抄録
1970年代後半以降の浅井戸灌漑の普及に伴って改良品種を用いたボロ稲作が急速に拡大した. しかし, ボロ稲作は灌漑を必須とし, 耕作者は浅井戸灌漑用ポンプ所有農民への依存を高める結果となった. すなわち, ポンプ所有農民がその優位性を利用し, 借地料を水田所有農民に支払って特に乾期のボロ稲作のために水田を集積するようになった. これがチャウニアと呼ばれる借地システムである. このシステムのもとでは, 水田を借り入れてボロ稲を栽培するポンプ所有農民が化学肥料, なかでも尿素を多用するようになり, 従来施用されてきた有機質肥料が投与されなくなった. このような条件のもとでボロ稲作が継続されるにつれて, ボロ稲の後作である雨季作のアマン稲に収量低下が認められるようになり, その原因として化学肥料多用による土壌劣化が指摘されている. しかしながら, 村人の所有農地は分散しているうえに, ポンプ所有農民が耕作農民への灌漑水の「水売り」を嫌うため, 多数の農民がチャウニア・システムを受け容れざるをえないという状況が続いている. こうしたチャウニア・システムの悪影響を考慮して, 一部の農民がボロ稲作の前にポンプ所有農民に有機質肥料を提供したり, ボロ稲の品種を変更する例が見られるようになった. ボロ稲作の作業体系に現れたこうした在来技術を活かした変化は, バリンド台地の作物生産を持続させるうえで意義あるものと評価できた.