抄録
18世紀はじめの清朝最盛期に、中国北京における西北郊外の一帯の西山の峰々を背景にし、「三山五園」と称される大規模な御苑がつくられた。「三山五園」という名称の由来は、中国清時代の中末期に現れた説であり、暢春園、円明園、香山静宜園、玉泉山静明園、万寿山清猗園を指す。園林群地形の多様性により、さまざまな園林形態があり、人工山水園、天然山水園、天然山地園として営造されており、中国伝統的な造園手法及び思想が集まっている。2007年6月に「北京市文物修繕及び保護の長中期(2008-2015)計画」が公布された。その中で、頤和園を中心にする「三山五園」歴史風景区における基本的な空間構成及び歴史環境に関する回復計画が立てられ、歴史風景の再認識及び研究が求められる。本研究は「三山五園」における造山及び造水に関する空間構成及び営造の特徴を明らかにすることである。北京の西北郊外にある優れた自然山水の区域が選ばれ、皇家園林として利用されるだけではなく、生態機能も生かされる要因が分かった。山体と水体に関する空間構成関係は風水学に影響されたほか、礼制文化にも深く影響を与えられた。山体における園林建築の営造は政治意向が強く、水体の営造は自然に生かす特徴が見られる。自然の地形に基づき、園林施設の営造は自然山水を生かし、多様な借景の造園手法で設けられた。伝統的な歴史風景空間の修繕に対して、空間構成の物理要素だけではなく、豊かな人文景観要素も不可欠だと考えられる。