抄録
「目的と方法」
深井晃子著「ジャポニスム・イン・ファション」(平凡社,1994)では,日本が開国し,近代化した欧米と市場を競わねばならなかった時代に,横浜や京都を中心として,全面に手刺のキルティングが施された外国女性向のドレッシング・ガウンやまるで日本画のような刺繍が施されたキモノ風室内着などが大量に作られ,それらが主に欧米に輸出されたこと,その素材や装飾の技,また和魂洋才のデザインがかの地の人々を魅了して服飾のジャポニスムを引き起こしたことが明らかにされている。このように,キモノ類を中心とした輸出用衣装を通して,明治・大正期の日本のものづくりの卓越さとその国際的意義を理解させ,未来に繋ぐことは,わが国の伝統と文化にかかわる家庭科学習として重要であると考える。そのような視点から、数年間にわたり高等学校において、授業を創り、実践を通して効果を検証してきた。この実践研究の過程において、服飾のジャポニスムを牽引したといわれる明治・大正期の輸出用外人向けキモノについて、英仏の場合はかなり明らかにされているが、開国以来、日本と関係が深かったアメリカにおいてはどのような実情であったのか、全くといってよいほど把握されていないのではないかという疑問が出された。そこで本研究においては、この時期に対米輸出された外人向キモノの実物収集・観察及び関連の文献研究を通して、アメリカの服飾のジャポニスムに及ぼしたキモノのちからについて考察し、日本の染織の伝統と文化を構成要素とした衣生活学習の創造に資することを目的とした。
「結果」
1.アメリカから収集した外人向キモノには、「(1)着物の構成を基調にしているが前身ごろと後身頃の間に襠を入れたキモノ風室内着」、「(2)着物の構成を基調にしているが、後身頃の腰から裾にかけて深いダーツを入れたキモノ風室内着」、「(3)羽織を基調にした構成だが、袖がラッパ状になっているショート・キモノ」があり、すべてに藤、梅、桜、蝶、睡蓮と鳥などをモチーフとした日本刺繍が施されている。生地は全部絹であり、縮緬地が多い。2.収集した「(1)」のカテゴリーに入る2枚のキモノ風室内着には,「Vantine's FIFTH AVENUE NEW YORK」、「S.&G.GUMP CO. 246-248 POST ST.SAN FRANCISCO」というラベルが襟首に付いている。これらのキモノは「Vantine」 や「S.&G.GUMP」で販売されたが、製作は日本の高島屋や西村(千總)などが行ったものであることは、T.S.Milhauptらの指摘のとおりである。 3.収集した「(2)」のカテゴリーに入る2枚のキモノ風室内着は、高島屋史料館所蔵の「外人向着物図案」や「英文貿易カタログ」などと照合した結果、高島屋が製作したものであることが確認できた。4.収集した「(3)」のカテゴリーに入る2枚のショート・キモノの襟首には、「S.NISHIMURA,KYOTO. JAPAN.」,「S.IIDA,"TAKASHIMAYA",KYOTO & TOKYO.JAPAN.」というラベルがミシンで縫い付けられている。2枚のショート・キモノは、構成や寸法、ミシンによる縫製という点で全く同一であるが、刺繍模様は「梅」と「藤・蝶」という具合に異なっている。光沢のある絹地はどちらも細かな縮緬である。以上から、この2点は、着丈の長いキモノではなく、気軽に羽織ることのできる短い丈のキモノ風ジャケットとして高島屋と西村が共同で開発し、輸出したものと考えることができる。ラベルから、製作された時代は1900年代初頭と推測できる。5.今回の研究から、高島屋や西村などの呉服店が製作した外人向キモノがアメリカに輸出され、Vantineなどの東洋品専門店・百貨店での販売を通して流行したこと、並びに日本製キモノの影響を受けて百貨店が独自にキモノ風衣装を製作し販売したことが服飾のジャポニスムを牽引したことが明らかになった。