2023 年 43 巻 p. 324-334
目的:本研究の目的は,臨床看護における「優先順位」について概念を分析し,定義を明確にすることであった.
方法:本研究ではRodgers(2000)の概念分析のアプローチを用い,47文献を分析した.
結果:3つの属性,【生命への影響から程度が見積もられる】【患者の状態で重みづけられる】【状況によって変動する】,4つの先行要件【看護師および組織の一員としての責務がある】【看護師の熟練度の差がある】【組織文化と制度の影響がある】【時間の制約や人員の不足がある】,3つの帰結【業務が順当に調整される】【効率的に業務が遂行される】【ケア提供にジレンマが生じる】が抽出された.
結論:臨床看護における「優先順位」を,「生命への影響度を見積もり,患者の状態によって重みを与えて相対的に重要度が判断され,状況に応じて変動する看護実践の位置づけ」と定義した.
Objective: The purpose of this study was to analyze the concept of “priority” in clinical nursing and clarify its definition.
Methods: A total of 47 papers were analyzed using Rodgers’s (2000) concept analysis approach.
Results: The following three attributes were extracted: [estimated from the impact on life], [weighted by the patient’s condition], and [variable depending on the situation]. In addition, four antecedents were extracted: [responsibilities both as a nurse and member of the organization], [differences in nurse’ proficiency], [influence of organizational culture and systems], and [time constraints and lack of staff]. Finally, three consequents were extracted: [work is performed efficiently], [work is adjusted in order], and [dilemma arises in care delivery].
Conclusion: “Priority” in clinical nursing was defined as “The positioning of nursing practice in which the impact on life is estimated, weighted according to the patient’s condition to determine their relative importance, and fluctuates according to the situation.”
臨床看護の対象である患者は,病気だけでなく,生活を営む存在,生涯発達する存在としてこれまで培ってきたものが脅かされ,個々に身体的・心理的・社会的な問題を抱え,複数のニーズをもっている(茂野ら,2016).また,一般的に,臨床看護において看護師はそのような患者を複数同時に受け持ち,交代制勤務の中で患者の状況を申し送りながら看護を実践している.その際,看護師は,患者固有の療養(治療)上の予定や,看護管理上,各患者に共通している予定を,各患者の看護計画に合わせて複合的に調整し,看護師自身が遂行する業務の順序を決める必要がある.この過程には,患者とその担当看護師だけでなく,患者に関わるすべての看護師および多職種との調整や準備,安全管理,看護管理も欠かせない.Lake et al.(2009)は,優先順位づけは,このような複雑で動的かつ不確実な状況の中で看護師が「正しく行動する」ために重要であると述べている.しかし,その判断には多くの要因が影響するため,優先順位づけは学生や新人看護師には難しい(川村,2018;Hendry & Walker, 2004).新人レベルの看護師は,一般的なガイドラインに基づいて行動し,臨床実践において繰り返し起こる重要なパターンを認識し始めたばかりで,何が最も重要かを判断できないため,患者の重要なニーズが満たされないということがないよう,優先順位の設定において支援が必要である(Benner, 1982).これに対して,達人レベルの看護師は,分析的原則(規則,指針,格言)に頼ることなく,膨大な経験に基づいて直感的に状況を把握し,無駄なく,状況の理解を適切な行動に結びつけられる(Benner, 1982).そのため,看護師の経験のレベルによって,同じような状況でも異なった認識や解釈になる.今日の臨床看護においては,入院期間の短縮や,医療技術の発達,高齢化によって患者が複数の疾患を抱えているなど,業務内容の複雑化も伴う限られた時間の中で,個々の患者のニーズを満たす必要がある.そのため,看護師にこれまで以上に高い看護実践能力が求められており,看護基礎教育においても臨床判断能力を強化するカリキュラム改正がなされた(厚生労働省,2019).優先順位を判断しなければならないことは臨床判断の複雑さを増す要因であり(Tanner, 2006),臨床判断能力の育成において優先順位は重要な概念であるといえる.また,日常業務を安全に確実に遂行するという医療安全の観点からも,優先順位を設定するスキルを教育することは重要な課題であるといえる.
しかし,看護実践における優先順位の必要性や判断を体験的に学ぶ多重課題シミュレーション教育の先行研究において,優先順位は定義されていない.そのため,優先順位の評価が,「優先順位が適切である」のような適切と判断した根拠が曖昧な評価(本田ら,2022;金ら,2018;滝下ら,2014)や,優先順位をつけることへの「自信」(Kaplan & Ura, 2010)や「自己効力感」(Franklin et al., 2020)による評価となっている.これは,臨床看護において優先順位の概念が明確になっていないことが要因の一つと考える.一方で,優先順位づけ(優先順位の設定)は2つの文献レビューによって定義されている.Hendry & Walker(2004)は,看護における優先順位の設定(priority setting)を「問題や関心事を,即時の行動や対応が必要なものと,後日まで延期してもよいものに分類し,緊急度や重要度の概念を用いて問題や関心事をランク付けし,看護活動の優先的な順序を設定すること(p. 430)」としている.Lake et al.(2009)は,日常の看護実践において看護の優先順位づけ(prioritization)とは,「潜在的に競合する多くの要件や選択肢の中から,どの看護師と患者の相互作用に最初に取り組むべきかを看護師が決定すること(p. 377)」としている.優先順位(priority)は目的語として「つける」「設定する」などの動詞と一緒に使われるが,優先順位づけ(prioritization)は,すでに動詞が含まれている動名詞である.本研究では優先順位(priority)という用語について,明確で一貫した概念の特徴を明らかにしたいと考える.
以上より本研究の目的は,臨床看護における「優先順位」について概念分析し,概念がどのような特徴をもっているかを明らかにして定義することである.
本研究では,臨床看護を「看護師が同一時間帯に複数の入院患者/入居者を受け持ち,日常的に多重課題を遂行している,病院または介護施設での看護」と定義した.
2. 概念分析の方法本研究ではRodgers(2000)の概念分析を用いた.Rodgers(2000)は,概念を時間や状況の変化に伴い変化するものであるという哲学的視点を基盤として捉えている.臨床看護実践は,医療の進歩,人口構造の変化や情報化社会に伴う対象のニーズの多様化といった,時代の変化の影響を受けると考え,Rodgers(2000)の方法が適切であると考えた.
3. 対象となる文献の選定(図1)本研究の文献の検索は以下のとおりとした.英語文献の検索においては「CINAHL Complete」のデータベースを用い,検索語は「priority and nursing」とし,検索条件として「抄録あり」「査読あり」を加えた.日本語文献の検索においては「医中誌Web ver. 5」のデータベースを用い,検索語は「優先順位」とし,検索条件として「本文あり」「抄録あり」「原著論文」「看護」を加えた.対象期間は,優先順位づけの研究(Hendry & Walker,2004;Lake et al., 2009)や多重課題シミュレーション教育(厚生労働省,2007)の必要性が指摘された時期を踏まえ,英語文献,日本語文献ともに2005年以降とした.
対象となる文献の選定の手順.
その結果,英語文献2,089件(検索日2022年2月28日),日本語文献130件(検索日2022年3月10日)を抽出した.これらについて,タイトル,抄録より,臨床看護の定義に合う文献を抽出し,さらに英語文献においては文献レビューの文献,日本語文献においては査読されていない文献を除外した上で,入手可能であった99件(英語文献92件,日本語文献7件)の本文を精読した.そして,優先順位(priority)が本文で使用されていないもの,優先順位(priority)の具体的な記述がないものを除外し,47件(英語文献42件,日本語文献5件)を抽出し,分析対象とした.
4. データ分析方法Rodgers(2000)の概念分析では,概念の最近の使い方を,文脈や一般的な使われ方の側面に注意を払いながら分析することにより,その概念の属性(概念が持つ特性),先行要件(概念に先立ち起こっているもの),帰結(概念の後に生じるもの)を明らかにしていく.そのため本研究では,以下の手順で実施した.最初に,分析対象文献から「優先順位/priority」が出現した前後の文脈を含めて生データとしてコーディングシートに抜粋し,著者の意図している臨床看護における優先順位の内容に注意して要約した.次に類似性と相違性に基づいてコード化し,それぞれがもつ意味に注意しながら抽象度を上げ,サブカテゴリーとカテゴリーを命名し,属性,先行要件,帰結に分類した.データ収集中に識別された関連概念(対象となる概念と何らかの関係を持つが,同じ属性を共有していない概念)については生データを抜粋し使われ方を検討した.最後に,属性によって概念を定義し,カテゴリーの関連性を構造化して概念モデルを作成した.なお,分析の妥当性,真実性の確保のために,分析過程では看護学の研究者3名のスーパーバイズを受けながら分析した.
データ分析の結果,臨床看護における「優先順位」は,3つの属性,4つの先行要件,3つの帰結が抽出された.以下,文中のカテゴリーは【 】,サブカテゴリーは[ ],コードは〈 〉で示す.
1. 属性(表1)臨床看護における「優先順位」の属性として3つのカテゴリーが抽出された.
臨床看護における「優先順位」の属性
【生命への影響から程度が見積もられる】とは,患者の命に直結するのか間接的な影響なのかを基準として,最優先,高い,低いという見積もりがなされることを意味する.[救命処置,安全確保,苦痛緩和は最優先に位置づけられる]は,〈救命処置は常に何よりも最優先される〉〈患者と看護師の安全確保は最優先される〉〈患者の身体的苦痛の緩和は最優先される〉という,最優先される看護があることを示す.[治療の補助業務はより高く位置づけられる]は,〈臨床的に悪化している患者・不安定な患者はより順位が高い〉〈患者の治療に関連する医療技術を伴う業務は順位が高い〉〈患者の身体面の管理に関連する観察と評価はより順位が高い〉で,治療に伴う身体的なケアが優先されることを示す.一方で,[生活援助は低く位置づけられる]は〈栄養管理は順位が低い〉〈清潔ケアは順位が低い〉〈活動と休息は順位が低い〉,[精神的ケアと教育的ケアは低く位置づけられる]は〈宗教的ケアは順位が高くない〉〈精神面のサポートは順位が低い〉〈患者教育は順位が低い〉,[患者に直接関わらない活動は低く位置づけられる]は〈文書化,記録,評価などの活動は順位が低い〉〈補助者や看護学生の監督や管理,物資の調達は順位が低い〉で,生活援助,患者の精神面と教育,看護管理は優先されない看護であることを示す.
2) 【患者の状態で重みづけられる】【患者の状態で重みづけられる】とは,業務の遂行順序を決定するために,「命に関わる」という基準だけでなく,治療状況,病識,年齢,相対的に評価した患者の状態の安定度によって重みづけられ,それらのバランスをみて重要度が判断されていることを意味する.重みづけで考慮する内容として,[治療状況が考慮される]は〈患者の治療目的を考慮する〉〈患者の病期を考慮する〉,[病識が考慮される]は〈患者の治療に対する認識を考慮する〉,[高齢者と小児が考慮される]は〈高齢者の特徴を踏まえて順位をつける〉〈小児であることを考慮する〉という患者の状態を示す.また,[相対的な安定度が考慮される]は〈患者の身体面の相対的な安定性を考慮して順位をつける〉〈患者の状態の観察に基づいて多側面から把握し順位を決定する〉という看護師のアセスメントによって捉えた患者の状態を示す.
3) 【状況によって変動する】【状況によって変動する】とは,生命の影響度による見積りや患者の状態による重みづけは同じままではなく,患者の状態の変化,実施する看護援助の関連性,作業の中断によって変動することを意味する.[患者の状態によって入れ替わる]は,〈患者の状態の変化に応じて入れ替える〉であり,変化する患者の状態に合わせながら優先順位が入れ替わることを示す.[看護援助に合わせて変化する]は,〈ある看護介入は他の看護介入とは独立して順位が変化する〉や〈ある看護介入とある看護介入は相互に関連して変化する〉といった,実施する援助の状況に合わせた優先順位の変化を示す.さらに,[作業の中断で再編成される]は,〈作業の中断で順位を絶え間なく再編成する〉であり,業務遂行中の電話や同僚からの質問などで当初の優先順位が再編成せざるを得なくなることを示す.
2. 先行要件(表2)臨床看護における「優先順位」の先行要件として4つのカテゴリーが抽出された.
臨床看護における「優先順位」の先行要件
【看護師および組織の一員としての責務がある】とは,専門職としての看護師の責任と義務の認識,あるいは組織に所属する社会人として求められる態度があることを意味する.[看護師としての責務に基づく]は,〈看護師としての役割と責任に基づいている〉〈倫理的に問題がないかどうかに基づいている〉〈患者中心のケアを追求することに基づいている〉であり,看護師としての基本的な責任や態度を示す.[組織の意向に基づく]は〈自分の考えよりも組織の考えに重きを置く〉〈組織全体の業務が円滑に行われることに焦点を当てる〉で,組織の一員としての責任や態度を示す.
2) 【看護師の熟練度の差がある】【看護師の熟練度の差がある】とは,個人の認識に影響する看護師としての力量や看護師として働く上で生じる精神的負荷に違いがあることを意味する.[看護師としての力量に左右される]は〈看護師の知識の量に左右される〉〈看護師の技術力に左右される〉〈看護師の自律性に左右される〉〈看護師のアセスメント力に左右される〉〈業務が多忙で看護師に余裕がないことが影響する〉,[看護師のストレスの強さに左右される]は〈多忙や責任の重さに伴うストレスの強さに左右される〉であり,看護師個々の状況の違いを示す.つまり,看護師の熟練度の差によって,異なった認識をすることを表す.
3) 【組織文化と制度の影響がある】【組織文化と制度の影響がある】とは,個人の認識に影響する所属施設の組織文化や国が定める制度があることを意味する.[組織文化の影響を受ける]は〈組織の規範が影響する〉〈チームの価値観や信念が影響する〉〈チームの習慣が影響する〉〈組織文化が順位に影響する〉,[医療をとりまく制度の影響を受ける]は〈医学的,経済的,政治的な構造的枠組みが影響する〉であり,組織文化や制度の影響を示す.つまり,組織文化と制度は組織全体を動かし,個人の認識や行動を変化させるものであることを表す.
4) 【時間の制約や人員の不足がある】【時間の制約や人員の不足がある】とは,臨床看護における業務の多さや複雑さから,人手はあっても時間が不足すること,時間と人員の両方が不足していることによって,もともと有限な時間と人員がさらに足りないということを意味する.[時間的な制約でケアが競合する]は〈時間配分と競合する要求で順位に影響する〉〈時間の不足によりケアの順位が競合する〉ことを示す.[人員の不足で看護介入が競合する]は〈人員不足によって看護介入の順位が競合する〉ことを示す.
3. 帰結(表3)臨床看護における「優先順位」の帰結として3つのカテゴリーが抽出された.
臨床看護における「優先順位」の帰結
カテゴリー | サブカテゴリー | コード | 文献 |
---|---|---|---|
業務が順当に調整される | 自己で調整される | 対応の実現可能性を考えて実行する | 服部・舟島(2009) |
高い順位の業務を実行するために自己調整する | Talebi et al.(2019) | ||
問題やケアを同時に対処する | Bloomer et al.(2018);Masso et al.(2014) | ||
日常業務を整理して競合をうまく調整する | Grassley et al.(2015);Masso et al.(2014);Midtbust et al.(2018);Xia & McCutcheon(2006) | ||
看護師の柔軟な対処能力で調整する | 服部・舟島(2012) | ||
看護師間で調整される | 看護師間の社会的相互作用によって調整する | Masso et al.(2014) | |
患者と看護師の間で調整される | 患者と相談して調整する | Conroy(2018);服部・舟島(2012);Mantovan et al.(2020) | |
効率的に業務が遂行される | 重要度の高い業務に時間を使って遂行される | 高い順位をつけた業務に集中できる | Dahlke et al.(2017);Talebi et al.(2019) |
順位の高いケアに時間を使うことができる | Lopera-Arango(2018) | ||
ケア提供にジレンマが生じる | 望んだようには実践されない | 望ましい見積もり通りに実施できないことがある | Bloomer et al.(2018) |
後回しにされるケアがある | 順位の低いケアは後回しや未実施になる | Mantovan et al.(2020);Masso et al.(2014);O’Connell et al.(2018);Palese et al.(2020);Punthmatharith et al.(2007);Twycross(2007);Twycross(2008);Xia & McCutcheon(2006) | |
看護師の順位に従わされ待つことが必然となる患者がいる | Conroy(2018);Dingwall & McLafferty(2006);Midtbust et al.(2018) | ||
ある特定の価値に順位を与えることを選択する | Goethals et al.(2013) |
【業務が順当に調整される】とは,実施しなければならない業務について,より適切な順序で看護実践ができるように,看護師が自分自身や,スタッフ,患者といった関係者との調整ができるようになることを意味する.[自己で調整される]は,〈対応の実現可能性を考えて実行する〉〈高い順位の業務を実行するために自己調整する〉〈問題やケアを同時に対処する〉〈日常業務を整理して競合をうまく調整する〉〈看護師の柔軟な対処能力で調整する〉であり,看護師個人で調整されることを示す.[看護師間で調整される]は〈看護師間の社会的相互作用によって調整する〉であり,看護師間で調整されることを示す.[患者と看護師の間で調整される]は〈患者と相談して調整する〉であり,患者と看護師の間で調整されることを示す.
2) 【効率的に業務が遂行される】【効率的に業務が遂行される】とは,限られた時間や人員といった資源の中から,各患者の看護援助の必要度に応じて看護を効率的に分配できるようになることを意味する.[重要度の高い業務に時間を使って遂行される]は,〈高い順位をつけた業務に集中できる〉〈順位の高いケアに時間を使うことができる〉であり,看護師による看護実践の効率化ができることを示す.
3) 【ケア提供にジレンマが生じる】【ケア提供にジレンマが生じる】とは,看護師はどの患者に対してもタイムリーにケアを実施したいが,後回しが起きてしまうためジレンマが生じることを意味する.[望んだようには実践されない]は〈望ましい見積もり通りに実施できないことがある〉,[後回しにされるケアがある]は〈順位の低いケアは後回しや未実施になる〉〈看護師の順位に従わされ待つことが必然となる患者がいる〉〈ある特定の価値に順位を与えることを選択する〉であり,看護師に葛藤が生じることを示す.
4. 関連概念本研究で分析した文献では,関連概念として,「Precedence(最優先)」,「優先的」が用いられていた.「Precedence(最優先)」は1番以外を含まない表現である.本研究においては,[救命処置,安全確保,苦痛緩和は最優先に位置づけられる]で「top priorities」「the first priority」「the highest priorities」が使用されており,「Precedence(最優先)」はこれらを互換する表現であるといえる.また,「優先的」は他の事項よりも先にすることが決まっている表現である.本研究においては,[治療の補助業務はより高く位置づけられる]で「優先順位が高い」が使用されており,「優先的」はこれを互換する表現であると考える.すなわち,「Precedence(最優先)」と「優先的」は優先順位の属性の一部しか表せない概念であるといえる.
5. 概念モデルと定義臨床看護における「優先順位」の概念モデルを図2に示す.臨床看護における優先順位は,看護師および組織の一員としての責務,看護師の熟練度および組織文化と制度の影響を受け,時間の制約や人員といった資源の不足があることによって生じる.そして,動的な臨床の状況に合わせて絶えず変化する看護実践に与えられる位置づけが,生命への影響度から見積もられ,患者の状態で重みづけられることによって,命に関わるという基準だけでなく,患者を相対的に捉えることで全体のバランスをみながら判断される.その結果,関係者間で業務が順当に調整され,限りある資源を公平に分配し効率的に業務が遂行されるが,すべての患者を優先できないことからケア提供にジレンマが生じることが捉えられた.
臨床看護における「優先順位」の概念モデル.
以上のことから,臨床看護における「優先順位」を,「生命への影響度を見積もり,患者の状態によって重みを与えて相対的に重要度が判断され,状況に応じて変動する看護実践の位置づけ」と定義した.
臨床看護における「優先順位」は,属性として3つのカテゴリーが抽出され,「生命への影響度を見積もり,患者の状態によって重みを与えて相対的に重要度が判断され,状況に応じて変動する看護実践の位置づけ」と定義された.すなわち,臨床看護における優先順位は,患者の命に直結するのか間接的な影響なのかによって,緊急性,安全性が判断されて程度が見積もられ,相対的に患者の状態を評価し重要性が判断されていた.また,患者の状態の変化,実施する看護援助の関連性,作業の中断によって変化することが示されていた.【生命への影響から程度が見積もられる】は,医療提供の場においては対象者の身体面の緊急度と重要度を基準にすると判断しやすく(上泉ら,2018),最優先が緊急性,次に優先するのが安全性(川村,2018)と言われていることと一致する.しかし,臨床実践において看護師は,毎日,複雑で動的かつ不確実な状況で働いており,患者のケアの必要性に応じて看護師が効果的に優先順位をつけることが重要であり(Lake et al., 2009),単に緊急か重要かを特定すればよいというわけではない.Lake et al.(2009)によると,看護師が患者のニーズに優先順位をつけるプロセスには,トレードオフ,重み,バランスを考慮しながら,患者の状況を継続的に評価し,裁量的に判断することが必要であると言われており,本研究においては,【患者の状態で重みづけられる】【状況によって変動する】によって示された.したがって,属性のカテゴリーによって,臨床看護における優先順位の軸となる特徴を捉えることができたと考える.
臨床看護における「優先順位」の先行要件は,4つのカテゴリーが抽出され,看護師・組織の一員としての責務,看護師の知識・技術・態度の熟練度,組織内の規範や習慣などの組織文化,国が定める制度の影響を受けること,仕事量が多く時間不足や人員不足があり競合が生じることが示されていた.厚生労働省(2022)は,臨床実践能力の構造の中核に「看護師として必要な基本姿勢と態度」として,「看護職員としての自覚と責任ある行動」「患者の理解と患者・家族との良好な人間関係の確立」「組織における役割・心構えの理解と適切な行動」を示している.これは【看護師および組織の一員としての責務がある】と一致しており,まさに臨床看護において自らの責務を自覚した実践がなされているということであり,臨床看護における優先順位の特徴のひとつといえると考える.また,優先順位を設定するための基盤は,看護師の経験のレベルによって異なる(Benner, 1982).そして,多忙な状況で時間内に安全に業務の遂行が求められる精神的負荷に伴う焦りから注意力が低下しミスが誘発されやすく(川村,2018),混沌とした状況において個々の看護師が様々な負荷をどう受け止め管理できるかも,優先順位に関係すると考える.これは,【看護師の熟練度の差がある】ことで示された.さらに,組織のメンバーの考え方や行動を規制する組織文化(上泉ら,2018)や,その国の医療の有り方に関わる医療政策などは,看護師の認識や行動にバイアスをもたらすものであると考える.これは,【組織文化と制度の影響がある】ことで示された.また,看護業務は時間帯によって業務内容と業務量が変化し勤務者の数も異なることに加えて,医療の高度化,在院日数の短縮などにより,看護師の業務量と業務密度は増加しており(川村,2018),これは,【時間の制約や人員の不足がある】ことで示された.したがって,看護師の優先順位への気づきや解釈に影響するものや,多忙によって時間に追われ人手も足りないため競合がおこるという臨床の状況が,先行要件のカテゴリーによって捉えることができたと考える.
臨床看護における「優先順位」の帰結は,3つのカテゴリーが抽出され,臨床看護における優先順位によって,より適切な看護の提供のために看護師が関係者と業務の調整ができるようになること,限られた時間や人員といった資源の中から看護援助の必要度に応じて看護を効率的に配分できるようになることが示されていた.また,看護師はどの患者に対してもタイムリーにケアを実施したいと考えているのに,後回しにせざるを得ない状況が生じ,ジレンマを感じることが示されていた.ICN看護師の倫理綱領(International Council of Nurses, 2021/2022)には,「看護師は,資源配分,保健医療および社会的・経済的サービスへのアクセスにおいて,公平性と社会正義を擁護する」,「看護師は,敬意,正義,応答性,ケアリング,思いやり,共感,信頼性,品位といった専門職としての価値観を自ら体現する.看護師は,患者,同僚,家族を含むすべての人々の尊厳と普遍的権利を支持し尊重する」(p. 7)ということが記されている.これは,【業務が順当に調整される】【効率的に業務が遂行される】ことで示された.しかし,公平性と社会正義の擁護とすべての人々の権利の尊重において,価値の対立を避けることはできない.これは【ケア提供にジレンマが生じる】によって示されていた.したがって,臨床看護における優先順位によって,看護師は,倫理的価値観に従って責任を果たすべく業務を遂行しているが,価値の対立から葛藤を抱えるという特徴が,帰結のカテゴリーによって捉えることができたと考える.
また,本研究の結果は,動的に変化する状況や環境において,適切な行動をとるために,何を手がかりとして意思決定しているのかを説明するモデルである状況認識モデル(Endsley, 1995)とも共通点がある.状況認識(situation awareness)とは「ある時間・空間の中で環境中の要素を認識し,その意味を理解し,近い将来の状態を予測すること(p. 36)」(Endsley, 1995)である.状況認識モデルでは,「状況認識」を手がかりとして「意思決定」され「行動」が起こるという3つの段階を区別して捉え,それぞれの段階で影響要因が異なることが示されている(Endsley, 1995).状況認識は,ストレスと仕事量,複雑さ,情報提示の仕方,目標,先入観,能力,経験,訓練などの影響を受けるといわれている(Endsley, 1995).本研究の先行要件の【看護師の熟練度の差がある】は,ストレス,能力,経験を含んでおり共通点がある.また,意思決定は,状況認識と同じ影響要因に加えて,業務においては組織の規則と文化的要素にも影響され,さらに,タイムプレッシャー,実行すべきタスク,計画や代替案の実行可能性,制約条件,後方支援や資源の存在などについても検討する必要がある(Flin et al., 2008/2017).本研究の先行要件の【時間の制約や人員の不足がある】はタイムプレッシャーの要素,【組織文化と制度の影響がある】は組織の規則と文化的要素の影響,属性の【生命への影響から程度が見積もられる】は実行すべきタスクについての検討の要素,帰結の【業務が順当に調整される】は実行可能性と後方支援の検討の要素が含まれており,意思決定の影響要因や検討事項との共通点がある.また,行動としては,帰結に【効率的に業務が遂行される】が含まれた.これらのことからも,臨床看護という動的な環境における優先順位の特徴を捉えることができたと考える.
2. 臨床看護における「優先順位」の概念モデルの活用可能性臨床看護における優先順位の概念は,臨床看護の実践において重要な概念であるが,その概念の構造については示されていなかった.本研究により,臨床看護における優先順位の概念を明確化したことにより,今後,優先順位の判断を養う多重課題シミュレーション教育の基盤となり,状況設定や評価に活用可能と考える.状況設定においては,本研究で得られた3つの属性と4つの先行要件の活用によって,より妥当な状況設定ができると考える.例えば,実施する課題として,救命処置・安全確保・苦痛緩和,治療の補助業務,生活援助などの内容を含めること,患者の状態として,治療目的や病期,患者の病識,身体面の安定度などを設定すること,病棟の状況設定として,勤務時間帯,勤務人数,その他の看護管理上の決まりを設定するなどが挙げられる.優先順位の判断の評価においては,3つの属性と帰結の【業務が順当に調整される】【効率的に業務が遂行される】を活用できると考える.すなわち,多重課題の遂行において,緊急性・安全性を判断し最優先を見積もれたか,生命への影響が直接的か間接的かによって高い・低いという程度を見積もれたか,状況の変化に応じて優先順位を入れ替えられたかなどの項目を含んだ尺度を開発することが考える.これより,学習者の評価や振り返りが根拠に基づく画一的なものとできれば,多重課題シミュレーション教育の学習効果を高めるとともに,臨床看護における優先順位の概念の精錬にも役立つと考える.
本研究の結果は,分析対象となった文献によるものであるため,施設の規模,看護師の勤務体制,患者の疾患や病期といった個別の状況は反映されておらず,対象となった文献の多くが英語文献であり,文化や医療制度の差による影響もある可能性がある.さらに,本研究は今後,看護基礎教育に活かすという観点から,データとして信頼できる査読された論文に限定したことも,結果に影響した可能性がある.今後,臨床看護における優先順位の判断を育成するプログラムを開発し,本概念の精錬と有効性の検討をすることが課題である.
謝辞:本研究の分析と執筆過程において貴重なご助言とご指導をいただきした同志社女子大学の當目雅代教授,光木幸子教授,小笠美春准教授に心より感謝いたします.本研究はJSPS科研費 基盤研究C(課題番号21K02804)の助成を受けておこなった研究の一部である.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.