日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
第53回大会・2010例会
セッションID: A4-1
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口頭発表
高校家庭科における「生活費教育」が経済的自立意識に与える影響
*鎌田 美穂大竹 美登利
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抄録

1.研究の目的
 近年、都市部では高校生が進路決定を先送りした状態で上級学校に進学・卒業するという「進路決定の先送り現象」が生じている。以上のような高校生の進路選択に関する問題を改善するために、国や文部科学省は,細分化されたサポートシステムの構築やカウンセラーの育成、学校以外に若者の就職支援を行う施設の設置などを進めている。また学校現場では、小学校からのキャリア教育を推進し、生徒が学校に在籍し進路選択を行うまでに、働くことの意義や大切さに気付き働く意欲や態度を身につけることが必要であるとしている。特に高等学校家庭科教育においては、自己実現をめざした経済的自立と職業生活の認識を高めることが課題であると多くの研究者が指摘している(片田江・大塚[2000:103-108])(志村・佐藤[2003:25])。
 一方、志村(2006)が大学生を対象に行った調査では、彼らは保護者等からの経済的自立意欲を持ち、社会人として経済的な社会の責任を担うことに肯定的である一方、具体的な経済観念や家計管理行動に関する認識等が低いことが認められた。
 以上のことより、高校生に自らの生活に関わる基本的な経済感覚を持たせると同時に、「経済的自立意識」を育む一つの要素として、自分の望む将来の生活像や現実的な生活経営の視点を持たせることを目標として授業を行った。その結果、生徒の経済観と将来展望に授業前後でどのような変化があったのかを分析することをこの論文の目的とする。

2.研究の方法
 東京都内の公立高校で1年生の生徒を対象に、生活に必要な衣食住の具体的な消費財の購入をシミュレートすることにより「生活費」を確認し、それを踏まえて将来の生活展望を考える授業を半年間実施し、この授業のそれぞれのテーマの授業前と授業後に、生徒の「生活観」や「将来展望」に関する感想を記述させた。この自由記述の感想文の内容を分類し、授業前と授業後の記述内容の変化から、生徒の経済観、将来展望に関する意識の変化を探ることにした。

3.結果および考察
 授業を行う前に生徒が描いた将来展望は、非常に曖昧なものであった。仕事に関しては「働いている」「自分の夢を叶えている」といった抽象的な内容で、具体的な職業名や働き方を記述したものではなく、働くことと収入が結びついていなかった。またその収入の額や、収入と生活費とを結びつけた記述はみられず、経済観が乏しかった。
 「生活費」がいくらかかるかを記述してもらった結果、「一人暮らし」や「夫婦二人暮らし」の生活費については適当な額を想像し記入していたが、「子どものいる暮らし」については想像できていない生徒が多かった。すなわち、一人暮らしは自分の現在の生活から類推でき、またそれを単純に2倍した程度で類推できる夫婦の暮らしの生活費の金額まではおおよそ想像することはできるが、育児・教育の費用など複雑な要素が入る世帯類型までは類推できず、「これまで生活費について考えたことがなかった」という感想を書いた生徒が多くみられた。
 授業は、「食生活の見直し」「一人暮らしの家選び」「衣服購入シミュレーション」などの単元を設定し、自分の生活を思い返し具体的な金額を計算し、暮らしに必要な生活財の費用を積み上げて「生活費」を確認する授業を行った。
 授業を行う以前から、携帯電話に代表される通信費については1ヶ月に必要な金額を明確に把握しており、それを稼ぐためにアルバイトをしていると答えた生徒がみられた。
 しかし多くの場合、生徒は自分の現在の生活を「生活費」という視点から捉えた経験は浅く、授業ではじめて「生活」に「お金がかかる」という認識を得ていた。また、将来展望について授業後の記述をみると「生活費を稼ぐには仕事をしなければならない」「子どもを育てられるお金を稼げるように夫婦で協力する」といった「生活費」を仕事や収入と結びつける記述がみられるようになった。
 このことからも、生徒にとって普段から自分の生活とそれに関わる費用を意識させることは、「自分が望む生活」をするために「働く」という視点を育てることにつながるといえるだろう。

引用文献
片田江綾子・大塚洋子,2000,「戦後高等学校家庭科における生活設計(第2報):家庭一般教科書の分析」『日本家庭科教育学会誌』第43巻第2号,103-108
志村結美・佐藤文子,2003,「家庭科における自己実現と経済的自立に関する教育内容の探究」『日本家庭科教育学会誌』第46巻(1),14-26
志村結美,2006,「家庭科教育における自己実現と経済的自立に関する研究-大学生の認識と実態から-」第49回日本家庭科教育学会大会抄録

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© 2010 日本家庭科教育学会
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