抄録
【研究の目的】
家庭科では実践的・体験的な活動を通して身に付けた知識や技能を自らの生活課題に活用し、その解決を図ることができるような態度を育成することが求められる。特に、小学校家庭科の学習では「家族の一員として」家庭生活を豊かにしていくことが目標とされる。
しかし、小学生が育つ家庭環境やその年齢から家族の一員としての主体性は低い。また、児童にとって家庭科は、調理実習や裁縫実習といった学習形態そのものへの興味・関心のほうが高い傾向にあり、家庭科を学習することが自分や家族の生活を豊かにしていくことにつながるとは認識されにくいと考えられる。そのため家庭科の学習成果を生かす場として改めて児童を家庭生活に向き合わせる必要があり、授業における学びと家庭実践との連続性を意識した学習環境を整えることが重要である。
そこで本研究では家庭科を学習し始めた5年生児童がその後の学習を通して自らの家庭生活にどのように向き合い、家庭科ならびに家庭生活に対する意識を変容させていくのかを明らかにする。
【研究の方法】
本研究では、神奈川県下の公立K小学校を研究対象とし、特に家庭科に対して意欲的なクラスである5年A組で8ヶ月にわたる参与観察を行った。本研究者は、週に2~3回小学校を訪問し始業から下校指導まで児童と共に過ごした。その観察記録および家庭科や生活についてのアンケート調査の結果、教員に対するインタビュー調査の結果から子どもの学びの変容について考察した。
【結果と考察】
2014年1月に実施したアンケート調査の結果から、A組29名のうち89%の子どもが「家庭科を学習して自分でできることが増えた」と実感していた。例えば整理整頓の学習をしたことによって、学習前は「言われてから」行っていた身の回りの整理整頓や掃除に自ら進んで取り組めるようになった女子児童Aや、米飯・味噌汁実習をし「家族をおもてなししたい」という気持ちを抱くようになった男子児童Bがいた。このような児童の実態からも、1年間の家庭科の学習を通して、実感を伴った学習成果を得ることができ、家庭生活に対する興味・関心は高まったと言える。しかし、各題材における学習成果を明らかにする「マスター度」からは、子どもの「できる」ということへの認識の相違が明らかになった。ここで示す「マスター度」とは6段階で行う自己評価である。
マスター度の結果からは、二つのタイプの子どもの姿が見受けられた。まず一つ目は、学習成果そのものへの満足感を判断基準として「できる」と捉えた子どもで、たとえ技能等が低くても自己評価が高くなる傾向にあり、家庭生活への意欲も向上していることがわかった。二つ目は、家庭実践をしていることを「できる」の判断基準とした子どもである。この場合、授業において知識・技能が定着していると評価できる子どもでも、家庭実践を行うことができていない等の理由から、学習への自己評価が低くなる傾向にあり、家庭生活への意欲や学習に対する自信を持てずにいる可能性が考えられた。後者に該当する女子児童Cは整理整頓の題材においてクラスの安全を考慮するなど、A組の中でも特に創意工夫が見られた児童である。しかし、学習後に家庭実践を促されると「一人では実践できない」という理由から整理整頓マスター度1と評価した特徴的な児童である。アンケート調査の結果からも、この児童は実践への不安を抱えていることが明らかであり、A組の中では最も家庭科に対する充実感が低い児童でもある。以上のことから、はじめて家庭科を学習した5年生は、学習を通してできることを増やすことで家庭生活に対する意識の変容が見られたが、自己評価の結果からは学習成果の捉え方の違いが、子どもたちの家庭科観に影響を及ぼすことが示唆された。