抄録
【目的と方法】
平成25年度の広島大学学部・附属学校による共同研究として,「家庭基礎」の衣生活分野の題材,「海を渡ったキモノから『染織の日本』を再発見する衣生活学習」が開発された。実物衣装の観察,各種の映像視聴,図録による調べ活動等を通して,着物のちからを歴史的,文化的な視点から発見させることで,日本人としての誇りをもたせる衣生活学習の開発を意図したものであった。この研究を推進するためには,少なくとも次のような大学側からの支援が必要とされた。(1)高校生を対象とした「打掛の写真」・「打掛裂貼り込みパネル」・「類似の打掛の実物」の三者間の「見え方」に関する調査を実施し,それによって各々の教材としての特徴を明らかにするとともに,写真が実物衣装や裂貼り込みパネルの代替となり得るかどうか,という点について検討する。(2)当研究室で所有している国内外から収集した時代衣装・裂などについて,歴史的・文化的な視点から理解するための知識を確定する。それに基づいて,『染織の日本』の再発見を目的とした学習を支援する実物教材群をつくる。本研究では,上記の作業を行い,附属高等学校・福山高等学校との共同研究を推進するための基礎資料を提供することを目的とした。
【結果】
(1)本学附属高校・附属福山高校の1年生計146人を対象として「打掛の写真」・「打掛裂のパネル」・「類似の打掛実物」の三者間の見え方等に関する調査を実施した。調査時期は2013年11 -12月であった。質問項目は20であり,対象物をよく観察して,「強く肯定する」から「強く否定する」までの5件法で答えさせた。その結果,刺繍や地模様などの観察をする場合,写真と実物衣装・古裂貼り付けパネルとでは得られる情報が異なることが明らかになった。予想に反して,地模様を観察する際には古裂パネル,実物衣装,写真の順で効果が見られた。また写真や古裂パネルによる観察であっても,実物衣装と同じ程度の効果を示す項目もあり,授業においては,各々の特性を踏まえて適切に利用することが肝要と思われた。
(2) 米英から収集した明治・大正初期の輸出用キモノは,次の3つのパターンに分けることができた。1つは,椎野正兵衛商店が明治初期に輸出していた,キルティング(刺し子)のドレッシング・ガウンに類似のものである(1点)。第2は明治中期に飯田髙島屋が輸出したシアター・コート(1点),もしくはそれに似たもの(4 点)である。第3は,同じく飯田髙島屋が明治後期に輸出したキモノ風室内着に類似のものである(8点)。いずれも絹の撚糸を使用した日本刺繍が施されている。刺繍は表地のみになされており,薄地に施す肉入繍の技には感嘆する。技法やモチーフ,刺繍の面積とボリューム等には差が見られる。
(3)輸出用衣装に使用されている絹地は国内用の生地と比べると薄い。衣装は全て,薄地絹の表地,やや厚手の木綿・毛の生地,表地よりも薄い絹の裏地という3層になっている。
(4)布は着物巾ではなく広幅を使用している。シアター・コートは脇にスリットを入れ,キモノ風室内着にはマチを入れて,ボリュームのある衣装の上に羽織ることができる構成になっている。着物や羽織の構成を元にして,西洋衣装に適用できる形に変化させている。
(5)文献,写真,図案を元に,明治末大正初期の輸出用キモノについて考察した廣田孝氏は,「当時製作されたキモノは国内には残ってないため,髙島屋史料館所蔵の記録写真や図案を中心に検討した。」(『服飾美学』第42号,2006,pp.19-35 )と述べている。氏の研究成果と今回収集した実物衣装とを重ねてみることで,日本の近代化に果たした輸出キモノの意味と意義がさらに理解できる。
(6)高校の衣生活分野において日本の伝統と文化を学習させる際には,歴史的・文化的意義を含んだ実物やそれに近い物を導入し,それらのもつ意味を発見させるように指導を展開することによって,生徒の知の世界を豊かに開き,日本人としての誇りを芽生えさせることが可能になると考える。