抄録
本稿は近年注目されつつある自己エスノグラフィの手法を発展させ,対話的に実践した試みを紹介し,その有用性と意義を検討することを目的としている。自己エスノグラフィとは,自分自身の経験を探求し,自身の意識のありようや文化について明らかにしていく質的研究のひとつの方法である。従来は研究者本人による想起的な記述がその手法として広く知れ渡っていたが,筆者は対話者を設定して,障害を抱える妹との関係を中心としたライフストーリーを語り,それに対して継続して共同的に分析・解釈を行なうことを試みた。従来の自己エスノグラフィについては,データの信頼性の問題,物語としての読みやすさやわかりやすさの欠落,分析よりも自己語りへの過度な依存,そして他者との相互的なつながりが見えにくい点が批判されてきた。また,自己を客観視することの困難さ,自己探究に伴う精神的苦痛への対応の問題も研究の実践において指摘されてきた。それに対して対話的な自己エスノグラフィはそういった批判に応えた上で,さらには他者の介在により新たな視点が生まれ,研究の拡がりが増す等の有用性があると考えられた。最後にこの方法を施行する上での留意点として,対話者の資質,研究者と対話者の関係性についても考察を行なった。