抄録
目的:東日本大震災により多大な人的被害、建物被害等を受けたが、原子力発電所事故によっても人間や農林水産品、生活環境等の放射性物質汚染(放射能汚染)が社会問題化している。放射能汚染に対する不安や風評被害等は、2年経過した現在でも福島県民を依然として悩まし続けている。不安は個人の心理状態・主観的感情であり、風評被害等は科学的根拠が全く無いといえる。リスク管理(リスクマネジメント)の考え方に基づいた知識を有し行動することで風評被害等の問題解決が期待できることから、リスク管理の考え方を持つことの必要性をあらためて実感した。日常生活には自然災害リスク、人為的災害リスクに加えて、快適で便利な生活には化学物質、花粉、微生物・カビ、交通事故等様々なリスクが存在している。そこで「防災・減災」や「安全・安心」問題が、教育や生活上の重要な課題となっている。このようにリスクが存在する生活に対して、生活者が「リスクがゼロで、100%絶対安全な生活はありえない。現在の科学水準に基づいて定性的、定量的にリスクを考え、自己責任でリスク削減対策を講じる」、というリスク管理の方法を実践できることが理想である。
本調査では、リスク管理の考え方(潜在リスク認識、暴露評価、リスク評価、リスク対策、リスクコミュニケーション)を「生きる力」を育む家庭科の学習内容として提言することを目的に、東日本大震災に関するアンケート調査や教科書記述内容調査を実施する。
方法:1.2011年12月に本学女子学生189名を対象としたアンケート調査、2.平成11年文部科学省告示58号に基づいて編集された高等学校家庭科教科書、家庭基礎・家庭総合・生活技術の計21冊を対象として、リスク関連記述調査および先行文献調査、に基づいて検討した。
結果:1.女子学生を対象としたアンケート調査結果の分析・検討
放射能汚染を考える基本単位(シーベルト、ベクレル)の理解度をみると、「良く知っている~大体知っている」が30.1%、「聞いたことがある」44.4%、「良く知らない~まったくわからない」24.9%であった。放射能汚染に対して、「非常に気にしている~気にしている」は59.3%であり、「気にしていない~全然気にしていない」は27.0%であった。「内部汚染及び外部汚染の両方を気にしている」は60.8%、「両方気にしない」7.9%であった。これらの結果をみると、基本的な知識の理解度が低いため、知らないから不安、わからないから不安が高まり、気にしている割合を高めていることが推測された。また、風評被害に対しては、「偏見・差別と思う」60.3%、「仕方ない」24.9%、「よくわからない」14.3%であった。この風評被害は、まさしくリスク管理の基本となる放射能リスクに関する知識不足、リスクコミュニケーション不足の実態を浮彫りにした事例と考える。
2.教科書の「安全・安心」記述とリスク管理視点からの検討
川嶋ら(2013)の『高等学校「家庭」教科書及び学習指導要領における衣生活の「安全・安心」に関する記述分析』のように精査された報告や今回調査対象とした教科書には、安全・安心の記述が見られた。しかしながら、リスク評価に基づいてどのように安全と評価しているのか、「安全」と「安心」の意味は全く異なるにもかかわらず「安全・安心」とまとめて記述される等、ともすれば科学的根拠が示されずに使用されていた。また、安全・安心の学習内容が単元毎にそれぞれの視点から記述されており、リスク管理の視点からは一貫性に乏しい結果であった。
今後の課題:リスク管理は家庭科のみならず教科横断的に実施することも必要ではあるが、家庭科は知識にとどまらず実践力・応用力を高める教科として重要であることから、リスク管理の考え方を学習させる意義があると考える。そのためには、経済的リスク、飛行機・自動車など移動手段のリスク等生活全般の潜在リスクを抽出し、暴露評価やリスク評価を実施し、その結果と有用性をバランスしたり、リスクの低減化対策を考え実行する、という一連のリスク管理をシステム化した学習内容の検討が、今後の課題である。