昨今のソシュール学説は、『Le cours de linguistique générale(一般言語学講義)』(=『講義』)はソシュール自身の思想を精確に記したものではなく、ソシュール自身の思想を精確に知るためには『聴講ノート』や『自筆草稿』のような『講義』原資料に直接あたることが望まれる、という脱『講義』的潮流が定着しつつある。本稿は脱『講義』的潮流の下に『講義』原資料にみる聾唖文脈の読解をはかり、『講義』原資料の聾唖文脈には現代手話学に跨境し得る今日性が窺えることを明らかにした:(1)ソシュールは[le langage des sourds-muets(聾唖者の言語(ランガージュ))]を「言語(ランガージュ)の科学」の射程に捉えていた、(2)[le langage des sourdsmuets]は歴史的時間と物理的時間に加えて伝統的時間を持つ、(3)[le langage des sourds-muets]は聾唖者の集団において聾唖者の主体と言語規範を持つ。