抄録
アブシジン酸 (ABA) を前培養の段階で与えると, イネカルスに次に挙げるような変化が起こることがわかった。まず第一にカルス生長に対して阻害作用が認められ, それは特に高濃度 (2×10-4 M) のABAの場合に, 顕著であった。第二に, 処理したカルスが白色及びコンパクトな乾燥状態になった。第三に, 処理カルスを走査電子顕微鏡 (SENI) レベルで観察したところ2種類の構造, つまり比較的滑面のこぶ状の構造と, カルス表面上にあった膜構造が破壊されつつあると思われる構造が認められた。さらに, ABA処理を暗条件で与えると, 第二に示した白色構造の出現頻度が上昇した。またABA処理したカルス塊をその形態的特徴から選別して, 再分化培地に移植すると, ABAを前培養時に処理した際に生じた白色部位が非常に高い再分化能力を有していることも明らかになった。しかしABA処理時の光条件は, 白色部位の形成頻度には影響を及ぼすが, 植物体再分化能力の点からみた白色部位自体の性質には変化を及ぼさなかった。実験で得られたカルス塊の中で最も高い再分化率を示したABAを処理した際に生じた白色部位カルスを, 再分化培地に移植してから7日目の状態をSEM観察したところ, 通常の器官形成パターンによる再分化が多く確認されたが, それとは別の分化パターンも観察された。しかしこれが体細胞胚発生によるものであるかどうかは不明である。