日本看護科学会誌
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原著
熟達看護師と熟達前看護師の看護実践知に対する認識の差異
藤本 学島村 美香小山 記代子幸 史子
著者情報
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2021 年 41 巻 p. 796-805

詳細
Abstract

目的:本論は実務経験20年以上の熟達看護師とそれ未満の熟達前看護師の看護実践知に対する認識の差異について明らかにする.

方法:全国の看護師を対象に,彼らが看護師としてより良く働くために有用であると考えている看護実践知を同定するために,自由記述調査票を用いたインターネットによる全国調査を実施した.

結果:得られた自由記述をコーディングすることで,看護実践知に関する5上位カテゴリー,15カテゴリー,85コードが得られた.カテゴリーレベルのデータについてχ2検定した結果,看護実践知に対する熟達看護師と熟達前看護師の認識に差異が確認された.前者は看護師としての心掛けが重要であると考えているのに対し,後者は実践的なノウハウを求めていた.

考察:熟達前看護師に看護実践知を伝える際には,より良く働くための心掛けと同時に,彼らが直面している問題を解決するためのノウハウも併せて教える必要がある.

Translated Abstract

Purpose: This study aimed to elucidate the perception gap of practical wisdom in nursing between professional nurses with more than 20 years of experience and pre-professional nurses with lesser experience.

Methods: A nationwide internet survey was conducted via an open-ended questionnaire, which targeted nurses to identify the practical wisdom they believed would help them work better.

Results: The free descriptive answers obtained were coded and classified into five superordinate categories, 15 categories, and 85 codes of practical wisdom in nursing. The perception gap between the professional and pre-professional nurses was verified via a chi-squared test conducted on the category level data. It was found that the former regarded nurses’ attitude as important, while the latter emphasized practical know-how.

Conclusion: When practical wisdom is passed down to pre-professional nurses, the know-how on problem-solving must be taught. Furthermore, a positive attitude should be nurtured to help them work better.

Ⅰ. 緒言

看護師・准看護師・保健師・助産師の看護職員(以降,看護師)の人員不足は深刻である.日本では2025年に65歳以上は29.8~31.2%,75歳以上は17.4~18.5%になると推定されているが(国立社会保障・人口問題研究所,2012),彼らに十分な医療を提供するためには180万人から200万人の看護師が必要であると試算されている(厚生労働省,2019).保健医療を取り巻く環境の変化を見据え,これまでも国は看護師の確保を図るべく「看護師等の人材確保の促進に関する法律」(厚生労働省,1992)を定めるなどの対策を講じてきた.しかしながら,2014年時点で看護師の不足を感じている病院は74.7%を占めており(日本看護協会医療政策部編,2015),それ以降も正規雇用の看護師の離職率は10.7%と横ばいの状態が続いている(日本看護協会,2020).そして現在,2019年に発生した新型コロナウイルスによる厄禍は世界中に蔓延し,本邦でも医療崩壊が現実のものとなった.ピーク時には大都市圏で病床が不足する事態に陥ったが,その理由の一つは病床を機能させるだけの看護師を確保できなかったことにある.医療の根幹を看護師が支えている現状が,改めて浮き彫りになった形である.慢性化する人手不足を解消するためには,看護師が継続して働くことができる環境を整備するとともに,若手看護師が早急に現場で活躍できる力を養っていく必要がある.そこで,本論は後者に関して,看護師の熟達化のプロセスとその中で獲得されていく「看護実践知」(practical wisdom in nursing)に注目する.

看護実践知とは,看護師に必要な実践知である.仕事などの長い経験を通して,知識や技術を獲得し,高いレベルのパフォーマンスを発揮する熟達者になることを「熟達化」という.そのプロセスにおいて獲得されるのが実践知である(楠見,2012a).認知心理学において,実践知は状況認識に必要な「概念的知識」と,仕事のやり方である「手続き的知識」に分けられる(波多野,2001).看護学領域でドレイファスモデルを採用したBenner(1984/1992)は,中堅や達人の条件として状況把握と問題認識の正確さを挙げている.これは,看護実践において手続き的知識(やり方)だけでなく,それを適切に運用する概念的知識が重要であることを意味している.これに従えば,看護実践知は知識や技の習得に留まらず,長い経験を通して獲得されていく物事のとらえ方や考え方,判断の仕方,さらに態度や関係づくりなど,知識や技の実践に関する知恵を含んでいることになる.よって,本論では看護実践知を「看護師が実務経験の中で発見・獲得・蓄積した看護師としてより良く働くために有用な知恵やノウハウ」と定義する.

看護実践知を語ることは自身や周囲のスタッフの成長に有用であると指摘されているが(細野ら,2008須賀,2017),看護実践知の大半は暗黙知である.そのため,看護師が自覚的に看護実践知を語ることはほとんどなく(Benner, 1984金井,2002),長年の経験を通して培ってきた貴重な看護実践知の大半は,一代限りで失われていく.結果として,新たに看護師となった者は,先任の行動や自らの経験から推量することにより,一から看護実践知を構築していく必要がある(Sternberg & Wagner, 1992).現場を支えうる人材の効率的な育成が急務である現状において,この事実は早急に改善するべき問題であると考えられる.

看護実践知を身に付けていく熟達化の段階として,前出のBenner(1984/1992)は,看護師の技能習得段階を「初心者」,「新人」,「一人前」,「中堅」,「達人」の5段階に区分する.一般に豊富なスキルや知識を持ち,高いパフォーマンスを発揮するレベルに達するには,10年が必要であると言われている(Schein, 1978/1991Ericsson, 1996).そのため,Bennerも達人に至るまでに10年の実務経験を要するとしている.ただし,成熟した達人の域(熟達者)に達するまでには,多くの中堅看護師が看護実践能力のプラトー現象,すなわち努力をしても思うような成果が得られない停滞期を経験する(辻ら,2007齋藤ら,2020).そのため,辻ら(2007)は,看護実践能力の発達プロセスや専門領域の発見と確立という観点から,実務経験が20年までは中堅と見なすのが妥当であると指摘している.すなわち,10年の実務経験を経て達人レベルになってからも,能力を醸成し続けた者だけが,より成熟した達人のレベルになれるということである.これに従えば,達人レベルは実務経験20年未満と,20年以上に分かれることになる.Bennerの理論に基づくクリニカルラダー(以降,ラダー)制度において,達人相当のレベルVは看護管理者や認定・専門看護師を担える能力を持つとされている.ただし,医療機関によって差はあるものの,レベルVに達する目安とされている実務経験10年目は,看護主任になるタイミングである.また,専門看護師や認定看護師の道を取る者が出てくるのもこの時期である.このように看護師としてのキャリアには,Bennerの定める達人よりもさらに先があり,また,看護師としての実践能力に上限があるわけでもない.以上を踏まえ,本論は実務年齢が20年を超えた看護師を「熟達看護師」(professional nurses)とし,20年未満の看護師を「熟達前看護師」(preprofessional nurses)と操作的に定義する.

上述の通り,停滞期を乗り越えて,経験豊かな熟達看護師になるためには,20年以上の実務経験を要する.しかしながら,この間に多くの看護師が離職することが,慢性的な看護師不足の原因の一つとなっている.そこで,本論は看護師の熟達化に必要な看護実践知を次代に伝える教育支援システムの構築に向けた基礎的知見を収集するために,熟達看護師がより良く働くために有用だと考える看護実践知と,熟達前看護師が日々の業務を遂行するために必要だと感じている看護実践知を特定する.その上で,看護実践知に対する熟達看護師と熟達前看護師の認識の差異を明らかにする.

Ⅱ. 研究方法

1. 調査手続

多様な領域で活動する全国の看護師から広くデータを収集するべく,インターネット調査を行った.調査は2021年2月に行われた.調査の実施はパネルの信頼性を担保するために,数多くの学術的な調査実績を持つマイボイスコム社に依頼した.調査の流れは次のとおりである.マイボイスコム社およびGMOリサーチ社の共通のモニター組織であるマイボイスパネルが予め保有している属性情報から「看護師」を抽出し,6,611名にマイボイスコム社から調査協力依頼のメールが無作為に送られた.メールを受け取った登録者のうち調査への参加を希望した1,061名が,自主的に記載のURLにアクセスした.アンケート内で再度就業状態等を確認した結果,現職者または復帰予定の一時休職者で調査内容に同意したのは828名であった.彼らのうち,自由記述に無記入や「特になし」と回答した者を除く712名を有効回答者とした(表1).内訳は熟達看護師は女性が222名,男性が15名で,平均年齢は50.62歳(SD = 4.70),熟達前看護師は女性が431名,男性が44名で,平均年齢は33.98歳(SD = 7.72)であった.自由記述の回答数については,熟達看護師が406個,熟達前看護師が664個で,1人当たりの回答数は熟達看護師が1.71個,熟達前看護師が1.40個であった.

表1  デモグラフィック情報
性別 年代 現在の勤務場所
女性 653 20代 175 クリニック 122
男性 59 30代 189 病院(100床未満) 58
40代 174 病院(100~299床) 155
50代 174 病院(300~499床) 104
病院(500床以上) 109
訪問看護ステーション 44
実務経験年数 クリニカルラダー 老人ホーム 22
1年未満 9 未取得 311 企業・団体等 19
1~2年 19 レベルI 50 介護施設 16
3~5年 90 レベルII 92 保育所・学校等 12
6~9年 149 レベルIII 127 デイサービス 9
10~19年 208 レベルIV 89 その他 17
20年以上 237 レベルV 43 潜在看護師 25

注.各区分の合計は全て有効回答者数の712

2. 質問紙

デモグラフィック情報に関する設問として,性別,年代,実務経験年数,現在の勤務施設について回答するように求めた.続いて,「医療ケア,看護師としての心掛けや処し方,医療スタッフや患者・家族との接し方など,看護師としてより良く働くために有用な看護実践知」について,実務経験年数20年以上の熟達看護師には若手に伝え残したいものを,20年未満の熟達前看護師には熟達看護師に伝授してほしいものを自由記述するように求めた.

3. 分析方法

自由記述の回答から熟達看護師が重要だと考えている看護実践知と,熟達前看護師が必要だと考えている看護実践知についてコーディングを行った.分析はアンケートの自由記述のコーディング経験が豊富な研究協力者2名が協議により,次のプロセスに従って行われた.

事前準備として,試行的に熟達看護師と熟達前看護師を分けてコーディングを行った.その結果,両者のカテゴリーに大きな違いは見られなかった.また,個々の自由記述を見ると,単語で書かれた回答は,「採血」や「患者・家族への対応」などほぼ同一であった.同様に,文で書かれた回答は,熟達看護師が「することが大切」や「配慮が必要」,熟達前看護師が「を教えて欲しい」や「が知りたいです」のように文末表現に違いは見られたが,その内容は共通していた.これを受け,以降では熟達看護師と熟達前看護師の自由記述を併せてコーディングすることにした.

はじめに,研究協力者2名が協議の上で,意味内容の類似した回答を整理した.並行して,内容的な妥当性を担保するために,成人看護学を専門とする第2著者が独立に回答を整理した.両者の整理結果を比較したところ,研究協力者と第2著者の一致率は90.2%であった.そこで,発話データや自由記述のコーディング経験が豊富な第1著者も交えた協議により両者の不一致点を解消した.続いて,以上の類似回答を整理したコードを,看護実践知の全体構造を理解するためにカテゴリーに分類した.さらに,カテゴリーを体系化するために上位カテゴリーに統合した.最後に,コーディング結果を小児看護学を専門とする第3著者と基礎看護学を専門とする第4著者が確認し,確定した.

分析では,看護実践知に対する熟達看護師と熟達前看護師の認識の差異について検証するために,最も自然で情報量が多い有用な抽象水準であるカテゴリー(Rosch et al., 1976)を指標に,その出現度数をクロス集計しχ2検定を行った.

4. 倫理的配慮

本研究は活水女子大学倫理委員会の承認(承認番号20-006)を得て行われた.調査は自由意思でいつでも中断できるシステムにおいて,調査協力に同意した者だけが参加した.データの取り扱いや分析は,著者の所属する研究倫理審査機関の定めるガイドラインに則って行われた.データは調査会社の個人情報保護方針に基づき管理されており,著者には個人を特定できる情報は提供されなかった.

Ⅲ. 結果

1. 看護師としてより良く働くための看護実践知

自由記述をコーディングすることにより,看護実践知は熟達看護師と熟達前看護師を合わせて5上位カテゴリー,15カテゴリー,85コードに分類された(表2).以下に,看護師としてより良く働く上で,熟達看護師が伝え残したいと思い,熟達前看護師が教えてもらいたいと願っている看護実践知の概要を示す.なお,上位カテゴリーを【 】,カテゴリーを[ ],コードを《 》で表示する.

表2 自由記述アンケートのコーディングにより同定された看護実践知
専門的実践知
看護技術 熟練した看護技術を実践する 3 38
救急患者や緊急時の対処をする 0 38
正確な知識と根拠に基づき実践する 6 19
安全で安楽な注射や輸液管理ができる 0 16
患者の状況に応じた看護を行う 4 3
最新の医学知識に基づき実践する 0 5
看護倫理 看護専門職としての自覚を持つ 2 6
看護観に基づいて実践する 2 5
倫理的感性を磨き実践する 2 4
認知的実践知
状況把握 先を予測して対応する 3 12
常に観察を怠らない 9 5
的確にアセスメントする 0 10
振り返って次回に活かす 5 1
注意を払って行動する 4 1
正確に看護記録をつける 2 3
必要な情報を得る 0 5
状況判断 今何が大事かを考えて行動する 4 6
状況を見極めて行動する 4 3
五感を大事にして行動する 2 4
個人資源実践知
状態管理 ストレスを溜め込まない 3 10
自らの感情をコントロールする 4 7
常に冷静を保つ 4 5
自分を大切にする 7 1
心の健康を保つ 1 7
健康管理に努める 5 2
自信を持つ 4 1
意欲管理 モチベーションを高く保つ 5 9
目標となる人を持つ 6 3
困難に挫けず乗り越える 0 5
持続化実践知
働き方 効率よく職務をこなす 1 19
ワークライフバランスを保つ 1 10
勤務先のやり方を身に付ける 0 9
仕事と家庭の両立をはかる 0 9
自己確立 自分の気持ちに正直になる 4 3
初心を忘れないように心掛ける 5 0
学ぶ姿勢 常に学び続ける 12 6
疑問を持ったら必ず解決する 14 0
経験から学んでいく 1 12
看護師としての経験を積み重ねる 9 3
多様な考えに接する 8 0
何でも率先してやってみる 5 2
知識を広げる 3 4
勉強を怠らない 0 7
自分の適性を理解する 2 4
社会的実践知
コミュニケーション技術 相手に上手く伝える 8 6
コミュニケーション力を高める 1 10
多くの人と関わる 8 0
クレームに応対する 0 8
相手を尊重して接する 7 0
相手の立場を考えて行動する 6 0
人の話をよく聞く 5 1
ハラスメントに応対する 0 6
医療職対応 懇切丁寧に教える 0 15
医師に応じた接し方をする 0 13
優しく指導する 1 7
苦手な医師に上手く対応する 1 6
患者・家族対応 患者に丁寧に対応する 34 14
患者の気持ちになって接する 39 8
患者の状況に応じた接し方をする 4 38
終末期・緩和ケア等の患者・家族に適切に接する 3 30
対応の難しい患者・家族に適切に接する 0 31
自分の家族だと思って接する 18 4
患者を尊重して接する 14 6
患者・家族に寄り添う 3 16
患者の話に耳を傾ける 13 5
家族に上手く対応する 1 16
認知症患者に適切に接する 0 15
患者のことを理解する 11 2
患者に笑顔で接する 10 2
患者・家族から信頼されるように接する 8 3
大変な状況にある患者・家族に適切に接する 0 10
患者・家族に節度を持って接する 7 2
患者・家族からのクレームに対応する 0 7
患者・家族にわかりやすい言葉で伝える 5 0
患者・家族の前では女優のようにふるまう 4 1
人間関係 良好な人間関係を築く 6 14
人に興味・関心を抱く 4 1
信頼関係を築く 3 2
チームワーク 他のスタッフと連携する 7 15
報連相を徹底する 7 4
医師に的確に報告する 0 7
他のスタッフと協力して働く 6 0
他のスタッフとのコミュニケーションを密に行う 2 4
リーダーシップ チームを采配する 1 10
職場の雰囲気を良くする 3 3

注.熟は熟達看護師の回答数,前は熟達前看護師の回答数

看護師としてより良く働くための第1の看護実践知は,適切な看護ケアの実施に必要な【専門的実践知】であった.この上位カテゴリーは,《熟練した看護技術を実践する》や《正確な知識と根拠に基づき実践する》,また,具体的な技術として《救急患者や緊急時の対応をする》や《安全で安楽な注射や輸液管理ができる》を含む[看護技術]と,《看護専門職としての自覚を持つ》,《看護観に基づいて実践する》,そして《倫理的感性を磨き実践する》を含む[看護倫理]により構成されていた.

第2の看護実践知は,常に変化していく状況を正しく認識するために必要な【認知的実践知】であった.この上位カテゴリーは,《先を予測して対応する》や《常に観察を怠らない》,《的確にアセスメントする》を含む[状況把握]と,《今何が大事かを考えて行動する》や《状況を見極めて行動する》を含む[状況判断]により構成されていた.

第3の看護実践知は社会の中で適応的な行動を取るために必要な【社会的実践知】であった.この上位カテゴリーは多岐にわたっていたが,中でも大きな比重を占めたのが,対人相互作用に関する看護実践知であった.《相手に上手く伝える》,《コミュニケーション力を高める》などの[コミュニケーション技術]に加え,《クレームに応対する》や《ハラスメントに応対する》などが挙げられていた.対象者別では,[医療職対応]として,後輩を《懇切丁寧に教える》や《医師に応じた接し方をする》が挙げられていた.また,[患者・家族対応]としては,《患者に丁寧に対応する》や《患者の気持ちになって接する》など多数の項目が挙げられていた.さらに,チーム医療に関する回答としては,《良好な人間関係を築く》などの[人間関係],《他のスタッフと連携する》などの[チームワーク],《チームを采配する》などの[リーダーシップ]が重要とされていた.

第4の看護実践知は,常に万全の状態で職務に臨むために必要な【個人資源実践知】であった.この上位カテゴリーは,《ストレスを溜め込まない》や《自らの感情をコントロールする》などの[状態管理]と,《モチベーションを高く保つ》や《目標となる人を持つ》などの[意欲管理]により構成されていた.

第5の看護実践知は,看護師として長く働き続けるために必要な【持続化実践知】であった.[働き方]として,《効率よく職務をこなす》,《ワークライフバランスを保つ》,《勤務先のやり方を身に付ける》,《仕事と家庭の両立をはかる》が挙げられていた.また,[自己確立]のために,《自分の気持ちに正直になる》と《初心を忘れないように心掛ける》ことが重要とされていた.さらに,看護師として成長していくために,[学ぶ姿勢]の重要性が多数挙げられていた.具体的には,《常に学び続ける》,《疑問をもったら必ず解決する》などであった.

2. 熟達看護師と熟達前看護師の看護実践知に対する認識の差異

看護実践知に対する熟達看護師と熟達前看護師の認識の差異を検証するために,実務経験(熟達看護師,熟達前看護師)と看護実践知のカテゴリーを組み合わせたクロス集計を行った(表3).その結果,χ2検定は有意であった(χ2(14) = 132.45, p < .001).そこで,残差分析を行ったところ,熟達看護師では【社会的実践知】の[コミュニケーション技術]と[患者・家族対応],および【持続化実践知】の[自己確立]と[学ぶ姿勢]が,熟達前看護師では【専門的実践知】の[看護技術],【社会的実践知】の[医療職対応],そして【持続化実践知】の[働き方]が,それぞれ1%水準で有意に他方より多かった.なお,熟達前看護師のみ(表1実務経験年数の20年以上を除く5階級)でクロス集計し,χ2検定を行ったところ非有意であった(χ2(56) = 45.63, p = .837).

表3  サブカテゴリーの実数と残差分析の結果
熟達看護師 熟達前看護師 χ2検定
実数 % 実数 % 残差 p
専門的実践知
看護技術 13 3.20 < 119 17.92 7.10 <.001
看護倫理 6 1.48 15 2.26 0.89 .371
認知的実践知
状況把握 10 5.67 13 5.57 0.55 .580
状況判断 23 2.46 37 1.96 0.06 .949
社会的実践知
コミュニケーション技術 35 8.62 > 31 4.67 2.61 .009
医療職対応 2 0.49 < 41 6.17 4.59 <.001
患者・家族対応 174 42.86 > 210 31.63 3.72 <.001
人間関係 13 3.20 17 2.56 0.62 .537
チームワーク 22 5.42 30 4.52 0.66 .506
リーダーシップ 4 0.99 13 1.96 1.23 .217
個人資源実践知
状態管理 28 6.90 33 4.97 1.32 .187
意欲管理 11 2.71 17 2.56 0.15 .882
持続化実践知
働き方 2 0.49 < 47 7.08 5.00 <.001
自己確立 9 2.22 > 3 0.45 2.66 .008
学ぶ姿勢 54 13.30 > 38 5.72 4.29 <.001
406 100.00 664 100.00

注.太字は一方より有意に多いことを表す.

Ⅳ. 考察

1. 働くために必要な看護実践知

本論の目的の一つである熟達看護師と熟達前看護師が重要だと認識している看護実践知の特定に関して,5上位カテゴリー,15カテゴリー,85コードが得られた.これらは看護実践知に関する先行研究のカテゴリーと対応していた.例えば,海外の既存カテゴリーを整理した松谷ら(2010)は,看護実践能力の構成要素として「知識の適用(アセスメント)力」,「人間関係を作る(コミュニケーション)力」,「看護ケア力」,「倫理的実践力」,「専門職者連携力」,「専門職能開発力」,「質の保証実行力」の7つを挙げている.これらのうち,「看護ケア力」と「倫理的実践力」は,【専門的実践知】の[看護技術]と[看護倫理]に対応している.前者に関して,知識や技術力の不足やそれに伴う医療事故への不安は,新卒看護師が離職する大きな理由となっている(日本看護協会,2005).その中でも,注射や輸液管理,そして救急・急変時対応について,熟達前看護師が特に関心を持っていることが本論により明らかとなった.また,[看護倫理]の重要性を指摘する声もあったが,その数は[看護技術]と比べると少数にとどまった.近年,高い倫理観を持つことが看護師に求められている.患者・家族対応として相手を尊重したり思いやることは挙げられていたが,熟達・熟達前を問わず看護師は臨床における複雑な倫理的課題に向き合う感性を持つことの重要性を認識しておく必要がある.

看護に関する知識や技術に関する専門的実践知に対し,それ以外の4つの上位カテゴリーは「ノンテクニカルスキル」と対応していた.Flinは,ノンテクニカルスキルを「テクニカルスキルを補完し,安全やパフォーマンスの向上に寄与する諸技能」と定義し,本論の上位カテゴリーと対応する認知スキル,社会スキル,個人資源スキルから成るとしている(Flin et al., 2008).スキルは実践知を適切に実行する能力である.熟達看護師のように患者に質の高い看護ケアを提供するためには,正確に状況を把握し,素早く判断を下す【認知的実践知】が必要である.また,新卒や熟達前看護師の自主退職理由において,専門的な知識や技術の未熟さに加え,人間関係や仕事内容・労働時間に対する不満が上位を占めている(内野・島田,2015柏田,2018).そのため,医療職や患者・家族と良好な関係を築き協働する【社会的実践知】や,万全の状態で職務に臨む【個人資源実践知】は,看護師にとって必要不可欠であると考えられる.このように,熟達看護師として活躍し続けるためには,テクニカルスキルである【専門的実践知】に加え,多様なノンテクニカルスキルに関する看護実践知を身に付けておかなければならないことが明らかになった.

以上,松谷らが挙げる看護実践能力と関連づけると,【認知的実践知】の[状況把握]と[状況判断]は「知識の適用(アセスメント)力」に相当する.また,【社会的実践知】の[コミュニケーション技術],[医療職対応],[患者・家族対応],そして[人間関係]は「人間関係を作る(コミュニケーション力)」と,同じく[チームワーク]と[リーダーシップ]は「専門職者連携力」に対応付けることができる.ただし,松谷らの整理した看護実践能力には,【個人資源実践知】に対応するものは見られない.Flinは個人資源スキルとしてストレス管理と疲労管理を挙げているが,これらは本論の[状態管理]にまとめられている.もう一つの[意欲管理]について,ワークエンゲージメントに関するJD-Rモデル(Schaufeli & Bakker, 2004)によれば,個人資源スキルが高い人ほど健康(健康障害プロセス)とモチベーション(動機付けプロセス)のどちらも良好な状態を維持しているという.健康に関する看護実践知は[状態管理]に,モチベーションに関する看護実践知は[意欲管理]に相当する.職務への意欲が医療ケアの質を左右することから(Hornby & Sidney, 1988),看護師にとって[意欲管理]は,心身の状態の管理と並んで重要な看護実践知であると考えられる.

残る【持続化実践知】は,Flinの挙げるノンテクニカルスキルの構成要素には含まれていない.なぜなら,彼の挙げるノンテクニカルスキルはチーム医療場面を想定しているためである.しかし,看護師としてのキャリアを積み重ねるためには,松谷らの挙げる「専門職能開発力」や「質の保証実行力」,すなわち【持続化実践知】の[学ぶ姿勢]が必要である.加えて,自分を確立することや自分に合った働き方を見つけることも,看護師として長く働いていくために重要な役割を果たすことが本論によって明らかにされた.

本邦における看護実践知研究では,例えば外来看護師のやりがいに関わる看護実践知について分類を試みた原田(2011)がある.彼女は患者のサインを敏感に察知する「点で関わる実践知」,長期的なセルフケアの指南などを行う「線で関わる実践知」,全体の状況を把握する「空間全体を見渡し,把握し,動かす実践知」,看護師としてのモットーを獲得する「自律への道」,成功体験を体感する「やりがい獲得」を特定している.これらのうち,前3者は【認知的実践知】の[状況把握]に,後2者はそれぞれ【持続化実践知】の[自己確立]と【個人資源実践知】の[意欲管理]に相当する.また,重度認知症高齢者に対する実践行動について分類した山本ら(2020)は,26の実践行動カテゴリーを楠見(2012b)に基づき「テクニカルスキル」,「コンセプチャルスキル」,「ヒューマンスキル」,「メタ認知スキル」に分類しているが,これらは個人資源を除く,専門,認知,社会,持続化の4カテゴリーとそれぞれ対応している.

以上のように,多様な領域で働く全国の看護師の自由記述を基に同定した看護実践知は,テクニカルスキルとノンテクニカルスキル,さらに国内外の看護実践に関わる諸カテゴリーを包括するものであった.

2. 熟達看護師と熟達前看護師の認識の差異

本論のもう一つの目的である熟達看護師と熟達前看護師の認識に関して,両者には明確な差異があることが明らかになった.具体的には,はじめに【専門的実践知】の[看護技術]に顕著な差が見られた.熟達前看護師は[看護技術]の不足を看護師として働き続けていく上での障壁として認識しており,特に救急・急変時対応や注射・輸液管理に戸惑いや不安を抱いていた.そのため,多くの熟達前看護師が具体的な[看護技術]について熟達看護師に教授して欲しいと願っているものと考えられる.一方,熟達看護師は,技術的な未熟さは経験を通して克服されるものであり,より良く働くための看護実践知として敢えて伝える事項ではないと認識していることになる.

つぎに,ノンテクニカルスキルに関する看護実践知については,【社会的実践知】の対人相互作用に関する3つのカテゴリーが全体の約半数を占めており(熟達看護師51.97%,熟達前看護師42.47%),これらについて熟達看護師と熟達前看護師の認識に顕著な差があることが明らかとなった.熟達看護師は熟達前看護師を有意に上回って[患者・家族対応]を重視しており,この点に関する看護実践知を教え残したいと考えていたのである.また,熟達看護師は[コミュニケーション技術]を重視するのに対し,熟達前看護師は医師や先輩など[医療職対応]に難しさを感じていた.にもかかわらず,熟達看護師は誰一人として[医療職対応]に関する看護実践知を教え残したいとは考えていなかった.他の医療職を指導する立場になり,医師からも一目置かれるようになるなど,熟達看護師は職場内での立場が上がっている.そのため,彼らにとって[医療職対応]はすでに重要なテーマではなくなっていると考えられる.

最後に,【持続化実践知】に関して,すべてのカテゴリーで有意な差が確認された.熟達看護師は[自己確立]や[学ぶ姿勢]の重要性を強調するのに対し,熟達前看護師は今の勤務状況を如何に改善し,自分に合った働き方をどのように確立したらよいのかについて助言を求めていることが明らかになった.

このように,熟達看護師は患者・家族の気持ちを尊重することの大切さ,そして看護師としての自己を確立し,学び続けることの重要性を強調する傾向にあった.これらは看護師としての「心掛け」であり,精神論的性質が強い.一方,熟達前看護師は処置・対処の仕方や,医師や先輩看護師との適切な接し方,さらに激務の中で如何に自分らしく働いていくかなど,今まさに直面している悩みを解消するための具体的かつ即効性のある「ノウハウ」を求めていた.職場の人間関係や多忙な職務が熟達前看護師の退職理由の上位を占めていることからも,彼らの知りたい看護実践知は,現在置かれている厳しい就業状態を反映していると考えられる.

看護実践知の多くは暗黙知であるが,これには認知的側面(心掛け)と技術的側面(ノウハウ)の2側面があると言われている(Nonaka & Takeuchi, 1995/1996).村上(2006)は,心掛けのような認知的側面は技術的側面を支える重要な基礎であるにもかかわらず,伝授が困難なため取り残されやすいと指摘した上で,如何にして認知的側面を伝えるかが重要なカギを握ると主張している.本論の調査に参加した多くの熟達看護師も,同様に看護師としての心掛けを持っておくことがこれからの長い看護師人生にとって重要であると認識していた.しかし,熟達前看護師はそのような長期的視点を持つ余裕はなく,日々の業務や他の医療者とのやりとりに悩み,過労状態の中で懸命に働いているという姿が浮き彫りになった.その結果が,看護実践知に対する認識の差異として現れたものと考えられる.

以上,看護師の慢性的な人員不足の現状において,本論の熟達看護師と熟達前看護師の看護実践知に対する認識の差異に関する知見は,人材育成に関して重要な示唆を与えるものと考えられる.すなわち,熟達看護師が熟達前看護師に看護実践知を伝授する際は,現在直面している具体的な問題を解決するノウハウと,キャリアを積んでいく上で有用な心掛けを弁別して教える必要があるということである.何より現在直面している諸課題を上手く乗り切るためのノウハウを,熟達前看護師に身に付けてもらうことが先決である.それにより,彼らに「看護師としてやっていける」という自己効力感を高めてもらうことができる.その上で,熟達看護師が重視する看護師人生を歩むための心掛けを伝えれば,熟達前看護師は心にゆとりをもってその金言に耳を傾け,将来を見据えて,充実した看護師人生を送る術を身に付けていこうとするであろう.具体的な心掛けやノウハウは,表2に示すコードのとおりである.この表から,コードレベルでもカテゴリーと同様の認識の差異を確認することができる.今後は,村上(2006)が主張するように講義と実践の往還の中で,熟達看護師から熟達前看護師に,看護師に必要な心掛けとノウハウを伝授していく教育プログラムが求められる.

3. 今後の展開

本論は全国の看護師を対象に自由記述調査票を用いたインターネットによる調査を実施した.これにより,看護師としてより良く働くために有用な看護実践知を同定するとともに,熟達看護師が伝えたいことと熟達前看護師が求めていることに明確な差異があることを明らかにした.

ただし,本論の知見を一般化するにはいくつかの課題がある.その一つは,実務経験の区分に関する課題である.本論では熟達前看護師が求める看護実践知に実務経験年数の差は確認できなかったが,今後はBennerの技能習得の5段階やラダーレベルなどから,より詳細に検討していきたい.加えて,看護実践知の多くが暗黙知であることを踏まえると,本論の調査結果は看護実践知のうち,比較的言語化が容易なものに偏っている可能性がある.また,本論がインターネット調査を用いたことについても留意する必要がある.インターネット調査はビッグデータを取得することができる反面,回答者がネットリテラシーを持つ者に偏ってしまう可能性がある.そのため,施設での調査を追加し,本論の知見の確証と更なる看護実践知の抽出を図っていきたい.

Ⅴ. 結語

全国の看護師に対しインターネット調査を行い,看護実践知に関する自由記述を求めることで,既存の看護実践に関わる諸カテゴリーを内包する看護実践知を特定した.さらに,熟達看護師は看護師としての心掛けを教え伝えたいと考えているのに対し,熟達前看護師は現在直面している問題を解決するためのノウハウを欲していることが明らかになった.

利益相反:日本看護科学会誌の定める利益相反に関する開示事項はありません.

謝辞:関西医科大学の宮崎浩彰教授には,医師の立場から医療現場に関する有益な助言をいただきました.この場を借りて深く御礼申し上げます.

本研究はJSPS科研費JP18K10180の助成を受けたものです.

著者資格:MFは研究計画,調査の実施,心理学者的視点によるカテゴライズ,統計分析,論文執筆を担当した.MSは看護師の視点によるカテゴライズ,執筆補助を担当した.KKは看護師としての助言,カテゴライズの確認,論文の予備査読を担当した.YFは本研究を含む科研費を受けた研究計画の責任者であり,看護師としての助言,カテゴライズの確認,論文の予備査読を担当した.

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