2017 年 120 巻 3 号 p. 230-240
本稿では私が行ってきた喉頭科学研究の概略を紹介しました. 嗄声度の指標として開発した HNR (Harmonics-to-noise ratio) は現在も音響分析ソフトに取り込まれて世界中で使用されています. その後, 声帯振動の解析, 喉頭三次元 CT を用いた麻痺喉頭の形態に関する検討, 甲状披裂筋の脱神経と再生に関する研究, 一側喉頭麻痺に対する神経筋弁移植術と披裂軟骨内転術の臨床応用などを行ってきました. 声帯振動を気管側から観察し, 粘膜波動の起始部 (ヒダ状粘膜隆起) が声帯下面に存在することを見出しました. この粘膜隆起は, 前後方向の声帯緊張を加えない時には粘膜固有層が薄くなり, 筋層が上皮に最も近くなる部位に生じること, 前後方向の声帯緊張が増加すると, ヒダ状粘膜隆起は自由縁に近づき, 声帯振動が自由縁に近い狭い範囲に起こること, 甲状披裂筋が収縮するとヒダ状粘膜隆起は, 筋層が上皮に接近する部位よりも気管側に生じて粘膜波動が垂直方向にダイナミックに起こることが分かりました. 機器の進歩と撮影法の工夫によって発声時と吸気時の喉頭を CT で撮影できるようになりました. 得られたデータを三次元画像化することで内視鏡では把握しづらかった所見, すなわち, 患側声帯の奇異運動, 発声時の健側声帯過内転・両声帯の厚みとレベル差を確実に診断できるようになりました. ラットでは脱神経後の甲状披裂筋筋内神経線維と神経終末は早期に消失しましたがアセチルコリン受容体は10週後も70%以上が残っていることが分かりました. 頸神経ワナと胸骨舌骨筋を用いた神経筋弁移植は甲状披裂筋の神経再支配をもたらすこと, 脱神経後1年を経ても神経再支配に有効であることを証明しました. 披裂軟骨内転術と神経筋弁移植術の併用を一側喉頭麻痺による高度嗄声の治療に応用して, 麻痺発症前の患者自身の正常に近い音声を獲得させることができました.