抄録
【目的】
近年、家庭科教育においても授業前後の学習者の内的変化のみならず、そこでの学びの過程そのものへの関心が高まり、学習者がどのように家庭科の授業において学びを深めていくのか明らかにされつつある。 そのような一つの授業あるいは一つの題材における学びの過程の実態把握にもとづき、本研究では人が家庭生活について理解を深めていく過程をモデル化し、そのどこに教師が家庭科の授業において働きかけていくことになるのか位置づけることによって、家庭科指導の方向性を明確にすることを目的とした。
【方法】
1.題材「どう作る?マイレシピ(玉ねぎの調理)」の授業分析注1)などによって明らかになった、家庭科の授業における「即自」から「対他」を経て「対自」に至る過程をふまえ、人が生涯にわたって、家庭生活について理解を深めていく過程のモデルをヴィゴツキーの「精神発達の理論」に基づいて構築する。
2.その過程のどこに、教師が家庭科の授業で働きかけていることになるのか、これまで分析を行ってきた様々な授業場面に照らし合わせながらその位置を示す。それとともに、学習者が家庭生活についての理解を深めていく各局面において求められる、教師の学習者に対するかかわり方の方向性について検討する。
【結果及び考察】
1. 家庭科の授業(題材「どう作る?マイレシピ(玉ねぎの調理)」)においては、学習者が対象に対して「無意識的」あるは「わかったつもり」になっている「即自」の状態を外部化させ、他者やモノとの相互作用を通して、自分にとっての対象の意味を確定し(「対自」)、対象についての理解を深めていることが授業分析によって明らかになった。それをふまえ、ヴィゴツキーの「精神間機能から精神内機能へ」という「精神発達の理論」、及びそれを補足して佐伯(2007)注2)が述べた、それらの更なる段階への繰り返しという視点に基づき、人が生涯にわたって対象(家庭生活)に対して理解を深めていく過程をモデル化することができた。
2. その過程に家庭科授業を位置づけると、次の3つの局面への働きかけとして捉えることが可能であった。
(1) 対象(家庭生活)に対して無意識的な状態から、対象を意識化する局面
(2) 対象について「よくわからない」状態から、他者やモノとのかかわりを通して「わかった」に移行する局面
(3) 学習者の「わかった(つもり)」が揺さぶられ、「わからなくなった」に移行する局面
以上のように家庭科授業の場を捉えることができたが、他教科においては主に(2)の局面への働きかけであるのに対し、家庭科の授業では、学習を開始する以前から対象(家庭生活)とのかかわりを持っているという特異性から、(1)及び(3)の局面での支援、すなわち、無意識の意識化及び「わかったつもり」への働きかけに、家庭科教育の独自性を見出すことができた。そこに特に重点を置いた家庭科指導をめざすことによって、学習者が自らにとっての対象の意味(自分の生活における対象の意味)を確定していく学びを可能にすることが示された。また、その場を「対他」の過程として構成していくことの重要性も明らかになった。
【注】
1)授業実践内容及びその分析の詳細は、伊波富久美.(2012).自らの生活を捉え直す学びの過程.日本家庭科教育学会誌,55(2),112-123.
2)佐伯胖(2007).人間発達の軸としての「共感」. (佐伯胖編).共感.京都:ミネルヴァ書房.