日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
第55回大会・2012例会
セッションID: 2-4
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2012年度例会:口頭発表
格差社会における生活経営に対応した高等学校家庭科カリキュラムの開発
*藤田 昌子中山 節子松岡 依里子若月 温美坪内 恭子中野 葉子大竹 美登利冨田 道子
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抄録

【目的】
 報告者らは,これまで高校生を取り巻く社会環境の激変に対応した生活経営領域のカリキュラムの開発を目的とし,継続的な研究を行ってきた。本報告では,千葉県で実施した授業実践分析,ならびに授業の事前事後アンケート結果を踏まえ,カリキュラムの教育的効果と課題を明らかにすることを目的としている。
【方法】
 2010年10月から12月にかけて,千葉県内の公立高校2年生201名(男子136名,女子65名)に対し,1)生活不安や格差社会における課題に対する考え方を問うアンケートを授業前に実施,2)学習内容に関する用語の知識や自分に必要な生活資源などを問うアンケートを授業の前後に実施,3)教材集『安心して生きる・働く・学ぶ』の一部を使用して授業実践を行った。実践した授業は「一人暮らしでどのくらいお金が必要か」「社会保険ゲーム」「ワーキングプアとセーフティネット」「ホームレスからの脱出法」である。これらの授業後に生徒が記述した感想と,授業前後に実施したアンケートを分析した。
【結果】
1)生活不安:生徒が自分の将来の生活に対して抱いている不安を把握するため,「金銭面での不安」と「働くことに関しての不安」の12項目について尋ねた。全く不安がないという生徒はほとんどおらず,平均すると約4つの項目に不安を感じていた。6つ以上の項目を不安に思っている生徒も25%おり,多くの生徒が将来の生活に対する不安をもっていた。なかでも「就職できるかどうか」「社会人になった時の収入」「進学に必要な費用」に強い不安を抱いていた。
2)格差社会における課題に対する考え方:「正社員になりたくてもなれない人が近年増えている理由」について,「不景気だから」「不況のため雇用が少ない」という考えが最も多かった。一方で,「やる気がない」「努力が足りないから」「学力が低いから」などと個人の自己責任の問題としてとらえる生徒もみられた。
3)学習内容に関する用語の知識:社会保障や労働などに関する用語11項目について,理解の程度を4件法で回答を求め,得点化し,知っている内容については記述してもらった。事前アンケートにおいて,得点が高かった項目は「ネットカフェ難民」「派遣切り」「生活保護」「医療保険」であった。得点が低かった項目は「セーフティネット」「ワーキングプア」「正規雇用・非正規雇用」「労災」であった。事後アンケートでは,すべての項目の理解度が上っていたが,自由記述をみると,社会保障に関しては「対象者」あるいは「保険事故」のみの記述や,簡単な「給付内容」についての記述が多く,具体的な「給付内容」や「制度の仕組み」を説明できる生徒は少なく,課題となった。
4)自分に必要な生活資源:「社会保険」「貯金や家などの財産」「家族」「友達」「仕事」「自分をサポートしてくれる人とのつながり(以下,つながり)」の6項目が自分にとってどの程度必要かを4件法で回答を求め,得点化した。自分に必要な生活資源として「つながり」を最も低く捉えており,次いで「社会保険」が低かったが,授業後は,授業前と比べて「つながり」と「社会保険」が有意に高くなっていた。本学習を通して,拡大する格差社会において,安心して生活を営むために必要な生活資源として「共助」や「公助」を捉えることができるようになり,セーフティネットに対する意識も変化したといえる。
5)授業の感想:生徒の記述から,「自分の生活を振り返ることができる」「雇用形態によりセーフティネットに格差が生じることを理解し,社会保障制度を知っておく重要性を理解できる」「社会や政府へ現状を変えることを求めようとする」などの学びの効果がみられた。

 1 大竹美登利監修(2012)『安心して生きる・働く・学ぶ-高校家庭科からの発信-』開隆堂.(本教材集は2008-2010年日本家庭科教育学会課題研究WG3-3「現代の労働,社会福祉の諸課題に対応したカリキュラム構築-生活経営領域を中心に」の研究メンバー・研究協力者で作成したカリキュラムを発展させたものである。)

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© 2012 日本家庭科教育学会
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