抄録
本稿はHIV の曝露前予防(Pre-exposure prophylaxis:PrEP)がHIV 陽性者とPrEP 使用者の関係性の中でいかに使われ,どのような意味を持つのかを明らかにすることを目的とする。PrEP を使用する「男性と性交渉をする男性」3 名にWeb 会議ツールもしくは対面で半構造化インタビューを半年ごとに3 回実施した。得られた語りに対しては,HIV 陽性者との関係性の構築や維持に関する内容に着目しながら質的な分析を行った。その結果,PrEP 使用者にとってPrEP は,それまで「不確実」だった感染予防をより「確実」なものへと変化させたことが明らかになった。そしてPrEP はHIV に対する恐怖心の軽減と感染がコントロール可能である感覚をもたらし,相手との合意の上で使用されるコンドームと比較して,状況に依存せずに使用者自身を予防の「主体」へと変化させることを可能にした。これまで,3 名はHIV 予防の責任を他者に求めることもあったが,PrEP 使用者自身に転換された。さらに,PrEP はHIV 陽性者とのコミュニケーションを促進し,彼らをHIV 陽性者という属性ではなく,一人の人として捉えることを可能にしていった。その点から,PrEP はPrEP 使用者とHIV 陽性者との関係性の再構築と新たな関係性を築くきっかけとなっていることが示唆された。