2023 年 43 巻 p. 335-343
目的:末期がんサバイバーの「生ききる」の実現に向けた訪問看護師の意思決定支援プロセスを明らかにする.
方法:訪問看護経験3年以上,在宅でのがん終末期ケアかつ看取り経験を有する看護師17名に半構造化面接を実施し,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチの手法で分析した.
結果:意思決定支援プロセスは,「暮らしの日常・非日常の実現」「がん治療への未練に付き合う」「人生の締めくくりに向けた伴走」により構成される「共にいのち・人生に向き合う」支援が核となっていた.これは「現実的決断への仲立ち」「症状緩和に徹する」支援により促進され,「看護師主導の体制整備」が基盤にあることで成立していた.
結論:本意思決定支援プロセスは,残りの人生を主体的にデザインすることやGood deathを実現し,末期がんサバイバーがわずかであっても希望を持ち続け,「生ききる」ことを可能にする.
Objective: To clarify the decision-making support process of visiting nurses to help terminal cancer survivors “live a fulfilling life”.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with 17 nurses, who had worked as a visiting nurse for 3 years or longer and had experience in providing home care and end-of-life care for patients with terminal care needs. We analyzed the data using the modified grounded theory approach.
Results: The decision-making support process was focused on <facing life together>, including <realizing the ordinary and extraordinary aspects of daily life>, <going alone with patients who are still attached to cancer treatment>, and <helping patients prepare for the end of life>. These approaches were facilitated by <promoting realistic decisions> and <focusing on symptom relief>, and based on <establishing a nurse-led system>.
Conclusion: The decision-making support process helps terminal cancer survivors maintain hope, even if it is only a little, and “live a fulfilling life” by actively designing the rest of their lives, and achieving a “good death”.
近年の分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬による治療効果の改善により,がんが進行した状態での薬物療法中止の見極めが難しく,抗がん剤の終了やこれからの過ごし方についての話を切り出すのが難しい状況に多く遭遇するといわれる(篠田・向山,2019).一方で,突然がん治療中止の宣告をされ,その後の生活をイメージできないまま,在宅療養が始まるがんサバイバーもいる.がんサバイバーが訪問看護を導入する主な時期は,がん治療の効果が認められず治療継続が困難と判断された段階,あるいは在宅で苦痛緩和を希望する時(増島,2019)とされている.在宅療養開始から死亡までの期間は,「がん」の場合平均3.32ヶ月(厚生労働省,2011),あるいは約50%が1ヶ月以内(山崎,2015)との報告があり,訪問看護の介入期間は充分にあるとはいえない.
末期がんサバイバーは,「死の切迫感」を再認識し,体力や身体機能の低下により周囲への依存度が高まり,生きる意味の揺らぎと霊的実存的苦悩という危機状態に置かれる(中野,2019).また,身体症状悪化への対処,スピリチュアルペインの軽減,生きる意味の維持,希望の維持,「未完の仕事」の達成等の心理社会的課題をもっている(栗原,2005).死を認知した末期がんサバイバーには,残された時間の中で自分と向き合い,人生の意味を見いだす支援や何かしらの希望を見出せるような支援をする必要がある(角田ら,2016).換言すれば,人生を最期まである限りを出して生きること,すなわち「生ききる」(山内,2014)ことができるように支援することが求められる.「生ききる」は「生きる」という動詞に,「当該の事態を最後までやり残しなく完全に行うこと」(杉村,2008)という意味の「―きる」がつくことで,最期まであきらめずに自分の人生を自分らしく生きるという意味を成すといえる.人間は,最期まで自分の信念や考えに基づいて,生き方を自由に選択・決定・実行する自律した存在(小島,2007)であり,末期がんサバイバーが「生ききる」ことは,人生を最期までやり残しなく生きられるよう,多岐にわたる事柄を自由に選択・決定し,それを実行することであると考えられる.このことから,「生ききる」ための支援は,その人が自らの意思を選択・決定・実行する過程を支えること,すなわち,意思決定支援をすることといえる.
訪問看護を受けている末期がんサバイバーは,がん治療を継続している場合やベストサポーティブケアに移行している場合など様々である.また,がん末期は身体機能が比較的最期まで維持されるが,最期の2週間頃に急激な変化を辿る(恒藤,1999).訪問看護師は,このような状況にあるがんサバイバーが最期まで自分らしく,がんとともに充実した生を「生ききる」ことを支える役割を担っており,意思決定支援は訪問看護師の責務である.末期がんサバイバーの「生ききる」を実現するために,訪問看護師がどのように意思決定支援を行っているのか,そのプロセスが明示されれば,在宅で過ごす末期がんサバイバーの「生ききる」の実現に向けた意思決定支援モデル開発の基礎資料を得ることができる.末期がんサバイバーへの訪問看護に関する先行研究は,訪問看護師の認識と判断(葛西,2006),訪問看護師が感じる困難(古瀬,2013),訪問看護師から受けた支援内容の評価(岡本ら,2018),予後理解を促す支援(石川ら,2018)などにとどまる.なかには,意思決定支援の認識が訪問看護師に十分に浸透していない(大槻ら,2019),予後予測が不十分な場合は情報提供のみに留まり意思決定支援に至らない(岡本ら,2018),という指摘もある.
在宅療養中の末期がんサバイバーの「生ききる」を実現するために訪問看護師が行っている意思決定支援のプロセスを明らかにする.
「末期がんサバイバー」:現代の医療において根治的治療の効果が期待できず生命予後1年未満と見込まれているがんとともに生きる人
「生ききる」:最期まであきらめずに自分の人生を自分らしく生きる
「意思決定支援」:価値観や好みに基づいて自らの意向を表明して最善の選択をし,その選択を実現していくプロセスを支えること
修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach,以下M-GTA)(木下,2020)を用いた質的研究デザインとした.M-GTAは,人間と人間とが直接的にやり取りをする社会的相互作用に関わる研究であることを基礎的要素とし,対象とする現象がプロセス的性格を有している場合に適しており,得られた結果を現場に戻すことが可能な研究方法である.本研究は,訪問看護師の意思決定支援のプロセスを明示するものであり,結果を看護実践に適用し検証しようとしている点からM-GTAが適していると考えた.
2. 研究対象者訪問看護ステーションで3年以上の訪問看護の経験を有し,さらに,在宅でのがんの終末期ケアの経験,かつ在宅看取り経験がある看護師を対象とした.
3. データ収集方法研究者が作成した面接ガイドを用いて半構造化面接を行った.面接は訪問看護ステーション内のプライバシーが保てる場所で,研究者がメモを取りながら実施した.面接では,これまでに経験した意識障害のない末期がんサバイバーの「生ききる」を支えた事例を想起したうえで,意思決定支援の内容について語ってもらった.研究対象者からの承諾を得て,面接内容をICレコーダーに録音し,逐語録を作成した.データ収集期間は,2020年2月~4月であった.
4. 分析方法分析テーマを「末期がんサバイバーの『生ききる』の実現に向けた意思決定支援プロセス」,分析焦点者を「末期がんサバイバーのケアに携わる訪問看護師」とし,次の手順で分析した.まず分析テーマに関する内容が豊富な対象者を1例選び,分析テーマに沿って着目した箇所を抽出し,分析ワークシートの理論的メモ,定義,概念名を記載しながら最初の概念を生成した.2つ目以降の概念は,理論的サンプリングを行いながら,対極比較,類似比較の観点で継続比較分析を行い生成した.概念生成と併行して概念を相互比較し,概念間の関係を図に描きながら複数の概念の関係であるカテゴリ候補を見出し,概念とカテゴリ候補を双方向に比較検討しながらカテゴリを生成した.概念やカテゴリの関係性から必要と判断された場合はサブカテゴリを生成した.なお,カテゴリ・サブカテゴリと同等の説明力のある概念は各々カテゴリ・サブカテゴリとして位置づけた.また,中心となるカテゴリをコアカテゴリとした.これらの過程を通して概念とカテゴリ・サブカテゴリの関係が最終的に一つにまとまったものを結果図として確定させ,ストーリーラインを作成した.なお,分析過程では概念と概念の関係,カテゴリのまとまり,分析全体のアイデアやひらめき等,分析ワークシートの理論的メモ欄に書きにくいアイデアを理論的メモ・ノートに記載した.分析の終了は,概念生成の完成度を判断する「小さな理論的飽和化」と,分析テーマに対する結果図とストーリーラインによる「大きな理論的飽和化」の二段階で判断した.分析の真実性を確保するため,分析の全段階において,がん看護およびM-GTAに精通した研究者からスーパーバイズを受けた.
5. 倫理的配慮県立広島大学研究倫理委員会(承認番号第19MH044号)の承認,および研究協力事業所の承諾を得て実施した.訪問看護ステーション管理者から紹介された研究対象候補者に対し,文書と口頭で,研究の主旨,研究参加の任意性と中断の自由,不利益の回避,個人情報の守秘,データの保管と管理,結果の公表,研究終了後のデータの破棄について説明し,署名による同意が得られた者を研究対象者とした.
A県内訪問看護ステーション9事業所に所属する看護師17名で,全員が女性であった.平均年齢は49.1歳(30歳代~50歳代),看護師経験年数は平均23.5年(14~31年),訪問看護師経験年数は平均12.7年(4.1~20.9年),在宅看取り経験数は平均47件(8~100件)であった.面接時間は平均25.8分(18.3分~34.2分),逐語録文字総数は129,862字であった.
2. 分析結果20概念が生成され,1概念はサブカテゴリと同等の説明力をもつことからサブカテゴリ,2概念はカテゴリと同等の説明力をもつことからカテゴリに昇格した.最終的に1サブカテゴリ,7カテゴリが得られ,1カテゴリがコアカテゴリとなった.以下,概念〈 〉,サブカテゴリに昇格した概念[ ],カテゴリ『 』,カテゴリに昇格した概念《 》,コアカテゴリ【 】で示す.
1) ストーリーライン(図1)末期がんサバイバーの「生ききる」を実現するための訪問看護師による意思決定支援プロセスは,『暮らしの日常・非日常の実現』が《がん治療への未練に付き合う》支援と『人生の締めくくりに向けた伴走』の各々と往還することで,本人・家族と【共にいのち・人生に向き合う】ものであった.『暮らしの日常・非日常の実現』は,[本人のあたりまえを守る]支援,あるいは〈やりたいことを医療で応援〉する支援を本人・家族に〈思った通りか否か・どうしたいのか確認〉しつつ,必要時〈インフォーマルサービスとの協働〉を行いながら実施していた.《がん治療への未練に付き合う》支援では,訪問看護開始当初より治療継続の可能性がある場合も,一旦断念した治療の再開可能性がみえた場合も,〈がん治療をする・しないのすり合わせ〉および〈がん薬物療法継続のための家族協力体制の確認〉と往還しながら納得できる結論に至るまで本人と家族を支えていた.『人生の締めくくりに向けた伴走』は,がん治療を断念せざるを得なくなる状況を予見して《がん治療への未練に付き合う》支援から段階的に移行する場合と,訪問看護開始当初から実施する場合とがあった.また,《がん治療への未練に付き合う》支援と『暮らしの日常・非日常の実現』は,訪問看護師が本人・家族と病院との連携・調整役となる『現実的決断への仲立ち』に支えられていた.〈要所での診療同席〉をし,〈がん看護専門看護師(以下,がんCNS)・連携室看護師との専門性相互活用〉を行うことで《がん治療への未練に付き合う》支援が円滑化し,〈病院側とのずれを埋める〉関わりが『暮らしの日常・非日常の実現』を促進していた.さらに,【共にいのち・人生に向き合う】支援は『症状緩和に徹する』ことで促進され,プロセス全体が《看護師主導の体制整備》を基盤として成り立っていた.
結果図
コアカテゴリ,カテゴリ,サブカテゴリおよび概念の詳細について述べる.「太文字」は具体例,( )は研究者による補足を示す.
(1) 【共にいのち・人生に向き合う】本人・家族の揺らぐ気持ちに共感し,これまで生きてきた過程・人生において大事にしてきたことに関心を寄せながら,生と死に向き合い残りの人生をどう生きるかを決定し,それを実現しようとする本人・家族にとことん寄り添うことであり,意思決定支援プロセス全体の軸となっていた.
「入院中は輸血をしていたのに(家では)出来なくて,しんどくなっていく.『このまま家で大丈夫なのか』という揺らぎが娘さんに出て.お話を聞いて,『間違ってないよ』『どうしてもしんどい状況は出てきてしまうけど,お薬使ってお父さんを楽にしてあげた方がいい』という感じでお話させてもらって.」
(2) 『暮らしの日常・非日常の実現』生活の営みに対する本人の意向表明を促進し,その意向に基づいてこれまで通りの生活を送ったりやりたいことを実行したりしながら最期の時間を自分らしく過ごせるよう支援することである.
〈思った通りか否か・どうしたいのか確認〉は,イメージしていた自宅での生活とかけ離れていないか・自宅に帰ってよかったか・自宅でやっていけそうか・どのように暮らしたいかという本人の意思表明を促すことであった.
「選択して(家に)帰ったんだけど,実際帰ってみて,不安なことはないのか,これで良かったかどうか,病院に戻りたいことはないか聞いています.」
そのうえで,長年の生活習慣を貫こうとする本人の意向に沿う[本人のあたりまえを守る],安楽のために提案する住宅改修や福祉用具の導入も,本人が必要だと得心するまで待つ〈普段の生活空間を尊重〉,残された時間でしたいことが明確な場合には,万全の体調で実行できるよう医療面からチームで支える〈やりたいことを医療で応援〉をしていた.
「CVポートの高カロリーのかばんを持ってデパートに行ったり,お孫さんのサッカーの試合を観に行ったり.アラームが鳴ったり,チューブが回って閉塞したり色々なトラブルはありましたけど,連絡をいただいて解決しながら.」
〈インフォーマルサービスとの協働〉は,民生委員や地域住民や知人等による見守り,声かけ,些細な手助けを本人の生活支援に組み込む働きであった.
「民生委員が必ず覗きに来てくれていた.おかゆとか作ってくれてたみたい.その後,長男のお嫁さんが来る.誰かが顔をみれるような感じにはしていた.」
(3) 《がん治療への未練に付き合う》治療を継続するか否かの選択に苦慮する場合に,本人や家族の意向を引き出し両者の納得する結論に導いたり,治療が困難になった場合に,あきらめられない本人・家族が得心するまで傾聴・共感し,必要時説明をすることである.
この支援は,家族が実施可能なサポートを把握する〈がん薬物療法継続のための家族協力体制の確認〉,治療継続への本人の葛藤がある場合や家族と意向が対立している場合は,両者にとって最善の結論に至るまで調整する〈がん治療をする・しないのすり合わせ〉と往還しながら実施していた.
「本人は『もうだめだと思う,死ぬかもしれない,治療もやめたい』ということを切実に言ってたんですよ.娘さんは『治療ができる状態なんだったらしてほしい』と言われて,家族間で意見が違うところはあったんで,お互いの気持ちを言い合う場が必要なんじゃないかと(考え),話をすることにしたんです.」
(4) 『現実的決断への仲立ち』治療方針や看護上の問題などを医療関係者と情報共有し,本人・家族が納得できる決断につながるよう支援することである.治療方針を決める重要な局面で外来受診や訪問診療に付き添う〈要所での診療同席〉,本人・家族の病状認識や在宅生活で発揮できうる対応力の実際とそれに対する病院側の認識との乖離を縮め,現実的な対応に向けて働きかける〈病院側とのずれを埋める〉,もともとがん治療を受けていた,あるいは現在も受けている病院の看護師の専門性と自身の訪問看護師としての専門性を活かして情報交換や話し合いをする〈がんCNS・連携室看護師との専門性相互活用〉を含んでいた.
「総合病院の外来で,腹水を抜くのであれば,このまま入院するか?家に帰るか?っていう選択を迫られ,『(腹水穿刺が)家でもできるんだったら,帰ります』って,意思を確認して家に帰られました.外来の看護師さん達がいる中で,本人が抜くか,抜かないか選択する場面に私も一緒にいました.」
(5) 『人生の締めくくりに向けた伴走』本人が望む最期のあり方に対する意向を引き出し,その実現に向けて共に模索し支えることである.最期の場所への意向が本人と家族とで対立する場合,本人の意思を最大限尊重できる妥協点に達するまで主治医を巻き込んで家族と調整する〈本人が望む最期の場所の実現可能性模索〉を行っていた.病院と決めた場合や迷っている場合は,入院時機を逃さないよう伝える〈最期の入院の頃合いを見計らう〉支援を行っていた.在宅で看取る方向にほぼ定まった場合は,家族が今後予測できる身体の変化を理解し,心構えができるよう情報提供する〈看取りへの家族の覚悟醸成〉を実施していた.死の近づきに伴う耐えがたい苦痛に対して本人が鎮静を希望した場合は〈持続的な深い鎮静不可避への家族のコンセンサス獲得〉をしていた.なお,介護に対する意志や負担感・介護疲れが看取りの場所を決める要素の一つであると助言する〈介護力を一つの判断基準〉は〈本人が望む最期の場所の実現可能性模索〉に影響を与えていた.
「食べれなくなると,どんどん状態が悪化して.家族も一緒に住んでない.長男のお嫁さんがほぼ毎日通ってくれていたんですけど,ヘルパー入れる頃じゃないかなって思った頃に,医師と相談して本人に『そろそろ入院した方がいいんじゃないんかね』って言っても『行かん』って言われて,家族も結局そこで困っている.『自分達もすぐ来れないし,みれないので』って.」
(6) 『症状緩和に徹する』苦痛緩和に対する本人・家族の希望を確認したうえで訪問看護師の判断を遅滞なく在宅医に伝える〈即時の症状マネジメントに向けた橋渡し〉と,医療用麻薬への抵抗感に理解を示しつつ,残された時間でやりたいことをするために必要なことへの理解を促す〈オピオイド容認へ導く〉ケアを循環的に行っていた.
「『麻薬を使ったら負けてしまう』という想いがあったんですけど,『自分らしく過ごそうと思ったらまず痛みを取らんとだめよね』と話していって.痛みも強くなってきて,使ったら楽だったというところで受け入れてもらえた.」
(7) 《看護師主導の体制整備》がん末期の症状への対処が随所で求められつつ,死の直前までパフォーマンスステータスが維持されている末期がんの場合は,ケアマネジャーでなく訪問看護師が主体となって在宅医や介護サービス事業者との調整を行い,医療と生活の双方の面から統合的に在宅ケア体制を整えていた.
「娘さんがもう限界かもしれんと思って,ケアマネに『ヘルパーさん入れるのどうだろう.』ということを言って,洗髪と清拭の身体ケアで入ってもらいました.最期の半年もないかなという時に入ってもらった.」
『暮らしの日常・非日常の実現』は,これまで紡いできたあたり前の暮らしを続ける,あるいは人生の総括や集大成となる活動をするなど,最期のその時まで暮らしの様々な場面で自己決定ができるよう働きかけることであった.Henderson(1960/2006)は,基本的欲求の実現,患者の生産的な活動あるいは職業,レクリエーション活動を助けることを「看護の基本」と述べており,『暮らしの日常・非日常の実現』という支援はまさに「看護の基本」が体現されたものであるといえる.人はそれまでと同様の生活や自分らしい生き方を貫くことで,死を目の前にしてもなお生きることの意味や自分の存在価値を見いだすことができる(黒田・佐藤,2008)といわれており,本人の意向に沿って暮らしの「日常」を維持し,「非日常」を叶える支援は,生きる意味を見出し「生ききる」ことを可能にする看護の基本的な働きであると考えられる.また,達成可能で身近な目標を患者と共に掲げることは希望を維持する方策として有益といわれる(江口・秋元,2013).訪問看護は利用者の生活全般に対する意思の尊重を基盤とした活動(高砂,2019)であることから,末期がんサバイバー本人が残された時間の過ごし方を決定し,その実現可能性を共に探っていく訪問看護師の関わりは,末期がんサバイバーが残された人生を主体的にデザイン(早瀬・森下,2008)することを支援していたともいえる.
《がん治療への未練に付き合う》支援は,わずかであってもがん治癒への希望を持ち続ける本人・家族の思いに沿い,治療継続,中断していた治療の再開,あるいは治療の断念について,本人と家族の揺らぎを受け止めながら合意形成を促進するものであった.この支援の背景には,日本の文化的特徴,すなわち,がんサバイバーが治療に対する意思決定に家族の積極的な参加を希望(塩﨑ら,2017)する傾向にあることや,治療選択は本人だけの意思決定ではなく家族の合意形成ともいわれること(野嶋,2003)が存在していると推察される.なお,《がん治療への未練に付き合う》支援は,〈要所での診療同席〉〈がんCNS・連携室看護師との専門性相互活用〉によって円滑化されていた.末期がんサバイバーが治療を継続あるいは再開する場合,従前加療していたがん治療病院との調整が必要となる.その際,現在の身体状況,本人や家族の病状認識や治療に対する意向を最も把握している訪問看護師が,がん治療病院との仲介役をすることは,本人・家族にとっての最善の決定を導くうえで重要な意義をもつと考えられる.地域で暮らす高齢者のケアにおいて,在宅医療・介護チームの一員である訪問看護師が多職種と連携する意義(松本,2014)は明白であるが,末期がんサバイバーの治療選択において訪問看護師が積極的に多職種に関与しているという報告は現時点で見当たらず,このことは本研究の新知見といえる.
『人生の締めくくりに向けた伴走』は,末期がんサバイバーが望む最期のあり方を共に模索し,共に歩むことであり,〈本人が望む最期の場所の実現可能性模索〉が包含されていた.残された時間を自分らしく生きるための療養場所の選定は,自己実現の欲求を満たすことと関連しており(首藤,2016),近年明示された日本人の「望ましい死Good death」の構成概念(Hirai et al., 2016)には,「望んだ場所で過ごす」が含まれている.これらより〈本人が望む最期の場所の実現可能性模索〉は,単に療養場所の希望を叶えるケアでなく,末期がんサバイバーの自己実現の欲求を満たし,「Good death」を実現するケアといえる.一方,『人生の締めくくりに向けた伴走』には,看取りに向けた入院の時機を逃さないようにする 〈最期の入院の頃合いを見計らう〉支援も包含されていた.末期がんの場合,急に状態が悪化し死に至る場合もあることから,訪問看護師には経過を予測し,身体状況の変化を見極め入院のタイミングを推し量る判断力が求められる.以上より,『人生の締めくくりに向けた伴走』は,末期がんサバイバーの自己実現,ひいては「Good death」を目指したケアであり,前提として訪問看護師の高い臨床判断力が不可欠な看護実践であるといえる.
『暮らしの日常・非日常の実現』が《がん治療への未練に付き合う》支援と『人生の締めくくりに向けた伴走』の各々と往還することで成り立つ【共にいのち・人生に向き合う】支援は,『症状緩和に徹する』ことで一層促進されていた.適時に適切に症状緩和がなされることは,サバイバー自身の安楽だけでなく,自宅療養に対する家族の安心をもたらすことから,自宅で「生ききる」ためには必須である.また,がん末期は身体的苦痛による思考力の低下により,決めること自体が困難となる場合がある.田村(1997)は,症状マネジメントが円滑に行われない場合,末期がんサバイバーは自分の存在の意味,人生の意味が問えなかったと報告し,Gauthier(2005)は,末期がんサバイバーの意思決定に影響する因子として痛みを挙げている.症状緩和は,末期がんサバイバーが「生ききる」ための意思決定を行い,充実した生を全うするための大前提であり,訪問看護師が必ずやり遂げなければならないケアである.
《看護師主導の体制整備》は,【共にいのち・人生に向き合う】ための基盤であった.がん末期は医療依存度が高く,病状の変化に機敏な対応を求められることから,在宅ケアにおいては訪問看護師が実践および調整の要とならざるを得ない.末期がんは,病状は深刻であっても死の直前までADLが保持されている事例が多く,介護サービスを迅速に導入したい場合に多くのバリアがあるといわれる(藤田,2013).多くの介護支援専門員は末期がんサバイバーのケアマネジメントについて医療知識不足から困難や不安を感じており(原田ら,2016),ケアプランが福祉用具貸与のみとなっている場合も多い(廣岡ら,2012).医療と生活の双方の視点に卓越している訪問看護師が多職種協働・連携の主導的立場を担うことで,がん末期の病状や身体機能の悪化を見越して,本人や家族の意思や希望に沿って,先手先手で在宅ケア体制を整えることができる.このことが,末期がんサバイバーが日常のちょっとしたことにも喜びを見いだし,わずかであっても希望をもち続け,「生ききる」ことを可能にする.
2. 本研究で得られた意思決定支援プロセスの現場での適用に向けた示唆高砂(2019)は,自身の経験から訪問看護ならではの意思決定支援を意思形成支援,意思表明支援,意思実現支援の3段階に分けて示している.この3段階は「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(厚生労働省,2018)において提示され,高齢者のがん診療における意思決定支援の手引き(国立がん研究センター,2020)においても示されている.がん末期には病状や症状の悪化により意思形成・意思表明が難しくなる場合があり,また,訪問看護は生活全般を支える活動であることから,この3段階は訪問看護において末期がんサバイバーに対しても応用可能であると推察され,本研究結果である末期がんサバイバーの「生ききる」の実現に向けた意思決定支援プロセスにも包含されていると考えられる.緒言で述べたように,訪問看護師の意思決定支援は不十分(大槻ら,2019;岡本ら,2018)といわれていることから,本研究結果を現場で適用するうえでは,これらの3要素を意識することでより具体的に実施しやすくなると考えられる.また,たとえ末期がんであっても,今日1日を自分なりに計画を立て何かを成し遂げようとすることができる比較的症状が安定している者から,普段の生活がすでに精一杯でその日1日1日を紡いでいる者まで多様であり,末期がんサバイバーの「生ききる」姿はきわめて個別的といわれる(江口・秋元,2013).本研究結果を現場に適用するうえでは,このことを十分に意識すること,また,本人および家族の病状・予後理解を把握し,その人自身を知るために対話を重ねることが前提となる.
本研究では,〈要所での診療同席〉〈がんCNS・連携室看護師との専門性相互活用〉が《がん治療への未練に付き合う》支援を促進する重要な要素であり,末期がんサバイバーの治療選択において訪問看護師が積極的に多職種に関与することで「生ききる」の実現可能性が高まるという新知見が得られた.しかし,現時点ではこれらに対する訪問看護療養費の算定はできないため,意思決定支援の質確保のために,実行しつつその有用性を証明することが求められる.
末期がんサバイバーの「生ききる」の実現に向けた訪問看護師の意思決定支援プロセスは,軸となる【共にいのち・人生に向き合う】支援を,『現実的決断への仲立ち』と『症状緩和に徹する』関わりが促進し,《看護師主導の体制整備》が全体の基盤になるものであった.【共にいのち・人生に向き合う】支援は,末期がんサバイバーが残された人生を主体的にデザインすることやGood deathを可能にするケアであると考えられ,訪問看護師の多職種への積極的な関与により促進されていた.本プロセスを現場で適用する際には,意思形成・意思表明・意思実現の3要素を意識し,「生ききる」姿が個別的であるという前提で応用しつつ実践し,有用性を検証していく必要がある.
本研究は,末期がんサバイバーの「生ききる」の実現に向けた意思決定支援プロセスを訪問看護師の視点から明らかにしており,末期がんサバイバー自身が捉えている「生ききる」ことが正確に反映されていない可能性は否めない.末期がんサバイバー自身の捉える「生ききる」プロセスを明らかにして本研究結果との対比をしつつ,理論再構築をしていくことが本研究の課題である.
謝辞:コロナ禍の中,本研究にご理解とご協力をいただきました訪問看護ステーションの看護師の皆様に心より感謝を申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:NT,KSは研究の着想から原稿作成のプロセス全体に貢献;SMは研究プロセス全体への助言に貢献,著者らは最終原稿を読み,承認した.