2024 年 44 巻 p. 940-949
目的:新人レベル看護師の多重課題におけるセルフモニタリングの様相とその実効を明らかにする.
方法:2年目看護師14名を施設別に4~5名の3グループに分け,多重課題におけるセルフモニタリングについてフォーカスグループインタビューを実施した.データは質的記述的に分析した.
結果:セルフモニタリングの様相は,【直面している状況を把握する】【多角的な視点で自分を見通す】【状況に呼応した具体策を絞り込む】【予測性をもって計画する】【自分に関わる周囲の状況に留意する】で構成された.実効は,《スムーズな多重課題の遂行》《能動的な業務の組み立て》《発展を見据えた振り返り》《実践と学習をつなげる》で構成された.
結論:新人レベル看護師の多重課題の実践力向上には,多重課題の経験を積み重ねながら他者と省察することで自己理解を促し,セルフモニタリングの機能を高めることが有用である.
Purpose: This study aimed to clarify the aspects and effects of self-monitoring required by advanced beginner nurses to perform multitasking. Thus, obtaining suggestions for nurses to enable them to multitask is possible.
Method: Participants comprised 14 second-year nurses, who were divided into three groups of four to five members by hospital. Focus group interviews were used to collect data on self-monitoring while multitasking. The interviews were analyzed qualitatively and descriptively.
Results: Ninety codes, 25 subcategories, and five categories were extracted as aspects of self-monitoring while multitasking. These categories included “analyzing issues and situations,” “seeing oneself from multiple perspectives,” “narrowing down concrete measures according to the situation,” “planning with predictability,” and “being aware of the surrounding situation related to oneself.” Twenty-seven codes, 10 subcategories, and four categories, namely, “smooth execution of multitasking,” “active organization of work,” “reflection with a view toward development,” and “connecting practice and learning,” were extracted as effective in self-monitoring while multitasking.
Discussion: The study suggested that advanced beginner nurses used various types of self-monitoring to analyze themselves and the people around them from multiple perspectives and switched their attention according to the context while dealing with multiple tasks. To improve advanced beginner nurses’ ability to multitask, it is useful to promote self-understanding and enhance self-monitoring by providing opportunities for reflection with others while accumulating experience in multitasking.
臨床現場では患者を中心とした多種多様な事態が生じ,看護師は同時に複数のことを行い,時には予測していなかったことにも対応している(高屋ら,2007).このように予定されている業務が同じ時間帯に集中することや,業務を遂行中に想定外の事柄が割り込むことで(寺田,2012),2つもしくはそれ以上の業務を同時に遂行すること(Morgan et al., 2013)は多重課題と言われ,複数の患者を受け持つ臨床現場では不可避である.
近年,科学的根拠に基づく臨床判断の能力形成を目的に,看護基礎教育におけるシミュレーション教育の充実化が明示され(厚生労働省,2019),学生の間に臨床実践に即した看護を学習できる体制が整えられつつある.一方で,看護基礎教育の臨地実習は1人の受け持ち患者を通した看護過程の展開が主流であり,新人看護師は複数の患者を受け持つ臨床現場とのギャップを感じている(今井ら,2020).その上,新人看護師の9割が多重課題を困難と感じ(那須,2008),専門職としての役割移行の中でリアリティショックを喚起する(Duchscher, 2009)ことが示唆されている.そのため,臨床現場では継続教育の一環として多重課題を想定した演習の実施と成果が報告され(谷川ら,2015),従来よりも高度な判断力の育成に主眼が置かれている.その主な対象は1~2年目の看護師であるが,Benner(2001/2005)は,この時期を新人レベルとし,状況の局面に応じた優先順位の決め方を学ぶ重要な時期と捉えている.しかし,臨床現場では看護師の育成を担う管理職や看護師も多忙のため余裕がなく(任,2013),人材や時間の確保が困難な状況が伺え,多重課題の経験から自律的に学ぶための教育的支援が必要である.
多重課題に対応するには,患者の病態や症状,治療等の個別性を踏まえ,患者の重症度や業務の緊急度等の優先度を判断する必要がある(今井ら,2020).加えて,自分が今から行おうとする行為の複雑さや難易度,自分の知識の習得度や技術の熟練度といった自分の力量の限界を見極める(寺田,2012)複雑な思考が必要となる.この自分の行動に意図的に注意を向け(Schunk, 1999),所与の課題に対する自分のパフォーマンスを内面的,外面的側面から系統的に観察すること(Zimmerman et al., 1996)は,自己調整学習ではセルフモニタリングと言われている.自己調整学習とは学習者が目標の達成を目指し,自らの思考,感情,活動を体系的に組織化し方向づける過程であり,自分が行っていることに対して自覚的であることが重要とされる(Schunk & Usher, 2013/2019).Zimmerman(1998/2007)は,予見,遂行制御,自己省察の3つの段階から構成される自己調整学習モデルを提唱し,自分の思考や行動に対するセルフモニタリングの結果に基づいて行動を調整することにより学習が促進されることを示した.また,セルフモニタリングは自分の行為や思考の展開を自分自身が見ていることであり,この機能によって自分の行為や思考がうまく働かない時に,その原因を探り軌道を修正することができる(丸野,1993).つまり,看護師はセルフモニタリングにより自分が直面している多重課題の状況を捉え,自分の力量の限界を見極めることで,多重課題に対応するための行動や学習を調整していると推察される.水引ら(2021)は看護師のセルフモニタリングが他者の支援を受けながら多重課題に対応できるように変容することを示したが,多重課題をどのように捉え,どのように判断して対応につなげているかといった自分の認知活動を認識する機能であるセルフモニタリングが及ぼす実践への作用は明らかにされていない.そこで,多重課題への対応力の基礎を培う時期にある新人レベル看護師のセルフモニタリングの様相を解明し,その実効を明らかにすることで,より効果的な多重課題の教育支援を検討することができ,継続教育の推進に寄与できると考えた.
新人レベル看護師の多重課題におけるセルフモニタリングの様相とその実効を明らかにする.
寺田(2012),Morgan et al.(2013)を参考に,予定されている業務が同じ時間帯に集中することや,業務を遂行中に想定外の事柄が割り込むことで,2つもしくはそれ以上の業務が重なることとする.
2. セルフモニタリングZimmerman et al.(1996),Schunk(1999),三宮(2008),竹内・山本(2004),水引ら(2021)を参考に,自己調整学習に含まれる概念として,自分の知識,技能,思考,感情,行動に注意を向け,パフォーマンスの状況や結果を観察,記録,評価することで自分の認知活動を認識する機能であり,自分を取り巻く周囲の環境の認識も含むものとする.
3. 新人レベル看護師Benner(2001/2005)を参考に,新卒時から同一の部署に勤務している1~2年目の看護師とする.
4. 様相と実効広辞苑(2018)を参考に,本研究では様相を自分自身や自分を取り巻く環境への認知活動による物事の捉え方とする.また,実効とは実際の効力・効果であり,本研究ではセルフモニタリングが及ぼす実践への作用とする.
一般病床数200床以上の医療施設から便宜的に選定した3施設(一般病院2施設,大学病院1施設)において,新卒時から継続して同一の部署に勤務し,就職までに社会人経験がない2年目看護師とした.教育の均質化を図るため,新人看護職員研修ガイドラインに沿った研修を実施している200床以上の医療施設という基準を採用した.新卒時より外来に配属される看護師が少ないこと,手術室,集中治療室は一般病棟とは多重課題の内容や質が異なると考え,統一性を確保するために外来,手術室,集中治療室に所属する看護師は除外とした.なお,救命救急センターについては,救急病棟の所属であり,看護配置や業務内容を把握した上で研究協力者として問題ないと判断した.
2. データ収集方法対象施設の看護部長,看護研究責任者に研究協力の承認を得て,研究協力候補者に研究の目的や方法,倫理的配慮等を文書と口頭で説明し,同意を得た.2021年8月から10月に,施設別に4~5名の3グループに分け,フォーカスグループインタビュー法を用いた半構成的面接を実施した.フォーカスグループインタビューは参加メンバーの様々な角度から検討された意見を構築でき,メンバー同士の相互刺激が促されることで潜在的な意見までも引き出す(安梅,2001).したがって,グループダイナミクスにより幅広い視点で包括的なデータが得られると考え採用した.インタビュー内容は,多重課題におけるセルフモニタリングをテーマとし,1年目からの経験を振り返ってもらいながら「多重課題を遂行する中で自分のどのような所に目を向け,考えたことをどのように行動につなげたか.その後の多重課題時の行動や学習にどのようにつなげたか」などを聴取した.インタビューは施設内のプライバシーが確保できる個室で行い,研究協力者の了承を得た上で録音し,逐語録にした.
3. 分析方法多重課題におけるセルフモニタリングによる物事の捉え方を様相として,セルフモニタリングによる実践や学習行動への作用を実効として抽出した.データを抽出する際には,文脈に留意しながら,意味の読み取れる単位で抽出し,コード化した.コード間の類似性,相違性を比較しながらサブカテゴリーを作成し,サブカテゴリー間の関連性について検討を重ね,カテゴリーを生成した.様相と実効のそれぞれのカテゴリー,サブカテゴリー,コード,データを熟読し,文脈に基づき相互の関係を検討した.分析の信用可能性を確保するために,質的研究に精通している研究者からスーパーバイズを受けながら分析を進めた.さらに,研究協力者のうち任意で協力の意向があった6名にメンバーチェッキングを行った.
研究協力者に研究の意義・目的・方法,研究参加の自由意思,研究参加に同意した後でも辞退できること,研究参加を拒否することで不利益が生じないこと,プライバシーに関する配慮,データの匿名性の保持や保管に関すること,研究成果の公表等を説明し,同意を得て実施した.また,インタビューの日程が研究協力者の仕事や日常生活の妨げにならないように調整した.研究協力者にはインタビュー実施中は個人名を出さず記号で呼び合うことを依頼し,プライバシーの配慮に努めた.また,インタビュー中は互いの意見を尊重した発言を依頼し,自分とは異なる意見が出た場合でも前向きに検討することで建設的な話し合いが行われるように配慮した.本研究は,大阪府立大学大学院看護学研究科研究倫理委員会の承認を得た上で実施した(承認番号2021-02).
2年目看護師計14名(男性4名,女性10名)にインタビューを実施した(表1).インタビュー時間は平均1時間2分30秒であった.
グループ | 性別 | 所属部署 | 看護基礎教育課程 |
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1 | 女性 | 救命救急センター(救急病棟) | 専門学校 |
女性 | 血液内科 | 専門学校 | |
男性 | 整形外科/小児科 | 大学 | |
女性 | 消化器内科/循環器内科/整形外科 | 専門学校 | |
2 | 女性 | 脳神経外科/神経内科 | 大学 |
女性 | 消化器内科/眼科 | 大学 | |
女性 | 回復期リハビリテーション | 大学 | |
女性 | 循環器内科/心臓血管外科/泌尿器外科 | 大学 | |
男性 | 血液内科 | 大学 | |
3 | 男性 | 小児科/小児外科 | 大学 |
女性 | 血液内科/腎臓内科 | 大学 | |
男性 | 整形外科 | 専門学校 | |
女性 | 呼吸器外科/消化器外科/脳神経外科 | 大学 | |
女性 | 消化器内科/泌尿器科 | 大学 |
多重課題におけるセルフモニタリングの様相として,90のコード,25のサブカテゴリー,5つのカテゴリーが抽出され,実効として,27のコード,10のサブカテゴリー,4つのカテゴリーが抽出された.以下,様相のカテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〔 〕,コードは[ ]で表記する.実効のカテゴリーは《 》,サブカテゴリーは〈 〉,コードは{ }で表記する.具体例は『斜体』で表記し,具体例内の( )は文脈の流れや意味が伝わるように説明を加えたものとする.
1. 多重課題におけるセルフモニタリングの様相多重課題におけるセルフモニタリングの様相として,【直面している状況を把握する】【多角的な視点で自分を見通す】【状況に呼応した具体策を絞り込む】【予測性をもって計画する】【自分に関わる周囲の状況に留意する】の5つのカテゴリー,25のサブカテゴリー,90のコードが抽出された(表2).
カテゴリー | サブカテゴリー | 代表的なコード |
---|---|---|
直面している状況を把握する | 取り組んでいる最中の業務の状況を確かめる | 業務が中断された時にはどこで中断したかを確認している |
業務全体の進捗状況を確かめる | 業務全体の進捗状況を可視化して確認するようにしている | |
リスクを予測するための情報に注意を向ける | 個々の患者の性格や理解力から危険性を予測している | |
緊急性・重要性を判断するための情報に注意を向ける | 個々の患者の全身状態から緊急性と重要性を考えている | |
誰が対応するかを考えるための情報に注意を向ける | 業務内容から受け持ち看護師でなくても対応可能かどうかを考えている | |
多角的な視点で自分を見通す | 自分の傾向を感じ取る | 急に業務が割り込むと焦りやすいと感じる |
自分の技量を確かめる | 自分だけで対応できること・できないことを考えている | |
同僚の行動から自分の行動を見直す | 先輩の行動をみて自分の行動を見直している | |
自分が業務にかかる時間を見積もる | 自分が準備から業務終了までにかかる時間を考えている | |
状況に呼応した具体策を絞り込む | 時間調整のしやすい業務を選り分ける | 複数の業務の中で調整がしやすい業務を考えている |
優先順位の高い業務を選び出す | 複数の業務の中で最優先でやらなければならない業務を考えている | |
過去に経験した状況と照らし合わせて行動を考える | 過去に経験した類似の状況で不足していた部分を考えている | |
患者の安全・安楽を念頭においた行動を考える | 業務が重なった時には安全な対応を意識して援助要請を検討している | |
自分の状況を見定めて援助要請が必要かを考える | 業務が重なり同時に対応できない時は援助要請を考えている | |
誰に何を依頼するかを考える | 他の看護師の役割を意識して依頼内容を考えている | |
業務を依頼するために必要な情報を吟味する | 業務を依頼する時には患者の病状で注意が必要なことを考えている | |
気持ちのゆらぎから先輩看護師に相談が必要かを考える | 自分だけで判断するのは危険と感じる時は先輩看護師に相談している | |
別の方法も想定しながら対策を考える | 現在の方法で対応できないと感じたら別の方法を検討している | |
予測性をもって計画する | 自分の行動の展開を予測しながら動線を考える | 複数の業務がまとめてできるように動線を考えている |
患者への影響を予測しながら動線を考える | 患者への負担に配慮した動線を考えている | |
業務の重なりを予測しながらタイムスケジュールを考える | 業務が重ならないように時間を調整することを意識している | |
状況の変化を先読みしながらタイムスケジュールを考える | 患者の状態変化で優先順位が変わると予測される時はタイムスケジュールを考え直している | |
自分に関わる周囲の状況に留意する | 病棟スタッフの業務の進捗状況に配慮する | 病棟スタッフの業務の進み具合を気にかける意識をもつようにしている |
自分の行動が周囲に与える影響を考える | 自分の業務が誰に影響するかを考える意識をもつようにしている | |
協力が得られる人に見当をつける | 病棟スタッフの中で時間に余裕がある人に見当をつける |
新人レベル看護師は,【直面している状況を把握する】について,〔取り組んでいる最中の業務の状況を確かめる〕ことをしていた.また,ある看護師は『何が終わって何が終わってないかを全部チェックして,終わってないことの中で時間処置(時間が指定されている業務)は何か(考えて),時間処置を優先してやってっていうのをやってます』と語り,多重課題の只中でもメモ等を活用し[業務全体の進捗状況を可視化して確認するようにしている]ことで,〔業務全体の進捗状況を確かめる〕ことにより自分の現状を認識していた.加えて,優先順位を判断するために自分が把握している情報にも注意を向けていた.〔リスクを予測するための情報に注意を向ける〕ことや〔緊急性・重要性を判断するための情報に注意を向ける〕こと,〔誰が対応するかを考えるための情報に注意を向ける〕ことで,今すぐに対応する必要がある業務なのか,時間をおいて対応してもよい業務かを考えながら目の前の状況を捉えていた.
【多角的な視点で自分を見通す】では,多重課題時の〔自分の傾向を感じ取る〕ことや,知識や技術の習得の程度といった〔自分の技量を確かめる〕こと,〔同僚の行動から自分の行動を見直す〕ことで自分の力量を認識していた.ある看護師が『点滴には何分,準備から実施まで何分かかるっていうのがわかってたら,それを見越してスケジュールを組み立てられたりとかするので,結構事前に色々考えられるかなって』と語るように,[自分が準備から業務終了までにかかる時間を考えている]ことは〔自分が業務にかかる時間を見積もる〕ことと認識していた.
臨床現場で遭遇する多重課題は流動的で,その場の状況に合わせた対処方略を選択する必要がある.重なっている複数の業務のうち〔時間調整のしやすい業務を選り分ける〕ことや〔優先順位の高い業務を選び出す〕ことで優先してやらなければならない業務を認識していた.また,〔過去に経験した状況と照らし合わせて行動を考える〕ことで直面した状況で自分にできること,できないことは何かを考え,〔患者の安全・安楽を念頭においた行動を考える〕ことや〔自分の状況を見定めて援助要請が必要かを考える〕ことで援助要請の要否について考えていた.援助要請が必要な状況では,〔誰に何を依頼するかを考える〕ことや〔業務を依頼するために必要な情報を吟味する〕ことで,援助要請をするための具体的な方法を認識していた.また,〔気持ちのゆらぎから先輩看護師に相談が必要かを考える〕ことで自分の判断への迷いや不安から先輩看護師への相談の必要性を認識していた.ある看護師は『自分が思ってたよりも一個(の業務)に時間がかかる人(患者)とか.介助があるとは思ってたけど,思ってたよりこんなに一回部屋にいったら時間かかるんやったら,他の人のこれ(他患者への業務)は回られへんからちょっと(対応方法を)変えないといけないなって思ったりは結構あります』と[現在の方法で対応できないと感じたら別の方法を検討している]ことを語り,〔別の方法も想定しながら対策を考える〕ことは変化する状況に柔軟に対応するための【状況に呼応した具体策を絞り込む】ことと認識していた.
多重課題には時間指定のある業務が重なっている等,今後起こりうる業務も含まれる.【予測性をもって計画する】とは,複数の業務が効率よく進むよう〔自分の行動の展開を予測しながら動線を考える〕ことや,ベッドサイドへの頻回な訪室を避けるための〔患者への影響を予測しながら動線を考える〕こと,〔業務の重なりを予測しながらタイムスケジュールを考える〕といったことである.さらに,ある看護師は『一番は病状.病状で指示とか変わった人,薬とか点滴とか.薬剤で変わったことがあったりとか,注意して観察しとかないといけなくなったりとかした時は,自分はそこにつきっきりになるっていうふうに決めて,他の患者さんの処置とかをリーダーさんに振り分けていただいてっていうことをします』と[患者の状態変化で優先順位が変わると予測される時はタイムスケジュールを考え直している]と語り,多重課題になっても予定していた業務が滞らないように〔状況の変化を先読みしながらタイムスケジュールを考える〕ことをしていると認識していた.
多重課題に対応するためには他のスタッフと協働する必要があることから,〔病棟スタッフの業務の進捗状況に配慮する〕ことや〔自分の行動が周囲に与える影響を考える〕といった認識をしていた.ある看護師は『フリー(業務)の人とか,(業務が)早めに終わった人がフリーにまわってくれる時間を把握したりとか.手が空いてそうな人とか』と[病棟スタッフの中で時間に余裕がある人に見当をつける]ことを語り,誰に援助要請ができるか予め考えておき〔協力が得られる人に見当をつける〕ことを【自分に関わる周囲の状況に留意する】ことと認識していた.
2. 多重課題におけるセルフモニタリングの実効多重課題におけるセルフモニタリングの実効として,《スムーズな多重課題の遂行》《能動的な業務の組み立て》《発展を見据えた振り返り》《実践と学習をつなげる》の4つのカテゴリー,10のサブカテゴリー,27のコードが抽出された(表3).
カテゴリー | サブカテゴリー | 代表的なコード |
---|---|---|
スムーズな多重課題の遂行 | 業務が段取りよく進む | 予定がずれることなく業務が進む |
心に余裕をもって取り組む | 業務が重なっても焦らずに取り組める | |
自分の考えが判断の基盤になる | 自分で考えて何を報告・相談したらよいのかがわかる | |
能動的な業務の組み立て | 個別の業務にかける時間を増やす | ひとつひとつの業務に時間をかけられるようになる |
空き時間を活用して業務を切り回す | 二の次になっている業務を空いた時間に積極的に取り入れられるようになる | |
発展を見据えた振り返り | 振り返りから課題を見出す | 先輩看護師と場面を振り返り学習内容を焦点化する |
振り返りから改善策を練る | 気持ちの振り返りから対応策を検討する | |
実践と学習をつなげる | 経験を学習の契機にする | うまくいかなかった経験を手がかりに学習する |
先輩看護師のやり方を転用する | 先輩看護師の行動を自分にも取り入れる | |
先輩看護師の判断から思考プロセスを学ぶ | 先輩看護師の判断を自分なりに解釈して理解する |
新人レベル看護師は,セルフモニタリングにより自分の状況を認識することで,〈業務が段取りよく進む〉ことや〈心に余裕をもって取り組む〉ようになるといった効果を感じていた.ある看護師は『誰に聞けばいいのか,どういうことを相談したらスムーズに進むのかっていうのと.リーダーとか先輩に聞くにしても最低限の情報を患者さんから聞いておくっていうことも1年目の時はわからずに聞きに行ってたので,ちょっとバタバタしたんですけど.今は聞く前にどれくらいの情報を持ってたらスムーズにいくかっていうのが大体分かってきたので,分からないことがあっても最低限聞いてっていうふうに準備ができるようになったんで』と語り,{自分で考えて何を報告・相談したらよいのかがわかる}ことで〈自分の考えが判断の基盤になる〉と《スムーズな多重課題の遂行》につながることを示した.
セルフモニタリングによって自分の手が空いている時間が把握しやすくなり,〈個別の業務にかける時間を増やす〉ことができるようになっていた.また,ある看護師は『業務とかがスムーズにいくことで,自分も時間が空いて,いつもだったらできないことも,今日だったら時間空いてるからもっと処置してあげようとかっていうのはあります』と{二の次になっている業務を空いた時間に積極的に取り入れられるようになる}と語り,〈空き時間を活用して業務を切り回す〉ようになると,看護の質向上を目指した《能動的な業務の組み立て》につながることを示した.
セルフモニタリングにより多重課題時の自分の気持ちや行動を認識することで,スムーズに進まなかったと認識した場面であっても〈振り返りから課題を見出す〉といった,今後起こりうる多重課題に対処するための前向きな変化につながっていた.ある看護師は,『自分の気になる場面を振り返った時に,なんでああいう行動したんやろ,その時の自分の気持ちはどうやったんやろ,じゃあなんでこうなったんやろっていうふうに考えていったら,じゃあ次はどうしたらいいっていうことを分かっていけるようになったんです』と語り,{気持ちの振り返りから対応策を検討する}ことで〈振り返りから改善策を練る〉ようになり,セルフモニタリングで気がかりに感じた場面から《発展を見据えた振り返り》につながることを示した.
セルフモニタリングを通して自分の思考や力量を認識することは,〈経験を学習の契機にする〉ことや〈先輩看護師のやり方を転用する〉といった次の多重課題の実践に向けた学習行動に効果をもたらしていた.ある看護師は,『先輩が多重課題になった時にはこうやって振らはる(業務を振り分ける)のかっていうのを考えたりとか.(業務を)振る人に対しても,リーダーさんに言ってリーダーさんからじゃあこの人に頼んだらいいよって言ってもらうのか,直接リーダーさんにこの人に頼みたいと思うんですけどっていう感じで頼むのかっていうのを見たりして,そうやって(業務を依頼する人を)選ばはるんやって考えたりとかはしますね』と語り,セルフモニタリングした自分の判断と先輩看護師の実際の采配や行動を対比させ,{先輩看護師の判断を自分なりに解釈して理解する}ことで〈先輩看護師の判断から思考プロセスを学ぶ〉ことを経て,主体的に《実践と学習をつなげる》ことができるようになることを示した.
本研究では,多重課題におけるセルフモニタリングの様相として,【直面している状況を把握する】【多角的な視点で自分を見通す】【状況に呼応した具体策を絞り込む】【予測性をもって計画する】【自分に関わる周囲の状況に留意する】の5つのカテゴリーが抽出された.Brown(1978)は問題解決におけるメタ認知について,問題や状況を特徴づける過程,問題解決に必要な知識について考える過程,問題解決のための方略を計画する過程,行為の展開をモニターし,評価する過程に分類している.本研究においても,目の前で起こっている状況を捉える【直面している状況を把握する】,多重課題に対応するために必要な知識や技術といった自分の力量を考える【多角的な視点で自分を見通す】,対処行動につなげるための方法を考える【状況に呼応した具体策を絞り込む】,状況の展開を先読みしながらタイムスケジュールを考える【予測性をもって計画する】といったカテゴリーは多重課題という問題を解決するためのメタ認知的過程に即していると考えられる.多重課題の状況では,複数のタスクと患者の間で注意を迅速に切り替える必要がある(Franklin et al., 2020).本研究においても,多重課題の状況にある自分や自分を取り巻く周囲の人々との間で注意を切り替えながら,文脈に応じて様々なセルフモニタリングを働かせていた.また,自分に支援が必要だと認識し,助言等の支援を求めることは,安全なケアを提供するための効果的な手段となる(Benner et al., 2009/2015).新人レベル看護師は多重課題では自分を含め誰しもが支援が必要な状況になることを念頭におき,協力を得やすいスタッフに見当をつけておく等,安全な看護を提供するために周囲のスタッフの状況にも目を向けていた.特に,【自分に関わる周囲の状況に留意する】というカテゴリーは,多職種と協働しながら患者やその家族にとって最良のケアを提供する看護師のセルフモニタリングとして特徴的な側面である.また,Zimmerman(1998/2007)が提唱した自己調整学習の理論では,セルフモニタリングはスキルが獲得されると意図的なモニタリングをあまり必要としなくなり,自動化やルーティン化されると言われている.つまり,看護師においても熟達するにつれ無意識化すると考えられ,本研究で示された意識的なセルフモニタリングは新人レベル看護師特有のセルフモニタリングと考える.以上より,本研究で自己調整学習の理論の概念として新人レベル看護師のセルフモニタリングの具体が明らかになった.
多重課題におけるセルフモニタリングの実効として,《スムーズな多重課題の遂行》《能動的な業務の組み立て》《発展を見据えた振り返り》《実践と学習をつなげる》の4つのカテゴリーが抽出された.看護師は経験を積むことで患者のアセスメントが深まり,助言を求めることなく自分の臨床判断で優先順位を決めることができるようになる(St-Martin et al., 2015).本研究においても,多重課題を経験する中で業務の状況や優先順位を検討するために自分が把握している患者の情報をもとに【直面している状況を把握する】と認識していた.また,自分の行動の展開だけでなく患者に及ぼす影響にも目を向けながら【予測性をもって計画する】経験を重ねることで,自分の考えが判断の拠り所になっていた.つまり,多重課題の経験を通したセルフモニタリングの反復によって,患者の全身状態や治療の状況に応じたアセスメントと優先順位の判断に確信が持てるようになり,《スムーズな多重課題の遂行》につながったと考える.
また,問題解決の過程では,考案した様々な仮説について実施可能性や有効性を検討しながらプランを絞り込み,洗練していくといったセルフモニタリングの微視的評価プロセスをたどる(吉浜,2018).本研究では,新人レベル看護師は【多角的な視点で自分を見通す】ことで自分で対応できる限界を見定めつつ,【状況に呼応した具体策を絞り込む】ことで優先順位や,自分が対応した方がよいのか,他のスタッフに依頼できるのかといった対応方法を考案していた.さらに,実行に移すために【予測性をもって計画する】ことでタイムスケジュールの調整ができるかを検討し,【自分に関わる周囲の状況に留意する】ことで協力が得られるスタッフに見当をつけることや,自分の行動が周囲に与える影響を考えていた.これは,セルフモニタリングによって考えうる対応方法の実行可能性や有効性を熟考しながら,その場の状況に適した方法を絞り込んでいると考えられる.つまり,多様で状況依存的な多重課題においては,セルフモニタリングを駆使し対応方法を洗練させていくことが有用であることが示唆された.
尾崎(1999)は援助者の感情や判断が動揺し,迷いや葛藤を抱く状態を「ゆらぎ」とし,この「ゆらぎ」に向き合うことで思考を多様なものに育て,援助における発見や創意工夫を醸成する可能性を示唆している.新人レベル看護師は,【直面している状況を把握する】ことや【予測性をもって計画する】ことで時間のゆとりを見つけた時には一つひとつの業務に時間をかけ,充実させようとしていた.これは,時間がなくて行き届いたケアができないという葛藤を抱き「ゆらぎ」を感じながらも,自分に何かできることはないかと向き合うことで,空いた時間を有効活用した《能動的な業務の組み立て》という看護の質の深まりがみられたと考える.また,「ゆらぎ」は多面的な見方や新たな考え方を創造し,人の変化や成長を導く契機になる(尾崎,1999).新人レベル看護師は,多重課題時の実践を振り返りながら,どうしてあの判断をしたのか,次はどう行動したらよいのかと自問し,学習課題を見出すことで今後直面しうる多重課題に対応するための《発展を見据えた振り返り》につなげていた.これはセルフモニタリングにより,最良の援助をしたいのにできなかったという「ゆらぎ」に気づき,「ゆらぎ」と向き合い学習やケアを改善するための糸口を見出した結果として,学習行動や患者との関わりに変化がもたらされたと考える.
新人レベル看護師は,自分が経験した【状況に呼応した具体策を絞り込む】【自分に関わる周囲の状況に留意する】といったセルフモニタリングを振り返り,先輩看護師の多重課題時の判断や行動との差異を認識していた.そして,多重課題に対する先輩看護師の対応を自分なりに解釈することや実践を試みることで,経験から得た学びを実践的に活用することができるように成長していた.新人レベル看護師は何が重要でどのような行動が要求されているのかということについて周囲の医療者の行動からヒントを得ようとする(Benner et al., 2009/2015).また,セルフモニタリングとは,自分の行動を瞬間的に観察する能力であり,その結果を今後の行動や思考パターンの改善に役立てようとする意欲を意味する(Epstein et al., 2008).つまり,新人レベル看護師はセルフモニタリングによって多重課題時の自分を捉え,身近な存在である先輩看護師の実践をヒントに自分の行動や思考の意味を問い直し,実践への理解を深めるという学習プロセスを経ていた.そして,その学びを次の実践で試みようとする意欲が生じたことで,《実践と学習をつなげる》という主体的な学習行動の調整が促されたと考える.以上より,セルフモニタリングによって気づいた「ゆらぎ」と向き合い,自分の実践への理解を深めながら学習課題を見出すことは,多重課題の実践力を向上させる機会になりうると考える.
2. 継続教育における多重課題の教育への提言新人レベル看護師は【直面している状況を把握する】ことで捉えた多重課題の文脈に応じて,【多角的な視点で自分を見通す】【状況に呼応した具体策を絞り込む】といったセルフモニタリングを直観的に切り替えながら,対処行動を考えていた.新人レベル看護師は臨床実践で繰り返し遭遇する重要なパターンに気づき始めたばかりであり,優先順位の判断には助けが必要である.一方,達人レベルになると状況を直観的に把握して正確な問題領域に的を絞るとされている(Benner, 2001/2005).この直観的な思考はKahneman(2011/2014)が主張する「速い思考」であり,専門知識およびヒューリスティックに基づく思考と,知覚や記憶といった自動的な知的活動が含まれる.「速い思考」は即時的な判断に関わり(楠見・道田,2015),「速い思考」では解決しない時に注意力を必要とし,より時間をかけて熟考する「遅い思考」へと切り替わる(Kahneman, 2011/2014).なかでも,臨床の環境や患者の状態,その場にいるスタッフの状況によって次々と変化する多重課題においては,直観的に状況を捉える【直面している状況を把握する】や,業務に合わせて自分の力量を考える【多角的な視点で自分を見通す】,対処行動につなげるための【状況に呼応した具体策を絞り込む】といったセルフモニタリングが「速い思考」の軸になると考えられる.この「速い思考」は認知バイアスによるエラーが起こりやすい反面,批判的思考である内省的精神によって精度が高まり,適切な判断を導くとされる(楠見・道田,2015).また,非定型で不確実性の高い仕事に柔軟に対応するには,仕事を自ら問い直し,客観的に振り返る内省支援が重要な意味を持つ(中原,2010).つまり,多重課題での的確で柔軟な対応をするための「速い思考」の精度を高めるには,多重課題の経験を積み重ね,先輩看護師などの他者と実践を内省することが有用と考える.
本研究は2年目看護師に多重課題の場面を振り返ってもらいながらデータ収集をしたが,臨床現場では様々な多重課題が起こり,新人レベル看護師のすべてのセルフモニタリングを網羅しているとは言い難い.また,対象者に条件があることからも研究結果の転用は限定性に配慮が必要である.今後は,多重課題の対応力の向上につながる教育的支援について量的な側面からも検討する必要がある.
付記:本研究は大阪府立大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部に加筆・修正を加えたものである.本論文の内容の一部は,The 33rd International Nursing Research Congress 2022,日本看護学教育学会第32回学術集会において発表した.
謝辞:本研究にご理解,ご協力いただきました看護師の皆様,病院関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.また,多大なご指導とご助言を下さいました大阪公立大学大学院の籏持知恵子教授,長畑多代教授に感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:CMは研究の着想,研究デザイン,データ収集,分析,原稿の作成に貢献した.YHは研究デザイン,分析,データの解釈,原稿の作成に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.