法(r = –.067)の間に有意な相関はなかった.同様に,頬部保持法の1回送気量の平均値と身長(r = –.035),体重(r = .142),BMI(r = .195),バッグ保持手の握力(r = .066),マスク保持手の握力(r = .035),バッグ保持手の寸法(r = –.095),マスク保持手の寸法(r = –.059)の間にも有意な相関はなかった.
EC法 | 頬部保持法 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
r | p値 | r | p値 | |||
身長1) | –.095 | .483 | –.035 | .793 | ||
体重1) | .035 | .796 | .142 | .292 | ||
BMI1) | .107 | .426 | .195 | .145 | ||
握力2) | バッグ保持手 | .076 | .727 | .066 | .948 | |
マスク保持手 | .095 | .510 | .035 | .703 | ||
手の寸法1) | バッグ保持手 | –.169 | .208 | –.095 | .484 | |
マスク保持手 | –.067 | .619 | –.059 | .663 |
l)Pearsonの相関係数 2)Spearmanの順位相関係数
頬部保持法による1回送気量は,EC法よりも有意に多かった.さらに,女性を対象にした本研究における頬部保持法の1回送気量は,救急救命士養成課程の男性がEC法でBVM換気を行った先行研究(田口ら,2012)での1回送気量の平均(444 ml)よりも多かったことから,頬部保持法は女性において有効なBVM換気を可能にするBVMの保持方法と言える.
頬部保持法による1回送気量の方がEC法よりも多かった理由として,頬部保持法はEC法よりもマスクからの空気の漏出が少ないBVMの保持方法であることが考えられる.片手でマスクを固定するEC法では,マスクを中指・薬指・小指で固定する顎部分と,マスクの側面のうち特に手掌で固定する反対側の頬部分から空気が漏れやすいことが明らかになっている(Hui et al., 2012).さらに,BVM換気の実施者において,男性の方が女性よりマスクの両側の密着性が高いことが明らかになっており(古賀ら,2009),マスクと顔の密着性がBVM換気の有効性を左右することが示唆されている.頬部保持法では手掌で固定できない頬部分にバッグを押し当てるため,EC法よりもマスクと顔の密着性が高まり,空気の漏出を軽減することができると考えられる.
さらに,頬部保持法による1回送気量は,AHAの推奨する至適送気量(約500~600 ml/回)を満たしていたのに対し,EC法では至適送気量に達していなかった.至適送気量以下であると,肺の酸素供給量が減少し,組織細胞での酸素不足により,循環不全が生じ患者が死に至る危険性がある.一方,至適送気量以上であると,胃に空気が流入し嘔吐を誘発するだけでなく,胸腔内圧上昇による心臓への静脈灌流量減少などの悪影響を及ぼす(伊藤,2012).したがって頬部保持法は,女性において効果的に至適送気量の人工換気を実践できるBVMの保持方法であることが示唆された.
2. EC法,頬部保持法による1回送気量と女性の身体的特徴の関連性EC法,頬部保持法のいずれにおいても,女性の体格や握力などの身体的特徴は1回送気量と有意に関連しなかった.対象者が男女混合の先行研究(Na et al., 2013;Shawn et al., 1993)では,EC法による1回送気量と身長,体重,握力などの身体的特徴との相関について,それぞれ異なる結果が示されていたが,女性のみを対象とした本研究の結果では,いずれのBVM保持方法においても有意な相関はみられないことが明らかになった.したがって,EC法だけでなく,頬部保持法は女性の身体的特徴に左右されない有効なBVMの保持方法であると考えられる.
3. 看護実践への示唆本研究の結果から,頬部保持法の方がEC法よりも1回送気量は有意に多いことが明らかになった.また,頬部保持法はAHAが推奨する至適送気量の範囲内であり,女性の身体的特徴は1回送気量と有意な関連性がなかったことから,頬部保持法は女性の身体的特徴に左右されない有効なBVMの保持方法であると考える.よって,臨床において女性が1人法でBVM換気を行う際は,頬部保持法が有効であると考えられる.
本研究は送気量の測定に心肺蘇生訓練用成人マネキンを用いたため,人体や実際の心肺蘇生の状況で同様の結果を示すとは限らない.また,本研究の参加者は日本人女性の平均的な身体的特徴の人が多かったため,今後は多様な身体的特徴の参加者を対象に調査を行う必要がある.
本研究の結果から,以下の4点が明らかになった.
1.頬部保持法は,EC法より1回送気量が有意に多かった.
2.女性の頬部保持法による1回送気量は,先行研究(田口ら,2012)における男性のEC法の1回送気量より多かった.
3.頬部保持法による1回送気量は,AHAによる至適送気量の範囲内であった.
4.頬部保持法による送気量は,女性の身体的特徴と有意な相関は認められなかった.
以上のことから,女性による1人法でのBVMの保持方法として,頬部保持法が有効である可能性が示唆された.
付記:本研究の一部は第39回日本看護科学学会学術集会にて発表をした.
謝辞:本研究を行うにあたり,調査に協力して下さいました参加者の皆様に感謝申し上げます.
利益相反:本研究は開示すべきCOI関係にある企業・組織および団体等はない.
著者資格:AY,MO,TS,RT,MHは研究の着想およびデザイン,データ収集・分析,原稿の作成までの研究プロセス全体に貢献;MH,TTは分析解釈,研究プロセス全体への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.