日本看護科学会誌
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原著
乳児との対面接触による妊婦の対児感情と不安への効果:ランダム化比較試験
園田 希髙畑 香織堀内 成子
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2021 年 41 巻 p. 449-457

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Abstract

目的:乳児とふれ合う経験がない初産婦を対象に,乳児と対面で接触する効果を検証する.

方法:2群比較のランダム化比較試験.2群は1)30分間乳児と接触する対面接触群と,2)30分間,乳児の遊び,直接授乳,眠る様子の映像を視聴する映像群である.アウトカムは対児感情評定尺度の接近得点と回避得点,状態不安得点の介入前後の変化量である.

結果:接近得点は両群で介入後に上昇し,変化量は対面接触群3.5 ± 3.5,映像群1.2 ± 3.6で対面接触群の方が有意に増大し,効果量は中だった(t = 2.896, p = 0.01, d = 0.66).回避得点と状態不安得点の変化量は,両群に有意な差はなかった(t = –1.530, p = 0.13, d = 0.34; t = –1.243, p = 0.22, d = 0.29).

結論:2群比較の結果,接近得点の変化量は対面接触群の方が有意に上昇した.両群で介入後の接近得点は上昇,回避得点と状態不安得点は減少した.本結果より,初めて母親になる妊婦と乳児との接触やケアを創る必要がある.

Translated Abstract

Objective: To examine the effect of interaction with an infant in primiparas with no experience interacting with infants.

Method: This two-armed randomized controlled trial compared: 1) 30 minutes of interaction with the infant (face-to-face experience group); and 2) 30 minutes of watching a video on how the infant plays, breastfeeding, and the infant falling asleep (video experience group). The outcomes were the amount of change in the emotion score for approaching infants, the emotion score for avoiding infants, and the anxiety score before and after the intervention.

Results: The emotion score for approaching infants increased after the intervention for both groups; however, comparing the quantity of change, the score in the face-to-face experience group was 3.5 ± 3.5, and for the video experience group was 1.2 ± 3.6, with the quantity of change significantly greater for the face-to-face experience group with a medium effect size (t = 2.896, p = 0.01, d = 0.66). The emotion score for avoiding infants and the anxiety score decreased in both groups after the intervention; however, the quantity of change was not significantly different between the two groups (t = –1.530, p = 0.13, d = 0.34; t = –1.243, p = 0.22, d = 0.29).

Conclusion: The amount of change in the approach score was significantly higher in the face-to-face experience group. In both groups, approach scores increased and avoidance scores and state anxiety scores decreased after the intervention. Based on these results, it is necessary to create opportunities for primiparas to interact with infants.

Ⅰ. 緒言

1. 研究の背景

親になることは,身体的,精神的,社会的にも大きな変化があり,人生の中での大きな移行期の1つである.妊娠期の女性は,非妊娠の女性と比較すると,不安が高く(中嶋ら,1998松岡ら,2002),その不安は妊娠に起因していることが広く知られている(花沢,1992).近年加速する少子化や核家族化は,日本の子育てに大きな影響を与えている.日常生活の中での乳児とのふれ合う機会の減少は母親たちの育児不安(厚生労働省,2003)を生んだ.育児不安は,産後うつ病との関連も報告されており(佐藤ら,2006),女性とその家族への影響は計り知れない.そのため,乳児とふれ合う経験を持たない女性に対し,育児不安を軽減する支援は周産期領域の喫緊の課題と言える.

実際の臨床では,産前教育として映像教材を用いた集団指導や新生児のモデル人形を用いた指導だけではなく,初産婦が乳児と対面で接触することを意図的に企画したプログラムも少数ではあるが存在している.初産婦が乳児と対面で接触することは,児のイメージが漠然としたものから具体的なものへと変化すること(大森ら,2005)や,児への愛着や子育てへの現実味が増加すること(渡邉ら,2013)が報告されているものの,乳児との接触の方法やその効果は明らかになっていない.そこで,著者らは,Rubin(1984/1997)の母性性(maternal identity)の発達をもとに,乳児とふれ合う経験を持たない妊娠後期の初妊婦が乳児とふれ合う“Mama’s Touchプログラム”を開発し,その実行可能性を検討した(園田ら,2018).“Mama’s Touchプログラム”は,乳児とその母親のふれ合いの様子を観察するsession 1と,実際に乳児とふれ合うsession 2で構成される約60分間のプログラムで,乳児とふれ合う経験を持たない初産婦を対象に妊娠38週台,妊娠39週台の計2回実施した.“Mama’s Touchプログラム”では,ストレスのバイオマーカーである唾液中コルチゾール濃度,愛着との関連が報告されている唾液中オキシトシン濃度,状態不安得点をアウトカムとした結果,唾液中コルチゾール濃度の低下の可能性だけでなく,プログラム参加後の状態不安得点の低下の可能性,さらには乳児へのイメージの具体化の可能性が示唆された.しかし,乳児の泣きや睡眠,嘔吐,排尿など乳児の生理的な反応や乳児の発達に違いがみられたため,初産婦と乳児が接触する時間や方法,内容が統一することができなった,という課題が残った.そこで,著者らは,初産婦と乳児との対面での皮膚および触覚を介した接触時間や内容,方法を規定し,初産婦が実際に乳児と対面で触覚を介して接触する群(対面接触)と,接触のない,映像(母親と乳児の関わる様子)を視聴する群の2群を比較することとした.アウトカムを生理学的指標(唾液中コルチゾール濃度および唾液中オキシトシン濃度)とした研究をSonoda et al.(2021)で報告し,本稿においては心理的指標をアウトカムとした結果を記述する.

初産婦が乳児と対面で接触することは,初産婦の状態不安得点の低下の可能性や乳児へのイメージの具体化の可能性(園田ら,2018)だけでなく,乳幼児との交流は対児感情評定尺度に影響を与えることも報告されている(花沢,1992角森・山口,2012).そのため,対児感情評定尺度を用いることで,児へのイメージの変化を定量化することができると考え,本研究でのアウトカムは,状態不安得点および対児感情評定尺度の接近得点および回避得点とした.

本研究により,乳児と対面で皮膚および触覚を介した接触の効果が明らかになることは,育児不安を軽減する支援プログラム開発のための科学的根拠となると考えられる.さらに,少子化・核家族化の現代,乳児と対面で接触する機会を持たず母親になる初産婦に対して新たなケアの創造の一助になることが期待される.

なお,本研究は,Sonoda et al.(2021)と同じ設定で実施しているがアウトカムが異なっており,Sonoda et al.(2021)では,唾液中コルチゾール濃度とオキシトシン濃度を指標としているのに対し,本稿は質問紙への回答から得られた心理学的指標の検証を記すものである.

2. 研究の目的と仮説

本研究の目的は,初産婦が実際に乳児と対面で接触する群(対面接触)と映像(母親と乳児の関わる様子)を視聴する群との2群比較により,仮説1),仮説2),仮説3)を検証することを目的とする.

仮説1)対面接触群の介入前後での対児感情(接近得点)が上昇する変化量は,映像群にくらべて有意に大きい.

仮説2)対面接触群の介入前後での対児感情(回避得点)が低下する変化量は,映像群に比べて有意に大きい.

仮説3)対面接触群の介入前後での状態不安得点が低下する変化量は,映像群に比べて有意に大きい.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究デザイン

乳児との対面接触群と映像群(母親と乳児の関わる様子)の2群比較を行う,ランダム化比較試験である.

2. サンプルサイズ

花沢(1992)の妊娠期と産褥期の接近得点をもとに,対児感情の接近得点で,対面接触群と映像群において検出すべき差を2.3点と見積もり,検出力を80%とすると,本研究での対象者は片群23.8名が必要となった.Sonoda et al.(2021)でのサンプルサイズは,プライマリアウトカムである唾液中コルチゾール濃度をもとに算出し,片群36名であった.そのため,Sonoda et al.(2021)での副次的評価項目の解析を行うための本研究のサンプルサイズを,満たすことができていた.

3. 研究対象者

妊娠38週台のローリスク日本人初産婦で,次の適格条件を満たすものとした.適格条件は,1)年齢が20歳以上,2)児が単胎,3)経腟分娩を予定している,4)妊娠38週0日から妊娠38週6日の期間に研究に参加可能とした.除外条件は,1)合併症妊娠や産科合併症を有する女性,2)精神疾患や内分泌疾患の既往ある女性,3)口腔内疾患がある女性(Salimetrics LCC, 2015),4)喫煙をしている女性(Clements, 2012),5)分娩誘発のためセルフケアとして乳頭マッサージを行っている女性(Takahata et al., 2019),6)授乳や沐浴,おむつ交換などで日常的に乳児と対面で接触する機会のある女性とした.なお,除外条件3),4),5)はSonoda et al.(2021)のアウトカムである唾液中コルチゾール濃度および唾液中オキシトシン濃度に影響を与えるため,除外条件とした.

4. 調査方法

1) データ収集施設とデータ収集期間

データ収集施設は,便宜的に抽出した都市部の地域周産期母子医療センター1施設,産婦人科専門病院1施設,産婦人科有床診療所1施設,開業助産所1施設の計4施設とした.データ収集期間は,2017年5月~2018年3月とした.

2) データ収集方法

対象者より参加の同意が得られた時点で,対面接触群と映像群への割付を行った.割付は,Webシステムで管理されるソフトウェアクラウドサービスを用いた中央割付とし,置換ブロック法(ブロックサイズ4)にて実施した.両群とも,介入の前後に事前質問紙(以下,Pre-testとする)と事後質問紙(以下,Post-testとする)への記載を依頼した.

3) 介入手順

(1) 対面接触群

乳児の母親の教示のもと,生後2~6か月までの乳児との対面での接触を30分間実施した.介入を統一するため,施設内のプライバシーが確保できる空間で,1対象者につき1組の乳児と母親にて,1対象者ごとに実施した.対面接触の内容は,次のように規定した.1)乳児の観察,2)乳児の母親の教示のもと,乳児とのコミュニケーション,3)乳児の抱っこ,4)乳児の観察.なお,感染管理を徹底するため,対象者および介入を行う乳児と乳児の母双方の体調の確認を行った上で実施した.

(2) 映像群

生後2か月の乳児の映像を30分間視聴し,映像を視聴した.介入を統一するため,施設内のプライバシーが確保できる空間で,1対象者ごとに実施した.乳児の映像は,1)覚醒した状態で静かにベッド上で過ごすシーン,2)直接授乳のシーン,3)乳児の母親が乳児を抱っこするシーン,4)ベッドで眠るシーンで構成されている.

両群とも,介入の前後に自記質問紙によるPre-test,Post-testを実施した.

5. 測定用具

1) 対児感情評定尺度

対児感情評定尺度を用い乳児に対するイメージを得点化した.対児感情評定尺度は花沢(1992)によって作成された尺度で,回避得点と母親の精神的健康度の負の相関(髙木,2018)や自身の子どもとの接触による(ベビーマッサージ)接近得点の上昇(伊藤・笠置,2016)が報告されている.

対児感情評定尺度は,接近項目と回避項目から構成されている.接近項目は,あたたかい,いじらしい,ほほえましい,あかるい,やさしい,うつくしい,など児を肯定し受容する方向の感情14項目からなり,回避項目は,よわよわしい,やかましい,うっとうしい,めんどうくさい,わずらわしい,など児を否定し拒否する方向の感情14項目からなる.回答は,“非常にそのとおり”を3点,“そのとおり”を2点,“少しそのとおり”を1点,“そんなことはない”を0点として得点を算出する.両項目とも最高点は42点である.信頼性に関しては再検査法にて検証され(接近得点r = 0.85,回避得点r = 0.85),妥当性に関しては乳児に関する質問との相関にて検証されている(接近得点r = 0.76,回避得点r = 0.68)(花沢,1992).

2) 状態不安得点

新版STAI-From JYZを用い状態不安得点の測定を行った.新版STAI-From JYZは,肥田野ら(2000)によって開発された尺度で,Cronbach α係数は.859から.923である.状態不安尺度は,対象者が“今まさにどのように感じているか”を評価する不安存在尺度と不安不在尺度の20の叙述文から成り立っている.各項目は1点から4点までの重みづけがされ,状態不安尺度の得点は20点から80点までの間に分布する.20点以上45点未満は低不安,55点以上は高不安と判定される.

3) 対象の属性

自記式質問紙を用い,年齢,不妊治療の有無,婚姻状態,きょうだいの有無,分娩予定施設,特性不安,不安の有無について情報を得た.なお,特性不安に関しては,新版STAI-From JYZを用い特性不安得点の測定を行った.

6. データの分析方法

全ての変数の基本統計量を算出した.Shapiro-Wilk検定およびヒストグラムにて各変数の分布の確認を行った後,対児感情評定尺度の接近得点,回避得点,状態不安得点それぞれの変化量(=Pre-testでの得点-Post-testでの得点)を算出し,独立したサンプルのt検定を行った.データの分析にはSPSS version 25.0を使用し,すべての有意水準は両側5%とした.なお,効果量に関しては,Cohenのdを算出式に基づき算出した.

7. 倫理的配慮

本研究は,聖路加国際大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:17A-004).なお,研究への参加は自由意志であること,途中辞退が可能であること,辞退により不利益を被らないこと,個人情報の保護,研究結果の公表について文書および口頭にて説明を行い,同意を得た上で研究を実施した.さらに,乳児のプライバシーの保護のため,研究参加時の写真や動画の撮影,連絡先の交換を禁止した.

Ⅲ. 結果

1. リクルートの結果と対象の属性

リクルートの結果を図1に示す.研究実施期間,適格条件を満たす363名の産婦に対し,リクルートを行った結果,102名から同意を得ることができた.同意を得た102名を対面接触群51名,映像群51名にランダムに割付けた.分析対象者は,対面接触群38名,映像群42名であった.対面接触群38名,映像群42名の対象の属性は,表1に示す通りであった.

図1 

リクルートの結果

表1  対象の属性
基礎情報 対面接触群n = 38 映像群n = 42
年齢 M[SD] 32.4[4.6] 32.6[4.3]
不妊治療の有無 n(%) 8(21.1%) 7(16.7%)
婚姻状態 n(%) 38(100%) 41(97.6%)
きょうだいの有無 n(%) 23(60.5%) 18(42.9%)
パートナーとの同居の有無 n(%) 38(100%) 41(97.6%)
状態不安得点 M[SD] 37.0[6.9] 40.3[7.3]
特性不安得点 M[SD] 37.8[7.2] 39.9[6.7]
不安の有無
 育児に関する不安の有無 n(%) 34(89.5%) 38(90.5%)
 分娩に関する不安の有無 n(%) 22(57.9%) 26(61.9%)
 家族関係に関する不安の有無 n(%) 6(15.8%) 6(14.3%)
 経済状態に関する不安の有無 n(%) 12(31.6%) 12(28.6%)
対児感情評定尺度
 接近得点 M[SD] 27.0[6.5] 27.5[6.9]
 回避得点 M[SD] 9.9[5.1] 9.7[5.5]

2. 対児感情評定尺度

1) 接近得点

対児感情の接近得点に関しては,Pre-test,Post-testとも回答が得られたものは,対面接触群38名,映像群は40名であった.変化量(mean ± SD)の比較では,対面接触群3.5 ± 3.5点,映像群1.2 ± 3.6点で介入群の変化量の方が有意に大きく,効果量は中であった(t = 2.896, p = 0.01, d = 0.66)(図2表2).

図2 

接近得点・回避得点・状態不安得点のPre-test,Post-testでの変化量

表2  接近得点・回避得点・状態不安得点の変化量
対面接触群 映像群 t p-value d
n pre post 変化量 SD n pre post 変化量 SD
対児感情評定尺度接近得点 38 27.0 30.5 3.5 3.5 40 27.4 28.6 1.2 3.56 2.896 .01* .66
対児感情評定尺度回避得点 38 9.9 5.5 –4.4 3.75 42 9.7 6.5 –3.2 3.45 –1.530 .13 .34
状態不安得点 35 37.0 29.7 –7.3 4.64 41 40.3 34.5 –5.8 6.08 –1.243 .22 .29

*:p < .05

各項目での変化量を比較した結果,“すがすがしい(対面接触群:0.7 ± 0.7点,映像群:0.3 ± 0.7点)”,“あかるい(対面接触群:0.5 ± 0.6点,映像群:0.01 ± 0.8点)”,“たのしい(対面接触群:0.2 ± 0.5点,映像群:–0.2 ± 0.6点)”,“うつくしい(対面接触群:0.6 ± 0.7点,映像群:0.2 ± 0.7点)”の4項目で対面接触群の方が映像群と比較すると有意に大きく,効果量は中であった(t = 2.768, p = 0.01, d = 0.63; t = 2.781, p = 0.01, d = 0.63; t = 3.268, p < 0.01, d = 0.75; t = 2.497, p = 0.02, d = 0.56).

2) 回避得点

対児感情の回避得点に関しては,Pre-test,Post-testとも回答が得られたものは,対面接触群38名,映像群は42名であった.変化量を比較すると,対面接触群–4.4 ± 3.8点,映像群–3.2 ± 3.5点で,対面接触群の変化量が大きいものの,両群に有意な差はなく,効果量も小であった(t = –1.530, p = 0.13, d = 0.34)(図2表2).

各項目での変化量を比較した結果,“よわよわしい”の1項目において対面接触群–0.8 ± 0.7点,映像群–0.4 ± 0.9点で,対面接触群が有意に大きく,効果量は中であった(t = –2.388, p = 0.02, d = 0.54).

3. 状態不安得点

状態不安得点は,Pre-test,Post-testとも回答が得られたものは,対面接触群35名,映像群は41名であった.変化量を比較すると,対面接触群–7.3 ± 4.6点,映像群は–5.8 ± 6.1点で,対面接触群の変化量の方が映像群の変化量より大きいという結果であったが,両群に有意な差は認められず,効果量も小であった(t = –1.243, p = 0.22, d = 0.29)(図2表2).

Ⅳ. 考察

1. 対児感情評定尺度

本研究の結果では,対面接触群と映像群を比較すると,対面接触群の接近得点の変化量が有意に大きく,仮説1は支持された.

初産婦が乳児と対面で接触することは,不安の低下や乳児へのイメージの変化の可能性が示唆されており(大森ら,2005渡邉ら,2013園田ら,2020),特に乳児と対面で接触することは,映像の視聴に比べ,乳児へのより具体的なイメージ化や乳児との相互作用の可能性への気づきが得られる可能性も示唆されていた(園田ら,2020).本研究の結果より,乳児と対面で接触することは,“すがすがしい”,“あかるい”,“たのしい”,“うつくしい”という児を肯定し受容する方向の感情に影響を与えることが明らかとなった.本研究の結果より,実際の臨床では,初産婦が対面で乳児と接触することを意図的に企画したプログラムは重要であるといえる.

妊娠期の初産婦のニーズとして【乳児の生態を知りたい】というニーズがある(小川ら,2018).乳児との対面での接触は,乳幼児への愛着感情や愛着行動を増加させることが報告されている(Shoghi et al., 2018).対面接触群と映像群,両群ともに介入後の接近得点は上昇の方向に変化していたが,乳児とふれ合う経験を持たず親となる初産婦と乳児との対面での接触は,映像の視聴と比較すると,接近得点が大きく上昇するといえる.

回避得点に関しては,対面接触群と映像群を比較すると,変化量に有意な差はなく,仮説2は支持されなかった.

回避得点は,乳児を否定したり拒絶したりすることに伴う否定的な感情であると言われている(花沢,1992).初産婦の回避得点は8.0[SD: 4.8](盛山・島田,2008),8.0[SD: 4.9](鈴木・島田,2013)と報告されている.本研究での回避得点は,介入前の介入群は9.9[SD: 5.1],対照群は9.7[SD: 5.5]で,既存の報告よりも高いものの,初産婦の得点を反映していると考えられる.介入後の回避得点は対面接触群で5.4[SD: 3.3],映像群は6.6[SD: 4.9]であり,介入により否定的な感情を低下させる可能性があると考えられた.なかでも,各項目における変化量の比較では,“よわよわしい”という項目で対面接触群と映像群の変化量に有意な差が認められた.本項目は,【乳児の生態を知りたい】という初産婦のニーズ(小川ら,2018)に対し,実際に乳児とふれ合うことで,乳児の生態を知った結果生じた変化であると考えられる.

2. 状態不安得点

本研究の結果は,介入後の状態不安得点の比較において,対面接触群と映像群での変化量の比較で,両群の変化量に差はなく,仮説3は支持されなかった.

妊娠後期のローリスク妊婦の状態不安得点は41.4[SD: 8.3]と報告されている(奥村ら,2015).本研究では,Pre-testでの介入群の状態不安得点は37.0[SD: 6.9]で,Pre-testでの対照群の状態不安得点は 40.3[SD: 7.3]であり,奥村ら(2015)の不安得点よりやや低かった.また,対面接触群に割付けられた対象者は,介入前にすでに映像群よりも状態不安得点が低い集団であった可能性はあるが,両群ともに妊娠後期のローリスク妊婦の状態不安得点を反映していると考えられる.

本研究では,両群とも介入後に状態不安得点は低下の方向に変化していた.育児や子どもの成長・発達に関する知識を得ることは,育児に関連する不安を軽減させる(萩原ら,2017).そのため,本研究では,乳児との対面接触や映像の視聴により,初産婦が乳児の生態を見聞きすることにより不安を軽減していた可能性がある.

3. 映像を用いた産前教育への示唆

本研究の結果より,乳児の映像の視聴においても,対児感情(接近得点)の上昇および対児感情(回避得点)の低下,状態不安得点の低下が確認された.映像群での前後比較の結果は,新型コロナウイルスとの共存が必要な現代,助産ケアへの有用な結果を示唆している.

新型コロナウイルスの感染拡大以前は,妊婦への支援としての産前教育は,地方自治体や産婦人科施設にて母親学級や両親学級が対面にて開催されていたが,2020年の緊急事態宣言の発出後には,対面での母親学級や両親学級は中止を余儀なくされた(白岩,2021長坂ら,2021).新型コロナウイルスのパンデミックを経験した妊婦は,新型コロナウイルスのパンデミックを経験していない妊婦と比較すると臨床的にも有意なレベルでの抑うつや不安症状を呈する可能性(Berthelot et al., 2020)や妊娠・分娩・親になることへの不安,精神的な不安があること(Rhodes et al., 2020)が報告されている.新型コロナウイルスのパンデミックにより,医療機関や子育て支援を行う機関での支援が制限され,不足している中で,デジタルコンテンツのニーズは高まっている(Rhodes et al., 2020).日本では,オンラインでの母親学級や助産師による相談が開設され(白岩,2021長坂ら,2021伊藤ら,2020),実施されているものの,その方法論は手探りの状態である.しかし,オンラインでの周産期のケアは精神的なケアを必要とする妊婦にとって,有効な方法となり得ることが期待されている(Wu et al., 2020).

本研究の結果より,乳児と対面して接触することができないとしても,妊婦が乳児と映像にて接触することは,児への肯定的な感情の醸成,そして否定的な感情や不安の低下の可能性が存在している.そのため,新型コロナウイルスと共存する社会において,初めて子どもを持つ初産婦への支援に,乳児との直接対面しての接触の機会だけでなく,映像での接触の機会もケアの1つの選択肢として今後検討していく必要がある.

Ⅴ. 研究の限界と今後の展望

本研究の結果では,対面接触のほうが,接近得点が大きく上昇するが,映像の視聴でも上昇する変化が認められた.しかし,本研究は,妊娠38週において30分間の介入を1回のみ実施した成果であり,今後は妊娠中期以降,繰り返しての乳児との接触機会を持つことの効果や,父親が乳児と知り合う学習機会の提供を検証する必要がある.また,新型コロナウイルスのパンデミックにより,急激に推し進められたデジタル活用へのニーズは今後も増加することが推測される.本研究の結果では,対面接触だけでなく映像の視聴による効果の可能性も示唆された.そのため,映像(母親と乳児の関わる様子)を用いた介入群と対照群(人物の登場しない風景映像)を設定し,映像による効果を検証する必要がある.

Ⅵ. 結語

乳児とふれ合う経験を持たない妊婦が乳児と対面で接触することで以下の可能性が示唆された.

1.対面接触群の対児感情(接近得点)の介入前後の変化量は,映像群に比べて有意に大きい.

2.対面接触群の対児感情(回避得点)の介入前後の変化量は,映像群との間で有意な差を認めない.

3.対面接触群の状態不安得点の介入前後の変化量は,映像群との間で有意な差を認めない.

4.介入後の前後比較においては,対面接触群だけでなく映像群においても,介入後の有意な接近得点の上昇,回避得点および状態不安得点の低下が確認された.

少子化・核家族化で乳児と皮膚や触覚を介したふれ合いの経験を持たず親となる女性が約半数を占める現代,乳児の生態を見聞きする機会を創造することが不可欠である.Withコロナを考える現代,母親への適応を促し,母親のニーズに合った支援を行っていく必要がある.

付記:本研究は,聖路加国際大学大学院看護学研究科に提出した博士論文に加筆・修正を加えたものである.

謝辞:本研究にご協力いただきました妊婦の皆様,お母様,お子様,医療施設のスタッフの皆様に心より感謝申し上げます.本研究は,科学研究費助成事業 挑戦的萌芽研究16K15939,基盤研究(A)17H01613,若手研究19K19698の助成を受けて実施した.

利益相反:本論文内容に関連する利益相反事項は存在していない.

著者資格:NSおよびSHは研究の着想およびデザインに貢献;NSは統計解析の実施および草稿の作成;KTおよびSHは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認しました.

文献
 
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