抄録
本研究は医療の文脈から離れた在宅療養の場における,進行性・難治性の神経難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の生の様相を,患者と周囲の人々との関わり合いも含めて描き出すことを目的としたものである。全身性の重篤な症状を持ちながらも活発な情報発信を行う例外的事例としての 1 人の ALS 患者に注目し,療養生活の場の療養様式ならびに支援の重要な担い手を参与観察によって明らかにすることを狙いとした。分析 1 では場の全体像の記述を通じ,「患者」ではない「生活者」としての位相,場に通底する規範である「他律の回避」,それらの背景にある患者のコミュニケーションの可能性が示された。分析 2 においては支援の中心的担い手である技術ピアサポータが「ローカル・ノレッジ」に基づき,日用品をカスタマイズすることで安価かつ効果的にコミュニケーション支援を行っていることが示された。本論文は病者の生の分厚い記述を行う「ライフ・エスノグラフィ」の試みである。