本研究は,社会科教師が熟達化していくためには,授業における教師の専門的能力のうちとくに「子ども観」という信念がどのように形成されていくことが必要なのかを明らかにすることを目的とする。そのため,奈良女子大学文学部附属小学校の長岡文雄を対象とした事例研究を行い,子どもの日記に対する教師の言説の変容を分析することで,社会科教師の子ども観の形成とその要因を明らかにする。
この検討から長岡の子ども観は,基礎期(自身の生活の苦労から人間の厳粛さに迫る),成長期(実践的で執拗な追究から人間の幸せを考える),発展期(独自の個性的な追究から人間の厳粛さに迫る),統合期(終わりなき追究により人間の厳粛さに迫る)の4段階で変容していた。
ここから,長岡の子ども観の変容の傾向は,①「子どもは,自身の個性的思考を発展させて人間の厳粛さに迫る」という通底する子ども観をもち,それが更新されて確固たるものになっていること,②子どもを捉える視点を段階的に増加させ,視点の内実も細分化されていることがあると明らかになった。また,各時期において子どもの状況にあわせて子どもを捉える視点を変容させ,振り返りを通して統合していたことが分かった。さらに,子ども観の形成要因には,①自身の被教育体験,②同僚教師からの学び,③勤務校の変化,④研究会への継続的な参加,⑤学習指導要領の改訂,⑥歴史的社会的事象,というライフイベントに対する教師の受け止めがあった。
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