抄録
本研究は上記の意義の達成に貢献し、学際型ヒューマン・ジオグラフィと生態人類学の研究手法を融合して、遊牧民の減災術と生存戦略の総体的解明を目的とする。モンゴル遊牧民は地域に内在するあらゆる資源を用いて、過酷な環境への適応戦略を練り上げてきた。しかし、環境共生観を受け継ぐオーラルヒストリーや伝承は失われつつある。そのため本研究では、伝統的な遊牧生活の営まれる西部モンゴル地域(バヤン・ウルギー県、ホブド県、オブス県)を対象に、1. 減災とゾド災害予知の民間伝承、2. 在来薬用植物の利用、3. 季節移動と牧草地巡回、4. 労働強度の測定、の臨地調査を実施した。こうした遊牧民の伝統的な減災術と生存戦略は、地域の固有環境との共存と保全によりもたらされた「変位性適応能」(アロスタシス allostasis)と定義され、遊動生活を現存させる知的源泉としての再評価が求められている。