2026 年 14 巻 p. 98-104
臨床的惰性(clinical inertia)は,Phillipsら(2001)によって「治療目標が未達であるにもかかわらず,医療者が治療の開始や強化を行わないこと」と定義された概念である。近年,この現象は医療者の診療行動に起因する単なる不作為としてとらえるだけでなく,臨床的近視(clinical myopia)や臨床的虚無主義(clinical nihilism)といった認知的態度とも深くかかわることが指摘されている。臨床的惰性を臨床倫理の観点から再検討し,自律尊重・善行・無危害・正義といった倫理原則との関連を明らかにすることにより,患者の自己決定や意思決定支援の不足など,どの部分が臨床倫理的に臨床的惰性に直結するかを示し,臨床的惰性を克服するために必要な方策として,医師の教育,共同意思決定(shared decision making;SDM),患者アドヒアランス支援の重要性を提起する。臨床的惰性を単なる診療上の課題にとどめず,倫理的検討の対象として位置づけることにより,医師の意思決定プロセスそのものに内在する倫理的脆弱性を示した。