日本看護科学会誌
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壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わり
國府 幹子月野木 ルミ
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2021 年 41 巻 p. 513-519

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Abstract

目的:壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わりを明らかにする.

方法:訪問看護師5名に対し,重症心身障害者の母親への関わりについて半構造化面接を実施し質的記述的に分析した.

結果:将来を見据えた訪問看護師の関わりとして,【母親がつくりあげてきた今ある親子の暮らしを尊重する】【子どもの介護を抱え込みつつある母親が人に委ねられる糸口を掴む】【母親が納得できるまで手を差しのべ,時間をかけてそばで支える】【家族の移り変わりに備えて,子どもの療養を支える体制を整える】【年齢を重ねてゆく親子の姿を見極め,機を逃さず踏み込んで支える】の5カテゴリが抽出された.

結論:壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わりは,母親が大切にしてきた親子の暮らしと母親の老いを支え,【年齢を重ねてゆく親子の姿を見極め,機を逃さず踏み込んで支える】支援が重要である.

Translated Abstract

Aim: To elucidate the support of visiting nurses focused on the future for mothers of early-middle-aged severely disabled persons.

Methods: Semi-structured interviews were conducted on five visiting nurses regarding their support for mothers of severely disabled persons. The results were qualitatively and descriptively analyzed.

Results: The interviews identified the following five categories regarding the support of visiting nurses focused on the future: “Respect for the parent-child life built by the mother”, “Finding ways for the mother to entrust her caregiving responsibilities for her child to other people”, “Continuously offering a helping hand to accompany patiently until the mother accepts”, “Laying the foundation to support caregiving for the child in preparation of family transitions”, and “Carefully watching the status of the mother and child as they grow older, and stepping in to provide support without missing any opportunities”.

Conclusion: In the support of visiting nurses focused on the future for mothers of early-middle-aged severely disabled persons, it is important to support both the parent-child life valued by the mother and the mother’s aging, as well as to provide assistance by “Carefully watching the status of the mother and child as they grow older, and stepping in to provide support without missing any opportunities”.

Ⅰ. 緒言

2011年の愛知県の調査を参考にした推計では,全国の重症心身障害児(者)は47,030人となり,そのうち在宅の重症心身障害児(者)は32,421人と推計され,全体の約7割を占める(松葉佐,2015).2012年の障害者総合支援法の施行より,施設から在宅への転換が加速しており,今後は在宅で暮らす重症心身障害児(者)は増加することが予測される.

青年期以降の重症心身障害者と介護者の5割が将来の生活場所として在宅を希望しており,その在宅療養の主介護者の9割以上が50歳以上の中年期から老年期の母親である(田中・佐島,2016).母親は,加齢に伴って自身での養育が難しくなる自覚があっても,子どもを他者に任せる決断ができず,介護を一人で抱え込んでしまう状況にある(中山ら,2016).重症心身障害者が青年期を過ぎると二次障害の重症化によって介護量が増える一方で,祖父母の介護やきょうだいの自立などの家族の発達やライフイベントによって療養環境が変化し,介護力が低下する(大村ら,2015).以上より,重症心身障害者の青年期以降の療養は,本人を取り巻く環境の変化に合わせた母親中心の介護から,壮年期に移り親亡きあとのことが現実化する転機を迎え,重症化する子どもと高齢化する母親に対して,将来を見据えた備えが必要になると考える.先行研究では,重症心身障害児の母親の体験(小泉,2010水落ら,2012)や,家族の生活適応を支える援助(横田・岡部,2018),訪問看護師の母親への支援(有本ら,2012)が報告されている.しかし,小児期の報告が多く,壮年期や将来に向けた支援の報告は少ない.

そこで,本研究は,壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わりを明らかにすることを目的とする.その具体的な関わりのあり様を明らかにし,重症心身障害者の訪問看護実践の手掛かりや現任教育の一助にしたいと考える.

Ⅱ. 用語の定義

壮年期にある重症心身障害者:重症心身障害児が成人して30歳代から40歳代にある者

Ⅲ. 研究方法

1. 研究参加者

研究参加者は,5年以上の看護師経験および,壮年期にある重症心身障害者の訪問看護において母親への関わりの経験がある者とし,在宅看護に精通した実践家に訪問看護ステーションの管理者の紹介を依頼し,その訪問看護ステーションに勤務する訪問看護師を募るネットワークサンプリング法による募集を行った.また,訪問看護の対象となる重症心身障害者は,1)重症心身障害児(者)の判定を受けており,主たる介護者は母親であること,2)医療依存度,訪問看護および他のサービスの過去または現在の利用状況は問わないこととした.

2. 研究デザインとデータ収集方法

本研究は,質的記述的研究デザインとし,令和2年6月~9月に半構造化面接を行いデータ収集した.事前にフェイスシートとインタビューガイドを配布し,インタビュー前にフェイスシートを用いて情報収集を行った.インタビューガイドをもとに,1)壮年期にある重症心身障害者の訪問看護において,印象に残っている事例の概要,2)母親の様子,3)母親への関わりについて具体的に尋ねた.インタビューは,研究参加者1名に対し60分程度,原則1回とし,同意を得た上でICレコーダーへの録音とメモを取った.

3. 分析方法

逐語録を作成し,重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わりに関する内容を主として抽出した.内容を損なわないようにコード化し,サブカテゴリ,カテゴリを形成した.地域看護学の教員によるスーパーバイズと大学院生のピアレビューを受け,データの解釈の信頼性や妥当性の確保に努めた.必要時,研究参加者に意味内容を確認し確実性を確保した.

Ⅳ. 倫理的配慮

本研究は日本赤十字看護大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号2019-097)を得て実施した.研究参加者は,本研究内容について文書と口頭で説明した上で,同意を得た者とした.

Ⅴ. 結果

1. 研究参加者の概要と特徴

研究参加者は,関東圏にある5箇所の異なる訪問看護ステーションに所属する訪問看護師5名(表1)であり,看護師経験年数(標準偏差:以下SDと示す)は平均23(SD8.8)年であり,訪問看護師経験年数は12.2(SD7.9)年であった.すべての研究参加者に重症心身障害児(18歳未満)の訪問看護の経験があった.インタビュー時間は平均82(SD13.7)分であった.研究参加者が語った訪問看護の事例(表2)は,子どもの年齢が全員30歳代,母親の年齢が50~70歳代であり,子どもの疾患は3名が脳性麻痺,2名が事故の後遺症であった.

表1  研究参加者の属性
訪問看護師 A B C D E
看護師経験年数(年) 14 32 12 24 33
訪問看護経験年数(年) 3 15 5 13 25
重症心身障害児(18歳未満)の訪問看護の経験 あり あり あり あり あり
重症心身障害児(者)施設の勤務経験 なし あり なし なし なし
インタビュー時間(分) 1回目75
2回目23
87 78 58 90
表2  研究参加者が語った事例の概要
母親 a b c d e
母親の年齢 50代 60代 70代 60代 50代
子どもの年齢 30代 30代 30代 30代 30代
疾患 脳性麻痺 事故による低酸素脳症 脳性麻痺 脳性麻痺 事故による脳挫傷
医療的ケア なし 人工呼吸器・腸瘻 人工呼吸器・胃瘻 人工呼吸器・胃瘻 人工呼吸器・胃瘻
家族構成 母親
きょうだい
母親・父親
きょうだい
母親
きょうだい
母親・父親 母親・父親
きょうだい
訪問頻度 週1回 週1回 週3回 週1回 週1回
担当期間 1年6か月 10年 2年6か月 2年 14年

2. 壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わり

分析の結果,壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わりは,【母親がつくりあげてきた今ある親子の暮らしを尊重する】,【子どもの介護を抱え込みつつある母親が人に委ねられる糸口を掴む】,【母親が納得できるまで手を差しのべ,時間をかけてそばで支える】,【家族の移り変わりに備えて,子どもの療養を支える体制を整える】,【年齢を重ねてゆく親子の姿を見極め,機を逃さず踏み込んで支える】の5つのカテゴリとそれらを構成する16サブカテゴリが抽出された(表3).

表3  壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わり
カテゴリ サブカテゴリ
母親がつくりあげてきた今ある親子の暮らしを尊重する 母親が子どもを一番理解している存在として認める
母親の心に刻まれた悲痛な思いを推し量る
母親の揺るぎないやり方をありのまま受け入れる
子どもの介護を抱え込みつつある母親が人に委ねられる糸口を掴む 母親が子どもの介護を抱え込みつつある暮らしを捉える
母親が任せてもよいと思えるケアに一つ一つ確認しながら近づける
母親からケアを受け継ぎながら親子が和める時間を共有する
母親が少しずつケアを委ねていく姿を受けとめる
母親ですら気づけない子どもの変化を察知して対処する
母親が納得できるまで手を差しのべ,時間をかけてそばで支える 母親が納得できるよう小出しに繰り返し提案をする
母親が自ら対処していけるよう共に悩み考える
家族の移り変わりに備えて,子どもの療養を支える体制を整える 母親と子どもの暮らしを支え続けるための懸け橋になる
母親の思いを解きほぐしながら,母親亡きあとの子どもの療養に備える
年齢を重ねてゆく親子の姿を見極め,機を逃さず踏み込んで支える 母親が一日でも長く子どもと暮らし続けたいと願う気持ちを受けとめる
老いて介護に行き詰まる母親を見極め支える
母親ととことん向き合って子どもの最期の決断を支える
母親に踏み込める距離感を常に保っておく

以下に,カテゴリ毎に内容について詳しく記載する.本文中の【 】はカテゴリ,《 》はサブカテゴリ,〈 〉はコードを示す.研究参加者の語りはゴシックで,最後に参加者(アルファベット)を記す.さらに研究者による説明の補足は( )で追記した.

1) 母親がつくりあげてきた今ある親子の暮らしを尊重する

訪問看護師は,母親にしか汲み取れない子どもの反応があることや,隅々まで手が行き届いたケアから,《母親が子どもを一番理解している存在として認め》ていた.また,〈明るく振舞う母親の姿の裏側にある心情を汲み取り〉,《母親の心に刻まれた悲痛な思いを推し量る》ことで,子どもをかけがえのない存在として生きてきた母親を受けとめていた.その母親に対して,訪問看護師は〈母親にとって程よい距離をとりながらほのぼのとした気持ちで見守る〉よう心掛けていた.また,〈研究し尽くして今にたどり着いた母親の長年の努力を労う〉気持ちをもち,〈母親からケアのやり方を一から教わる〉姿勢で,《母親の揺るぎないやり方をありのまま受け入れ》ていた.

「(お母さんが)『この子が生きてるのが,私の生きてる意味だ』って言ったのが,すごく強烈に残ってる.(中略)その親子関係を大事にサポートしていきたいなって思った.(中略)お母さんの今まで積み重ねてきたものとか,『私は教えてもらうスタンスで関わるね』って最初に言った.」(Eさん)

2) 子どもの介護を抱え込みつつある母親が人に委ねられる糸口を掴む

訪問看護師は,子どもが青年期に入る頃に重症化する一方で,母親は新たなサービスの利用に消極的になり,《母親が子どもの介護を抱え込みつつある暮らしを捉え》ていた.訪問看護師は,担当になった当初は,警戒する母親の厳しい目線を感じながらも,《母親が任せてもよいと思えるケアに一つ一つ確認しながら近づける》ようにしていた.母親とケアを行いながら,母親の足腰の衰えによって負担になった,子どもを抱っこする動作など,《母親からケアを受け継ぎながら親子が和める時間を共有》していた.最初は〈ケア中に子どものそばを離れられない母親を見守り〉ながら,《母親が少しずつケアを委ねていく姿を受けとめ》ていた.その中で,訪問看護師は,〈いつもと違う子どもの状態にいち早く気づき,的確な判断をする〉ことを重要視していた.〈一回一回の訪問の積み重ねによって子どもの変化を見逃さない〉ことを意識して,《母親ですら気づけない子どもの変化を察知して対処》していた.

「ケアは,お母さんの方がよっぽどできているし,観察もしているし,呼吸状態は今日はいいとかは見れている.でも,訪問看護師はその上をいかなくてはいけない.親より早く気付かないといけない立場だと思ってるんです.(中略)それをお母さんたちは求めてるのかなっていうのはあります.」(Bさん)

3) 母親が納得できるまで手を差しのべ,時間をかけてそばで支える

訪問看護師は,母親に提案する際には,〈全力で介護している母親に対して,できる範囲の提案をする〉よう配慮し,《母親が納得できるよう小出しに繰り返し提案をする》ことで,少しずつ時間をかけて関わっていた.

「やってることが彼女(お母さん)にとっての100%,全力,そこは理解して,(中略)できる範囲の中でできるもの,提言していくっていうふうに気をつけていこうって.」(Aさん)

また,訪問看護師は,母親と一緒に悩んで考える中で情報提供や提案をしながらも,〈母親が結論を出すのを待つスタンスでいる〉ことで,《母親が自ら対処していけるよう共に悩み考える》関わりをしていた.

「自分が納得してそこに行きつくことについては,『なんであの時言ってくれなかったの?』ってことは絶対にないです.自分がこうだっていうのがぶれないお母様だったので,待つ,待つんです,こっちは逆にね.」(Bさん)

4) 家族の移り変わりに備えて,子どもの療養を支える体制を整える

訪問看護師は,小児医療から〈成人医療への移行を躊躇う母親の気持ちを汲みつつ在宅医につなげ〉,連携しながら移行を支援していた.また,子どもの在宅療養の安定した継続のためにも,二次障害によって徐々に〈重症化する子どもへのケアに在宅医と呼吸を合わせて〉支援していくことを重要視していた.また,〈子どものケアが体力的な負担になっている母親の様子を捉え〉,母親の短期入所サービスへの抵抗を緩めていくことでレスパイトできるよう,《母親と子どもの暮らしを支え続けるための懸け橋になる》関わりをしていた.

「ここみたいに一心同体になってしまうとなかなかあれですけれど,そこは時間かけてでもちょっとずつ緩めていかないと…」(Bさん)

また,〈母親の老いに合わせた介護のスタイルを母親と共に考え〉たり,〈年齢を重ねるとともに変わりゆく家族の姿を母親と共有し〉たりしながら,〈折に触れて施設入所への意向を伺いつつ申請を勧める〉など,《母親の思いを解きほぐしながら,母親亡きあとの子どもの療養に備える》支援をしていた.

5) 年齢を重ねてゆく親子の姿を見極め,機を逃さず踏み込んで支える

訪問看護師は,《母親が一日でも長く子どもと暮らし続けたいと願う気持ちを受けとめ》,老いてゆく母親と共に子どもの療養を支えていた.親子が年齢を重ねると,交流のあった同じ境遇の母親とは徐々に疎遠になり,また,きょうだいの自立や家族の他界により,母親を支えてきた存在を失って〈親亡きあとの子どもの生活に悩む母親を見守り〉,《老いて介護に行き詰まる母親を見極め支え》ていた.

「お母さんずーっと悩み続けていて,(中略)最終的なことも含めてもうすべて考えて考えて,結論が出ないような話.」(Cさん)

また,訪問看護師は,子どもの急変時にその都度救急車を呼んで対処してきた母親が,子どもの命の期限が現実味を帯び動揺する状況を捉え,「もし同じような急変が起きた場合,家でできることはやろう」と納得できる結論をともに見出し,《母親ととことん向き合って子どもの最期の決断を支える》関わりをしていた.

「30年やってきて,最後,最後だからこそっていう,ちゃんとしたいっていう,お母さんたちの意気込みを感じますから.」(Dさん)

訪問看護師は,母親が年齢を重ねるとともに〈自分の病気と子どもの介護との狭間で葛藤する母親の思いを察し〉,〈老いの自覚があっても子どものために奮起する母親を見守って〉いた.

「私も長かったので『お母さん,死んだら最後よ』っていうかたちで『病院行きなさい』って.」(Bさん)

訪問看護師は,訪問時は母親の思いを傾聴し《母親に踏み込める距離感を常に保っておく》ようにしながら,〈自分の体が思う通りに動かなくなって介護に行き詰まる母親を脇から支える〉関わりをしていた.

Ⅵ. 考察

壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わりを考える上で,本研究で特徴的かつ主要な結果の順に,「1.将来を見据えて母親を支える支援」,「2.親子の歴史を尊重する支援」とし,以下に考察する.

1. 将来を見据えて母親を支える支援

1) 親子の将来に踏み込む関わり

本研究では,訪問看護師は将来を見据えて母親を支える支援として,【年齢を重ねてゆく親子の姿を見極め,機を逃さず踏み込んで支える】関わりをしていた.担当開始時から,親亡きあとのことや子どもの看取りという大きな転機に向けて,母親の決断が必要になることを念頭に置く一方で,母親が子どもと離れられない状況があることも理解していた.中山ら(2016)は,特別支援学校卒業前後に,親亡きあとのために子離れできずに逡巡する母親について報告している.本研究でも,将来に備えることは母親にとって「最終的なことも含めて,もうすべて考えて考えて,結論が出ないような話」という訪問看護師の語りから,母親が自力で先のことを決めていくことは容易ではなく,踏み込む関わりが必要であることが示された.また,その関わりは転機が訪れる前段階から,母親が納得していけるよう時間をかけながら繰り返し行う必要があると考えられる.

踏み込む関わりが必要な場面として,母親が老いて介護が行き詰まる状況と,子どもの重症化により命の期限が現実味を帯び母親が動揺する状況があった.一つ目の,母親が老いて介護が行き詰まる状況については,訪問看護師は,常に母親の老いを見守るとともに介護状況の変化を見極め,《母親に踏み込める距離感を常に保っておく》ことで踏み込む準備をしていた.横田・岡部(2018)は,乳幼児期の重症心身障害児を育てる家族に対して,“危機には踏み込む”覚悟をもちつつ“アンテナは常に立てておく”という訪問看護師の働きかけを明らかにしている.本研究でも,踏み込むタイミングを図り,母親の状況を見極めた上で「お母さん,死んだら最後よ」と切り出し,無理をすることが子どもにとって良い結果にならないことを諭すことで,子どもへの支援を受け入れるきっかけをつくっていたと考えられる.

もう一つの踏み込む関わりの場面では,訪問看護師は,急変のたびに救急車を要請してきた母親が,子どもの命の期限が現実味を帯び動揺する状況を捉えていた.久保ら(2020)は,重症心身障害児(者)の母親は,子どもの死を覚悟しても死期が近づくと延命処置を希望してしまい,“子どもの死へのアンビバレントな感情・恐怖”を伴うと報告している.本研究でも同様の母親の感情を捉え,母親の心の整理と最後だからこそ自分でやりきりたいという覚悟を見守り,《母親ととことん向き合って子どもの最期の決断を支える》関わりをしていたと考えられる.

以上より,訪問看護師が親子の将来に踏み込むためには,母親の体調や気持ちの変化を捉え,適切なタイミングで踏み込むことが重要である.また,適切なタイミングで踏み込むためには,《母親が一日でも長く子どもと暮らし続けたいと願う気持ちを受けとめる》という支援姿勢を根底に置くことが重要である.

2) 子どもの療養の基盤を整える関わり

本研究では,訪問看護師は【子どもの介護を抱え込みつつある母親が人に委ねられる糸口を掴む】と同時に,家族の発達に伴う【家族の移り変わりに備えて,子どもの療養を支える体制を整える】関わりをしていた.

訪問看護師は,子どもが重症化し介護量が増えても子どもを人に任せられず抱え込む母親の姿を捉え,母親が介護を人に委ねられるよう支援が必要であると考えていた.また,訪問看護師の「ここみたいに一心同体になってしまうとなかなかあれですけど,そこは時間をかけてでもちょっとずつ緩めていかないと…」という語りから,子どもの自立と母親自身の生活を尊重する必要性を認識していた.進藤・夏原(2019)は,重症心身障害児の閉鎖的な母子の状況を打開できたのは,家族や同じ境遇の母親など身近なところからもたらされた社会との接点があったからだと述べている.しかし,本研究では,母親は老年期を迎え,年々同じ境遇の母親との交流が少なくなり,協力者であった家族が亡くなるなど,閉鎖的になりやすい状況にあると考える.その母親の閉鎖的な状況を打開するためには社会との接点となる支援者が必要であり,まず訪問看護師がその役割を担い,支援の糸口を掴むことが重要であると示唆された.

訪問看護師は,在宅での親子の暮らしを第一と考えつつも,将来へ備えるために,子どもと離れたくない母親の思いを徐々に解きほぐしながら,折に触れサービスの追加や入所施設について説明し,母親の老いや家族の変化に合わせた介護スタイルを母親と共に考えていく関わりをしていた.角本ら(2009)は,重症心身障害児施設で働く看護師は,親の要望に応えつつも,必要なことは親の理解できる範囲で繰り返し説明することによって,親と共通認識できるよう模索すると報告している.本研究でも,母親の要望を聴き入れるだけでなく,母親が支援の必要性を納得できるよう助け,互いに共通認識がもてるよう関わっていたと考える.以上より,子どもの療養の基盤を整える関わりにおいては,社会資源の提案や連携にとどまらず,膠着化した親子関係の調整が訪問看護師の重要な役割であることが示唆された.

2. 親子の歴史を尊重する支援

本研究の訪問看護師は,長年に渡る【母親がつくりあげてきた今ある親子の暮らしを尊重する】支援を前提としていた.訪問看護師は,『この子が生きてるのが,私が生きてる意味だ』という母親の言葉から,母親にとっての子どもの存在価値を強く認識していた.増田ら(2020)は,青年期の重症心身障害者の母親は,ケア方法において‘経験知としての自信’を培い,‘容易ではないわが子のケア’がむしろ生きがいとさえなり,わが子から“生きている実感”を得ていたと報告している.本研究においても,訪問看護師は,母親にとって子どもの療育が生きがいに変化していった背景を,一人の人間の発達として尊重していた.そのため,《母親が子どもを一番理解している存在として認め》,〈母親からケアのやり方を一から教わる〉姿勢で関わっていたと考えられる.

Meleis(2010/2019)は,人間発達の軌跡に多くの変化を遂げる過程で,外的に変化する一時点だけでなく,変化していくまでの内的プロセスの移行を含む全過程と捉え,看護師は変化の前段階から支援を開始する必要があると述べている.本研究の事例においても,子どもの急変や母親の高齢化によって療養生活の転換期へ移行する過程があった.訪問看護師はその転換期に焦点を当てるだけでなく,母親のやり方や価値観の根源が親子の歴史の中にあることを理解することで,容易には移行できない母親の思いに共感し,今ある親子の暮らしを尊重する関わりをしていたと考えられる.つまり,将来を見据えた支援においては,長い歴史をもつ親子の暮らしを理解し尊重することは不可欠であり,それが,親子の両者が次なる転換期をより健全に迎えることにつながると考えられる.

Ⅶ. 研究の限界と今後の課題

本研究は,語られた事例の疾患や発症時期,訪問看護の開始時期・担当期間,母親以外の家族の状況などの違いによる分析には至っていない.また,今後ますます重症心身障害児(者)の訪問看護の普及が進む中で,対象の異なる特徴について分析することで新たな知見が期待される.

Ⅷ. 結語

本研究では,壮年期にある重症心身障害者の母親への将来を見据えた訪問看護師の関わりは,母親が大切にしてきた親子の暮らしと母親の老いの双方を支えながら,【年齢を重ねてゆく親子の姿を見極め,機を逃さず踏み込んで支える】支援が重要であった.また,機を逃さず踏み込むためには,母親との信頼関係の構築と,子どもの介護を抱え込みつつある母親が納得して子どもを人に委ねていけるよう,時間をかけて支援を積み重ねることが重要であると示唆された.今後,在宅で生活する重症心身障害者の訪問看護において,支援が困難な場面の実践の手掛かりや訪問看護師の現任教育の一助になると考える.

付記:本論文は,日本赤十字看護大学大学院看護学研究科修士論文の一部に加筆修正したものである.

謝辞:本研究にご協力頂きました訪問看護師の皆様に心から感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反はない.

著者資格:MKは研究の着想およびデザイン,データの入手,分析,解釈,原稿作成までの研究プロセス全体の実施;RTは,解釈・考察,原稿作成とレビュー,研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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