抄録
【研究の目的】
2009年に改訂された高等学校学習指導要領における各学科に共通する教科「家庭」に設定された3科目(家庭基礎、家庭総合、生活デザイン)には、指導内容に「共に支え合って生活する(生きる)」という「共生社会」の小項目がたてられた。現行(1999年版)の高等学校普通教科「家庭」では、「少子高齢化等への対応を考慮」した改善の基本方針のもとで、高齢者の生活と福祉や、保育と福祉のように「福祉」を重視して改善が図られていたが、2009年版では、子どもや高齢者だけではなく、さらに障害のある人など「様々な人々に対する理解」へ対象を広げている。「共生社会」という言葉は、わが国でも1990年代に散見されるようになり、2001年の中央省庁等の再編において内閣府に共生社会政策統括官が置かれた。「障害者基本法」に基づいて2002年12月に策定された「障害者基本計画」には、「21世紀に我が国が目指すべき社会は、障害の有無にかかわらず、国民誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合う共生社会とする必要がある」と明記されている。2003年12月に内閣府に設置された「共生社会形成促進のための政策研究会」では、共生社会形成の意義を十分に認めながらもまだその概念が明確ではなく、今後の研究が必要であることが述べられている。では、高等学校の共通教科「家庭」において、「共生社会」をどのようにとらえていったらよいであろうか。家庭科の中で「共生社会」が位置づいた背景をたどり、併せて家庭科の授業実践上の課題を探っていきたい。
【研究方法】
1.「共生社会」の用語が、社会の中でどのように使われるようになったかを調べる。
2.2009年版の高等学校学習指導要領の共通教科「家庭」に、「福祉」に加えて「共生社会」が加えられた背景を分析する。
3.高校生や大学生の「福祉観」を調査する。
【研究結果】
1.「共生社会」の用語は、政府の施策や中学校の公民などをはじめ、障害者施策の中で多く見られた。2007年度より実施された「特別支援教育」では、「共生社会」の実現が理念に掲げられている。2002年に策定された「障害者基本計画」でも「共生社会」について述べられている他、それに基づく「重点施策実施5か年計画(後期)」では、特に20代の若者の「共生社会」の周知度が26.7%(2007年度調査)と低いことを指摘し、2012年には若者も全体も50%に引き上げるという具体的な数値目標を掲げている。
2.高等学校教育課程における家庭科の変遷では、少子高齢化や様々な家族問題への対応が要請されてきた状況が見られた。1999年改訂の高等学校学習指導要領では専門教科「福祉」ができ、普通教科「家庭」の目標が大きく変わり、急速な高齢社会に対応し、生涯を見通した人生設計と奉仕活動の奨励が期待されている。2009年改訂の指導要領に入った「共生社会」は、障害者施策や社会の動向と関連し、これまで家庭科で扱われてきた子どもや高齢者に、障害者が新たに加えられた内容になっている。これは、急速な高齢化や社会状況の悪化の中で、これまでの家族を中心とした生活の支え合いではなく、年齢や障害の有無にかかわらず、新たな人々の関係性の構築が家庭科教育に求められているといえる。
3.高校生や大学生の「福祉観」の調査では、「福祉」を「優しさ、思いやり」など心情的な側面だけで捉えたり、あるいはボランティ活動など誰か社会的に弱い立場の人たちを「助ける」行為と捉える傾向が多くみられた。この傾向から、多様な人々が共に支え合って生活していくという「共生社会」の構想には多くの課題があることが明確となった。人が生きていく基盤としての「生活」を題材とする家庭科教育において、改めて「基本的人権」を見据えた家庭科の授業実践の構築が求められていることが明らかとなった。