2023 年 43 巻 p. 164-173
目的:妊娠期にがんと診断された妊産婦と家族に実施された助産ケアを記述することである.
方法:助産師7名に非構造化インタビューを行い,ナラティヴ分析を行った.
結果:15エピソードのテーマ及びサブテーマ,横断的比較検討により4つのテーマ(「妊娠の継続/中断,がん治療方法の選択,授乳に関して女性の選択を後押する」「妊娠・出産に伴いがん治療を受ける(受けない)女性にお母さんとして関わる」「がん治療と妊娠・出産・育児を連続したスパンで捉え家族全体にもたらす影響を捉えながら対応する」「複数の診療科や職種を超えて同じ方向を向く中で女性と家族に関わる」)が明らかになった.
結論:助産師の実践は,妊産婦と新生児のケアという助産ケアの価値観に基づき,女性を母親として見るという特徴があった.これらは妊娠期がん女性と家族へのケアにおける複数の診療科,職種間での連携,協働,支援をさらに進めていくうえで重要である.
Purpose: This study is aimed at describing midwifery care provided for women with cancer diagnosed in pregnancy and their families.
Methods: Unstructured interviews were conducted with seven midwives who had experience of assisting women diagnosed with cancer. The data was analyzed using the narrative approach.
Results: Concerning 15 episodes, we found subthemes, based on which one theme per one episode was identified. Having analyzed the episodes, subthemes, and the themes in a cross sectional manner, we clarified that there are four themes that represent midwifery care: Supporting women so they can make the best decision based on a wide range of information that provides a balanced perspective, when debating with themselves whether or not to continue a pregnancy, to undergo cancer treatment, or to breastfeed; perceiving the women as mothers who would or would not undergo cancer treatment during their pregnancy; understanding their thoughts during the continuous span of cancer treatment, pregnancy, delivery to as far as the period of childcare and dealing with the women and their families considering the impact on the whole family; and taking care of the women and their families, while working with multiple departments and professions and going in the same direction.
Conclusion: Midwives’ practice was characterized by viewing women as mothers, based on the midwifery care values of maternal and newborn care. Their perspective and practice of having regard for women as mothers is important to further support the women and families through enhanced collaboration and cooperation among multiple departments and professions.
近年,若年成人世代にがんと診断され治療を受ける人々への支援が着目され,がん治療に伴い影響を受ける妊孕性を温存するための様々な支援制度が整備されつつある.一方で,同世代の女性が妊娠中や出産直後にがんと診断され,がん治療と妊娠,出産,育児をどのようにしていけばよいか,女性と家族への支援は発展途上である.日本では妊娠中または出産後1年までに診断されるがんの発生率は17~38/100,000出生,年間約1,000名に1名の割合で妊娠関連がんが発見されている(日本がん・生殖医療学会,2022).妊娠期にがんと診断された女性は,妊娠と同時にがんの診断を受けるという高い心理的ストレスを経験しており,妊娠の継続,がん治療と出産時期などの決定において,葛藤していることが明らかになっている(Kozu et al., 2020).さらにその葛藤は妊娠とがん治療の経過や子どもの健康状態の不確かさ,パートナーなどの家族の意向との食い違い,産科医師・がん治療に関わる複数の診療科とのやり取りが必要となることなどで,妊娠・出産,がん治療中のみならず,出産後の母乳育児,育児とがん治療・療養生活へ長期間にわたって持続している(Ives et al., 2012;Vandenbroucke et al., 2017;Betchen et al., 2020).妊娠期にがんと診断された女性と家族の支援には,産科,がん診療科,新生児科,小児科など様々な診療科や部門,医師,助産師,看護師,薬剤師など複数の職種の連携が不可欠である.Hori & Suzuki(2021)は妊娠期がん患者と家族に対する意思決定支援プロセスを明確化し,がん治療を受ける患者と家族の治療に対する不安が解消されるような多職種によるチームづくりや,看護師が患者・家族・医療者間の仲介役を担うことが重要であると述べている.先行研究では妊娠期がんと診断された女性に対する支援における看護師の役割が明らかにされてきたことを踏まえ,本研究では妊娠期がんと診断された女性と家族に対して実施した助産ケアを記述することを目的とする.妊娠期にがんと診断された女性と家族を長期的に支援していくための助産師および看護職間の役割の検討,多職種連携を構築するための重要な資料となると考える.
ナラティヴ・アプローチに基づく質的研究デザインとした.妊娠期がんと診断される女性と家族に対する助産師の実践経験は稀少かつ,個別性・文脈依存性の高い実践経験であると考える.そこで個別事例に基づく文脈依存的な知を生み出すナラティヴ・アプローチ(Riessman, 2008/2014)が妥当と考えた.
2. 研究参加者機縁法及び施設を介し妊娠期がんと診断された女性と家族の実践経験をもつ助産師を募集した.
3. データ収集方法非構造化面接を行い,妊娠期にがんと診断された女性と家族に対する実践経験について語ってもらった.データ収集は2021年10月~2022年1月に実施した.インタビュー内容はICレコーダーに録音し,一人1回90分程度であった.
4. 分析方法分析方法はナラティヴ分析(テーマ分析及び構造分析)(Riessman, 2008/2014;Gibbs, 2017/2017)を用いた.テーマ分析は,研究参加者が語った15エピソードについて,どのような文脈の中で助産師の実践が行われているのかに着目してサブテーマをつけ,サブテーマをもとに1つのエピソードに1つのテーマをつけた.15エピソードのテーマ,サブテーマを横断的に比較検討し,妊娠期にがんと診断された妊産婦とその家族に実施された助産ケアを表す4つのテーマを抽出した.テーマ分析と同時に,研究参加者らの語り方に着目する構造分析も行い,テーマ分析と構造分析を循環的に実施した.データ解釈は研究メンバー間で妥当性を検討した.
5. 倫理的配慮日本赤十字看護大学研究倫理審査委員会の承認を得た(承認番号2021-034).
7名の研究参加者は,助産師経験5年未満1名,10~20年2名,20年以上4名であった.5名が総合病院,2名は助産所等に勤務していた(表1).
研究参加者仮名 | 助産師経験年数 | インタビュー時の所属 |
---|---|---|
Aさん | 5年未満 | 総合病院産科・婦人科勤務 |
Bさん | 10~20年 | 公益法人 |
Cさん | 10~20年 | 総合病院産科・婦人科勤務 |
Dさん | 20年以上 | 助産所 |
Eさん | 20年以上 | 総合病院産科・婦人科勤務 |
Fさん | 20年以上 | 総合病院産科・婦人科勤務 |
Gさん | 20年以上 | 総合病院産科・婦人科勤務 |
表2に研究参加者が語った15のエピソードの概要を示した.7名の助産師が語った15のエピソードのうち,妊娠を継続・出産,出産後にがん治療を受けるという経過をたどった事例に関わった経験7例,出産後に女性が死亡した事例に関わった経験4例,妊娠中にがんと診断され人工妊娠中絶を選択した事例に関わった経験2例であった.研究参加者らが関わった女性と家族は,妊娠16週~37週の時期,人工妊娠中絶後10年以上経過した時期,出産後に女性が死亡した家族であり,幅広い経験が語られた.研究参加者らの経験の大部分が医療機関での経験であった.
妊娠を継続/中絶 | 妊娠中の治療有/無 | 出産後の治療有/無 | 女性の予後 | エピソードの概要(アルファベットは研究参加者,数字はエピソード番号) | |
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特定の事例に基づく語り | 妊娠継続・出産 | なし | あり | 生存 | A-1:30代の女性が妊娠37週に乳房にしこりを自覚し受診.産前にがんの確定診断結果が出ない中で,初乳を授乳するか乳腺外科医から決定を投げられた.女性はいったん授乳することを決めたが,出産6時間後に医師ががんを告知し,女性は授乳を取りやめ一刻も早く治療すると決めた.助産師にはそれでよかったのかという思いが残った.助産師は,女性が退院後に子育てと治療をどうするのか気になりながらも,出産後5日目に女性は退院した.出産後のがん治療にはがん看護専門看護師や外来看護師が関わり,助産師が関わることはなかった. |
E-1:30代の女性が,双子を妊娠し26週で切迫早産のために入院中に,虫垂がんと診断され,治療が急がれた.産科医主導で出産時期が決められる中で,助産師は女性にはがん治療を受け生きてもらいたいと思うが,最終的には赤ちゃんの責任者は親だと思って寄り添った.女性は身体的苦痛が強く,助産師は日常生活の介助をしながら出産までの間関わり,32週で帝王切開手術が行われた.出産後は子どもは新生児科に入院,女性は退院した.出産後に母乳への支援が必要な場合は継続的に関わることになる. | |||||
E-2:妊娠前から胸のしこりに気づいていた女性が乳がんと診断され,出産と治療開始時期について産科と乳腺科で検討された.女性は出産を早めたくない,出産後の抗がん剤治療も受けたくないと強く望んだ.助産師は,女性が現状を受け止め考えられる状況ではないと捉えた.出産と治療開始に関する決定には期限があるため,意思決定し,次に進まねばならない女性と家族を見守った. | |||||
G-1:白血病のため妊娠32週で帝王切開による出産をし,出産後に抗がん剤治療,臍帯血移植を受けた女性がいた.NICUに勤務していた助産師は,普通のお母さんと同じようにNICUでの子どもとの面会時に関わり,女性は子どもが自分の病気を教えてくれたと捉えていることがわかった.女性が出産後に抗がん剤治療を受けている間,子どもはNICUで過ごし,子どもの退院と女性の退院時期を調整した. | |||||
G-2:助産師は,妊娠16~20週の女性の妊婦健診時に乳がんを発見した.妊娠期の乳房検診の重要性を研修で学んでいたこともあり,妊娠中でも,出産直後でも乳房検診はできることを伝えたい.妊娠中の乳房のしこりは形が悪く張りも出産後とは全然違う.女性は,正期産まではがん治療をせずに過ごし,出産後に治療を受けた. | |||||
G-3:一刻も早くがん治療を始めることを望み,34週で帝王切開出産をした女性がいた.がんは,正期産まで待って出産可能な状況だったが,女性は子どもを育てるためには自分の命がないとやっていけないと,早期の治療開始を望んだ.女性は早産を選んだことに納得しているが,助産師の中には,賛同できない気持ちもあった.出産後,女性は授乳を希望せず,乳腺外科に転科して手術を受けた.助産師は,NICUに入った子どもと女性の面会を調整した.助産師は,女性の意見だけ聞いて早産を選ぶことで子どもに障害が出ることも危惧し,医療者と意見をすり合わせることも必要だと思った. | |||||
C-1:20~22週前の中絶の選択肢もある時期に乳がんと診断された女性が,妊娠中の抗がん剤治療は受けないと選択した.助産師は産科医とともに女性の決定を理解し寄り添った.助産師は,妊婦検診の時に,産科では母親としての気持ちを言えるといったことが印象的で,女性が,産科では母親にしかわからない気持ちを理解してもらえると受けとめていることを知った.女性は妊娠中に手術療法のみを受けたが,女性が出産したら抗がん剤治療を受けるという選択をすることも視野に入れて見守ることにした. | |||||
なし | 出産後死亡 | C-2:女性は,妊娠前から胸にあったしこりががんと診断されると,がんを子どもと一緒にとどめ,治療は受けないと決断した.助産師は,治療を受けることで少しでも長く子どもと一緒に生きられるのではないかと思い,女性の思いに寄り添えないことに葛藤した.助産師は,出産後に腫瘍のある乳房に触れることや母乳のケアに戸惑い,どのように関わればよいか何度もカンファレンスを開いた.女性は出産後は受診することはなく,後で亡くなったことを知った. | |||
なし | あり | A-2:30代の女性が妊娠32週でスキルス胃がんと診断され,帝王切開出産後,直ちに抗がん剤治療を開始,母乳は止めることになった.助産師はがん治療やがん看護についての経験がなく,女性や家族の不安を聞くことしかできなかった.女性は出産後にがん性疼痛が出現し,産科病棟に入院したまま消化器科に転科した.抗がん剤治療が始まる中でNICUに入院する子どもとの面会を調整したが,女性は病状が悪化し,自分のことで精一杯の様子だった.助産師は,どんどん痩せていく女性に関わるのが怖く,手探りで関わった.女性は出産半年後に亡くなり,悲しみだけが残った経験だった. | |||
あり | B-1:20代で28週のときに悪性リンパ腫と診断された女性のがん治療が開始した.助産師は何かを決めることを優先せず,女性が状況を整理するところから始められるようにした.気持ちが揺れている妊娠中に出産後の育児と治療について結論を急がず,どんな選択がなされてもよいように関係部署に根回しをし,職種,診療科間で情報を共有できるよう繋がりを作り,必要な職種を増やしていくことにした.家族には,娘と孫の世話に気持ちの揺れる実母と夫に対して臨床心理士が関わるようにした.出産後は,子どもや授乳のことを中心にNICUと血液内科のスタッフに情報提供,情報交換をした.これまで助産師が行ってきた他科入院中の妊産婦ケアの際の部署間の連携経験を土台に,多職種との繋がりを作れた一方で,退院後に利用できる地域の子育て支援についての情報不足を実感した.女性は入退院を繰り返し,出産後7カ月目に死亡した. | ||||
D-1:助産師は,知り合いからの相談で,4カ月の子どもを育てるシングルファーザーを訪問すると,無精ひげを生やした男性が,子育てのことばかり質問してきた.助産師は,健診や予防接種,小児科の紹介,保育園を探すことを支援しながら,妻との死別状況や家族間の葛藤について話を聞いた.妻は出産後2カ月で亡くなっていることがわかった.助産師は男性が母親役割,父親役割を果たすことに悩みながらも誰かに話せば何とかなると思うようになっていく経過を見守り,年に数回,面談をしている.妊娠中に妻をがんで亡くした家族のグリーフケアは,病院と地域がつながって,何十年もその先の支援を続けていかなければ,ちょっとのことですぐには解決しないと思っている. | |||||
妊娠中絶 | あり | なし | 生存 | E-3:30代後半,初めての妊娠だった女性は,妊娠19週で子宮頸がんがみつかり,広範囲な摘出手術が必要だった.助産師は,女性には手術後に亡くなった子どもと一晩過ごしてもらい,おっぱいに口をつけてもらい赤ちゃんとお別れしてもらった.子どもを亡くさねばならない人が次に進めるように赤ちゃんとお別れしてもらうことが大事で,このような女性には,退院後の診察時に助産師が関われるよう調整している.子どもを失ったお父さんにも同じようなケアが必要だと思うが,アクセスしづらいことが課題だと感じている. | |
D-2:40代の女性がイライラや子どもづれの姿を見ると涙が出るなど,更年期症状の相談に訪れたところ,十年以上前の妊娠・がんの告知・中絶の体験について語り出した.女性は子どもを殺してしまったという罪悪感が強かった.女性は長年誰にも話すこともできず苦しみ,がん治療の後遺症であるリンパ浮腫のつらさも自分への罰だと耐えてきた.助産師は女性の語りを受けとめ,女性が妊娠したことの喜びを実感することもなく,赤ちゃんを見送った実感もないこと,生き延びるために赤ちゃんを殺したという思いにとどまっていると捉え,バースレビューを行った.女性は妊娠当時の気持ちに気づき,赤ちゃんを弔い,子どもを授かった意味を捉えなおすようになった.助産師は,夫にも面談し,グリーフケアが必要と考え診療内科の受診を勧めた.助産師は,子どもを産んでいない女性にも助産師の支援は必要であると実感した経験であり,女性たちにも助産師の役割を伝えていきたいと思っている. | |||||
特定の事例に基づかない語り | C-3:妊娠期にがんがみつかったお母さんたちは妊娠中の抗がん剤が赤ちゃんにどう影響するかを一番心配しており,出産後はわりと治療に関心が向くことを踏まえて意思決定を見守るようにしている.産科はお母さんと赤ちゃんを見る場であり,お母さんとして女性を捉え,お母さん目線になることが大事だと思う.抗がん剤治療中のお母さんの妊婦健診を通して,普通のお母さんと同じように関わり,治療に対する気持ちを表出しやすいように関わっている.がん診療科とのカンファレンスでも,女性が産科で見せる妊婦,お母さんとしての本音を捉えることを求められており,産科とがん診療科が同じ方向を向いて治療や妊娠経過を見ていくことが大事だと思う. | ||||
F-1:妊娠の継続について医療者全員で説明し,家族みんなで選択してもらうようサポートするのだが,がんのステージ,病状によって変わる選択肢によって,選択のための後押が違ってくる.例えば,がんの状態が悪いケースに関わる中で,赤ちゃん,他の家族にとって妊娠を継続しないほうがよいと予測する場合,女性や家族に言葉を選び,説明するが理解してもらうのは毎回難しい.産科は妊婦健診,妊娠の経過についてサポートするため家族と接する機会は主科ほど多くないため,主科(がん治療科)の看護師と家族について情報共有する.妊娠中に抗がん剤治療を受ける場合には,抗がん剤投与時に妊婦健診を行い,治療によって生じる産科的な症状をコントロールできるようにアドバイスし,妊娠期を問題なく過ごしてもらうことが一番大事だと思う.出産後の助産師の関わりの強みは,授乳と新生児に関することだと思っている. |
表3は15エピソードのテーマおよびサブテーマである.15のエピソードについて,助産師の実践に着目して文脈を含めてサブテーマをつけ,1つのエピソードに1つのテーマをつけた.
参加者―エピソード番号 | エピソードのテーマ | サブテーマ |
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A-1 | 【出産直後にがん告知を受け,授乳を取りやめ一刻も早くがん治療を受けることにした女性への関わりについて,告知のタイミングや授乳の決定への関わりがよかったのか答えが出ない】 | ①初乳を授乳するか乳腺外科医から決定を投げられ,女性と相談し授乳することに決める. ②出産後の授乳中止,がん治療開始を決定した女性に十分関われたのか自問する. ③退院後の女性のがん治療と子育てへの支援は,外来看護師が担い,助産師が関わることはなかった. |
E-1 | 【お母さんには治療を受け生きていってもらいたいと思いながら,出産まで関わる】 | ①お母さんには治療を受け生きてもらいたいと思うが,赤ちゃんの責任者は親・お母さん. ②息苦しさ,身体的苦痛が強く,日常生活の介助をしながら出産までの間関わる. ③出産後に母乳への支援が必要な場合は継続的に関わる. |
E-2 | 【出産と治療開始時期を決め次に進まねばならない女性を見守る】 | |
G-1 | 【NICUでの子どもとの面会を通して,普通のお母さんと同じように関わり,妊娠やがんに関する受けとめを聞く】 | ①普通のお母さんと同じようにNICUでの子どもとの面会時に関わり,妊娠やがん治療の話を聴く. ②子どものNICU退院と,お母さんの退院時期を調整する. |
G-2 | 【妊娠中でも,出産直後でも乳がん検診はできることを伝えたい】 | |
G-3 | 【子どもの成育とがん治療の両方を考えた出産時期について,女性と医療者の意見のすり合わせが必要】 | ①正期産まで待って出産しない選択に対するジレンマ. ②出産後がん手術を受けた母親とNICUに入院した子どもの面会を調整する. ③子どもの成育を考え,お母さんの意見だけで出産時期を決めるのではなく,医療者側とすり合わせることも必要. |
C-1 | 【妊娠中の抗がん剤治療は受けないで出産することを選択した女性の母親としての気持ちを受けとめ,見守る】 | ①妊娠中の抗がん剤治療を勧められ,手術療法だけを受けて出産することを選択した女性の決定を理解し寄り添う. ②女性が,産科では母親にしかわからない気持ちを理解してもらえると受けとめていることを知る. ③女性が出産したら抗がん剤治療を受けるという選択をすることも視野に入れて見守る. |
C-2 | 【がん治療を受けないと決めた女性の気持ちに寄り添えないことに葛藤し,チームで何度も話し合った】 | ①がん治療を受けず,子どもと一緒にがんを育てていくと決めた女性の思いに寄り添えないことに葛藤する. ②腫瘍のある乳房に触れることや母乳のケアに戸惑い,みなで何度もカンファレンスを行った. ③出産後の女性の様子が気になったが,女性は受診することはなく,後で亡くなったことを知った. |
A-2 | 【妊娠後期にがんと診断され,出産後のがん性疼痛や抗がん剤治療を受ける女性と家族に手探りで関わり,悲しみだけが残った】 | ①がん治療,がん看護は全然わからず,告知を受けた女性や家族の話を聞くことしかできなかった. ②出産後にがん性疼痛が出現し,痛みのコントロールに苦心する. ③自分が生きることに精一杯の女性に,子どもとの面会を調整する. ④どんどん痩せていく女性に関わる怖さ,手探りで関わり,悲しみだけが残る. |
B-1 | 【妊娠中から終末期まで女性と家族の意向に寄り添い,職種間のつながりをつくる】 | ①何かを決めることを優先せず,女性が状況を整理し,どんな選択がなされてもよいように関係部署に根回しをしておく. ②がん治療や早く生まれてしまう子どもを肯定したくない思いに寄り添う. ③職種,診療科間で情報を共有できるよう繋がりを作る. ④出産後も,助産師だから関われることをNICU,血液内科のスタッフに情報提供,情報交換をする. ⑤実母と夫に対して臨床心理士が関わるように調整する. |
D-1 | 【出産2カ月後に妻が亡くなり,子育てする父親のグリーフケアは病院と地域がつながり,何十年も,その先の支援を続けていかなければちょっとのことですぐに解決しない】 | ①4カ月の子どもを育てるシングルファーザーの子育てを支援しながら,妻との死別状況や家族間の葛藤について話を聞く. ②男性の子育てを見守り,年に数回面接し,グリーフケアを継続する. |
E-3 | 【妊娠5カ月で広範囲な子宮摘出手術を受けた女性が,次に進めるように赤ちゃんとお別れしてもらう】 | ①赤ちゃんを亡くさねばならない人が次に進めるように赤ちゃんとお別れしてもらう. ②赤ちゃんを亡くした人には,意図的に退院後診察時に助産師が関われるよう調整する. ③赤ちゃんを亡くしたお父さんにもケアが必要. |
D-2 | 【子どもの命よりも自分の命を優先したことに苦しみ続けた女性に,バースレビューを通し赤ちゃんを弔い,授かった意味を捉えなおす】 | ①十年以上前の妊娠・がんの告知,治療を優先した女性の選択を肯定する. ②子どもに対する罪悪感を受けとめ,バースレビューを通して,女性が子どもを授かった意味の捉えなおしを支援する. ③夫にもグリーフケアを勧める. |
C-3 | 【産科はお母さんと赤ちゃんを見る場であり,女性が産科でみせるお母さんとして本音を捉え,治療を支えていく】 | ①妊娠中,出産後の女性の関心の変化を踏まえ,気持ちの変化を見守る. ②産科はお母さんと赤ちゃんを見る場. ③女性のお母さんとしての本音を捉えることをがん診療科からも期待されている. ④産科とがん治療科が同じ方向を向くことが大事. |
F-1 | 【がんのステージ,病状によって妊娠の継続・治療の選択肢が異なり,家族と赤ちゃんの結末を予測しながら,女性や家族に言葉を選び,一つ一つの事例ごとに後押が違ってくる】 | ①治療の選択肢によって,どのように意思決定を後押するか,毎回難しい. ②外来では家族との接点が少ないため,がん治療科の看護師と家族について情報を共有する. ③妊娠の抗がん剤治療は,妊娠期を問題なく過ごしてもらうことが一番大事. |
表4に15のエピソードから抽出したテーマを横断的に比較検討し,抽出した4つ助産ケアを示した.
1. | 妊娠の継続/中断,がん治療方法の選択,授乳に関して女性の選択を後押する. |
2. | 妊娠・出産に伴いがん治療を受ける(受けない)女性にお母さんとして関わり,がん診療科の医師や看護師に繋いでいく. |
3. | がん治療と妊娠・出産・育児を連続したスパンで捉え,家族全体にもたらす影響を捉えながら対応する. |
4. | 複数の診療科や職種を超えて同じ方向を向く中で母子や家族に重点をおいて関わる. |
「妊娠の継続/中断,がん治療方法の選択,授乳に関して女性の選択を後押する」という実践は,大部分のエピソードに含まれていた.研究参加者の助産師たちは,妊娠初期(16週未満)から妊娠末期(28週以降)の時期にがんと診断された女性と家族が,妊娠の継続,妊娠中の治療,出産時期と方法,母乳育児・出産後の治療,妊娠中や出産後の長子の育児について決めていく際の意思決定に関わっていた.医師から提示されるがん治療と出産に関する選択肢は,妊娠の時期,がん種や進行度,治療方針によって異なり,助産師は妊娠の継続/中断,がん治療方法の選択,授乳に関して,女性と家族の選択を後押することが重要な役割であると捉えていた.「後押する」とは,どうすることが善いことなのか正解がない中で,女性と家族が一方向からの情報だけで結論を出していないか確認し,多面的に考えることができるように情報を提供し,意思決定のプロセスに伴奏し,女性と家族が主体的に決めることを促す関わりであった.助産師は,最終的に女性と家族が決めたことに寄り添うことが大事だと考えていたが,女性の予後や子どもの予後を考えると,本当にそれでよかったのかと葛藤も持ちながら関わっていたことも語られた.
A助産師は,出産前に乳がんの確定診断がつかない状態の女性の授乳に関する実践について語った.助産師は乳腺外科医から「授乳のことはわからないからと決定を投げられ」,女性の気持ちを聞きながら授乳を行うことに決めた.ところが,出産数時間後にがんの確定診断がつくと,医師は出産後まもない女性に,診断結果を告げ,それを聞いた女性は夜中に悩み,授乳を止めがん治療を行うことにしたのであった.A助産師は,乳腺外科医が出産直後で精神情緒状態が不安定になりやすい状態にある女性を考慮することなく,単独で告知したことへの疑問や憤りを感じた.また,A助産師は,夜中に女性が一人で授乳を止めること,出来るだけ早くがん治療を開始することを決断したことについて,女性が十分に情報を得て考えた上でのことだったのか,早く決断しなければならないという切迫した思いがあったのではないか,夜間で十分な話し合いができなかったことについて,これでよかったのかという思いが残ったという経験を語った(A-1).
研究参加者らは,妊娠の継続/中断,がん治療方法の選択,授乳に関して女性の選択を後押する際には,医療者,女性と家族がそれぞれの考えを出し合い調整する機会を持つことが重要であると考えていたが,実際には十分にできているわけではなかった.G助産師は「いろんな科から見てどの程度まで許容できるかも大事で,お母さんの意見だけ聞いてすごく早産になりすぎて赤ちゃんに障害が出たりする問題も起こりうると思う.正期産まで待てる場合には,お母さんの意見だけで決めるのではなく,どの程度までなら許容できるのか,子どもの障害の問題もあるため医療者側とすり合わせることも必要だと思う.」と女性と家族の選択を後押する上での話し合いの場を持ち,すり合わせることの難しさについて語った(G-2).E助産師は出産と治療開始時期を決め次に進まねばならない女性を見守る中で,最終的には「子の最終責任は母と父」(E-2)であると考え,女性と家族が親として決断したことを,尊重する立場をとっていた.
2) 妊娠・出産に伴いがん治療を受ける(受けない)女性にお母さんとして関わり,がん診療科の医師や看護師に繋いでいく「妊娠・出産に伴いがん治療を受ける(受けない)女性にお母さんとして関わり,がん診療科の医師や看護師に繋いでいく」とは,女性たちの母親としての思いや妊娠出産,中絶についての思いをがん診療科の医師や看護師につないでいくという実践であった.助産師らは女性たちを妊娠しているがん患者としてではなく,妊娠・出産に伴いがん治療を受ける母親として捉え,普通のお母さんと同じように関わることが女性からも望まれていると捉えていた.さらに女性が産科で見せる母親としての本音を,がん診療科の医師や看護師に繋ぐことが,助産師としてがんを併存した女性に関わる強みであると捉えていた.
研究参加者らが関わった女性たちは,妊娠期にがんと診断された衝撃によって,子どもを授かった喜びを感じる間もなくがん治療や中絶手術を受けたり,出産後すぐに子どもと離れてがん治療を開始していた.このような女性たちに対して,助産師は女性たちが産科や助産師外来で見せる普通の妊婦,母親としての気持ちを表出してもらうこと,がん患者ではなく妊娠している女性,母親になっていく女性,お母さんとして関わる実践が語られた.C助産師は,「産科に来られた時には,どうしても,私たちはがん患者さんっていうよりも,お母さんとして見るので」「どうしてもお母さんっていう目線で見ちゃうので」と話し,助産師らはふだんから妊産婦を母親として見る指向性があり,がんを併発した女性に対しても自ずと母親として見ていることが語られた.C助産師は「乳腺(科の医療者は)はたぶん,病気なので,治療っていう気持ちで診療につかれるんですけれども,産科はそれとはまたちょっと違って,妊婦健診っていう感じで,ま,お母さんと赤ちゃんをみるための場所なので」「多分,産科はそういう役割なのかなと思ってカンファ(レンス)に参加しています」と話し,女性の病気ではない側面に焦点を当てて関わる役割として多職種の中での立ち位置を捉えていた(C-3).
助産師たちが女性を母親として捉え関わる実践は,女性が妊娠中絶を選択し,子どもを失った場合にも語られた.D助産師は,女性が十数年前にがん治療のために妊娠中絶を選択せざるを得なかった女性に対して,母親として子どもを授かったときのうれしかった気持ちや子どもの名前をつけていたことなど,母親としての思いを語りなおしてもらうバース・レビューを行った経験を語った(D-2).また,E助産師は妊娠5カ月で子宮摘出手術を受けた女性が次に進めるように,母親として赤ちゃんとしっかりお別れできるように退院後の産科診察の際に助産師が関わるように調整し面談していた(E-3).
研究参加者らの語り方に着目し構造分析を行った結果においても,助産師らが用いる女性に対する呼称が「お母さん」と「患者さん・その人・本人」という呼び方に分かれており,助産師らが女性をお母さんとして捉え,関わっていた文脈に特徴がみられた.研究参加者らが女性に対して「お母さん」と呼んで語った箇所は,助産師らが産科外来での関わりを語るときに用いられていた.一方で「患者・その人・本人」という呼び方は,がん治療の方針,女性の身体状態が悪くがん治療への不安が強く出産や子どものことに関心を向けにくい状況,子どもを亡くし悲嘆や罪悪感の中にある女性への関わりを語る中で用いられていた.例えばF助産師は,女性ががんと診断され今後の治療について医師からの説明を受ける場面に同席したときの経験を語る時には「患者さんだけではなくて,必ずその家族が関わってくる問題なので,患者さんの背景にいらっしゃるご家族がどのように理解されているか,皆さんでその後の選択をチョイスしていただくっていうことがサポートできるようにしてはいるんですが」と「患者」という呼称を用いていたが,出産後の助産師外来での女性に対しては「お母さん」と表現していた(F-1).
3) がん治療と妊娠・出産・育児を連続したスパンで捉え,家族全体にもたらす影響を捉えながら対応する研究参加者らは,がん治療と出産,新生児の育児や長子の育児は家族全体に影響をもたらす問題と捉え,妊娠中,出産,出産後の育児までの連続したスパンで捉え,家族メンバーだけで対応できるのかどうか,家族の思いを汲み取りながら,かつ治療や出産に関する意思決定や女性の病状,療養が家族全体にどのような影響があるのかを予測しながら対応することが重要だと認識していた.
研究参加者らは,助産師外来や産科病棟で女性のパートナーや父母に直接会う機会は多くはなく,産科外来受診時や入院時の面会の場面がその機会であった.また助産師らは,女性を通してパートナーや実父母,長子に関する情報を収集し,直接的な関わりが必要かどうかを判断していた.家族に対する直接的な関わりについて語られたのは,女性の病状が悪化した場合(B-1)や,妊娠中絶によって子どもを失った場合(E-3, D-2),女性が亡くなったあとに残されたパートナーと子どもへの関わりであった(D-1).助産師らは,女性の病状に対する不安,女性や子を失う悲しみ,育児を担う負担などを抱える夫や父母に対して支援が必要かどうかを検討し,直接的に家族に関わり,他職種に支援をつないでいた.例えばB助産師は,妊娠28週に悪性リンパ腫と診断された女性の妊娠中の入院治療時の長子の育児や,出産後の長子や新生児の育児について,直接実母や夫に対応した経験について語った.実母に子どもを引き取ってもらいたいと女性は望んでいたが,実母は娘の病気を受けとめきれない中で,仕事を辞めて娘の入院に伴う世話と長子の育児のために遠方から転居し,さらに出産後の新生児の世話をすることに大きな不安を抱いていた.B助産師は,目の前のことに精一杯で混乱する実母とどうしたらよいかわからず戸惑う夫,実母に育児を依頼したいと望む女性が,出産後も続く治療と育児をどのように担っていくことが家族として良いスタイルなのかを考えながら関わった経験について語った(B-1).
4) 複数の診療科や職種を超えて同じ方向を向く中で母子や家族に重点をおいて関わる妊娠期にがんと診断された女性の診療は,産科とがん治療科という二つの診療科にまたがり,出産後には新生児科が関わる.早産で生まれた子どもはNICU(Neonatal Intensive Care Unit:新生児集中治療室)に入るため,助産師は産科,新生児科,がん診療科という3つの診療科の医師や看護師,そして臨床心理士や保育士などの職種と関わる様相が語られた.その中で助産師らは,複数の診療科や職種を超えて同じ方向を向いて女性と家族に関わること,授乳や新生児の育児について関わることが助産師の強みであると捉えていた.
妊娠期がんの女性の診療件数が多い施設に勤務するC助産師,F助産師は,定期的に複数の診療科間でのカンファレンスが開催される際には,女性と家族が意思決定したこととその背景や理由についての理解を共有し,「同じ方向を向いて(C-3)」治療や妊娠経過を見ていくことが大事だと語った.一方で,妊娠期がんの診療件数が少なく,がん診療科と産科,新生児科との定期的なカンファレンスが設定されていない施設に所属する助産師らは,不意に来棟するがん診療科の医師に対応し,機会を逃さずがん診療科の医師や看護師,他の職種に情報を提供することに労力を注いでいた(A-1, A-2, B-1, E-1).
複数の診療科や多職種との間で女性と家族のケアを進めていく上で,研究参加者らは女性の身体状態が安定している場合には,がん治療科の治療方針と女性と家族の意向を踏まえながら,出産までの母子のケアという側面に重点をおいて関わることが自分たちの強みであると認識していた.しかし女性のがんの病状が悪い場合には,助産師らは妊娠中や出産後のがん治療,がんに伴う症状の観察や緩和,薬剤の調整などの知識や経験不足に不安を抱き,普段の臨床ではほとんど接しないがんに伴う苦痛や終末期にある女性を目の当たりにし,がん診療科の治療方針もあいまいな中で助産師である自分に何ができるか模索し,困難な経験をしていた.例えばA助産師は,32週にスキルス胃がんと診断され緊急帝王切開となった女性と家族に関わった経験について語った.女性はがんの診断がつくと同時に緊急帝王切開手術を受けて出産した.がん診療科の医師からは帝王切開手術後にがん性疼痛が出現するかもしれないと言われたものの,鎮痛薬の使用方法についての指示が曖昧で,出産後3日経過しても歩くこともできない女性への対応に苦慮した.またA助産師は,女性の夫から病状や予後,今後の抗がん剤治療のことを質問されても答えることが出来ず,夫の不安をただ聞き,がん診療科に確認するとしか返答できず,がん診療科医師の意向の把握やタイムリーな情報共有が難しく,女性や家族への対応に苦慮し,複数の診療科や職種を超えて同じ方向を向いて関わることの重要さを実感していた(A-2).
本研究で助産師らが語った妊娠期にがんと診断された女性と家族は,妊娠の継続,妊娠中の治療,出産時期と方法,母乳育児・出産後の治療をどのようにしていくか,時間的な制約のある中で決定していかなければならない状況におかれていた.がん診療科と産科の医師によって推奨される治療方針について,女性は妊娠とがんという両立し難い事実を受けとめるだけで精一杯で,提示される治療方針にどうしたらよいか揺れていた.このような女性に対して研究参加者らは,一方向の情報だけで決めてしまうことがないように,限られた期限の中であっても多面的に考えてもらうように情報提供をし,女性と一緒に考えるという意思決定支援を大事にしていた.出産時期と方法,母乳育児・出産後の治療,妊娠中や出産後の育児に関する情報提供の際には,妊娠経過に伴う女性の子どもに対する愛着や妊娠継続・分娩に対する不安,がん治療への怖さなど女性の受けとめ状況を捉えながら無理強いせず,タイミングを計りながら提供するという妊産婦と新生児のケアという助産ケアの専門性に基づく情報提供の在り方であったと考える.Hori & Suzuki(2021)は,妊娠期がんの治療選択においては,医療者の価値観や考え方が異なり「善行」がそれぞれで異なること,そのため意見が偏り,ある特定の医療者の価値観によって意思決定支援が行われる危険性を孕むと指摘する.よってシェアード・ディシジョン・メイキングを基盤とした医療者の支援モデルが重要であると述べ,支援プロセスにおける看護師の役割の一つとして「情報提供内容を把握し,患者を擁護する準備を整える」「意思決定をしたことに患者が納得できるよう支援する環境を整える」が重要であるという.研究参加者らは,助産師としてより専門的な支援の実際について語り,Hori & Suzuki(2021)らの支援モデルが看護師のみならず助産師との連携の中でどのようになされるかを検討するためには有用な結果であると考える.
一方で研究参加者らは,限られた時間の中で女性や家族,医師らと十分な議論のプロセスを経ることができないまま女性が決断し,医師の方針によって決まっていく経過そのものに対する葛藤を抱いていた.彼らの葛藤の背景には,妊娠期のがん治療には産科,新生児科,がん診療科など複数の診療科の多職種が関わるためにタイムリーに全関係者が集まって話し合いをもつことの難しさ,妊娠経過と病状の進行を併せながら人工妊娠中絶や治療などについて一定期限の中で決断をしていかねばならないことが関わっていると考える.
また研究参加者らは,女性の価値観や決定を受けとめ難い場合,女性に関わる際にも葛藤が生じていた.例えば正期産までがん治療の開始を待つことが出来る状態でも女性ががん治療を優先して早い時期の出産を選択した場合や,治療可能であっても治療をしないという場合に助産師は同意できない葛藤を抱きながら実践していた.この葛藤は助産師個人の価値観との間での葛藤というよりは,「だれの代弁者になるのかという課題」(有森ら,2022)が関わっていると考えられる.つまり研究参加者らは,胎児,きょうだい,夫などそれぞれの立場からみたときに,女性の決断がもたらす影響を考え,誰にとって何が最善なのかと問い続けながら実践していたと考える.
2. がんと診断された女性を母親として捉え関わることの意味助産師らは,妊娠期にがんと診断された女性たちに対して,産科や助産師外来では普通の妊婦,母親としての気持ちを表出してもらうこと,がん患者ではなく妊娠している女性,母親になっていく女性として関わり,女性らの母親としての思いや,妊娠出産,中絶についての思いを,がん診療科の医師や看護師につないでいくことが,複数診療科と連携する中で,自分たちに求められている役割であると認識していることが明らかになった.話し方(どのように話されたか)に文化的規範や意識が生起し,自称詞,指示詞などには多くの意味が込められており(秦ら,2017),助産師が女性たちをがん患者という側面だけでなく,母親という視点で捉え関わっていることが「お母さん」という呼称にも現れているものと考えられた.助産師らのこのような実践は,がんと診断されたことによって,女性が周囲からがん患者として見られ,扱われ,妊娠や出産,母親になることへの思い,不安や葛藤を表出する場を閉ざされてしまうことがないよう,女性を擁護することにつながるものと考える.がんと診断されたことによって,子どもを授かったことを自分自身も喜べず,周囲からも祝福されないまま妊娠・出産期を過ごし,また中絶への葛藤や罪悪感を誰にも話すことが出来ずにいた女性への実践(D-2)は,女性をがん患者としての側面だけで捉え関わることが,その後の女性の妊娠や出産,子育てに対する不安,喪失などの複雑化,長期化をもたらすことを具体的に示したものであると考える.
女性が妊娠し,それまでの自己の中に母親というアイデンティティを統合し母親役割を獲得することは,ハイリスク妊婦に限らず容易なことではない.妊娠期にがんと診断された女性は母親としてのアイデンティティと同時に,がんによって自分と子どもの両方の命を脅かされ,がん患者として治療に向き合うことの困難が相乗された状態と考えられる.がん治療と出産,出産後の育児の連続性の中で,がん治療と親役割の形成過程を支援する際には,助産師が女性を母親として捉え擁護する存在となることが重要であると考える.ただし,研究参加者らは必ずしもいつも女性を「お母さん」と呼んでいたわけではなかった.妊娠と同時にがんが見つかった初期の段階など,女性が妊娠をどのように受けとめているかを図りながら呼び名を使い分けていたと考えられる.「支援者の母親の呼び名は,やり取りの中で母親の役割を作り出す側面がある(柴田,2011)」ため,研究参加者らは女性を母親という視点から捉える視点をもちつつ,女性に対する呼称を使い分けていたと考えられる.
妊娠期にがんと診断された女性への支援において,女性をがん患者としてではなく母親としてみるには助産師との協働が必要(Hori & Suzuki, 2021)と言われているが,本研究によって具体的に多職種の中での助産師の実践とその意味が明確になったと言える.妊娠期がんの女性への関わりについては,助産師には胎児のモニタリングも含め,妊娠・分娩経過の管理,断乳の管理や育児環境の調整を行うことが期待されている(日本がん・生殖医療学会編,2021)が,本研究で明らかになった助産師の視点や実践が,複数の診療科,職種間での連携,協働,支援をさらに進めていく上で重要であると考える.
本研究によって明らかになった助産ケアに関する記述は,出産の高年齢化が進む中でますます増加するがんを合併した女性と家族に対する助産師の支援について検討していく際に活用可能である.
ただし,妊娠期にがんと診断された女性と家族のおかれた文脈は多様であり,がんと診断され妊娠・出産した女性とその家族が,出産後の子育てとがん治療を継続していく時期の助産師および多職種の実践についての探究も必要である.加えて,助産師の役割について明確化するためには,多職種,女性や家族の視点からみた助産師への役割に対する期待などについても明らかにする必要がある.
妊娠期にがんと診断された妊産婦と家族に実施された助産ケアについて,助産師7名に非構造化インタビューを行い,ナラティヴ分析を行った.その結果,以下のことが明らかになった.
1)研究参加者は,妊娠期にがんと診断された女性と家族に対して,「妊娠の継続/中断,がん治療方法の選択,授乳に関して女性の選択を後押する」「妊娠・出産に伴いがん治療を受ける(受けない)女性にお母さんとして関わり,がん診療科の医師や看護師に繋いでいく」「がん治療と妊娠・出産・育児を連続したスパンで捉え家族全体にもたらす影響を捉えながら対応する」「複数の診療科や職種を超えて同じ方向を向く中で母子や家族に重点をおいて関わる」という助産師の専門性を生かした支援をしていた.研究参加者は,女性の価値観や決定のプロセスに対して葛藤を抱きながら関わることもあった.その背景には複数の診療科の多職種が関わるためにタイムリーな話し合いをもつことの難しさや,限られた期限の中で決断をしていかねばならない背景も関わっていると考えられた.
2)研究参加者は,がんと診断された女性をがん患者ではなく,妊娠している女性,母親になっていく女性として関わり,女性らの母親としての思いや,妊娠出産,中絶についての思いを,がん診療科の医師や看護師につないでいくことが,複数診療科と連携する中で,自分たちに求められている役割であると認識していたことが特徴的であった.
謝辞・研究助成:本研究のインタビューにご協力くださった皆様に心よりお礼申し上げます.本研究は科学研究費補助金(基盤研究C)20 K10741の研究成果の一部である.
利益相反:本研究における利益相反はない
著者資格:MYは研究の着想,データ収集,分析,考察の研究プロセス全体に貢献した.TT,SKはデータ収集,分析に貢献した.YTはデータ分析に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み承認した.