抄録
目的
家庭科の総合性・実践性は、家庭生活を中心とした生活に教育内容をもとめる教科としての家庭科それ自身に由来するところが大きい。同時に、家庭科の総合性・実践性は、他の教科や教育活動と連携し、緊密なネットワークを形成することが、教科としての家庭科の固有性を発揮することにつながる。
多様化・流動化・国際化がすすむ現代社会において、子どもの体や生活は社会の変化を受け、さまざまな現代的課題に直面している。子どもが直面する現代的課題に対して、学校教育で指導・支援に携わる教諭は、専門の立場から総合的・実践的に課題を把握し、解決にあたる必要がある。専門性の発揮には、教諭自身が専門性を探究する必要がある一方で、教諭相互の専門性を理解し連携することにより、教諭自身の専門性が自覚され、専門性の深化が期待できる。
本研究の目的は、家庭科教諭・養護教諭・栄養教諭の接続・連携の現況を把握し、課題を明らかにし、連携に資する具体的提言を行うことにある。今回の報告では、①家庭科教諭・養護教諭・栄養教諭のうち、近年創設された栄養教諭を除いた家庭科教諭・養護教諭の戦後初期をめぐるあゆみを中心に資料を概観し、②家庭科教諭・養護教諭が創設された背景と目的にみる共通性と相違性を検討し、③家庭科教諭・養護教諭の連携の可能性と課題について歴史的な把握を試みる。
方法 文献研究をもとに考察する。
結果
1) 戦後初期にみる家庭科への期待と戦前との連続
家庭科は戦前の家事科や裁縫科とは全く別の教科として位置づけられスタートした一方で、その内容をみると戦前との連携を少なからず抱えスタートしている。たとえば、家事科が理科から離れて独立した教科目となった1918(大正8)年の国定教科書である『高等小学校家事教科書』の内容をみると、第2学年の35課のうち「病人の看護」「病人の手当」「応急手当」「病人の食物」「幼児の食物と小児の病気」の5課がある。また中等家事教科書の内容をみると、住居・食物・被服・育児・家事経済または家庭管理と並んで看護の項目があげられている。戦時体制下において戦争が激化するにつれた中等学校において家事科に関連のあるいくつかの非常措置が講ぜられ、「家事科重視の局長通牒」「看護に関する補習教材実施の通牒」「看護婦免許に関する通牒」などが出される。戦前の家事科にみる看護に関する内容は、戦後初期の家庭科の内容に引き継がれていることが確認できる。
2) 養護教諭にみる「養護」をめぐって
1947(昭和22)年の学校教育法に制定に伴い、戦前の養護訓導から「養護教諭」に改称され、現在に至る。
「養護」の語は、文部省が1910(明治43)年に全国の師範学校における教育の基準として示した「師範学校教授要目」に遡る。ヘルバルト教育学の影響を受けた「師範学校教授要目」では、教育の3方法の1つとして「養護」を取りあげ、「教授」「訓練」と並ぶ重要な内容として位置づけた。明治20年代にヘルバルトの教育学がペスタロッチの教育学にかわって導入され、ペスタロッチ教育学で唱えられた「知育・徳育・体育」の考え方が、ヘルバルトの「教授・訓練・管理」に置き換えられる過程で、「管理」の語が検討される。ヘルバルト学派のリンドネルの修正案である「養護」が「教授」「訓練」と並ぶ教育の方法として提唱される。リンドネル著作の翻訳書『倫氏教育学』(湯原元一の翻訳)では「人体の養護及び其の養成」の編が設けられ、「衛生の必要、生活上一般の原則、養護に関する生活法(消化作用に関する生活法・呼吸、皮膚、循環、神経作用に関する生活法)、養成に関する生活法(体操)」等の章で構成されている。