わが国では,生活習慣病予防を目的とした特定健康診査(特定健診)・保健指導が2008年度より開始され,2018年度からは標準的な質問票に主観的な咀嚼状態を問う設問が導入された.咀嚼状態の不良は口腔内の疾患や生活習慣と関連し,歯科的介入の重要性が指摘されているが,歯科受診が咀嚼状態の改善に与える影響については十分に検証されていない.そこで本研究では,特定健診・レセプトデータを含む静岡県国保データベース(SKDB)を用いた後ろ向きコホート研究により,咀嚼不良者において,歯科受診がその後の咀嚼状態改善と関連するかを検討することを目的とした.SKDB登録者で2019年度から3年連続で特定健診を受診した者のうち,2019年度に咀嚼不良かつ歯科未受診であった40〜73歳を解析対象とした.2020年度の歯科受診を曝露変数,2021年度の咀嚼状態の改善をアウトカム,2019年度のベースライン変数を共変量とした修正ポアソン回帰モデルで関連を評価した.解析対象者は6,829名だった.歯科受診者のリスク比は1.26(95%信頼区間:1.17–1.36)で,未受診者に比べて咀嚼状態が改善していた.本研究より,咀嚼不良と判断された者に対し,歯科受診を促すことが咀嚼状態の改善に一定の効果をもたらす可能性が示唆された.今後は,咀嚼設問に基づく歯科受診勧奨の有効性を活かした介入戦略の構築が期待される.
わが国のフッ化物によるう蝕予防は,主に学校歯科保健活動や地域保健活動を通じて実施されている.日本における子どものう蝕有病率は減少傾向にあるものの,依然として他の多くの疾患よりも高い状況が続いている.成人においては,特に55歳以上でう蝕が増加し,各年齢層ではほぼ100%に達している.このような背景から,すべての年齢層に対してフッ化物の適用を広げることで,う蝕の発生をより減少させることが期待される.
本研究では,PubMedから抽出された「う蝕」と「フッ化物」に関連する研究論文のテキストマイニングを用いて,これらの領域の文献の概観を得ることである.1945年1月1日から2023年8月1日までの時点で,PubMedに掲載されている合計13,811件の原著論文と総説について自然言語処理技術を用いて分析した.4,016種類のMeSH用語を対象に,記述統計,ネットワーク分析およびクラスター分析を行った.
記述統計の結果,最も頻繁に出現したMeSH用語は「Human」と「Dental Caries」であった.フッ化物に関連する研究は主にアメリカ合衆国,イギリス,ブラジルなどで盛んに行われており,特にアメリカでは1,825件の研究が行われていた.一方,日本の研究件数は205件と少なく,国別で研究活動に大きな差がみられた.ネットワーク分析では,「Human」と「Dental Caries」が中心に位置し,多くの他のMeSH用語と関連付けられていることが明らかになった.
クラスター分析の結果,MeSH用語は12個のクラスターに分類され,各クラスターの特徴はコレスポンディング分析により検証された.クラスター1(n=1,114)と11(n=1,114)は主に性差を対象とした研究が多かった.クラスター2(n=1,481),5(n=1,620),6(n=605)および7(n=750)は,幼少期,思春期,および成人期などライフステージに焦点を当てた研究に特徴づけられた.クラスター3(n=1,526),9(n=2,171)および12(n=897)は,フッ化物の局所応用と再石灰化を期待した基礎研究が目立った.クラスター4(n=605)と8(n=750)は動物実験に関する研究が中心であった.クラスター10(n=1,114)は,グラスアイオノマーセメントやコンポジットレジンなどの修復材料に関する研究に焦点を当てていた.さらにコレスポンデンス分析した結果,クラスター1,5,11では「米国」「給水」「フッ化物添加」および「子供」などの用語が強い関連を示した.米国ではフッ化物の適用が主に子どもを対象とした水道水のフッ化に関する研究に集中していることが示唆された.
これらの結果から,フッ化物の適用に関する多くの研究が存在し,特に米国において活発であることが明らかとなった.研究内容は主に性差,ライフステージ別に着目した臨床研究,フッ化物の局所応用やフッ素徐放性修復材料に関する基礎研究が中心であった.自然言語処理技術を活用することで,膨大なフッ化物に関する研究を体系化し,日々増加する研究論文の動向を把握するための有益な情報を提供できた.
埼玉県管轄の一時保護所4箇所に2021年4月から2022年3月までに入所した保護児童996名中383名を対象に,新規入所者に対して歯科検診 (月に一日) を実施した.
3歳児う蝕有病者の割合は19.1%であり,全国平均10.2%,埼玉県平均8.8%との有意差は認めなかった.12歳児う蝕有病者の割合は35.0%であり,埼玉県平均21.8%に対し有意に大きかった (p=0.043).一人あたりう蝕経験歯数は,3歳児では0.9本で,全国平均0.3本に対し多い傾向だが,有意差は認めなかった.12歳児においても有意差は認めなかった.未処置歯を有する者の割合は,12歳児において22.5%であり,全国平均11.6% (p=0.031),埼玉県平均11.3% (p=0.025) に対し有意に大きかった.
2022年度児童虐待相談対応件数は18,887件で,10年前の2012年度4,853件と比較して約3.9倍に増加している.また,児童虐待に関する医療機関からの通告は全体の1.2%であり,きわめて少ないものであった.
今回,他県において示されている歯科疾患と児童虐待との関連を埼玉県として初めて調査し,類似の結果が得られた.本報告では,児童虐待に対する関心を持続させる必要性や,研修会実施および一時保護所での歯科検診事業を継続する意義を考察する.そして,埼玉県歯科医師会会員による児童虐待への関与を強化し,早期発見の促進を図ることが求められる.
高齢者における口腔機能の低下は低栄養状態を引き起こすことがあるため,早期の予防的介入が重要である.本研究では,口腔に関する質問紙調査の結果と,歯科医療従事者による口腔機能検査の客観的評価との間に,どの程度の相違が存在するのかを検討した.対象は,地域在住高齢者400名(平均年齢72.6±3.9歳)とした.口腔に関する質問紙調査では,6つの質問項目(「何でも嚙んで食べることができる」「半年前に比べて硬いものが食べにくくなった」「お茶や汁物でむせることがある」「食べこぼすことがある」「柔らかいものばかり食べる」「滑舌が悪い,舌が回らないことがある」)が含まれていた.口腔機能の客観的な評価として,咀嚼能力,舌圧,および舌口唇運動機能を評価した.質問紙調査と口腔機能検査の対象者の一致度を評価するために,感度および特異度を算出した.その結果,咀嚼能力に関連する質問項目「何でも嚙んで食べることができる」および「半年前に比べて硬いものが食べにくくなった」に対する感度/特異度は0.53/0.81および0.60/0.83であった.一方,それ以外の質問項目と口腔機能検査の組み合わせでは感度が0.50を下回っていた.感度,特異度は高くないが,「何でも嚙んで食べることができる」および「半年前に比べて硬いものが食べにくくなった」は,咀嚼能力検査の代替手段となり得る可能性が示唆された.