抄録
【目的】 家庭科教師の教科観の確立,小・中・高の学習内容の体系化,家庭科の資質・能力の習得を目指した学習者の主体的学習を可能にするために,家庭科のカリキュラム検討が重要であることは言うまでもない。特に高等学校家庭科においては,「家庭基礎」の時間数の少なさ,科学的な展開の不十分さ,課題解決的な学習と実践的・体験的な学習の展開の問題,学習者の学習意欲と生活実践の乏しさへの対応などカリキュラムに依拠する課題が山積している。そこでは,高等学校家庭科で担う資質・能力を学習者の実態に応じて具体化し,到達目標を明確にして学習内容,題材及び学習方法を精選するといったコンピテンシーベースのカリキュラムへの転換を図ることが求められている。本報告では,家庭科の資質・能力を問いつつ,それらを身に付けるために,最終的な到達目標としてのパフォーマンス課題をどのように設定すればよいのかといった,今後の家庭科カリキュラム構想において重要と思われるこれらの問題に焦点を当て,クリティカル・リアリズムの理論をてがかりに,一人ひとりの学習者にリアルな生活課題への接近を可能にする家庭科カリキュラム構想の方向を提起する。
【方法】 学習内容の総合化を意図し,かつストーリー性をもつ2つの「家庭基礎」のカリキュラム事例を,クリティカル・リアリズム(以下CR)をてがかりとして評価可能な点と課題点を解釈することを試みた。まず,カリキュラム構想段階で教師によって資質・能力の具体化はどのように意図され,各授業の本質的な問いに結びついているのか,また到達目標としてのパフォーマンス課題遂行のためのステップアップは,各授業でどのように保障され,最終的にどのようなかたちで学習者に提示され,指導されているのかなどについて整理した。その上で,学習者一人ひとりの違いやわからなさを協働的に学びにつなぐ可能性をもつ場面を抽出し分析,評価した。事例1は,社会構成主義の教育観と真正の評価論に基づく「学習者が自己評価活動によってリアルな生活課題を認識し,授業での学びを実生活に生かすことを繰り返し継続するカリキュラム」(小桝実践)である。事例2は,逆向き設計理論(G.ウィギンズ・J.マクタイ:2012)に基づく「本質的な問いから教科目標にせまる自立した生活者を目指すカリキュラム」(中岡実践)である。
【結果】 事例1では,「学校知と生活知をつなぐ」,「生活者としての他者,身近な環境との積極的なかかわりと自分の成長の実感」,「学習内容の関連性に基づく生活事象の多面的,総合的な捉え」等を生活主体者育成の下位能力として挙げ,自己の成長を認識することを重視し,各自の生活実践を到達目標としていた。事例2では,「自分自身の生活」,「他者とのつながり」,「地球や環境とのつながり」,「未来の生活とのつながり」の認識を自立(自律)した生活者に必要な下位能力として挙げ,自己と環境との相互作用やライフステージを認識すること重視し未来の自分の生活を具体的にイメージして生活認識や生活行動を見直すことを到達目標としていた。いずれの事例も,自分自身であるいは他の生徒や教師等との相互作用の中で,生活事象の再文脈化や本質の探究を行う場面で,個々の学習者の生活課題への接近を可能にすると考えられた。家庭科カリキュラム構想において,人間生活の複雑さや不確実さをそのまま見つめさせる題材や学習方法の工夫が必要であることが改めて示唆された。