抄録
替えうたは,既存の歌の歌詞の一部ないし全部を改変したり,歌詞のない器楽曲の旋律にオリジナルの歌詞をつけたりしてうたわれるうたで,音楽学研究においてはわらべうたの一種と位置づけられる。本論文は,子どもたちが替えうたを創出してうたい,時としてそれを共有する過程と,そこにある意味を明らかにすることを目的とする。小学校第3学年の音楽科授業を対象とした1年間にわたるマイクロ・エスノグラフィを行い,子どもたちが自発的に替えうたをうたった65事例について量的・質的に分析・検討した。子どもたちはさまざまな場面で,教材となっている楽曲の旋律から替えうたを創出しており,その歌詞は,フィクション,そのときの心情,語義をもたないシラブルの3タイプに分類された。また,合奏曲《くまのおどり》の学習活動において生じた替えうた創出と共有の事例群をもとに,教室談話研究と拡張的学習の理論に依拠した解釈的な考察を行った。その結果,替えうたは多義的な音楽表現であり,子ども同士の符牒としての機能をもつこと,また,替えうたを創出しくり返しうたうことは,【矛盾】を契機とした学習対象の楽曲への【媒介する人工物】を用いた働きかけであると考えられ,その結果として子どもたちが楽曲の意味を拡張していることが明らかになった。