紀元前,古代ギリシャの医師であるHippocratesは,疾患は体内の四つの体液(血液,粘液,黄胆汁,黒胆汁)のバランスが崩れたときに発症するという「四体液説」に基づいて理解されると考えた.この体液の均衡を保つことが健康維持,ひいては疾患予防につながるとされていた.この考え方は,現代西洋医学における「予防医学」,および東洋医学における「未病を治す(治未病)」という概念と極めて近い.
未病という語は,約2200年前に編纂された中国最古の医学書『黄帝内経』の中に,「聖人は既病を治すのではなく,未病を治す」と記されている.これは,病気になってから治療するのではなく,発病に至る前,あるいは病気の兆候が現れ始めた段階で対応することの重要性を示している.中国医学は,古代中国の思想を基盤として発展してきた伝統医学であり,「未病を治す(治未病)」ことを基本理念としている.中国医学を基盤とし,日本で独自に発展した漢方医学もまた,この未病の理念を継承している.
一方,西洋医学の予防歯科医学領域においては,1958年にLeavellとClarkが疾病の自然史に基づく「予防の3相5段階」を提唱した.さらに1962年には,Dunningがこの概念を主としてう蝕,歯周病および歯の喪失に当てはめ,1次から3次までの予防レベルと5段階の予防手段として整理した.これらの概念は,わが国の予防医学に広く定着している.
そこで本稿では,西洋医学であるLeavellとClarkによる疾病の自然史および健康のレベル,ならびにDunningによる歯科疾患における予防段階の考え方と,東洋医学の治未病の概念を踏まえ,予防手段として漢方薬処方を考察する.