2021 年 30 巻 3 号 p. 18-30
本論文は、日本での手話歌をめぐる対立の背景にある音楽に関する問題領域、すなわち「聾者にとって歌とは何か」「それは聴者とどのように異なるのか」という問いについて、聾者カテゴリー内の多様性(先天性/中途失聴/難聴)も踏まえながら理論的に論じるものである。本稿で注目するのは、手話における身体運動のラインである。文化人類学者ティム・インゴルドによるラインと知覚に関する議論を参照し、彼の「全感覚的な知覚経験の中で環境と呼応するライン生成過程」という視座を導入することで、聾歌を「身体運動ライン生成過程そのもの志向」としてとらえる可能性を提示する。そしてこうしたライン生成への視点の欠如こそが手話歌の音楽的問題を招いていると結論づける。