本稿では、近世の本草書に「薬酒」、料理書に「料理酒」などと表記される、既成の酒類に食材を浸漬して造る酒について、菊花を用いた「菊酒」を例に、当時の文献の記載をもとにそれを模した溶液を作製し、培養細胞を用いた実験でその効能を検証することで、当時の人々の生活における薬酒や酒類の意義を考察した。
本草書・料理書を中心とする文献調査からは、「菊酒」の製法には、麹米と菊花の煮汁とを合わせて発酵させる方法と、焼酎に菊花を浸漬する方法、清酒に菊花を浸漬する方法の3通りがあったことを指摘した。また、その主な効能は、(1)頭風(頭痛)を治すこと、(2)耳や目を明らかにすること、(3)諸病を治すこと、(4)萎痺(手足のしびれ)を取り除くことの4点に大別され、これらが多くの人々に関わる健康リスクであることを見出した。
そして、菊花を清酒、焼酎に浸して得た菊花抽出液を用い、(1)(2)に着目した実験を行った。(1)では清酒のみ、清酒または焼酎による抽出液を免疫細胞株に添加すると、発痛と発熱に関わる遺伝子COX2の発現が有意に低下した。(2)では「肝眼連関」の考えに基づき、肝細胞株に清酒または焼酎による抽出液を加えると、肝臓の抗酸化能と解毒能維持を担うグルタチオンが有意に上昇した。焼酎は菊花の存在下でのみ、上述の効果を示した。
以上から、菊花の有効成分抽出によって「菊酒」の効能を得るためには、清酒より焼酎のほうがベースとなる酒類として優れており、清酒よりも焼酎を用いて「菊酒」を造ることに意義があったと結論づけた。