日本看護科学会誌
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原著
看護基礎教育における正確な血圧測定のための「状況基盤型教育プログラム」の開発と効果の検証:無作為化比較対照試験
渡邉 惠飯岡 由紀子常盤 文枝朝日 雅也
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2022 年 42 巻 p. 528-539

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Abstract

目的:正確な血圧測定の実践能力習得にむけた「状況基盤型教育プログラム」を開発し,その効果を検証する.

方法:A大学2年次生の介入(状況基盤型教育)群23名,対照(従来型教育)群25名に無作為化比較対照試験を実施した.「バイタルサインの正確な測定 実践能力チェックリスト(VSAMチェックリスト)」を用いた客観的臨床能力試験(OSCE)と「状況対応能力自己評価表」を用いて効果を比較した.

結果:VSAMチェックリストでは,測定方法の説明や安楽の保持など,患者への対応力を示す4項目で介入の効果が認められる傾向にあった.状況対応能力自己評価得点は8項目で両群に教育前後の得点の有意な上昇がみられ,中でも「患者の状況の変化にうまく対応することができる」は両群ともに5段階のうち1.1以上と最も上昇した.

結論:本教育プログラムは,患者への対応力を高める効果の可能性が示され,看護基礎教育において効果的な教育手段となり得る.

Translated Abstract

Purpose: The purpose of this study was to develop “situation-based educational program” for obtaining competency in accurate blood pressure measurement and to verify its effectiveness.

Methods: A randomized controlled trial was conducted with 23 second-year students of A-university in the intervention (situation-based education) group and 25 students in the control (conventional education) group. The effectiveness was compared between both groups using Objective Structured Clinical Examination (OSCE) with “Competency Checklist for Vital Signs Accurate Measurement (VSAM Checklist)” and the “Situational Response Competency Self-Assessment Scale (SRCS Scale)”.

Results: The results of the VSAM checklist tended to show effects of the intervention on 4 items regarding the competency of flexible response to patients’ needs and situations, including “explaining the measurement method” and “maintaining comfort”. The results of SRCS Scale in 8 items indicated significant main effect of education. In particular, the score of “I can response well to changes in the patient’s situation” increased by more than 1.1 out of 5 points in both groups.

Conclusion: This program has been shown potential effectiveness of enhancing the competency of flexible response to patients’ needs and situations, and could be an effective method in basic nursing education.

Ⅰ. はじめに

臨床現場における看護師の重要な役割の一つに,バイタルサイン測定がある.バイタルサイン測定は患者の状態把握に不可欠であり,看護基礎教育においてはヘルスアセスメントの基本技術として主に1~2年次に教授され,臨地実習での実施頻度も高い(高橋ら,2013).バイタルサイン測定の測定値はその後の治療方針や看護ケアの資料となり,常に正確でなければならない.

看護基礎教育で学ぶバイタルサイン測定技術のうち,血圧測定は,血圧計や聴診器などの物品を同時に取り扱うことに加え,マンシェットの装着,加圧・減圧の調節など,他の測定項目に比べて複雑で巧緻性の高い手順が多い(村山ら,2018).また,患者の体勢の保持やプライバシー保護など,精神運動領域の関与が大きく,看護学生にとって難易度が高い(Eyikara & Baykara, 2018).さらに,近年では利便性の高さから看護師が日常的に様々な電子デバイスを用いてバイタルサインを測定するようになった(渡邉,2019)が,測定が多様化する一方で,様々な課題が報告されている.看護学生からは,学内の実習室と臨床現場の物理的環境の違いにより技術習得に困難を感じていること(村山ら,2018)や,高齢者や不整脈患者など測定困難なケースや適切な測定用具の使いわけなど,臨床現場で役立つ技術を学内で積極的に学びたいという指摘(Baillie & Curzio, 2009)がある.また,臨床現場では新人看護師が電子血圧計の原理や自動加圧のリスクなどの特性を理解しないまま患者に使用しているという報告(坂梨ら,2016)もあり,臨床現場と看護基礎教育の内容の乖離による課題が生じていることが分かる.

看護における「バイタルサインの正確な測定」の概念分析(渡邉・飯岡,2021)では,看護師は各種測定用具の原理と限界を理解し,患者に合わせた測定方法を選択できる柔軟な対応力をもつこと,そして測定結果の比較検討により測定の信頼性を高めることが必要不可欠な要素とされていた.臨床現場では,高齢者や循環動態の不安定な患者では自動血圧測定で誤作動が生じやすく,看護師には事前の情報収集と測定用具の適性のアセスメントによる患者に合わせた測定方法を検討する能力が求められていた(Skirton et al., 2011渡邉,2019).測定の多様化に伴い,看護基礎教育の分野では測定の精度に関する研究が散見されるようになった(島田ら,2002)が,その一方で,多様な電子デバイスを用いて測定する臨床実践の実態と教育内容の乖離が指摘されている(伊東ら,2015渡邉,2019).また,看護学生が十分な指導を受けないまま臨地実習で電子血圧計を扱う実態(Baillie & Curzio, 2009)もある.いずれの報告においても,臨床現場の実情を反映した多様な測定方法に関する基礎教育の必要性が示されている.

Eyikara & Baykara(2018)は,初年次学生にバイタルサインの異常所見とその観察方法を教育することで,患者との対話やプライバシー保護など,正確な測定に欠かせない能力を向上できることを明らかにした.これらの報告から,正確な測定には,患者を取り巻く様々な側面から患者の状況を理解することや,適切な測定用具の選択,コミュニケーション技術の活用など,幅広い対応能力が必要といえる.これらは臨床現場で必要な実践能力とされ(Eyikara & Baykara, 2018),看護基礎教育における強化が課題と考える.しかし,その効果的な教育方法は今日まで明らかにされていない.したがって,多様な状況においても,常にバイタルサインを正確に測定できる実践能力の習得に向けた,新たな教育方法の開発が必要と考える.

看護師が行うバイタルサイン測定に関する研究では,血圧測定技術に焦点をあてたものが圧倒的に多い(渡邉・飯岡,2021).測定技術の複雑さや患者への対応の困難さ(Eyikara & Baykara, 2018村山ら,2018)に加え,電子デバイスの種類の多さもあり,血圧測定技術の信頼性を高めるために定期的・継続的な教育が必要とされている(Skirton et al., 2011).

血圧測定の教育プログラムについては,American Heart Association(以下,AHA)やBritish & Irish Hypertension Society(以下,BIHS)などが公開しているガイドラインや教育教材(AHA, 2019BIHS, 2007)を参考に技術項目や評価指標を考案して教育実践に用いている研究が多い(Heinemann et al., 2008Rabbia et al., 2013Zhang et al., 2017).

近年では英国のMedicines & Healthcare products Regulatory Agency(以下,MHRA)やWorld Health Organization(以下,WHO)をはじめとした様々な機関が,各種血圧測定用具のメンテナンスと適切な測定用具の選択,正確な測定技術の向上にむけた組織的なトレーニングの必要性を呼びかけている(MHRA, 2021WHO, 2020).

そこで,看護学生へのより効果的な教育方法を考案するため,複雑な技術を要する血圧測定に焦点をあて,対応が難しいとされる患者の状況や臨床場面を検討した.その結果,困難事例には,「測定部位の選択」「患者の協力が得られない」「患者の状況に合わせた測定方法の選択」などが挙げられ(柿崎ら,2020),臨床のリアルな状況に対応できる能力(以下,状況対応能力)の育成が求められていた(Skirton et al., 2011).また,看護学生の状況対応能力に言及した研究(井村ら,2012岡村,2015)では,実際の患者との関わりやロールプレイなどの学習体験が,状況洞察や適切な判断等の能力の向上に役立つことが明らかにされた.自分のおかれた状況の中で自己の言動や感情を俯瞰して考え,かつ周囲との意見交換を通して自己省察しながら学ぶことで適切な対応に関する理解が深まり(岡村,2015),状況対応能力は教育や訓練により向上できるとされている(内山ら,2001).また,Bland & Ousey(2012)は,看護の実践能力の発揮には単にスキルの習得の有無だけでなく,自己の自信に関する「自覚」が大きく影響していることを指摘している.したがって,状況対応能力に対する自信が看護実践能力に影響すると考える.

以上のことから,臨床現場の状況を基盤とした教育がバイタルサインの正確な測定に必要な状況対応能力の向上に寄与できると考え,本研究では,バイタルサイン測定技術のうち,技術習得が最も困難とされている血圧測定に焦点をあてた「状況基盤型教育プログラム」を開発した.これは,基礎看護学を学ぶ低学年から積極的に患者(模擬)に触れ,整理整頓された病床環境や健康な学生同士だけでは体感できないリアリティさのもと,各測定用具の適正を考慮しながら効果的な方法で血圧を測定する実践能力の育成を目指すものである.以上から,開発した教育プログラムの効果を検証するため「介入(状況基盤型教育)群」(以下,介入群)と,講義後に学生同士の反復トレーニングを中心とした演習を行う「対照(従来型教育)群」(以下,対照群)を設定し,無作為化比較対照試験(randomized controlled trial:以下,RCT)を行う.

本研究の成果が明らかになることで,血圧測定をはじめ,バイタルサインを正確に測定するための効果的な教育方法を提言でき,臨床実践を反映した新たな看護技術教育の普及と改革に役立つと考えている.

Ⅱ. 本研究の目的と仮説

正確な血圧測定の実践能力習得にむけた「状況基盤型教育プログラム」を開発し,無作為化比較対照試験(RCT)によりその効果を検証する.本研究の仮説は次の2点である.

仮説1.介入群は対照群に比べ,「バイタルサインの正確な測定 実践能力チェックリスト(Competency checklist for vital signs accurate measurement:VSAMチェックリスト)」の評価が高い.

仮説2.介入群は対照群に比べ,状況対応能力自己評価表の介入後の得点が上昇する.

Ⅲ. 用語の定義

1. 状況基盤型教育プログラム

「煩雑な病室環境,様々な血圧測定用具,患者の多様な身体状況等,実際の臨床現場に近い環境を設定し,複雑な状況下で正確な血圧測定の実践能力の習得を目指すプログラムのこと.」をいう.

なお,状況基盤型教育に対し,講義室での講義後に学生同士の反復トレーニングを中心とした演習を行うことを本研究では従来型教育とする.

2. バイタルサインの正確な測定

「専門的訓練を受けた者が原理・限界を理解したデバイスを安全かつ効果的に用いて測定し,その測定値を比較検討すること.」とする.なお,比較検討は,得られた測定値の信頼性を高めるために,今までの測定値や病状の経過,患者の主観的情報など,測定値の関連情報を用いて比較することを指す(渡邉・飯岡,2021).

3. 状況対応能力

内山ら(2001)を参考に,「自身の感情や思考,対人対応などのスキルを含み,変化する状況に合わせて行動できる能力のこと.状況洞察の訓練を通し向上できる社会への適応能力の一つ.」と定義する.

Ⅳ. 研究方法

1. 教育プログラムの開発

1) 主な教育内容と特徴

「状況基盤型教育プログラム」の教育内容はバイタルサインの正確な測定の概念分析(渡邉・飯岡,2021)で抽出された要素である,1)各種血圧計の原理・取り扱い,2)測定結果の比較検討の意義,3)正確な測定を継続するための記録・報告,4)測定困難な状況において正確に測定する方法,の4つを柱とした.テーマは「患者の状況に対応しながらいつでも正確に血圧を測定できる実践能力を習得できる」とし,実際の臨床現場に近い環境の中での講義・演習を通して上記1)~4)を学ぶ内容構成とした.血圧計は通常の授業で用いているアネロイド血圧計(ケンツメディコ製アネロイド血圧計No. 555 Dura-X)に加え,日本高血圧学会(2021)WEBページに掲載されている自動血圧計のうち,手動モード付血圧計(テルモ製 ES-H56),上腕式血圧計(オムロン製 上腕式血圧計HEM-7120)の合計3種類を使用した.

本プログラムは2日間で構成し,1日目は午前120分の講義と午後180分の演習,2日目は客観的臨床能力試験(Objective Structured Clinical Examination:以下,OSCE)を実施した.

2) パイロットスタディ

本プログラムは基礎看護学を学ぶ2年次生を対象に開発したが,3年次生へのパイロットスタディを通しその実現可能性を確認した(渡邉ら,2022).OSCEの患者状況は,先行研究(柿崎ら,2020村山ら,2018渡邉,2019)をもとに,血圧測定の際に注意が必要となる症例を検討した.体動困難や眩暈などの症状により体位の工夫や観察を要すること,さらに加圧による内出血が起こりやすいため皮膚の損傷に配慮できることなどを期待して状況を設定し,おおよその所要時間や状況設定の難易度,客観的に評価可能な設定かどうかを確認した.

VSAMチェックリストを用いた評価は二人の評価者が同時に行い,項目ごとにkappa係数を用いて.61以上の評価者間一致率(Tibúrcio et al., 2014)があるか確認した.一致率は概ね良好であったが,観察やアセスメントに学生の知識不足が大きく影響することがわかった.本調査では学生のレディネスを考慮して内出血の情報を削除し,気分不快や眩暈等の高血圧の随伴症状を報告の最低基準にするなど,状況設定や判断指標の最終調整を行った.

また,本調査でのサンプルサイズの設定の目安とするため,項目ごとに「適切にできた」「適切でない」の回答をχ2検定で比較し,効果量(φ)を算出した.その結果,事前の情報収集や測定結果のアセスメントなどの複数の項目で有意差が認められ,.40程度の効果量(φ)を確認できた.これらのプロセスを経て教育プログラムを洗練し,実現可能性を確認した.なお,本教育プログラムにおける講義・演習の詳細はデザイン以降の章で述べる.

2. デザイン

無作為化比較対照試験(RCT)

3. 対象

研究協力の得られたA大学看護学科2年次(2020年度入学)生を対象とした.編入学や過年次学生は含まれていない.対象者は,看護系科目として看護学原論,日常生活援助技術,診療の補助技術,ヘルスアセスメント論,基礎看護学実習I(1年次のコミュニケーションを中心とした実習)を履修していることを条件とした.ヘルスアセスメント論ではバイタルサイン測定を学習している.バイタルサイン測定の基礎科目と考えられる解剖生理学,病態生理学等はカリキュラムの構成上,本調査時点では履修途中となった.応募方法は公募とし,看護学科長の承認を得て2年次生86名全員に研究協力依頼概要のメールを研究者から学内メールで配信した.研究参加はあくまで自由意志とし,メールや口頭にて研究協力希望のあった学生に研究協力依頼書を渡し,A大学事務局前に設置した回収箱に同意書を提出した学生を対象とした.募集期間は2021年6月3日~7月2日までとした.なお,サンプルサイズはパイロットスタディの結果をもとに,有意水準5%,検出力80%,効果量(φ).438の条件で計算し,1群19名となった.2群で合計38名だが,コロナ禍によるドロップアウトを考慮し,45名程度の参加者を募った.2群の割り付けはエクセルのRAND関数を用いた.

4. 教育プログラムの概要

1) 介入(状況基盤型教育)群への教育

「状況基盤型教育プログラム」は講義と演習で構成され,実習室で行う.煩雑な病室環境,測定困難な多様な身体状況,様々な測定用具等,実際の臨床現場に近い複雑な環境の中で正確な測定に必要不可欠な4要素を学ぶことを目標とした.講義では各種血圧計に触れ,それぞれの測定の仕組みや限界を知ることでメンテナンスの必要性や患者への適性を学ぶ内容とした.さらに事例を用いて患者の病状の経過を確認し,測定結果の評価・報告の練習を行った.

演習は状況の中での体験をデブリーフィングにより考察するSituation-Based Training(以下,SBT)の手法(阿部,2013)を用いた.正確な測定のために必要な対応について,学生間でのディスカッションが活性化するよう各グループ6~7人で構成し,各グループに1名,健康成人を模擬患者として配置した.演習目標や展開方法等の概要を表1に示す.SBTで採用する事例は先行研究(村山ら,2018柿崎ら,2020)を参考に臨床で学生が困難に感じる測定場面を抽出した.模擬患者の病状や病室の環境は,学生の既習学習を踏まえたうえで,(1)ベッド上,ベッド周囲の環境が煩雑でスペースが狭い(2)点滴をしている(3)片麻痺があり軽度の振戦がある(4)厚着や腕まくりしにくい寝衣を着ている,などの9つの事例を設定した.これらの内容は,2年次前期までの講義で一度は学習しているが,その実践は授業で行っていない.本プログラムによる演習では,各種血圧計,点滴スタンド,安楽枕,車いす,カーディガンなどの物品を用いて病床環境を再現した.模擬患者には片麻痺や座位保持困難などの病状を演じてもらった.なお,高血圧や聴診間隙などの異常血圧は血圧測定シミュレーターII(日本ライトサービス社製)を用いて模擬患者と組み合わせて状況を再現した.1回の血圧測定につき,実践5分,デブリーフィング8分を目安としたが,学生の気づきの状況を見ながら各場面を組み合わせ,1)~9)の全事例(表1)への対応が学べるように進行した.なお,デブリーフィングは基礎看護学教員である研究者が行ったほか,2名の基礎看護学教員がファシリテーターとして各事例に沿った物品の準備や学生の発表をサポートした.

表1  介入(状況基盤型教育)群の演習の概要
主な演習目標 習得したい具体的な事例 状況設定のポイント 学生への指示 デブリーフィングポイント
1.測定前にベッド周囲の環境を整えることができる
2.測定前の患者の準備ができる
1)ベッド上,ベッド周囲の環境が煩雑でスペースが狭い
2)点滴をしている
3)片麻痺があり,軽度の振戦がある
4)厚着や腕まくりしにくい寝衣を着ている
一人の模擬患者に1)~4)の状況をすべて設定しておく 「脳梗塞の後遺症で片麻痺がある患者さんです.患者さんのベッドサイドに行き,血圧測定を実施してください.」 【所要時間 目安:40分】
1回の目安:実践5分,デブリーフィング8分
※適宜,繰り返す
①十分な作業スペースを確保しているか
②患者にあった測定部位を考えられているか
③衣服の調整の必要性を説明し,対応できているか
3.常に患者の言動に注意を払い,ていねいで分かりやすい対応ができる
4.患者を安楽な体位に整えることができる
5)座位の安定が保てない,側臥位で寝ている
6)不安,苦痛などの訴えが強い
一人の模擬患者に5),6)の両方の状況を設定しておく 「不安の訴えが多く,看護ケアに協力が得られにくい患者さんです.血圧測定を実施してください.」 【所要時間 目安:40分】
1回の目安:実践5分,デブリーフィング8分
※適宜,繰り返す
①測定に影響のない安楽な体位保持ができているか
②患者の訴えにどのような対応がふさわしいか
③途中で体勢がくずれた場合,どのような対応をすべきか
5.情報収集を通し,患者に合わせた測定方法を検討できる
6.患者に合わせた方法で血圧測定を実施できる
7.ISBARCに沿って測定・観察結果を報告できる
8.測定方法の報告ができる
7)内出血しやすい,血圧が不安定,不整脈などの循環系の問題がある
8)肥満,やせ,るいそうなど極端な腕の太さ
9)病院によって測定用具が異なる
・電子カルテに患者情報を記載
・血圧測定シミュレーターを設置する
・再現できない身体状況は教員が補足説明する
 (例:不整脈がある,るい痩により皮膚が傷つきやすい,等)
・アネロイド血圧計,自動モード付き各種電子血圧計を複数設置する
「電子カルテから情報を収集し,患者さんにあわせた方法で血圧を測定して下さい.」
「血圧測定の結果を報告してください.」
【所要時間 目安:70分】
1回の目安:実践5分,デブリーフィング8分
※適宜,1)~9)を組み合わせて進行する
①患者の状態にあった測定方法が考えられているか(測定機器・物品の選択,留意点など)
②測定用具の作動確認や点検が適切に行われているか
③問診,視診,触診などを活用して情報を得ているか
④今までの経過を比較した上で報告しているか
⑤測定方法を報告しているか,それはなぜ必要か

2) 対照(従来型教育)群への教育

従来型教育は,講義と演習で構成した.学習内容・目標は介入群と同様である.講義は,介入群と同様の内容を講義室で講義する.演習は,実習室にて介入群で示した1)~9)の事例を提示し,その対応や留意点を説明したうえで,学生同士の反復トレーニングを中心とした演習を行った.実習室には介入群と同様の物品を準備し,学生が病床環境を自由に設定したり,血圧測定シミュレーターを用いたセルフトレーニングができるようにした.演習は各グループ4名程度で構成し,研究者に加え介入群と同じ2名の基礎看護学教員がファシリテーターとなり,質問への対応や測定技術のサポートをした.

3) データ収集方法

プログラムの評価はOSCEを活用して実施した.患者の設定は70代女性の心不全患者とし,「血圧が不安定で朝から気分不快あり」「マンシェットの加圧による痛みの訴えあり」などの情報を電子カルテで提示した.訪室時は端座位でいるが,「説明があれば体動は可能」「パジャマ,カーディガンの重ね着をしている」「右前腕に点滴をしている」「ベッド上,ベッド周囲の環境が煩雑」等,複数の状況を設定した.なお,患者は血圧の変動が激しいため,触診法による測定が可能な血圧計を用いて2回の測定が必要な状況設定とした.

模擬患者は健康成人で,医療系の資格を持たないA大学の事務職員の女性に依頼した.OSCEの評価者は本教育に携わっていないA大学基礎看護学領域の教員および非常勤教員とした.OSCEの実施前に評価者と模擬患者の事前のトレーニングを十分行った.とくに評価方法については,2年次生のレディネスや評価の判断基準等について十分確認しあい,共通認識を得たうえで実施した.なお,対象者には本教育プログラムの内容に関する情報交換はOSCEが終了するまで行わないよう依頼文に明示し,オリエンテーションでも説明した.両群は異なる日程で実施し,OSCEは学生各々の試験時間と会場を指定して,対象者の交流がないようにした.

データ収集期間は,2021年8月23日から25日の3日間とした.対照群は23日,介入群は24日に教育を行い,両群とも25日にOSCEを実施した.なお,本研究は前期授業がすべて終了した夏季休暇期間に通常授業とは別に企画した教育プログラムである.

4) データ収集内容と測定ツール

(1) 参加学生の基本情報

年齢,性別,1年次の実習でのバイタルサイン測定の体験の有無を調査した.

(2) 血圧測定の実践能力

主要評価は,臨床の多様な状況においても活用可能な「バイタルサインの正確な測定 実践能力チェックリスト(Competency checklist for vital signs accurate measurement:以下,VSAMチェックリスト)」(渡邉ら,2022)を用いてOSCEによる客観的評価を行った.「VSAMチェックリスト」は,バイタルサインの正確な測定のために必要な15の実践能力が網羅されており,項目ごとに「適切にできた」「適切でない」を評価するもので,本研究と同様の状況設定において信頼性・妥当性が検証されている(渡邉ら,2022).

(3) 状況対応能力

副次評価は,先行研究(井村ら,2012岡村,2015)で扱われていた「emotional intelligence scale(以下,EQS)」(内山ら,2001)を参考に,研究者が開発した「状況対応能力自己評価表」を用いた.EQSは「自己対応」「対人対応」「状況対応」の3領域から社会への適応力を評価する指標で,状況対応領域が独立しているのが特徴であり,医療系学生にも適用できる.本研究ではEQSの状況対応領域の項目から看護職に必要となる適応能力として10項目を開発した.作成にあたっては看護基礎教育に携わる複数名の大学教員と十分に審議を重ね,開発者間で確認テストを繰り返すことで活用可能性を高めた.回答は「非常によくあてはまる:4」「よくあてはまる:3」「あてはまる:2」「少しあてはまる:1」「全くあてはまらない:0」の5件法とした.事前の確認テストでは,表現の分かりやすさ,回答のしやすさ,重複と感じる項目の有無などについて確認し,学生の自己評価として活用可能な全10項目を作成した.教育プログラム開始前と終了後の2回回答し,演習会場の外に設置した回収箱で回収した.また,プログラムに関する自由記載欄を設けた.

5. 分析

分析はSPSS ver.25を用いた.対象者の年齢はt検定,性別とバイタルサイン測定の経験の有無はχ2検定を用いた.VSAMチェックリストの結果は,項目ごとに「適切にできた」「適切でない」の合計数を算出し,χ2検定で2群間を比較した.有意水準(p値)は5%とし,10%未満を有意傾向とした.効果の大きさを表す指標として,効果量φ値(Cohen, 1988)を用いた.

状況対応能力自己評価表の得点は,状況基盤型教育の有無を独立変数,状況対応能力の得点の変化を従属変数とし,二元配置分散分析を行った.交互作用を確認したうえで,教育前後にみられた効果(以下:前後主効果)および状況基盤型教育の有無による効果(以下:教育方法主効果)を項目ごとに検討した.有意水準(p値)は5%とした.効果量は偏イータ二乗(偏η2)(Cohen, 1988水本・竹内,2008)を用いた.

Ⅴ. 倫理的配慮

本研究は研究者の所属する神奈川県立保健福祉大学の研究倫理審査委員会(保大7-20-72)および,埼玉県立大学の研究倫理委員会(21502)の承認を受けて実施した.本研究は公開データベースUMIN-CTR に登録(UMIN000044340)し,随時公開情報を更新する旨を依頼文に明記した.参加学生には,自由意志の尊重,プライバシーと個人情報の保護,本研究の参加状況が研究に関与しない他の教員に知られることはないこと,本研究の結果が今後の成績には一切影響しないこと,感染対策を徹底すること,研究終了後に希望者は割り付けられた群とは異なる群の教育を受けることができる旨を書面と口頭で説明した.なお,依頼文には同意撤回書と相談窓口の案内文を同封し,本研究終了までの間,電話,メール,同意撤回書の送付,相談窓口への申し出により研究協力の中止・撤回が可能なこと,また,研究の不参加や同意の撤回等,いかなる場合でも全く不利益が生じないことを保証した.なお,研究成果の公表後など同意撤回の申し出の時期によってはデータの削除に応じられないことを説明文に明記し口頭でも説明した.以上の手続きを経て同意書への署名にて同意を得た.

Ⅵ. 結果

1. 対象者の特徴

研究協力の同意が得られた2年次生54名を無作為に27名ずつ両群に割り付けたが,当日までに家庭の事情や体調不良などで6名から欠席の連絡があり,最終的に介入群23名,対照群25名の計48名が研究に参加した.対象者は全員女性で,平均年齢は介入群(社会人学生1名含む)が20.3歳(SD; 3.72),対照群が19.6歳(SD; 0.50)であった.患者へのバイタルサイン測定の経験者は介入群が3名,対照群が2名と全体で5名のみで,両群の基本属性にいずれも有意差はなかった.なお,研究開始からOCSE終了まで途中辞退はなく,欠損値もなかったため,分析はFull Analysis Set(FAS)解析とし,対象者48名の全データを分析対象とした(図1).

図1 

研究実施までのフローチャート

2. VSAMチェックリストによる評価結果

両群の評価の結果を表2に示す.

表2  バイタルサイン測定実践能力;OSCEによる評価結果
評価項目 介入
(状況基盤型教育)群
n = 23
対照
(従来型教育)群
n = 25
χ2 p φ係数
n (%) n (%)
1 測定前に患者の状態,および測定方法に関する情報を収集する.(測定値の推移,患者の病状,以前の測定方法など) 適切にできた 21 (91.3) 24 (96.0) 0.451 .601 .097
適切でない 2 (8.7) 1 (4.0)
2 患者の状態にあった測定用具を検討し,選択する.(患者の状態にあった測定機器(体温計・血圧計など)の選択,適切なパーツの交換,測定機器に合わせたその他必要物品など) 適切にできた 17 (73.9) 20 (80.0) 0.251 .616 .072
適切でない 6 (26.1) 5 (20.0)
3 測定用具の作動確認,必要物品の点検を行う.(メンテナンス状況,測定用具に合わせた作動点検,その他必要物品が使える状態か確認する) 適切にできた 12 (52.2) 11 (44.0) 0.321 .571 .082
適切でない 11 (47.8) 14 (56.0)
4 測定方法や留意点を患者の状態に合わせて説明する. 適切にできた 15 (65.2) 6 (24.0) 8.270 .004** .415
適切でない 8 (34.8) 19 (76.0)
5 患者を観察し,測定に適した部位を選択する.(点滴の有無,麻痺の有無,損傷の有無などから判断) 適切にできた 23 (100.0) 25 (100.0)
適切でない 0 (0.0) 0 (0.0)
6 正しい測定値や観察結果を得るために,患者に許可を得て適切な環境を整える.(物品の配置,ベッドの高さ調整,作業スペースの確保,衣服の調整など) 適切にできた 23 (100.0) 23 (92.0) 1.920 .490 .200
適切でない 0 (0.0) 2 (8.0)
7 測定時の患者の体勢(体幹・上肢・下肢の位置)は測定結果に影響しないよう安楽な状態に整える. 適切にできた 23 (100.0) 20 (80.0) 5.135 .051 .327
適切でない 0 (0.0) 5 (20.0)
8 測定中は,正しい測定位置が保たれている.修正が必要な場合は正しい測定位置となるよう調整する.(マンシェットの位置,体温計の先端部の位置など) 適切にできた 14 (60.9) 14 (56.0) 0.117 .732 .049
適切でない 9 (39.1) 11 (44.0)
9 測定用具の取り扱いおよび測定技術は原理・原則に沿って行われている.(マンシェットの巻き方や加圧/減圧の方法,パルスオキシメーターの向き,聴診器の取り扱いなどの基本技術) 適切にできた 10 (43.5) 13 (52.0) 0.349 .555 .085
適切でない 13 (56.5) 12 (48.0)
10 測定方法は患者の状況に合わせて考え,安全に行われている. 適切にできた 10 (43.5) 5 (20.0) 3.074 .080 .253
適切でない 13 (56.5) 20 (80.0)
11 測定値が患者の平常時の値から逸脱していた場合,さらに問診や聴診・触診・視診などの技術を用いて情報を収集する. 適切にできた 16 (69.6) 18 (72.0) 0.034 .853 .027
適切でない 7 (30.4) 7 (28.0)
12 全過程において患者の表情や言動などに注意を払い,不安や苦痛に対応している. 適切にできた 23 (100.0) 19 (76.0) 6.309 .023* .363
適切でない 0 (0.0) 6 (24.0)
13 得られた結果は患者の状態に合わせて分かりやすく伝える.(測定値,病状の変化など) 適切にできた 9 (39.1) 9 (36.0) 0.050 .823 .032
適切でない 14 (60.9) 16 (64.0)
14 測定・観察した結果や病状について,今までの経過と比較検討した上でアセスメントし,看護師(または医師)に報告する. 適切にできた 18 (78.3) 16 (64.0) 0.004 .952 .009
適切でない 5 (21.7) 9 (36.0)
15 実施手順,方法(測定用具,留意点など)を看護師に報告し,看護記録に記載する. 適切にできた 18 (78.3) 16 (64.0) 1.179 .278 .157
適切でない 5 (21.7) 9 (36.0)

:fisherの正確確率検定による,* p < .05,** p < .01

VSAMチェックリストでは,項目4および項目12において,介入群の「適切にできた」の割合が対照群に比べて有意に高かった(項目4:p = .004,φ = .415.項目12:p = .023,φ = .363).また項目7と項目10でも同様に,介入群の「適切にできた」の割合が対照群に比べて有意に高い傾向にあった(項目7:p = .051,φ = .327.項目10:p = .080,φ = .253).

3. 状況対応能力自己評価

自己評価の結果を表3に示す.二元配置分散分析の結果,10項目中いずれも交互作用はなかった.項目1~8までの全てにおいてp < .001の前後主効果が認められ,両群とも教育後の得点が上昇した.教育後に最も得点が上昇したのは両群ともに項目6「患者の状況の変化にうまく対応することができる」で,介入群は1.4,対照群は1.1上昇した(前後主効果:p < .001,偏η2 = .674).

表3  状況対応能力 自己評価結果
評価項目 介入
(状況基盤型教育)群
n = 23)
対照
(従来型教育)群
n = 25)
教育方法
主効果
前後
主効果
交互作用

平均±SD

平均±SD

平均±SD

平均±SD
p 偏η2 p 偏η2 p 偏η2
1 患者に伝えるべきと判断したことはきちんと発言できる 2.1 ± 0.8 2.5 ± 0.9 1.9 ± 1.0 2.6 ± 0.8 .772 .002 <.001** .282 .299 .023
2 看護実践において決断が必要な場面で,迷うことなく決断できる 1.1 ± 0.9 2.1 ± 0.9 0.8 ± 0.6 1.9 ± 0.9 .203 .035 <.001** <.001 .604 .006
3 医療メンバーの一員としてテキパキと報告・連絡・相談をすることができる 1.8 ± 1.0 2.3 ± 0.9 1.2 ± 0.7 1.6 ± 0.8 .003 .179 <.001** .255 .603 .006
4 必要に応じて異なるケアの方法を提案することができる 1.8 ± 0.8 2.8 ± 0.7 1.1 ± 0.8 2.1 ± 0.9 .001 .207 <.001** .597 .855 <.001
5 状況の変化が起こりうることを予測し,あらかじめ対策を考えることができる 1.4 ± 1.0 2.3 ± 1.1 1.2 ± 0.8 2.1 ± 1.1 .341 .020 <.001** .438 .982 <.001
6 患者の状況の変化にうまく対応することができる 1.0 ± 0.6 2.4 ± 1.0 0.9 ± 0.6 2.0 ± 1.2 .291 .024 <.001** .674 .225 .032
7 とっさの場合にも落ち着いて状況を理解し,適切な判断ができる 1.1 ± 0.9 1.9 ± 0.8 1.0 ± 1.0 1.7 ± 1.0 .602 .006 <.001** .328 .637 .005
8 患者の状況に合わせた看護ケアの段取りを苦にならずに考えることができる 1.7 ± 1.0 2.7 ± 0.8 1.5 ± 1.0 2.1 ± 1.1 .118 .052 <.001** .447 .135 .048
9 相手や周囲の状況に応じて自分をあわせることができる 2.5 ± 0.9 2.5 ± 0.9 2.1 ± 0.9 2.4 ± 1.1 .376 .017 .187 .038 .187 .038
10 新しい環境においてもすぐになじむことができる 2.0 ± 1.1 2.3 ± 0.9 1.7 ± 0.9 2.0 ± 1.1 .198 .036 .044* .085 .932 <.001

* p < .05,** p < .01

自由記載欄には,介入群の学生から「新しい知識・技術を学べて良かった」「何度も測定し直し,患者に負担をかけた」等の意見があった.

Ⅶ. 考察

1. 状況基盤型教育プログラムの効果

VSAMチェックリストによる評価の結果,2項目で介入による有意な効果がみられ,介入群では項目4「測定方法や留意点を患者の状態に合わせて説明する」と項目12「全過程において患者の表情や言動などに注意を払い,不安や苦痛に対応している」で「適切にできた」の割合が対照群に比べて有意に高かった.また別の2項目でも,介入群の「適切にできた」の割合が対照群に比べて有意に高い傾向が見られた.この結果から仮説1は一部支持された.

有意だった項目の中で最も効果量が大きかった項目4「測定方法や留意点を患者の状態に合わせて説明する」は,介入群のうち65%が「適切にできた」と評価していた.気分不快がある,重ね着をしているなど,姿勢や衣服の調整をはじめとした様々な対応が必要な患者に対し,どのような方法で測定するのか,その必要性や留意点に関する説明を行うことができていたと考えられる.次いで効果量が大きかった項目12「全過程において患者の表情や言動などに注意を払い,不安や苦痛に対応している」では,気分不快やマンシェットの加圧による痛みの情報をもとに患者を細かく観察し,患者の訴えや要望に対応しながら行動できていたと考えられる.項目7「測定時の患者の体勢(体幹・上肢・下肢の位置)は測定結果に影響しないよう安楽な状態に整える」と項目10「測定方法は患者の状況に合わせて考え,安全に行われている」は,有意とはならなかったが,効果量φがそれぞれ.327と.253であった.これらの値は先行文献(Cohen, 1988)の基準から小〜中程度の効果の大きさであり,教育効果の大きさとしては無視できない可能性がある.中でも項目7は有意傾向ではあったが介入群の全員が「適切にできた」と評価していた.血圧の変動が激しく,朝から気分不快が続いている患者に対し,安楽な体位の保持を心がけることができていたと推測できる.したがって,効果量の真値については引き続き研究を重ねることにより再検討する余地があると考える.

上記の4項目は,測定用具の取り扱いや測定技術そのものを評価する項目ではないが,いずれも安全で効果的な測定を実現し,正確な測定値を得るために必要な患者への対応力である(渡邉・飯岡,2021).したがって,本教育プログラムによる介入は,看護ケアのプロセス全体を通した患者の観察と対応といった,正確な血圧測定に不可欠な実践能力の向上につながったと考える.厚生労働省(2020)は看護基礎教育における臨床判断能力の向上の必要性を明示しており,看護行為中の観察と対応は臨床判断に欠くことのできない要素とされている(三浦・奥,2020).本教育プログラムを適用することでこれらの能力の向上に寄与できるものと考える.

一方,患者の病状に合わせた追加の情報収集(項目11)や測定結果のアセスメントを意味する項目(項目14)には群間の差はみられなかった.血圧測定の能力習得には病態に関する基礎的な知識や習熟経験が影響するといわれている(Yamazaki et al., 2021).今回研究対象となった2年次生は解剖生理や病態生理の履修途中であったため,学生のレディネスが結果に反映した可能性がある.

また,本教育プログラムで実施した講義・演習は,正確な測定に必要な要素を中心に学ぶ内容構成としていた.とくに,患者の状態に関する測定前の情報収集(項目1)や患者に合わせた測定方法の選択(項目2),測定方法の報告(項目15)などは本研究で強化したい内容であったが,2群の評価に有意差はなかった.ちなみに,この3項目は両群の64%以上で「適切にできた」と評価されていたため,その効果の可能性が示唆される.一方で,原理・原則に沿った測定技術(項目9)は両群ともに有意差はなく,介入群の「適切にできた」の割合は50%に満たなかった.これは,坂梨ら(2016)の研究でも示された物品の取り扱いの不慣れさ,測定技術の未熟さなどが影響し,測定に必要な基本技術を十分に体得できていない可能性が考えられる(坂梨ら,2016).

以上から,患者を取り巻く状況全体に配慮できる実践力と,原理・原則に沿った基本的な測定技術をバランスよく習得できる教育カリキュラムの必要性が示唆されたと考える.

2. 状況基盤型教育プログラム前後の学生の認識の変化

状況対応能力の自己評価では教育介入の違いによる影響はなく,両群ともに教育前後で得点が有意に上昇し,仮説2は検証されなかった.このことから,臨床現場の実情を基盤にした教育内容に対する学生の関心は高いと考えられる.

両群ともに1.0以上の得点の上昇がみられたのは,項目2「看護実践において決断が必要な場面で,迷うことなく決断できる」,項目4「必要に応じて異なるケアの方法を提案することができる」,項目6「患者の状況の変化にうまく対応することができる」の3項目で,中でも項目6は最も上昇した.実際の臨床現場では患者の状況は日々変化し,学生同士のトレーニングでは生じなかった想定外の状況変化が発生する.しかし,看護師は,いつ,どのような患者を対象とした場合でも常に正確に血圧を測定することが必要であり,患者に合わせた声のかけ方,説明の仕方など,個別性を踏まえた対応力が必要になる(Eyikara & Baykara, 2018村山ら,2018).両群に提供した学習内容により,これらの能力の向上の一助となったと考える.

これに対し,項目9「相手や周囲の状況に応じて自分をあわせることができる」,項目10「新しい環境においてもすぐになじむことができる」の2項目は他に比べて得点の上昇はわずかであった.相手の状況や場を読んだ対応は事例演習や臨地実習を通して培われる能力といわれており(岡村,2015),実習経験の少ない2年次生にとって自己変容の意識化は困難であったことが考えられる.今後はこれらの能力を段階的に強化するための継続教育の方略を検討したい.

3. 本研究の課題と看護基礎教育への今後の展望

本教育プログラムは,臨床で学生が遭遇する可能性が高い患者の状況や,物品や環境が異なる臨床現場の実態を反映し,いつでも正確に血圧を測定できる実践能力の習得を目指して開発した.本教育プログラムは血圧測定の経験値の少ない2年次生を対象としたが,患者に合わせた測定方法を考え,患者に説明し,観察しなから測定するという成果が示された.2年次生のレディネスを考慮すると本研究結果からその教育効果は十分に認められ,臨床現場の状況を基盤にした教育はバイタルサインの正確な測定の実践能力向上にむけた有用な方法として期待できる.正確な測定の実践能力を維持するには,定期的・継続的な学習と指導者からのフィードバックが必須であり(Baillie & Curzio, 2009Yamazaki et al., 2021),WHO(2020)は医療組織における体系的なトレーニングシステムの重要性を明示している.したがって,看護基礎教育においては,基本的なスキルトレーニングと臨床現場の状況を基盤にした教育を段階的に導入するなど,臨床実践につなげるための技術教育カリキュラムを構築することが必要であると考える.学生のレディネスによって教育のねらいを明確に定めた継続教育の実現が重要であり,今後は血圧以外の測定項目も含め,引き続き効果的な教育方法に関するエビデンスを探求していきたい.

4. 研究の限界

本研究は1施設のみを対象としており対象者バイアスの可能性がある.本研究で用いた状況設定の影響を個別に分析できないため,結果の一般化にはさらなる検証が必要である.また,研究開始前の学生の知識・技術の定着レベルや社会的スキル等は不明であり,2群間の差が生じていた可能性は否定できない.さらに,2群の介入日に1日間の差があったことやOSCEの実施にあたって模擬患者と評価者の事前トレーニングによる評価バイアスが生じた可能性を排除できないこと,状況対応能力自己評価表の信頼性・妥当性が検証できていないことなどが本研究の限界である.本研究では血圧測定のみに焦点をあてたが,臨床現場では様々なバイタルサイン測定場面があり,本研究結果をすべての測定場面で適用するには限界がある.VSAMチェックリストの一部で効果の傾向がみられたが,実習経験の少ない2年次生にむけた新しいプログラムであったことやサンプルサイズの影響などが結果に影響している可能性があり,教育効果をより明確にするためにはさらなる調査が必要である.引き続き,本教育プログラムを洗練し,より効果的な教育方法の提言に向け,実証研究を重ねていきたい.

Ⅷ. 結論

正確な血圧測定の実践能力習得にむけた「状況基盤型教育プログラム」を開発し,RCTによりその効果を検証した.その結果,基礎看護を学ぶ低学年(2年次生)においても,患者の多様な状況に対応しながら測定する実践能力やその必要性を習得することができ,教育効果はみられた.今後は教育プログラムのさらなる洗練と学生のレディネスに合わせた継続教育の実現が課題である.

謝辞:本研究にご協力くださいました看護学生の皆さま,本研究の遂行にあたりご尽力下さいました教職員の皆さまに心より感謝申し上げます.本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究C,課題番号20K03069)の助成を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MWは研究の着想からデザイン,データ収集,データ分析,原稿の作成を行った.YIは研究の着想からデザイン,データ収集,データの解釈など研究の全プロセスに渡る助言,および原稿作成に貢献した.MA,FTは研究デザイン,データの解釈への助言,原稿への示唆と助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
© 2022 公益社団法人日本看護科学学会
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