近年,社会科教育学では民主主義社会の担い手を育てるのに効果的であるとして論争問題学習が注目を集めている。けれども,文部科学省の最新の全国調査からは,「現実の政治的事象についての話し合い活動」を実施する高等学校の少なさが明らかとなった。なぜ教師の多くは論争問題学習を実践していないのだろうか。こうした問題意識に基づいて,本研究では,教師が論争問題の指導を避ける要因を明らかにすべく,論争問題学習に係る実施状況・意識調査を行うこととした。具体的に言えば,先行研究を基に,論争問題の指導実態・教師の態度・教師の政治的中立性に対する認識を問う質問紙を作成し,九州・中四国地方に所在する全ての高等学校・中等教育学校に送付。回収した公民科の授業を担当する教師348名の回答データに関して群間比較・相関分析・重回帰分析を実施した。調査・分析からは,主として以下の3点が明らかとなった。(1)多くの教師が論争問題を授業中に話題にしているということ。しかし,授業中に論争問題を取り扱うも生徒に論争させない教師や,授業中に論争問題を取り扱わない教師も一定数存在しているということ。(2)教師は,多様な見解を提示したり,自身の主義主張を控えたりすることで政治的中立性を保証しようとする傾向にあるということ。そして,その選択は,文部科学省からの要請というよりは,むしろ教師の自己判断に基づいているということ。(3)多くの教師が論争問題学習の意義を認識しつつも,自分にはそれを扱いきれないと考えるために,その指導を忌避するきらいにあること。すなわち,教師が論争問題の指導を避ける要因は「論争問題を扱う上での自己効力感」の低さにあった。以上は,限られた地域における事例研究の結果であることに留意しなければならないが,このことより自己効力感を向上させる教師教育の必要性が示唆された。