2025 年 21 巻 p. 26-38
本研究は,ウドが食材として受容されてきた食文化史を日本古典籍資料から明らかにしようとしたものである。ウドは,古くは平安時代まで「草」に分類され,薬草として扱われていた。ウドが食べ物として描かれるのは平安時代末期に編まれた今様集『梁塵秘抄』が最初である。そこではウドは修行僧の命を支えるもの,つまり食べ物として,根芹や根蓴菜などと並んで歌われていた。室町時代になると,ウドは,養生書,往来物,御伽草子などにおいてはっきり「野菜」として扱われるようになる。同じ時代の「日記」や「茶会記」には,ウドが貴顕の食膳に盛んに上るようになったことや,贈答品や公事の対象としての役割を備えていたことが記されていた。江戸時代の俳諧や絵画からは,ウドが,貴賎を問わず身近な食材として多くの人々に受容され,生活に深く関わっている様子や,栽培されていたことを読み取ることができる。ウドは和食を構成する多様な食材の中でも数少ない日本原産の食材であり,食材としての人々への広い認知と,摂取の継続を考える必要がある。