日本看護科学会誌
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原著
新人看護師に対するソーシャルサポートが医療事故の認知的評価および報告の迷いに及ぼす影響
友岡 史沙松本 智晴前田 ひとみ
著者情報
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2021 年 41 巻 p. 895-904

詳細
Abstract

目的:新人看護師にとって「支持的な対人関係」や「医療事故のサポート認識」が,医療事故の「認知的評価」や「迷いのない報告」にどのように関連するかを明らかにする.

方法:全国から無作為抽出した病院の新人看護師597名に自記式質問調査紙調査を実施した.

結果:305名(51.1%)が回答し272名(89.2%)の有効回答を得た.パス解析から,新人看護師への「支持的な対人関係」は「医療事故後のサポート認識」に影響し,この認識が医療事故の認知的評価の「影響性」と「コミットメント」にさらに影響することで報告の迷いが減じられるモデル(χ2値=70.321(p = .001),RMSEA = .058,SRMR = .0345,TLI = .970,CFI = .980)が示された.

結論:新人看護師は「支持的な対人関係」を基に得られる「医療事故後のサポート認識」によって,医療事故の認知的評価のうち「影響性」と「コミットメント」を高く評価できることが関連し,迷いのない報告に繋がると考えられる.

Translated Abstract

Aim: To clarify how “supportive relationships” and “perceived availability of post-error support” effect “cognitive appraisal of error” and “hesitation-free reporting of error” among novice nurses.

Method: Questionnaires were distributed to 597 novice nurses working in hospitals chosen by random sampling.

Results: Three hundred and five surveys (51.1%) were returned, with 272 (89.2%) valid responses. Path analysis showed good model fit for a model in which “supportive relationships” influence the “perceived availability of post-error support,” and where this perceived availability affects the cognitive appraisal of error in terms of the appraisal of “effect” and “commitment,” in turn reducing hesitation to report the error (χ2 = 70.321 (p = .001), RMSEA = .058, SRMR = .0345, TLI = .970, CFI = .980).

Conclusion: The results suggest that novice nurses report errors without hesitation when they are better able to appraise “effect” and “commitment.” This is enabled by the “perceived availability of post-error support,” which novice nurses predict from “supportive relationships.”

Ⅰ. 緒言

医療事故に直面することは,患者のみならず医療従事者にとっても大きな衝撃である.Wu(2000)は,医療事故に直面しトラウマを負った医療従事者をSecond Victim(第二の被害者)であると定義した.Second victimは医療事故の程度に関わらず精神的苦悩や罪悪感,抑うつを体験することから,すべての当事者へサポートが必要であるとされる(Burlison et al., 2017).医療従事者の中でも,看護師は医療事故後にネガティブな感情に陥りやすく(Harrison et al., 2015),経験の浅い看護師では,更にこのような傾向が強い(Mok et al., 2020).新人看護師の場合は,医療事故の経験が離職に繋がりやすい(吉田ら,2008)ことは,その衝撃の大きさを示している.しかし,新人看護師の医療事故防止のための取り組みが活発に行われる一方で,起きた医療事故を経験した新人看護師への支援に対しては十分な関心が向けられて来なかった.

これまでの医療事故の当事者に関する研究は,医療事故をストレッサーと捉えたラザルスのストレス理論をもとに展開されてきた(Harrison et al., 2015Van Gerven et al., 2016a上脇・丹羽,2011).医療事故の当事者は,時に離職意向や仕事の意欲低下,医療事故の報告を恐れる・報告しない等の変化を示すが(友岡・前田,2020),このような変化はストレッサーへの対処の結果として示されていることから(Meurier et al., 1997上脇・丹羽,2011),認知・行動的なストレス反応と捉えることができる.しかし,同じような経験をしてもそのストレス反応の程度は一様ではない.ラザルスは,人がストレッサーを受けた際に最初に行う,その出来事をどのように捉えるかという認知的評価がストレス反応の個人差を規定するとした.この認知的評価は,ストレッサーとなる出来事の経験の有無や,関係や目的に対する個人のコミットメントの程度に影響を受ける(Lazarus & Folkman, 1984/1991).また,医療事故後に,周囲から事後のサポートを受けることで,当事者のストレス反応が低減されることが示されている(Van Gerven et al., 2016bHarrison et al., 2015).

これらの知見は,医療事故に関するストレス反応を検討する際には,当事者の医療事故に対する認知的評価と,周囲のサポートの双方からの検討が重要であることを示している.周囲のサポートはソーシャルサポートの一つであり,Cohen & Wills(1985)はラザルスの理論に基づいたソーシャルサポートの影響過程理論を提唱している.この理論では,ストレス反応は二段階のソーシャルサポートで緩衝されるとしており,第一のソーシャルサポートは「普段からの支持的な対人関係の存在」や,「必要な時にはサポートを得られるという認識を持つことが出来ること」であり,第二のソーシャルサポートは事後に実際のサポートを受ける事である.第一のソーシャルサポートは,ストレッサーの認知的評価に影響を与えることでストレス反応を緩衝する作用があり,具体的には,ストレッサーを深刻なもの,対処に多大な努力が必要なものであるとの評価を回避させると示されている(谷口・福岡,2006).これまでに,事後のサポートに関する先行研究は存在するが,第一のソーシャルサポートが医療事故の認知的評価やストレス反応に与える影響については検討されていない.様々な医療事故後のストレス反応の中でも,医療事故の報告を恐れるという反応は,医療安全文化を危ぶむ可能性のある反応だと言える.

新人看護師は多方面から支援を必要とするが,医療事故後の支援に関しては先輩看護師に求めることが圧倒的に多い(吉田ら,2008).そこで本研究では,ソーシャルサポートの影響過程理論に基づいて,先輩看護師からの「普段からの支持的な対人関係の存在」や「医療事故後にサポートを受けられると認識できること」が新人看護師の医療事故に対する認知的評価や,迷いのない医療事故の報告にどのように関連するかを明らかにすることを目的とした.本研究の結果によって,医療事故の報告を促す周囲の支援へのあり方への示唆が得られ,新人看護師のストレス反応の軽減や医療安全文化の醸成に繋げることができると考えられる.

Ⅱ. 方法

1. 用語の定義

医療事故

本研究における医療事故とは,看護提供の過程で生じた医療上の誤った行為とし,患者に全く影響が無かったヒヤリ・ハットから影響のあったインシデント,アクシデント,患者の転倒・転落等を含む.

2. 研究の枠組み

本研究の枠組みは,ソーシャルサポートの影響過程理論(Cohen & Wills, 1985)に基づいて作成した(図1).新人看護師の医療事故の認知的評価には,新人看護師の医療事故やインシデント・レポート記載経験の有無を含む個人要因,第一のソーシャルサポートとしての普段からの先輩看護師との支持的な対人関係および新人看護師が医療事故を経験した際に受けられると認識するサポート(以下,医療事故後サポート認識)が影響し,ストレス反応のひとつである医療事故の報告の迷いに影響するという仮説を立てた.

図1 

Cohen & Willsによるソーシャルサポートの影響過程理論に基づく本研究の枠組み

なお,ラザルスは認知的評価には,個人が持つ関係へのコミットメントの程度が影響すると指摘している.そこで,認知的評価に影響する個人のコミットメントとして,仕事や職場に対する愛着に関する「職場志向性」を加えた.また,医療事故の報告を促進する要因として同僚への信頼感が影響することが報告されている(Zabari & Southern, 2018)ことから,「同僚への信頼感」を報告の迷いへ影響しうる要因として検討することとした.

3. 調査対象者およびデータ収集方法

人員配置や病院の特性が新人看護師の認識に影響する可能性を考慮し,7対1看護配置基準をとる病院施設を選定基準とし無作為抽出した.200床以上の施設では,新人看護師へのリスクマネジメント研修の実施率が100%であることから(小澤ら,2007),教育背景の影響を避けるために200床以下の施設を除外した.調査対象者は,調査の承諾が得られた施設に勤務する2017年に基礎教育課程を卒業した新人看護師とした.対象者への調査票の配布は,2017年9月~11月に行い,所属する施設の看護部に郵送で依頼した.回答後は質問票を対象者が個別の回収用封筒に厳封し,施設の希望により,強制力の働かない回収箱等にて回収ののち一斉返却,もしくは個別に郵便ポストへ投函してもらった.

4. 調査項目

1) 基本属性

年代,性別,医療事故の経験およびインシデント・レポート記載経験の有無

2) 先輩看護師の普段の支持的関わり尺度(SRI: Supportive Relationship Inventory)

新人看護師にとっての支持的な対人関係については,ソーシャルサポートの影響過程理論に基づき開発されたSRIを使用した(Tomooka et al., 2021).本尺度は,新人看護師への思いやりや気遣いによる「見守り」8項目,丁寧で誠実な指導による「指導姿勢」6項目,新人看護師を尊重しながら業務遂行を援助する「配慮ある業務支援」7項目,理不尽で否定的な関わりによる「否定的関り」6項目,承認する言葉かけによる「積極的承認」3項目の5因子30項目から構成され,尺度全体Cronbach’ α係数は.951,下位尺度では,.842~.940を示し,信頼性・妥当性・安定性が確認されている.回答者には1:まったくいない~4:皆そうであるの4件法で回答を求め,得点が高いほど先輩看護師の普段の関わりを支持的であると認識していることを示す.

3) 仮想の医療事故

先行研究(Van Gerven et al., 2016b上脇・丹羽,2011)では,経験した最も印象的な医療事故の想起を求めていたが,想起する医療事故の内容や経過時間の差異は想起バイアスが生じる可能性や,認知的評価等へ影響する可能性があると考えた.そこで,本研究ではインシデントレベル1程度の降圧剤の過小内服を仮想の医療事故として新人看護師である自分の過失によるものであることが明らかになるように詳細に設定した.回答者には,この仮想の医療事故を今経験したと仮定の上で質問への回答を求めた.

4) 仮想の医療事故に対する認知的評価

仮想の医療事故に対する認知的評価(以下,医療事故の認知的評価)には,鈴木・坂野(1998)による認知的評価測定尺度(CARS: Cognitive Appraisal Rating Scale)を用いた.本尺度は,直面している状況の個人に及ぼす影響と重要性を評定する「影響性」,自分の価値や信念が脅かされているという脅威性を評定する「脅威性」,直面している状況に対しての積極的な関わりを評定する「コミットメント」,直面している状況が個人にとってどの程度統制可能かを評定する「コントロール」の4下位尺度から構成され,信頼性・妥当性が確認されている.なお,Cronbach α係数は.62~.78であったが,Cronbach α係数は項目数の影響を受けることから(DeVellis, 2016),各下位尺度が2項目から構成される本尺度は,内的整合性を保持していると判断した.それぞれの項目に対し,0:全く違う~3:その通りだの4件法で回答を求め,それぞれの得点を仮想の医療事故という状況の「影響性」「脅威性」「コミットメント」「コントロール」の認知的評価の得点として用いた.これらは,得点が高いほど項目に対する認知的評価が高いことを示す.

5) 医療事故の報告の迷い

対象者が設定した仮想の医療事故を先輩看護師に報告する時の迷いの程度は,1.全く迷わない~4.とても迷う,の4件法で,この状況を実際に先輩看護師に報告するか否かについては2択で回答を求めた.

6) 医療事故後のサポート認識尺度(PAPeST: Perceived Availability of Post-error Support Tool)

新人看護師の持つ医療事故後のサポート認識については,ソーシャルサポートの影響過程理論に基づき開発されたPAPeSTを使用した(Tomooka et al., 2021).本尺度は新人看護師の心理的動揺や事態の収束を支援する「収束支援」10項目,新人看護師を責める「非支持的対応」5項目,医療事故からの学びを促す「学び支援」4項目の3因子19項目から構成される.本尺度のCronbach’ α係数は全体で.944であり,下位尺度では.831~.932の範囲を示し,信頼性と妥当性,安定性が確認されている.仮想事故後に,これらのサポートを受けられると認識するかについて,1:そうは思わない~4:そう思う の4件法で回答を求め,得点が高いほど,医療事故後に先輩看護師からより多くのサポートを受けられるとの認識が高いことを示す.

7) 医療事故の認知的評価,報告の迷いに影響しうる「職場志向性」と「同僚への信頼感」

認知的評価に個人のコミットメントである「職場志向性」が影響するか,また「同僚への信頼感」が報告の迷いに影響するかを検討するために看護師用職場コミュニティ感覚尺度を用いた.コミュニティ感覚とは「ある個人が自分のコミュニティに対してもっている関係の感情 」と定義される(山口,2004).本尺度は,「職場志向性」「同僚への信頼感」「良好なコミュニケーション」の3因子で構成される.本尺度の下位因子のCronbach’ α係数は.84~.86を示し,信頼性と妥当性の確保された尺度である.回答は,1:まったくあてはまらない~5:よくあてはまるの5件法で求めた.本研究では,本尺度の下位尺度のうち「職場志向性」の得点が高いほど,個人の職場に対するコミットメントが強い,「同僚への信頼感」の得点が高いほど,を個人が同僚へ抱く信頼感が高いことを示す.

5. 分析方法

まず,先輩看護師の支持的関わりと医療事故後のサポート認識との関連をSRI総得点と,PAPeST総得点とのスピアマンの相関係数,PAPeST総得点の平均値を基準に分けた高得点群と低得点群を目的変数とし,SRI下位尺度得点を説明変数として投入したロジスティック回帰分析(変数減少法・尤度比)にて検討した.その後,医療事故後のサポート認識が,医療事故の認知的評価の「影響性」「脅威性」「コミットメント」「コントロール」の各々に与えている影響を調べるために,CARSの下位尺度を目的変数,PAPeST得点の平均値を基準に分けた高得点群・低得点群を説明変数として単変量解析にてオッズ比を算出した.

次に,医療事故の認知的評価,報告の迷いのそれぞれへ影響している要因を,CARS各下位尺度の平均値を基準に分けた高得点群と低得点群,迷いのある群(4.とても迷う~2.どちらかというと迷わない)群と迷いが無い(1.全く迷わない)群を目的変数とし,すべての変数(性別,年代,医療事故の経験の有無,インシデント・レポート記載経験の有無,看護師用職場コミュニティ感覚尺度下位尺度得点,CARS下位尺度得点,SRI下位尺度得点,PAPeST下位尺度得点)を説明変数として投入したロジスティック回帰分析(変数減少法・尤度比)にて検討した.これらから得られた影響要因を確認しながら概念枠組みに基づきモデルを作成した.その後,下位因子間の相関をスピアマンの相関係数を参考にしながらモデルの改善を行った.モデル適合度については,χ2値に加え,TLI and CFI >.92;SRMR <.08;RMSEA <.07を用いた(Hair et al., 2014).

統計解析はSPSS Ver23,AMOS Ver25を用い,有意水準は5%とした.

Ⅲ. 倫理的配慮

本研究は,熊本大学大学院生命科学研究部倫理審査委員会(倫理第1435号)の承認を受けて実施した.調査では,各施設の看護部長に研究概要や研究目的,意義,方法,倫理的配慮,研究参加の任意性を文書にて説明し,承諾を得た.新人看護師にも同様の説明を文書にて行い,調査票の返却をもって同意を得られたものとした.新人看護師への心理的侵襲を回避するため,個人の経験した医療事故を想起させる質問項目は設けず,仮想の医療事故を設定した.使用した尺度は,作成者の承諾を得て使用した.

Ⅳ. 結果

20施設(23.8%)から研究協力の承諾が得られた.597名の新人看護師に質問調査紙を配布し,305名(51.1%)から回答を得,有効回答は272部(有効回答率89.2%)であった.医療事故の報告について,迷いがある新人看護師は117名(43%)迷いが全くない新人看護師は155名(57%)であった.仮想の医療事故を報告するか否かの設問では,報告しないと回答したのは1名(0.3%)であった.

1. 対象者の概要

対象者の性別は女性262名(91.0%),年齢は,10代が2名(0.7%),20代が263名(91.3%),30代が20名(6.9%),40代以上が2名(0.7%),無記入1名(0.3%)であった.入職してから,調査実施日までに何らかの医療事故を経験したことがある者は276名(95.8%),インシデント・レポートの記載経験のある者は231名(80.2%)であった.

2. 各尺度得点と因子間の関連

SRI,PAPeST,CARS,看護師用職場コミュニティ感覚尺度の各々の下位尺度の中央値(得点範囲)と医療事故の報告の迷いの程度についてを表1に示した

表1  各尺度得点,の中央値と範囲および医療事故の報告の迷いの程度の記述統計 n = 272
尺度 因子 全体
中央値 範囲
SRI 見守り 24 9~32
指導姿勢 18 9~24
業務支援 21 10~28
否定的関わり 18 11~24
積極的承認 9 3~12
PAPeST 収束支援 29 10~40
非支持的対応 16 5~20
学び支援 13 7~16
CARS 影響性 5 0~6
脅威性 3 0~6
コミットメント 6 2~6
コントロール 3 0~6
看護師用コミュニティ感覚尺度 良好なコミュニケーション 13 5~20
職場志向性 14 4~20
同僚への信頼感 18 5~25
医療事故の報告の迷いの程度 度数 %
1.まったく迷わない 155 57.0
2.どちらかというと迷わない 86 31.6
3.どちらかというと迷う 28 10.3
4.とても迷う 3 1.1

注:SRIの「否定的」,PAPeSTの「非支持的対応」は逆転項目

SRI総得点とPAPeST総得点間には強い正の相関を認めた(rs = .780, p < .01).SRIとPAPeSTの関連を検討したロジスティック回帰分析では,PAPeSTの高得点群に対し,SRIの「見守り」が調整ORが1.50,「否定的」の調整ORが1.42であり,医療事故のサポート認識には普段の関わりが影響していることが分かった(表2).PAPeSTが表す医療事故のサポート認識は,医療事故の認知的評価の「脅威性」(OR = 0.48)を減じる一方,「影響性」(OR = 1.96),「コミットメント」(OR = 3.96),「コントロール」(OR = 1.73)は高める影響があった(表3).

表2  医療事故後のサポート認識(PAPeST)と普段の支持的関わり(SRI)の関連 n = 272
目的変数 説明変数名 偏回帰係数B 調整オッズ比 オッズ比95%CI p
下限 上限
PAPeST得点 SRI:見守り .408 1.504 1.318 1.716 <.001***
SRI:否定的 .349 1.418 1.242 1.618 <.001***

医療事故後のサポート認識(PAPeST)高得点群・低得点群(1, 0)を従属変数とするロジスティック回帰分析(変数減少法・尤度比)Nagelkerke決定係数=0.559

表3  CARSの4下位因子に対する医療事故後のサポート認識(PAPeST)のオッズ比(単変量解析)
CARS影響性高得点群(n = 157)
人(%) オッズ比(95%CI) χ2検定
PAPeST得点 86(54.7) 1.96(1.20~3.21) p = .007*
71(45.2) 1.0
CARS脅威性高得点群(n = 141)
人(%) オッズ比(95%CI) χ2検定
PAPeST得点 55(39.0%) 0.48(0.29~0.78) p = .003**
86(61.0%) 1.0
CARSコミットメント高得点群(n = 170)
人(%) オッズ比(95%CI) χ2検定
PAPeST得点 102(60.0%) 3.96(2.33~6.75) p < .001***
68(40.0%) 1.0
CARSコントロール高得点群(n = 109)
人(%) オッズ比(95%CI) χ2検定
PAPeST得点 61(56.0%) 1.73(1.10~2.83) p = .027*
48(44.0%) 1.0

* <.05 ** <.01

CARSの4因子の各高得点群,低得点群を目的変数としたロジスティック回帰分析の結果,CARSの4因子全てにPAPeSTの因子のいずれかが影響しており(調整OR = 0.84~1.69),PAPeSTの「学び支援」についてはCARSの「影響性」(調整OR = 1.69)と「コミットメント」(調整OR = 1.51)の両方を高める影響があった.一方で職場志向性の影響は見いだされなかった(表4).

表4  CARSの各下位因子に関連する要因 n = 272
目的変数 説明変数名 偏回帰係数B 調整オッズ比 オッズ比95%CI p
下限 上限
影響性 PAPeST:収束支援 –0.12 0.89 0.82 0.96 .004**
PAPeST:学び支援 0.53 1.69 1.37 2.09 <.001***
脅威性 看護師用コミュニティ感覚尺度:良好なコミュニケーション –0.10 0.91 0.83 0.999 .048*
PAPeST:非支持的対応 –0.18 0.84 0.73 0.97 .019*
コミットメント SRI:積極的承認 –0.27 0.76 0.60 0.96 .025*
PAPeST:学び支援 0.41 1.51 1.26 1.81 <.001***
コントロール インシデント・レポート記載経験有無 –0.85 0.43 0.22 0.84 .014*
PAPeST:収束支援 0.10 1.11 1.04 1.18 .001**
PAPeST:非支持的 –0.13 0.88 0.78 0.99 .029*

CARSの各下位因子の高得点群・低得点群(1, 0)を従属変数としたロジスティック回帰分析(変数減少法・尤度比)Nagelkerke決定係数=0.093~0.225

注)脅威性は逆転項目 * <.05 ** <.01

報告の迷いの有無を目的変数としたロジスティック回帰分析の結果,報告の迷いを減じる影響の大きい順に,CARSの「影響性」(調整OR = 0.68),「コミットメント」(調整OR = 0.69)と認知的評価の下位因子が続き,次いでSRIの「積極的承認」(調整OR = 0.81),PAPeSTの「学び支援」(調整OR = 0.81)と普段の支持的関わりや医療事故後のサポート認識の下位因子が続いた.最後に看護師用職場コミュニティ感覚尺度の「同僚への信頼感」(調整OR = 0.86)が示された(表5).報告の迷いの程度とCARSの「影響性」および「コミットメント」の間には,弱い正の相関が確認できた(rs = .299~.343, p < .01)が「脅威性」および「コントロール」と報告の迷いの程度の間での相関は無かった.

表5  仮想の医療事故についての報告の迷いに関連する要因 n = 272
目的変数 説明変数名 偏回帰係数B 調整オッズ比 オッズ比95%CI p
下限 上限
報告の迷いの有無 CARS:影響性 –0.38 0.68 0.52 0.90 .007*
CARS:コミットメント –0.37 0.69 0.50 0.95 .025*
SRI:積極的承認 –0.21 0.81 0.67 0.98 .031*
PAPeST:学び支援 –0.21 0.81 0.68 0.96 .017*
看護師用コミュニティ感覚尺度:同僚への信頼感 –0.15 0.86 0.76 0.97 .016*

仮想の医療事故についての報告の迷いの有無(1, 0)を従属変数とするロジスティック回帰分析(変数減少法・尤度比)Nagelkerke決定係数=0.304 * <.05

ここまでの結果から,普段の対人関係が医療事故後のサポート認識に影響し,この認識がCARSの「影響性」と「コミットメント」へ影響することで,医療事故の報告の迷いの程度に影響を与えるというモデルを検証した.変数間に共通する内容が存在する場合には,共分散を設ける妥当性がある(Kline, 2015)ことから,普段の対人関係の「見守り」と「積極的承認」は共に新人の精神的支援であること,「指導姿勢」と「業務支援」は共に新人のパフォーマンスを支援するものであることを考慮し,これらの変数間に共分散を加えた.「積極的承認」と「収束支援」の因子間の相関はrs = .632(p < .001),「否定的」と「非支持的」の因子間にはrs = .716(p < .001)と強い相関を認めたことから,変数間にパスを追加しモデルの改善を行った.その結果,モデルの適合度は,χ2値=70.321(p = .001),RMSEA = .058,SRMR = .0345,TLI = .970,CFI = .980を示し,すべてのパス係数は有意であった(図2).

図2 

先輩看護師の普段の支持的関わり,医療事故後のサポート認識,医療事故の認知的評価,報告の迷いの程度の関連

Ⅴ. 考察

1. 対象者について

今回の対象者は,入職後5~7か月の新人看護師であり,調査時点までに何らかの医療事故を経験した者は276名(95.8%)と,入職5カ月後に95.7%が医療事故を経験していたとの先行研究の結果(服部ら,2006)とほぼ一致した為,対象者は新人看護師として一般的な集団であったと考えられる.

2. 新人看護師による迷いの無い医療事故の報告に繋がる要因の関連について

パス解析でのモデルでは,まず「先輩看護師の普段の支持的関わり」が「医療事故後のサポート認識」に強く影響していた.Cohen & Willsは「支持的な対人関係の存在」や「必要な時にサポートを得られるという認識」の両方が,ストレッサーの認知的評価に影響するとしているが前後関係については言及していない.しかし本研究の結果では「先輩看護師の普段の支持的関わり」から「医療事故後のサポート認識」への影響が強かったことから,新人看護師は,先輩看護師による普段の自身への関わり方を通して,有事にはサポートを得られるという認識を形成している可能性が考えられた.

医療事故後のサポート認識は,医療事故の認知的評価のうち「脅威性」を軽減し,「影響性」「コントロール」「コミットメント」を高めることが示された.このうち特に,「脅威性」が軽減され,「コントロール」が高まっていたという本調査の結果は,ソーシャルサポートの影響過程理論において「支持的な対人関係が存在し,必要な時にはサポートが得られるという認識があれば,事態を深刻なもの,対処に多大な努力が必要なものと評価しなくて済む(谷口・福岡,2006)」とされる内容を支持していると考える.

医療事故後のサポート認識からは,直接的な報告の迷いの程度を減じる影響も示されたが,「影響性」と「コミットメント」の認知的評価を経た場合にさらに,報告の迷いの程度が減じられていた.大学生や一般成人では,「脅威性」や「コントロール」の認知的評価が問題を回避する態度やストレス反応に強く関連するという報告(鈴木・坂野,1998)があるのに対し,本研究では報告の迷いとの関連は見出されなかった.今回の結果から新人看護師の医療事故報告における特徴として,医療事故を脅威と捉え,それに対する統制感が持てないことが理由で報告を迷うというよりも,医療事故の経験が自分にとって重要なこと(影響性)だと思えないことや,積極的に状況を改善したい(コミットメント)と思えない場合に報告を迷う可能性が示された.新人看護師の医療事故における要因としては,知識不足等と並んで危険性の認識不足が挙げられている(日本医療機能評価機構,2014).このことから新人看護師は,自分の起こしたインシデント等がどのような危険性を孕んでいるか,その重要性を独力で十分に認識することが難しいために,報告の迷いに繋がりやすい可能性も考えられた.

ロジスティック回帰分析からは,認知的評価に影響する個人要因として検討した職場志向性は影響を認めなかった.能見ら(2010)は情緒的組織コミットメントと年齢には相関があることを報告している.今回の対象者の92%が入職から5~7か月の10代~20代であり,職場への愛着や志向性をこれから築く段階の対象者であったことが関連し,影響が見いだされなかった可能性があると考えた.一方で,医療事故の報告の迷いに影響する個人要因として検討した「同僚への信頼感」の影響は確認されたことは,先行研究(Zabari & Southern, 2018)の結果と一致するものである.

3. 迷いのない医療事故の報告を促す周囲の関わりや支援の在り方についての示唆

医療事故の報告の迷いには,普段の「積極的承認」の関わりや医療事故後の「学び支援」が影響していた.「積極的承認」や「学び支援」よりさらに,報告の迷いを減じる影響が最も大きかったのは,「影響性」と「コミットメント」の認知的評価であることが示された.

この「影響性」と「コミットメント」を高く評価できることは,問題解決対処ができることと強く関連すること(鈴木・坂野,1998)が分かっており,問題解決対処は,当事者の建設的な行動変容やミスからの学びと関連することが分かっている(上脇・丹羽,2011).新人看護師が医療事故を経験しても,「影響性」,「コミットメント」の認知的評価を高く評価できれば,報告を迷わないだけでなく医療事故からの学びに繋がる可能性が高い.このような「影響性」と「コミットメント」に共通して高める影響を与えていた医療事故後のサポート認識の「学び支援」は,特に重要な医療事故後の支援だと考えられた.

パス解析から「否定的関わり」や「積極的承認」の普段の関わりは,医療事故後のサポート認識の下位因子への直接的な影響を示していたことから重要な普段の関わりであると考えられる.とくに,普段の「否定的関わり」は医療事故後に「非支持的対応」を受けるとの予期に影響が高く,避ける意義が大きい関わりであることが明らかになった.

以上のことから,新人看護師にとっては,普段から「否定的関わり」を避けた関係性の中で,「積極的承認」の関わりがあること,医療事故に遭遇した場合も,医療事故が起きた状況の説明にじっくりと耳を傾けてもらい,医療事故の原因分析や再発防止のための指導などを含む「学び支援」のサポートを受けられると認識できることが,迷いのない医療事故の報告へ繋がるために重要な支援だと考えられる.

本研究の限界と展望

先輩看護師の普段の支持的関わり,医療事故後のサポート認識,医療事故の認知的評価,報告の迷いの程度の関連を検討したモデルにおいて,誤差間に複数の共分散が確認されたことから,個人の認知・認識の在り方に影響する個人特性等の異なる変数が存在する可能性がある.今回は仮想の医療事故を用いたが,今後は実際の医療事故を対象とした検証も行っていきたい.

Ⅵ. 結論

普段から先輩看護師との「支持的な対人関係」が備わっていれば,新人看護師は医療事故を経験しても,「医療事故後にサポートを受けられるとの認識」を持つことが出来るため,医療事故の認知的評価のうち「影響性」や「コミットメント」を高く評価することに繋がり,医療事故の報告への迷いの程度が軽減されることが示された.

新人看護師が,医療事故を迷わず積極的に報告できるためには,医療事故の経験を重要なこと,改善に向けて取り組むべき課題であると捉えられることが重要である.そのために基盤となるのは,周囲の先輩看護師の普段の関わり方である.周囲は,否定的な関りを避け,新人を承認することを意識した普段の関係性を築き,新人看護師が医療事故に直面した際には,その経験から学びに繋げられるような支援に努めることが重要である.このような関わりや支援のもと,新人看護師は医療事故を迷わず報告することで,学びの機会を得て成長することが出来,活発な医療事故の報告が行われることで組織は医療安全文化の醸成に繋げることが出来ると考えられる.

謝辞:本研究にご協力頂きました研究対象施設の看護部長様,新人看護師の皆様に心より感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MTは研究の着想,データ収集,統計解析の実施,草稿の作成を行った.HMおよびCMは着想,デザイン,データ収集,統計解析,草稿の作成等のプロセス全体への助言を行った.すべての著者は,最終原稿を読み承認した.

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