2022 年 42 巻 p. 670-678
目的:臨床実習指導者からみた看護学生のエンパワーメントの促進要因と阻害要因を明らかにする.
方法:臨床実習指導経験が3年以上で現在看護学生へ指導を行っている看護師7名に半構造化面接を実施し,内容分析によりカテゴリ化した.
結果:促進要因として7カテゴリが抽出され,【臨床学習環境における一体感の醸成】,【看護学生の置かれている状況や気持ちの理解】,【個々の看護学生の必要に応じた支援】,【周囲の人たちの働き方を体感できる学習機会】,【挑戦から学べる看護実践への継続的参加】,【仲間との実践場面の共有】,【学習成果の還元】であった.阻害要因として,【負担を感じる職場環境】,【不十分な時間】,【実習目標の不一致】の3カテゴリが明らかになった.
結論:臨床学習環境における一体感の醸成や看護学生の状況の理解をもとに,学習と実践の往還が,看護学生の課題解決に向けて取り組む力を強化していくことが示唆された.
Purpose: To identify factors that promote and inhibit empowerment of nursing students as perceived by clinical nursing instructors.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with seven nurses with three or more years of clinical nursing instructing experience who are currently active as instructors, and then categorized by content analysis.
Results: Seven categories of promoting factors were identified: “fostering a sense of unity in the clinical learning environment”, “understanding the situation and feelings of nursing students”, “support for individual nursing students according to their needs”, “learning opportunities which enabled them to experience the way people around them worked”, “continuous participation in nursing practice to learn from challenges”, “sharing of practice situations with peers”, and “giving back the outcome of their learning”. Three categories of inhibiting factors were identified: “burdensome work environment”, “insufficient time”, and “discrepancy in practice goals”.
Conclusion: Based on the development of a sense of unity in the clinical learning environment and an understanding of nursing students’ situations, the study suggested that the back-and-forth between learning and practice strengthens the nursing students’ problem-solving abilities.
臨地実習は,多様な人を対象として援助することを通して,看護学生が知識・技術の統合を図ると共に,チーム医療において必要な対人関係形成能力を養い,看護専門職としての批判的・創造的思考力と問題解決能力を身に付けることを目指す(文部科学省,2020)とされている.その一方で,看護学生にとって臨地実習は,不安やストレスを感じることの多い学びであることが指摘されており(小笠原ら,2010;金子・樅野,2015),このようなストレスフルな臨床環境における学習の成立のためには,看護学生のエンパワーメントが不可欠となる.
エンパワーメントの概念は,1950年代から人間の復権や解放に向けて社会運動を支援する考え方として提唱され,Freire(1970/2018)を起源とする教育学やソーシャルワーク分野から生成してきた概念であり,多様な人々が内なる力を発揮し,社会で生きていくことを可能にすることと捉えられてきた.その後,社会学,経営学,看護学へと拡大し,看護学分野では北米のSiu et al.(2005)が社会学者であるKanter(1993/1995)の企業研究をもとに,看護学生のエンパワーメントについて,構造的エンパワーメントが心理的エンパワーメントにつながるモデルを提示し,構造的エンパワーメントが看護学生の動機づけ,自信,主体的な学習を促進することが検証されている(Siu et al., 2005).
先行研究から,近年,海外では臨地実習における看護学生のエンパワーメントに関する研究がなされ,Siu et al.(2005)によって開発された構造的エンパワーメントを測定するThe Conditions for Learning Effectiveness Questionnaire(以下,CLEQ とする)尺度は,複数の国での実証的研究で活用され,妥当性や信頼性が確認されていた(Livsey, 2009;Babenko-Mould et al., 2012;Liao & Liu, 2016).また,構造的エンパワーメントは心理的エンパワーメントを高め,看護実践行動や能力開発につながることが報告されていた.そこで,原(2021)は,看護学生のエンパワーメントの構成概念について探索的に検討することを目的に,看護系大学で看護学実習を履修した4年次の看護学生を対象としたインタビュー調査を行い,日本の看護学生のエンパワーメントの構成概念として,CLEQの下位尺度である「支援」,「機会」,「資源」,「情報」に加え,新たに「安心できる環境」,「患者との関わり」を明らかにした.この研究結果より,看護学生が社会化される組織環境や文化,看護実践の場の中で多面的に学習していることから,看護学生を取り巻く人間関係が相互に影響しあう関係についても検討していく必要性が示唆された.しかしながら,先述した看護学生のエンパワーメントの構成概念については,学生個人が認識する学習経験から得られた知見であり,環境や組織の認識の双方から捉えることで,効果的な学習方略の手がかりが得られるといえる.
以上のことから,本研究の目的は,臨地実習における看護学生のエンパワーメントの発揮を強化するための促進要因と,発揮を妨げ看護学生の力の脆弱化となり得る阻害要因を,看護学生を取り巻く環境として臨床実習指導者の側から明らかにする.その結果は,看護学生のエンパワーメントを促進する教育的支援の在り方を検討するための一資料になると考える.
看護学生のエンパワーメントの促進要因と阻害要因を臨床実習指導者の語りから捉えるため,質的記述的研究による探索的研究デザインを用いた.
2. 用語の定義看護学生のエンパワーメントとは「学習環境において目標を達成するために,看護学生が他者との相互関係に基づき,支援,機会,資源,情報の活用を通じて問題解決を目指すことをいい,その行動による心理的な結果を含むもの(Siu et al., 2005)」とした.
3. 研究参加者研究参加者は,急性期病院において実習指導経験が3年以上で,現在看護学生へ指導を行っている看護師とした.本研究の参加者を実習指導経験が3年以上とした理由は,Benner(2001/2005)が示した看護師の技術習得段階で,3~5年の経験を持つ中堅レベルの看護師は,状況を全体として理解する能力を有するようになるとされる.また,現在看護学生へ指導を担っている看護師としたのは,リアリティのある実習指導経験を語ってもらうためである.以上のことから,本研究の参加者は,実習指導経験が3年以上で,現在看護学生へ指導を行っていることを要件とした.
4. データ収集方法2019年12月~2020年3月に,プライバシーが確保される場所で,半構造化面接を用いデータ収集した.インタビューでは,事前にインタビューガイドを配布し,①臨地実習指導において看護学生が力を発揮できていると感じた場面ならびにそうでない場面,②看護学生が達成する目標についての考え,教員や指導者との連携の状況,③どのような実習先の環境が看護学生に成長を促すための力を与えると思うかなどを質問した.なお,インタビューは研究参加者につき1回とし,面接後に意味内容の確認のための追加のインタビューは実施しなかった.
5. データ分析方法本研究では,看護学生のエンパワーメントの促進要因と阻害要因に関する記述について,データの文脈を重視したKrippendorff(1980/1989)の内容分析の方法を用いて,質的データの意味を帰納的アプローチにより概念抽出した.データ分析は,グレッグ(2016)が示した方法を参考に,以下の手順で行った.研究参加者の許可を得てICレコーダーに録音したインタビューデータから逐語録を作成し,文脈の意味単位を検討しながら,看護学生のエンパワーメントの発揮に関し,促進あるいは阻害されている場面や理由が記述されている箇所をまとまりとして抜き出した.そして,データを意味内容が変化しないように要約し,コード化した.さらにコードを類似性と相違性に従って分類しながら抽象度を上げ,サブカテゴリ,カテゴリを抽出した.なお,分類した結果については,研究参加者のメンバーチェッキングにより,厳密性を確保した.
本研究は,日本赤十字看護大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:2019-024).研究協力施設の看護管理者に対し,研究の概要,研究協力への自由,匿名性の確保などについて書面を用いて説明し,研究協力の同意を得た.研究参加者の選定は看護管理者からの紹介によるものであったが,看護師へは研究依頼書を郵送し,研究への参加を募った.応募のあった看護師に対し,研究者が直接連絡し,調査日時や場所を相談して決定した.そして,研究の概要,自由意思に基づく参加,研究参加による利益と不利益,個人情報の取り扱いやプライバシーの保護,途中辞退が可能であることなどについて書面を用いて説明を行い,同意書への署名をもって研究参加への同意を得た.なお,看護管理者には,研究参加同意の有無は知らせないことの承諾を得て,看護師の研究参加への自由意思を保障できるよう配慮した.
研究参加者は,急性期病院5施設に勤務する看護師7名で,全員女性であった.年齢は平均32.4 ± SD(標準偏差)3.2歳,看護師経験年数は平均10.0 ± SD 2.8年,実習指導の経験年数は平均3.4 ± SD 0.5年であった.なお,研究参加者の職位は,教育専従看護師,看護主任,スタッフ看護師と様々で,研究参加者により語られた内容は一般病棟での実習指導場面が多かった.面接時間は平均117.9 ± SD 14.9分で,全員が勤務時間外での実施であった.
2. 分析結果データ分析の結果,臨床実習指導者からみた看護学生のエンパワーメントの促進要因として,7カテゴリ,15サブカテゴリ,阻害要因として,3カテゴリ,6サブカテゴリが抽出された(表1).以下に,カテゴリ毎に内容について詳しく記述する.なお,本文中の【 】はカテゴリ,《 》はサブカテゴリを示す.また,インタビューで研究参加者から語られた内容は「斜体」で示し,語りの最後に参加者をアルファベットで記した.
分類 | カテゴリ | サブカテゴリ |
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促進要因 | 臨床学習環境における一体感の醸成 | 看護管理者により実習支援の方向づけをする |
看護学生の特性に合わせて実習指導者間で協働しながら対応する | ||
看護学生を病棟スタッフ全体でみる | ||
看護学生の置かれている状況や気持ちの理解 | 看護学生の状況や力量を把握する | |
看護学生の実習場面での行き詰まり感を理解する | ||
個々の看護学生の必要に応じた支援 | 看護ケアの創造に向けて看護学生に助言する | |
看護学生の患者との関係で生じる悩みを引き出し支援する | ||
周囲の人たちの働き方を体感できる学習機会 | シャドウイングへの参加により多角的視点を得る | |
スタッフ看護師の患者への関わり方を一緒に体験して学ぶ | ||
挑戦から学べる看護実践への継続的参加 | 実施後のタイムリーな振り返りを次の看護ケアに活かす | |
患者を継続的に支える看護実践を通して経験から学ぶ | ||
仲間との実践場面の共有 | 看護学生同士の話し合いのなかで他者の考え方を知る | |
実習グループメンバーとお互いの実践を手助けする | ||
学習成果の還元 | 肯定的フィードバックにより看護学生の学習動機づけが高まる | |
看護学生の学びの成果の還元から受容的な実習の場がつくられる | ||
阻害要因 | 負担を感じる職場環境 | 多忙な状況により患者への個別的な看護ケアをすることが難しい |
仕事負担感によりスタッフ看護師が看護学生を受け入れる余裕がない | ||
不十分な時間 | 実習期間が短いため患者の経過と看護学生の学習進度に相違がある | |
時間不足により看護学生が実践を通して学べるチャンスが少ない | ||
実習目標の不一致 | 実習目標に対してスタッフ看護師の十分な理解を得にくい | |
臨床実習指導者の交替により看護学生への指導内容に食い違いが生じる |
看護学生のエンパワーメントの促進要因として明らかになった7カテゴリについて以下に示す.
(1) 【臨床学習環境における一体感の醸成】研究参加者は,《看護管理者により実習支援の方向づけをする》こと,《看護学生の特性に合わせて実習指導者間で協働しながら対応する》こと,《看護学生を病棟スタッフ全体でみる》ことを促進要因として認識していた.
【臨床学習環境における一体感の醸成】のカテゴリの内容は,次のE看護師の語りが示すように,病棟の看護師長が,他部署の関係者との調整や病棟スタッフへ適切な情報伝達をすることを言う.また,性別や学年など,看護学生の特性に応じて他の実習指導者と相互協力しながら対応する場合もある.
「カテーテルは別の部屋で,先生と技師さんとか,別の看護師がいたりして,違う環境になっちゃうけど,その前日に師長さんがちゃんと電話してくれて,許可も取り,カテーテル室の人たちも学生さんに教えてくれたりして,そういう受け入れる環境はあるので(中略),(学生が)過度な緊張せずに学べるのかなとは思います.」(E看護師)
さらに,病棟スタッフの皆が看護学生を病棟の一員として受け入れることも含まれる.
「うちの病棟は,やっぱ指導者だけじゃなく,病棟のスタッフが,学生さんが来ることをちゃんとウエルカムで受け入れられるとか,ケアに一緒に入るっていうことに対してもやっぱ協力性がないと難しいのかなって思って.指導者だけが入ってると壁ができちゃうので,そうじゃなくて,病棟全体でみてるっていうスタンスでやったほうが(中略),学生さん自身も学びを深めることにつながってくのかなって思います.」(D看護師)
(2) 【看護学生の置かれている状況や気持ちの理解】研究参加者は,《看護学生の状況や力量を把握する》こと,《看護学生の実習場面での行き詰まり感を理解する》ことを促進要因として認識していた.
【看護学生の置かれている状況や気持ちの理解】のカテゴリの内容は,実習指導者が看護学生の状況や力量を見極めることを言う.さらに看護学生が看護ケアを実践するにあたって,自分ができないことに動揺するなど,気持ちの理解を得ることも含む.C看護師は,《看護学生の実習場面での行き詰まり感を理解する》ことについて次のように述べている.
「(学生が)直接患者に対応をする時に(中略),最初は結構緊張して(中略),頭の中では色々シミュレーションして,頑張ってのぞんでくれているのは伝わるんですけど,それがなかなか出せないところでつまずいて(中略).そういうところで学生の心理的なところをフォローして,少しずつ受け身でやってたものが,学生主体で出来るようにしてあげられた時に,学生の力を発揮できたかなと思います.」(C看護師)
(3) 【個々の看護学生の必要に応じた支援】研究参加者は,《看護ケアの創造に向けて看護学生に助言する》こと,《看護学生の患者との関係で生じる悩みを引き出し支援する》ことを促進要因として認識していた.
【個々の看護学生の必要に応じた支援】のカテゴリの内容は,次のA看護師の語りが示すように,看護ケアの質の向上に向けて実習指導者が看護学生に助言することを言う.また,患者の状態変化や言動の解釈に戸惑う看護学生が,実習指導者からの感情的な支援を得ることも含む.
「退院指導をする時に絵を描いてきた学生がいて.禁忌肢位とかあるような患者さんだったので(中略),実際に,その人が帰った時の様子を考えて(中略),こんな時にふとした行動に出ることがありますよみたいなのを(中略),特に,絵を描いたらいいよとかそういうのは言ってなかったんですけど(中略),何かしらメモ書きとかお渡し出来るものがあったほうが患者さんは忘れないかもねと言った一言からの作成だったんですけど.そういうところは,自分の能力を看護ケアにつなげたんじゃないかなとは思うんですけど.」(A看護師)
(4) 【周囲の人たちの働き方を体感できる学習機会】研究参加者は,《シャドウイングへの参加により多角的視点を得る》こと,《スタッフ看護師の患者への関わり方を一緒に体験して学ぶ》ことを促進要因として認識していた.
【周囲の人たちの働き方を体感できる学習機会】のカテゴリの内容は,スタッフ看護師や他職種スタッフのケア場面から,看護学生が多様な考え方や援助方法を実際に体感できる機会を獲得することを言う.《スタッフ看護師の患者への関わり方を一緒に体験して学ぶ》ことについて,D看護師は以下のように述べている.
「(患者は)消化器がんで受け持ち始める数日で苦しさが強くなって,言葉数少なくて.この時,(学生から)苦しいって言ってる患者さんに何て言っていいか分からないっていう相談があって,結構泣いちゃったんで.(中略)その次の日に,(患者が)朝から腹水を抜く話になって(中略),スタッフが一緒に付いてくれてたんですけど.そこでスタッフがどういうふうに苦しい患者に関わってるかを見たり(して).(中略)午後の報告で,(学生が)話すことだけじゃなくって,患者さんの病状を観察したりとか,そばにいることも看護だって気付きましたって言ってて.何もできないって泣いてたのに,スタッフの関わりを見て気付いてくれて,そういうのが良かったなって思ったんですけど.」(D看護師)
(5) 【挑戦から学べる看護実践への継続的参加】研究参加者は,《実施後のタイムリーな振り返りを次の看護ケアに活かす》こと,《患者を継続的に支える看護実践を通して経験から学ぶ》ことを促進要因として認識していた.
【挑戦から学べる看護実践への継続的参加】のカテゴリの内容は,E看護師の語りが示すように,看護学生が看護実践を通して振り返りを行うことにより,行動の修正やさらなる挑戦が繰り返され,経験から学びを得ることを言う.
「心筋梗塞でインスリンの手技を獲得しなければいけない患者さんだったんで,その指導をする計画を立てて関わりたいっていう学生の目標がありまして(中略).(患者の)練習を学生が見た時に実際忘れたりしていて,自分がそのパンフレットを分かりやすいように作ってきたいっていうことだったので(中略),患者さんが目が悪いとこに合わせて作ってきてくれたんですね.それで師長さんの許可も出たので進めたんですけど.(中略)患者さんがイライラしてできなくなっちゃうパターンとかもあって.じゃあどういう環境だったら患者さんは練習しやすいんだろうかっていうのを一緒に考えて(中略).それで土日継続してほしいっていうことだったので,看護指示に入れてどうだったかを看護師が記録で残してくれて,学生さんが月曜日に来たときにそれを見て,できるようになったところは盛り立てながら,患者さんも最初やる気なかったんですけどできるようになって.自分の計画を基に実際やってみて,それを評価して,改善してっていうのを繰り返しサポートしながらできて,なおかつスタッフも一緒にやってくれたところで達成感があったなって思いました.」(E看護師)
(6) 【仲間との実践場面の共有】研究参加者は,《看護学生同士の話し合いのなかで他者の考え方を知る》こと,《実習グループメンバーとお互いの実践を手助けする》ことを促進要因として認識していた.
【仲間との実践場面の共有】のカテゴリの内容は,看護学生同士が,カンファレンスを通して実習での経験を語ることにより,個々の看護実践や学習課題を共有しながら解決の手がかりを見出すためのやりとりがなされる機会を言う.さらに,看護学生が互いの手助けを得ながら実践することを含んでいる.C看護師は,《看護学生同士の話し合いのなかで他者の考え方を知る》ことについて次のように語った.
「学生さん同士で話し合いをしてたカンファレンスがあって.(中略)同じ仲間がどんな患者さん持っているか初めてよく知る時に,(中略)私は今こういうことで困っててっていう話題が出てきたりすると,(中略)『私はこう思います』とか,学生さんの中から出てきて.それを聞いた学生さんが,『全然自分では考えつかなかったんですけど,それもちょっと取り入れてみます』っていう話になったりとかして.(中略)その中でどうしていったらいいかなって考えると,出てきやすかったりする子も多いので.そこがやっぱりグループの力なのかなって思いますね.」(C看護師)
(7) 【学習成果の還元】研究参加者は,《肯定的フィードバックにより看護学生の学習動機づけが高まる》こと,《看護学生の学びの成果の還元から受容的な実習の場がつくられる》ことを促進要因として認識していた.
【学習成果の還元】のカテゴリの内容は,実践に対する周囲の人からの肯定的フィードバックを得ることにより,看護学生が学習への意欲を自覚することを言う.一方で,スタッフ看護師が看護学生の学びの成果を実感することで,看護学生を受け入れる場がつくられることも示されている.
「学生が,例えば,シーツ交換をやった後に,実習指導者だけじゃなく他のスタッフも,『患者さん,シーツ交換気持ちよかったって言ってたよ』って返してくれて,学生さんが達成感を感じることがあったので.」(F看護師)
「(学生が)こういうこと学べましたっていうのを私たち(臨床実習指導者)にも言ってくれるので,それをスタッフに絶対還元するようにしていて,こういうことを学生が喜んでたよ,ありがとうっていうのを言っていくと,結構みんな盛り上がって,次学生が来たんだなっていうムードになってくれたりとかするので(中略),そこでお互いの成長につながればって思っています.」(E看護師)
2) 阻害要因看護学生のエンパワーメントの阻害要因として明らかになった3カテゴリについて以下に示す.
(1) 【負担を感じる職場環境】研究参加者は,《多忙な状況により患者への個別的な看護ケアをすることが難しい》こと,《仕事負担感によりスタッフ看護師が看護学生を受け入れる余裕がない》ことを阻害要因として認識していた.
【負担を感じる職場環境】のカテゴリの内容は,看護師の多忙な状況により看護ケアがルーチンになることや看護学生が考えた患者への個別的な看護ケアの継続が難しい点を含んでいる.また,看護学生が病棟や患者ケアへ参加することに伴いスタッフ看護師が仕事を過重に感じることで,看護学生に対する病棟の一員としての意識の希薄さ,さらには非協力的な態度が生じることも示されている.B看護師は,《多忙な状況により患者への個別的な看護ケアをすることが難しい》ことについて以下のように述べている.
「(学生が)毎日,陰洗(陰部洗浄)だけしか計画立ててこなくて,おかしいなと思ってみていたら,多分,病棟のナースが,陰洗しますとかそういう計画になってたんですよね.それで,学生も合わせちゃって.(中略)日常業務これをやらなければならないとか,病棟の看護師さんが忙しそうだからケアに入ってもらえないとか(中略),(学生が)そういうふうに思ってる時は,やっぱり力が発揮出来てないのかなとは(思う).」(B看護師)
(2) 【不十分な時間】研究参加者は,《実習期間が短いため患者の経過と看護学生の学習進度に相違がある》こと,《時間不足により看護学生が実践を通して学べるチャンスが少ない》ことを阻害要因として認識していた.
【不十分な時間】のカテゴリの内容は,次のE看護師の語りが示すように,受け持ち患者の在院日数の短縮化ならびに限られた期間や時間の中での実習展開により,患者の経過と看護学生の学習進度に相違があることを言う.さらに,直接的な患者ケアや病棟カンファレンスに,看護学生が参加する機会が少ないという内容も含んでいる.
「成人期実習の時は(中略),1週間で大体退院してく方が多いので,(学生が)計画を練っているときには,(患者が)もう明日退院みたいな感じになってしまったり.(中略)もう明日退院になっちゃうからこれで指導しようっていうような感じでやってしまうときがあったりして.(中略)学生さんがまず個を知るところまで辿り着かなかったり,知った時には退院っていうのになってしまうのは,(力を)うまく発揮させてあげれなかったなっていうところはあります.」(E看護師)
(3) 【実習目標の不一致】研究参加者は,《実習目標に対してスタッフ看護師の十分な理解を得にくい》こと,《臨床実習指導者の交替により看護学生への指導内容に食い違いが生じる》ことを阻害要因として認識していた.
【実習目標の不一致】のカテゴリの内容は,臨床実習指導者の依頼によって,スタッフ看護師がその都度学生指導を担うことから,実習目標が病棟スタッフへ十分に共有されていない状況が生じていることをあらわしている.加えて,病棟によっては複数の看護師での実習指導体制をとることから,看護学生への指導方針の認識が異なる場合もある.以下のA看護師の語りは,《実習目標に対してスタッフ看護師の十分な理解を得にくい》ことを示している.
「やっぱり指導者側,その学生の目標っていうものを知ってないと駄目だなっていうのを毎回思ってて.たまに,(中略)オペ迎えとか,オペ後の観察とかは,スタッフに一緒にみてね,みたいにやっちゃうんで,(中略)学年の目標を知らないまま関わるスタッフも中にはいるので,(中略)そういう関わり方とかをしてしまって,学生が落ち込んじゃうというか,そういう場面もあったりするので.ちゃんと双方が,同じ目標でやっていかないといけないなっていうのは,日々感じていますね.」(A看護師)
本研究の結果から,看護学生のエンパワーメントの促進要因は,個人と環境の視点が含まれ,【臨床学習環境における一体感の醸成】,【看護学生の置かれている状況や気持ちの理解】,【個々の看護学生の必要に応じた支援】,【周囲の人たちの働き方を体感できる学習機会】,【挑戦から学べる看護実践への継続的参加】,【仲間との実践場面の共有】,【学習成果の還元】が明らかとなった.一方,阻害要因は,【負担を感じる職場環境】,【不十分な時間】,【実習目標の不一致】であった.それら阻害要因について考察し,臨床学習環境における看護学生のエンパワーメントを促進するための方略について以下に述べる.
まず,本研究では,阻害要因として【負担を感じる職場環境】や【実習目標の不一致】が明らかになった.これらの結果の背景には,看護学生の臨床学習環境を調査した先行研究においても,看護師は多忙で看護学生に対する個別的な関わりが少ない(小笠原ら,2010)と指摘されているように,急性期病院の看護師が,患者の治療等に関連する業務から療養生活の支援に至る幅広い業務を担う中で,看護学生への指導に関与していることが影響していると考える.このような過重な仕事の状況下では,患者への看護ケアが業務的な実践となり,スタッフ看護師を含めた実習指導者同士の連携や実習の目的・目標の共有をも難しくさせていることが推察される.また,阻害要因として【不十分な時間】が示されたように,急性期患者の特徴である治療経過の急激な変化を伴う看護実践に対して,看護学生の学習過程が追いついていない状況が生じていることが考えられる.このことに関連して,看護学生を対象に校内学習から病院での臨地実習への移行について研究を行った香川・茂呂(2006)によると,看護学生が臨床環境に関わる中で流れている時間の相違を経験していることを論じている.つまり,患者の入院・治療経過の短期間での変化に追いつくことのみならず,臨床環境という異文脈への移動に伴い不規則で多様な患者の変化を予測しながら行動を調整していくことが求められるため,看護学生が実習目標を達成するためのさらなる時間を必要とすることが推測される.
一方,促進要因として【臨床学習環境における一体感の醸成】,【看護学生の置かれている状況や気持ちの理解】が明らかになったように,看護学生に対して病棟スタッフの皆が見守ることや,関係者同士の相互協力がなされること,心理的側面を含む看護学生の状況や力量を把握することが,臨地実習における看護学生のエンパワーメントの発揮を促す基盤として不可欠であると考える.このことは,Bradbury-Jones et al.(2007)が臨地実習の経験に関する看護学生のエンパワーメントを調査した結果,看護学生のエンパワーメントを促す要因の中に看護学生への理解や尊重,チームにおけるインクルージョンを報告していた研究と一致する.また,看護学生から新卒看護師への移行期を成功させるための障壁と促進要因を探ることを目的に実施された調査の中で,移行に影響を与える有意な要因としての構造的エンパワーメントに加え,促進要因の1つとして「前向きで協力的な職場環境」が見出された結果と類似する(Kim & Shin, 2020).近年,組織の多様性の観点から注目されているインクルージョンについて,船越(2021)は,「社員が仕事を共にする集団において,その個人が求める帰属感と自分らしさの発揮が,集団内の扱いによって満たされ,メンバーとして尊重されている状態(p. 37)」と述べ,インクルージョン認識が,関係性の向上,信頼や満足,コミットメント,ウェルビーイング(ストレスや健康),創造性,キャリア機会に影響を及ぼす可能性を示している.つまり,臨床学習環境において看護学生がチームメンバーとして受け入れられ,帰属感を持ちながらも自分らしく行動できることで,コミュニケーションや相互援助を生み出し,創造的なケア実践やキャリア機会の獲得につながると考える.そのためにも,スタッフ看護師を含む実習指導者や看護管理者が直接的に看護学生と関わり合いを持ち,臨床学習環境での円滑な人間関係を構築していくことが必要である.このような【臨床学習環境における一体感の醸成】,【看護学生の置かれている状況や気持ちの理解】として示された促進要因は,上述した阻害要因【負担を感じる職場環境】,【実習目標の不一致】と相反する特徴があり,これら阻害要因の状況に対して組織的な臨床学習環境の改善に向けた取り組みがなされることにより,看護学生のエンパワーメントの発揮に関して阻害要因から促進要因へと転換することが期待される.
次に,促進要因として明らかになった【周囲の人たちの働き方を体感できる学習機会】の活用について取り上げる.臨床実習指導者は,看護学生が患者との関わりにおける戸惑いを経験していることを語っていたが,その一方で看護学生がスタッフ看護師のケア場面へ実際に参加することにより,様々な考え方や援助方法を体感できる機会を獲得していることも認識していた.これは,実践の中で看護師と一緒に取り組めるような支援により看護学生のエンパワーメントが生じると報告しているPearson(1998)の研究結果と一致する.また,日本の看護学生のエンパワーメントの構成概念を明らかにするために実施した先行研究においても,看護学生が臨床環境において役割モデルを通した学習の機会を得ていることが示されていた(原,2021).すなわち,看護学生が実践の場の中に身を置き,スタッフ看護師や実習指導者のみならず他職種スタッフ等の多様なスタッフの見方や考え方を知ることで,自分の学習に引きつけて考えることや,実践に対する新たな意味づけをすることができるといえる.しかし,既に述べたとおり,多忙な臨床の場において看護学生が自ら学習機会を獲得することに制約がある場合が多いため,実習指導者の働きかけにより看護学生が安心して学べる雰囲気ができると考える.
最後に,《実施後のタイムリーな振り返りを次の看護ケアに活かす》ことや,《患者を継続的に支える看護実践を通して経験から学ぶ》ことから構成される促進要因【挑戦から学べる看護実践への継続的参加】として示されているとおり,臨床実習指導者は看護学生が看護実践を通して振り返りを行うことにより,行動の修正やさらなる挑戦が繰り返され,経験から学ぶことを認識していた.このことは,Kolbの経験学習モデルが看護学生のエンパワーメントと一致することを示唆している研究(Hokanson Hawks, 1992),看護学生が経験する臨地実習領域の総数や臨床判断が,「自信」,「有意味感」,「影響感」,「自己決定感」という認知的側面で表される看護学生の心理的エンパワーメントに影響を及ぼすことを明らかにしている研究(Ahn & Choi, 2015)により支持されるといえる.加えて,Cayaban et al.(2022)が,看護学生を対象に,看護学生の特性ならびに構造的エンパワーメント,心理的エンパワーメントの関係を検討することを目的に行った調査で,学校組織への関与が看護学生の心理的エンパワーメントに影響を及ぼすことを指摘していた.したがって,看護学生が経験と内省を繰り返すこと,また先に述べたような多様なスタッフの見方や考え方が活かされる実践に関与することによって,自らの実践に自信を持ち,意味を見出すことができるといえる.しかし,今日の複雑な臨床環境において,看護学生の効果的な学習がなされるためには,他の促進要因も相互に影響しあうことが不可欠である.よって,その支援には,本研究で明らかとなった促進要因を含む複合的なアプローチについても検討していく必要があると考える.
以上のことから,臨床実習指導者が認識する看護学生のエンパワーメントの促進要因には個人と環境の視点が含まれ,看護師の過重な仕事の状況下での実習という前提があるが,看護学生がチームメンバーとして帰属感を持ちながらも自分らしく行動できることで,多様な視点で物事を捉えられるようになる.また,安心して学べる病棟の雰囲気がつくられることにより,看護学生が経験や内省から学び,自分自身の実践に対する意味を実感することにつながる.このような学習と実践の往還が,看護学生の課題解決に向けて取り組む力を強化していくと考える.そのため,スタッフ看護師を含む実習指導者や看護管理者には,看護学生のエンパワーメントを促進するための組織的支援や取り組みの必要性が示唆された.
本研究の参加者は,実習指導経験に偏りがある可能性があるが,看護学生のエンパワーメントの促進要因や阻害要因に関する臨床実習指導者の側面からの包括的な結果を抽出することができた.今後の課題として,新型コロナウイルス感染症拡大状況下での臨地実習の現状をふまえた検討が必要である.さらに,一般化可能な知見を得るために尺度開発を行い,臨地実習における看護学生のエンパワーメントの実証的研究をすることが必要である.
本研究では,臨床実習指導者の視点からみた看護学生のエンパワーメントの促進要因と阻害要因を明らかにした.その結果,看護学生のエンパワーメントの発揮は,実習指導者や看護管理者,周囲の病棟スタッフ,臨床学習環境など,看護学生を取り巻く環境に影響していると言える.実習指導者や看護管理者,ならびにスタッフ看護師の組織的・個別的支援により,臨地実習における看護学生のエンパワーメントを顕在化し,強化する可能性が示唆された.
付記:本論文の内容の一部は,第42回日本看護科学学会学術集会において発表した.
謝辞:本研究にご参加いただきました看護師の皆様,ならびにご協力いただきました看護管理者の皆様に心より御礼申し上げます.本研究は,2019~2020年度日本赤十字看護大学奨励研究費助成を受けたものである.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.