抄録
本研究は,周りから「適応的」と見なされている失語症事例の語りに現れた「失語症」の意味を分類し,それぞれの特徴や相互関係を検討したものである。語り手は失語発症後7 年目の50 代の男性で,主にフォーマルな面接とインフォーマルな会話を通じてデータ収集がなされた。得られた語りデータはコード化され,最終的に「失語症の意味」を焦点としてデータが再統合された。浮かび上がってきた意味のカテゴリーは,〈自己の否定的変化としての失語〉,〈一時的状態としての失語〉,〈立ち向かう対象としての失語〉,〈共有される属性としての失語〉,〈社会的対象としての失語〉であり,それぞれ語り手にとっての自己や世界の見えと関連していた。これらのカテゴリーは,時間軸に沿った彼のライフストーリーにおいてほぼこの順序で現れており,失語に対する反応の変遷を反映するように見える。しかし同時に,これらはすべて現在を語る際にも使われており,優勢なカテゴリーを中心に統合された共時的な意味のレパートリーでもある。失語の意味は,失語症者にとっての多様な意味世界を反映しながら自己に関する物語として次第に重層化し,それに伴うかたちで受障後の新しい状況への適応が達成されると考えられる。