本発表は鉄道院製作のAn Official Guide to Eastern Asiaを事例に大正初期の日本の外客誘致戦略と欧米諸国の反応を、アーリの「観光のまなざし」を手がかりに考察する。「観光のまなざし」の主な主体は欧米諸国の白人中流階級で、客体たる非欧米諸国の非白人の意思や反応は看過された一方向的なものになっている。当時既にその客体となっていた日本が、自らを記述した「公式」旅行ガイドブックを製作するという一方向的ではない状態に加え、その出来栄えに対する評価を保留するという慎重な書評のもたらす意味を考察する。