情報通信政策研究
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特別寄稿
アバターのなりすましを巡る法的課題
プライバシー保護の観点から
石井 夏生利
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2022 年 6 巻 1 号 p. 1-20

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要旨

本稿では、メタバースで活動するアバターのなりすましを巡る法的課題と対応策について、主にプライバシー保護の観点から考察した。仮想空間と現実世界の大きな違いは、アバターを用いることで外見の制約から解放される点にある。

第1節では、メタバースにおいて、本人の意に沿わない方法で他者から不正にアバターを利用されることに伴う人格権等の問題などに言及した。

第2節では、アバターの利用を巡るプライバシー権を検討した。自己のイメージや自己像を自由に形成できる権利若しくは法的利益、又は、他者による自己のイメージ又は自己像の不当な改変からの保護を受けることに関する権利若しくは法的利益は、いわゆる人格権又は人格的利益による保護対象に含まれると考えられる。

メタバースにおいては、1人が1つのアバターを利用する場合に加えて、1人が複数のアバターを用いる場合においても、当該アバターを通じて本人の人格が一部でも表出されていれば、本人とアバターの同一性を肯定することはできる。しかし、複数名が1つのアバターを利用する場合には、無権限者が当該アバターを不正に利用したとしても、アイデンティティに関わる人格権等の侵害可能性は相対的に低下すると思われる。

第3節では、侵害行為である「なりすまし」を3つのパターンに分けて検討した。①他者の環境内でのみ本人のアバター表示を偽る行為であっても侵害行為の一種と捉えるべきであるが、それを制限する法的義務を課すことは、他者のプライバシーを保護する観点から慎重な立場を採らざるを得ない。②改変した本人のアバター表示を第三者と共有する行為は、「アイドルコラージュ」や「ディープフェイク」の問題と共通する。これらは、成立範囲の広い名誉毀損構成によって処理されているが、「社会的評価」の低下については、より精緻に分析し、射程範囲を可能な限り明確化すべきである。③他者が本人の氏名と外見を用いて自己のアバターを作成し、仮想空間上で利用する場合に、当該他者が偽物であることを自認している場合の責任が問題となる。没入感という特殊性から本人像に歪みが生じる危険があり、それを既存の確立した法理によって解決するのが困難な場合には、アイデンティティ権等の保護を論じる意義はある。

第4節では、前節までの検討結果を整理し、第1に、自己のイメージ・自己像や自己の人格的同一性を保護するためのアイデンティティ権等(法的利益を含む)の性質や保障内容を明らかにすること、第2に、本人のアバターを不当に改変される行為に対して制限を設ける際の条件や制限方法が課題となる旨を明らかにした。そして、適切なID管理の方策として、本人確認技術、本人確認のための第三者認証制度、アバターの登録制に言及し、第5節では今後の展望に触れた。

Translated Abstract

This article discusses the legal issues surrounding the impersonation of avatars active in the metaverse, primarily regarding privacy protection. A major difference between virtual spaces and the real world lies in the use of avatars to break free from the constraints of one’s physical appearance. The ability to freely control one’s appearance means the ability to freely mold one’s self-image or representation, which enables a person to participate in the new world that is the metaverse on their own terms. In the metaverse, the kind of avatar a person uses becomes extremely important.

Chapter 1 discusses the issues that arise when someone hijacks someone else’s avatar and behaves as its rightful owner.

Chapter 2 examines privacy rights in the metaverse. Freely forming relationships with others through one’s avatar, the prevention and elimination of wrongful interference by third parties with the image one has formed, and maintaining one’s avatar-mediated personal identity through relationships with others are important personal rights and interests that must be guaranteed.

In the metaverse, if a person’s personality is even partially expressed in an avatar, that affirms their identification with that avatar, no matter how many avatars they use. However, if multiple people use a single avatar, this weakens the person-avatar link, making the violation of personal identity rights unlikely even if an unrelated party were to use the avatar without permission.

Chapter 3 examines the issues surrounding the malicious act of impersonation. 1) Even if a person falsifies their own avatar only in another person’s environment, this should be regarded as a kind of infringement, and it would be prudent to adopt legislative measures to restrict this from the viewpoint of protecting the privacy of others. 2) The act of sharing a modified version of your own avatar with a third party is shared by the problems of "idol collage" and "deepfake." These are dealt with according to the nature of the defamation, which may be wide in scope. However, deterioration in “social evaluation” should be more precisely analyzed, and the scope should be clarified as much as possible. 3) When a person creates their own avatar using another person’s name and appearance and uses it in the virtual space, liability becomes a problem when the fake is made public. There is a danger in the actual person’s image becoming distorted due to the peculiarities of immersion, and if this is difficult to solve with existing legal doctrine, then it is meaningful to discuss identity rights.

Chapter 4 summarizes the conclusions of the previous chapters. First, it clarifies the nature and guarantees of identity rights (including legal interests) to protect one's image, self-image, and personal identity. Second, it clarifies that the conditions and methods of restricting acts of unfairly altering a person's avatar are at issue. Then it references appropriate ID management measures in the form of identity verification technology, third-party authentication systems for identity verification, and avatar registration systems; then in Chapter 5 it touches upon future outlooks.

1.はじめに

本稿では、メタバースで活動するアバターのなりすましを巡る法的課題と対応策について、主にプライバシー保護の観点から考察する。

「メタバース」2は「仮想空間」ともいわれており、確立した定義はない。概ね、オンラインの三次元空間、リアルタイム、人々の参加、NFT(Non-Fungible Token)3による取引を含む様々なコミュニケーション、没入感などの要素を含む世界を指すものと考えられる4。現実世界とは異なる世界を想定するものもあれば、デジタルツインコンピューティングなどを用いて仮想空間に現実世界を再現するものもある。特に、メタバースと従来のインターネットとの相違は、「三次元性と、それによってもたらされる没入感」であり、メタバースが注目を集めるのは、「三次元性と没入感が一定の水準を越え、社会的な意味において現実社会と異なる「空間(ルールの規律対象)」を観念させる程度に至ったためであると思われる」と論じられている5

三次元空間では、人々はアバター(分身)を用いて活動を行う。アバターの作成方法については、本人の写真から生成する場合、既製のキャラクターから選択する場合、外貌のパーツを組み合わせて作成する場合などがある。

アバターを用いた社会課題の解決に向けたプロジェクトを推進しているのは、ムーンショット型研究開発制度である。これは、超高齢化社会や地球温暖化問題など重要な社会課題に対し、人々を魅了する野心的な目標(ムーンショット目標)を国が設定し、挑戦的な研究を推進する制度をいう6。そのために、「Human Well-being」(人々の幸福)を目指し、その基盤となる社会・環境・経済の諸課題を解決すべく、9つのムーンショット目標が定められ、その目標の1つに、「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」し、誰もが多様な社会活動に参画できるサイバネティック・アバター(Cybernetic Avatar, CA)基盤を構築することが挙げられている7

CAとは、「身代わりとしてのロボットや3D映像等を示すアバターに加えて、人の身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張するICT技術やロボット技術を含む概念。Society 5.0時代のサイバー・フィジカル空間で自由自在に活躍するもの。」を目指す概念である。CAを用いた生活では、「2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。」、「2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。」という世界が想定されている8

このように、身代わりロボットを用いた様々な行動が可能となり、映像アバターを用いたリアルな体験が実現され、身体・認知・知覚能力が拡張され、人が脳や身体の制約から解放されると、サイバー空間と物理空間が融合し、全く新たな世界が開ける。ここで特に問題となるのは、アバターのなりすましである。

なりすましは、英語で“identity theft”などと表現され、一般には、ある人物が他者のIDを盗み、本人であるかのように振る舞う行為を指す。なりすまし行為は詐欺その他の不正行為を伴うことが多く、直接的被害は経済的損失の形で顕在化するが、それにとどまらず、IDを盗む行為自体が人格権ないしは人格的利益(以下、本稿では総称して「人格権等」と表現する。)の侵害をもたらし得る。

特に、オンライン上に構築された3D仮想空間では、人々はアバターを用いるため、外見から本人であることを判別することは困難である。他方、人々が仮想空間に依存すればするほど、アバターと本人との結び付きが強まるため、アバターを奪われると自己の全てを剥奪されかねない。この点に関連し、マイクロソフト社のセキュリティ・コンプライアンス・アイデンティティ・マネジメント担当副社長を務めるチャーリー・ベル氏は、公式ブログにおいて、仮想空間上の銀行のロビーで、窓口係のアバターが個人情報を尋ねてくる可能性や、CEOになりすました者が悪意のあるバーチャル会議に招待する可能性に触れつつ、メタバースにおけるアイデンティティ問題の解決は最大の関心事であると指摘している9

現在、メタバースはプラットフォーマーによって運営されており、Meta Platforms, Inc.、VR Chat, Inc.、Roblox corp.、PIXOWL, Inc.、Epic Games, Inc.の他、クラスター株式会社などがある。なかでも、PIXOWL, Inc.の展開するThe Sandboxというプラットフォームでは、ユーザーが作成したアイテムやゲームを販売することが可能で、土地(LAND)が高額販売されたことで話題となった10。ムーンショットプロジェクトは、3Dプラットフォームよりも多様な場面を想定しているが、本稿との関係では、問題を想定しやすい3D仮想空間のアバターを念頭に、メタバースのプライバシー権、なりすましによる被害、課題及び対応策の順で検討を進める。

2.メタバースのプライバシー権

2.1.外見からの解放

メタバースと現実世界の大きな違いは、アバターを用いることで外見の制約から解放される点にある。ユーザーは、アバターを自由にカスタマイズし、メタバースの世界では、なりたい自分になることができる。

スタンフォード大学ロースクールのマーク・レムリー教授及びカリフォルニア大学ロサンゼルス校のユージン・ヴォロク教授による「法、仮想現実及び拡張現実」11と題する論文(以下「レムリー&ヴォロク論文」という。)では、外見からの解放という特質について、次のような指摘をしている。

「より重要なことは、自分の外見を気にする多くの人々が、そこから解放されることである。肥満などの社会的スティグマによって、ひどい扱いを受けていると感じる多くの人は、それを避けられるようになる。」12、「多くの仕事や社会的関係は、バーチャル、電話、電子メールなど完全に遠隔で行われており、係る関係では当事者の「現実」の外見は特に重要性を持たない。」13

「VRやAR は、身体的障害を持つ人々にとって特に有用である。彼らはプライバシーを望む場合に障害を隠せることに加え、物理世界よりもはるかに容易に「移動」できることが多いためである。」、「それが法そのものに与える影響は定かではないが、人々の技術体験に影響を与えることは間違いない。」14

「自己のアイデンティティの側面を曖昧にする能力は、他の文脈でも社会的に有用であることが裏付けられている。」、「オーケストラが、演奏者の人種や性別を面接官に知らせずに応募を開始した後、オーケストラでの仕事を獲得する女性の割合が劇的に増加した。」15

「VRは、就職面接でも同じ可能性を提供する。面接官が実際の本人とは似ていないアバターを見ると、潜在意識下での人種や性別への偏見(障害者、肥満、禿頭又は醜い者に対する偏見)を大幅に減らすことができる可能性がある。」、「一方、VRソフトが自己の送信する顔の表情を修正できる限り、応募者の注意や関心の程度などに関する貴重な視覚的手がかりを隠してしまう可能性がある。」16

2.2.プライバシー権と自己イメージの形成

外見を自由にコントロールできることは、自己のイメージや自己像を自由に形成できることを意味し、自己の希望する態様でメタバースという新たな世界に参加することを可能にする。このような、自己のイメージや自己像を自由に形成できる権利若しくは法的利益、又は、他者による自己のイメージ又は自己像の不当な改変からの保護を受ける権利若しくは法的利益(以下、権利及び法的利益を総称して「権利等」と表現する。)は、いわゆる人格権又は人格的利益(以下、人格権及び人格的利益を総称して「人格権等」と表現する。)による保護対象に含まれると考えられる。こうした権利等は、プライバシーに限らず、肖像、名誉、氏名、パブリシティなどに広く関わるが、本稿では、紙幅の関係上、プライバシーを中心に整理を行う。

2.2.1.プライバシー権の生成と展開

プライバシー権は、1890年に、サミュエル・D・ウォーレン氏とルイス・D・ブランダイス氏が、ハーバード・ローレビューに「プライバシーの権利」17を発表し、「ひとりにしておかれる権利」を提唱したことから始まった。この権利は、「伝統的プライバシー権」ないしは「古典的プライバシー権」などといわれる。その後、カリフォルニア大学バークレー校で学部長を務めたウィリアム・L・プロッサー教授は、1960年8月、カリフォルニア・ロー・レビューに、「プライバシー」と題する論文を発表した18。これは、ウォーレン&ブランダイス論文が発表された後に、アメリカで提起された膨大なプライバシー侵害訴訟を不法行為の観点から整理・分類し直した論文である。プロッサー教授の分類した4類型-不法侵入、私的事実の公開、公衆の誤認、盗用-は、第2次不法行為リステイトメントに取り入れられた19。これらの類型のうち、「公衆の誤認」類型は、本稿で論じる権利に親和性を持つとされている20。プロッサー教授の前記論文によると、この類型は、公開によって、原告を公衆に誤認させることを意味しており、侵害態様としては、3つの形式が存在する。第1は、原告自身の意見、発言でないものを、偽って原告のものとすることである。第2は、原告が何らの適切な関係を持たない書籍や記事を説明するために、原告の写真を用いる場合である。第3は、実際は犯罪を犯していない原告の名前、写真及び指紋を、有罪認定を受けた犯罪者に関する公の「ならず者集団」に含めることである。第3の類型で保護される利益は名誉であると説明されている21

1960年代中葉になると、特にコンピュータ化との関係で、監視社会への懸念という、新たなプライバシー問題へと関心が寄せられるようになった。かかる事態への対応に大きな影響を与えたのは、現代的プライバシー権の提唱である。この権利を論じた著書として世界的に有名なものは、コロンビア大学のアラン・F・ウェスティン名誉教授が1967年に発表した『プライバシーと自由』22であり、その著書の中で、「プライバシーとは、個人、グループ又は組織が、自己に関する情報を、いつ、どのように、また、どの程度他人に伝えるかを自ら決定できる権利である」23と定義されている。

2.2.2.日本のプライバシー権論議

日本におけるプライバシー権は、アメリカでの前記議論の影響を受けるなどして展開してきたが、特に、現代的プライバシー権との関係では、いわゆる「自己情報コントロール権」が憲法学の領域で発展してきた24。「自己情報コントロール権」については、「個人が道徳的自律の存在として、自ら善であると判断する目的を追求して、他者とコミュニケートし、自己の存在にかかわる情報を『どの範囲で開示し利用させるか』を決める権利と理解すべき」25と論じる見解が最も有名である(以下「佐藤説」という。)。自己情報コントロール権については、自己決定を中心に捉える立場とそうでない立場に分かれるが26、特に、アバターを通じて表す自己のイメージへの保護に親和性があると思われるものとして、「自己イメージコントロール権」を主張する見解がある(以下「棟居説」という。)。

棟居説は、自己イメージコントロール権を「人間が自由に形成しうるところの社会関係の多様性に応じて、多様な自己イメージを使い分ける自由」と定義付け27、「今日人は、様々な社会関係に身を置き、様々な役割を分担し、無数の情報のなかから自分の役割分担に必要なものを選びとり、加工し、再び発信することによって自らのイメージ形成を企てている。情報化社会は現代人に、自分の帰属集団やそこでの役割分担についての無数のイメージ形成を可能ならしめる。」、「このような現代においては、「個人の自律」は、個人のみが当人の全生活行程に関する自己情報、およびそのなかでの多様な社会関係ごとに形成される自己イメージの総体を把握することを要請する。プライバシー権とは、このような個人のトータルの姿を当人だけが把握し、自己イメージの一貫性のなさに悩んだり自我の統一性を取り戻すべく思考を深めたりするための防波堤なのである。」28と論じている。

アバターは、その活動に伴い、他のアバターを含む周囲の環境から様々な情報を収集・分析し、他のアバターとの距離、それらと交わすコミュニケーションの量や質などを判断しながら行動する。アバターの活動する新社会は現代社会よりも一層多元化しており、操作者がアバターを駆使することで多数のイメージを物理空間・バーチャルの空間の双方で作り出し、社会関係を形成するようになる。近時の棟居説は、「人はみな、自分を多元的な社会関係のさまざまの文脈においてどのように表出し、どこまでのかかわりを当該社会関係において持つのかを選択するために、自ら個人情報を提供する相手・範囲を選択する。この個人情報の選択的開示権が、当の本人に対して保障されることは、多元的社会のベーシックな必要条件である。」29と論じている。棟居説はメタバースを想定したものではないが、アバターの用途に応じた使い分けは同説に当てはまると思われ、自己イメージコントロール権を実現する行為であると考えられる。

棟居説に関連する議論として、主にフランス法の示唆を得つつ、「自己像の同一性に対する権利(ないし利益〔以下省略〕)」を論じる立場がある30(以下「曽我部説」という。)。この権利は、「要するに、人の人格が誤って社会的に表象されることからの保護に関わる権利であり、典型的にはメディアによる人の誤った描写、すなわち、インタビューが不正確に報道された場合や、行ってもいない行動を行ったと報道された場合などにおいて、救済を求める例が挙げられる。」31と説明されている。曽我部説の背景には、「日本では、モデル小説による人格権侵害は、基本的にプライヴァシー侵害の問題であると理解されているが32、モデル小説ではモデルの人物像や生活について一定の変容が加えられているのが通常であり、いわば虚偽の私生活上の事実を摘示しているのであるから、モデル小説によって侵害される人格権はプライヴァシーとは別物ではないかという議論が根強く存在する。」33ことなどが挙げられている。曽我部説は、棟居説を「社会学的プライヴァシー(権)論」と捉え、「第三者が、ある社会的関係における本人のイメージを別の関係に持ち込むような行為はプライヴァシー侵害となる。」34と説明している。そして、曽我部説は、自己イメージコントロール権について、いわゆる「観衆の分離」が重要となり、その保護がプライバシー権の核心であるとする一方で、「個別の社会的関係において自己イメージを形成する過程については保護の対象外であるが、自己像の同一性に対する権利は、この文脈に関わるものである。」35と述べ、棟居説との保護対象の違いを論じている。

最近では、実務的な立場から、「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」としての「アイデンティティ権」を論じる見解もある(以下「中澤説」という。)36。中澤説は、なりすまし行為自体をアイデンティティ権侵害と構成することで、既存の不法行為法で空白となる部分に対応できると主張し、特に、憲法の幸福追求権又は人格権を根拠に、自己認識のみならず、他者から見た自分、他者に認識される自分について同一性を保持することも人格的生存に不可欠であるとして、アイデンティティ権の意義を論じている。

下級審裁判例ではあるが、アイデンティティ権が侵害され得ることを認めたものがある。大阪地判平成28年2月8日(発信者情報開示請求事件)37は、 第三者が原告になりすましてインターネット上の掲示板に投稿したことにより、原告のアイデンティティ権、プライバシー権、肖像権又は名誉が侵害されたとして、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)第4条1項に基づき、発信者情報の開示請求がなされた事案である。結論として請求は棄却されたが、同判決は、「確かに、他者との関係において人格的同一性を保持することは人格的生存に不可欠である。名誉毀損、プライバシー権侵害及び肖像権侵害に当たらない類型のなりすまし行為が行われた場合であっても、例えば、なりすまし行為によって本人以外の別人格が構築され、そのような別人格の言動が本人の言動であると他者に受け止められるほどに通用性を持つことにより、なりすまされた者が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難となるほどに精神的苦痛を受けたような場合には、名誉やプライバシー権とは別に、「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」という意味でのアイデンティティ権の侵害が問題となりうると解される。」と述べる一方で、「「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」が認められるとしても、どのような場合であれば許容限度を超えた人格的同一性侵害となるかについて、現時点で明確な共通認識が形成されているとは言い難いことに加え(中略)どのような場合に損害賠償の対象となるような人格的同一性を害するなりすまし行為が行われたかを判断することは容易なことではなく、その判断は慎重であるべきである。」38との留保を付した。

2.2.3.アバターと本人の同一性

メタバースにおいては、1人が1つのアバターを利用する場合のほか、1人が複数のアバターを利用する場合、複数名が1つのアバターを利用する場合などがあり得る。本人が複数のアバターを用いて活動することは、アバターが表出する本人の側面を、その本人自身がコントロールすることを意味する。現在でも、複数のSNSアカウントを用途に応じて使い分けることは日常的に行われている。

問題は、実在の本人と乖離したイメージをアバター(背後の操作者)が作り出した場合においても、アバターと本人の同一性を認め、人格権等の保障を及ぼすべきか、という点である。人は自身の外見から影響を受けるといわれており、VR空間での身体の見た目の変化が態度や行動を変化させる効果をプロテウス効果39という。メタバースではアバターを使っていかようにでも変身することができる。本人が好みの外見のアバターを作り、そのアバターにおいて通常期待される行動を当該本人が取る傾向があるとすれば、アバターによるプロテウス効果は存在すると思われる。

この論点は、VTuberと本人の特定性・同一性に通じる問題である40。プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求の是非が争われた下級審判決の1つに、東京地判令和3年4月26日41などがある。この事件では、VTuberのエピソードへの批判が名誉感情を侵害するか否かが争われた。判決は、当該キャラクターを用いて活動しているのが原告のみであること、動画配信が原告の肉声で行われていること、キャラクターの動きについてもモーションキャプチャーによる原告の動きを反映したものであること、当該キャラクターとしての動画配信やSNS上での発信は,キャラクターとしての設定を踏まえた架空の内容ではなく、キャラクターを演じている人間の現実の生活における出来事等を内容とするものであることを考慮に入れ、当該キャラクターの活動は、単なるCGキャラクターではなく、原告の人格を反映したものであると判断している。

この判決については、「これはあくまでも事例判断であるが、少なくとも、1人の「中の人」が存在し、アバターの演じる内容にその人格が反映されており、アバターが「覆面レスラーの覆面」のような位置づけに過ぎないのであれば、同一性(特定)に問題がないことは、裁判例によっても示されている。」42と評価されている。この考え方によれば、アバターの表す人格が現実世界の本人と乖離していたとしても、それもまた本人の人格の一側面となる。前記棟居説も、多元的な社会関係に応じて、個人がそれぞれの個人像を表出したとしても、「同人がただ、さまざまの社会関係ごとの自己イメージを使い分けているだけのことであり、どの社会関係においてどのような個人像を表出するか、それによって当該社会関係をどう発展させてゆくか、あるいは最小限のものに止めるかといった戦略的な選択の自由もまた社会関係形成の自由そのものであり、多元的社会における個人の自律の不可欠の要素に含まれる。」と論じている43

アバターの利用パターンとの関係では、1人が1つのアバターを利用する場合には同一性を肯定することに問題はなく、1人が複数のアバターを用いる場合であっても、当該アバターを通じて本人の人格が一部でも表出されていることから、同一性は肯定できると考えられる。問題は、複数名が1つのアバターを利用する場合である。この場合には、本人とアバターの結び付きが稀薄であり、当該アバターの活動が誰の人格を反映しているかを外形的に判別することは困難となる。そのため、アバター同士が社会関係を形成する文脈においては、無権限者が当該アバターを不正に利用したとしても、アイデンティティに関わる人格権等の侵害可能性は相対的に低下すると思われる44

3.なりすましによる被害

なりすましについては、現実社会において既に刑事罰によって禁止されており45、メタバースでも制度等による対応が必要と考えられる。しかし、メタバースでは、他者の環境内でのみ本人のアバターを望まない表示に改変されてしまう場合など、典型的な「なりすまし」とは異なる場面でも、アバターを不当に操作されることの問題が生じ得る。

前記のレムリー&ヴォロク論文では、①他者の環境内で第三者に気付かれない方法を用いて、本人のアバター表示を偽る行為、②改変した本人のアバター表示を第三者と共有する行為、③他者が本人を揶揄するために、その氏名と外見を用いて自己のアバターを作成し、仮想空間上で利用する行為の違法性についての分析を加えている。本節では、この分類に依拠しつつ論点を整理する。

3.1.①について

レムリー&ヴォロク論文は、①について、まず、「一般に、人々は自己のVR画面で何を見聞きしようと自由であるべきである」46、「自己のVR感覚フィードの内容は、自己の思考や空想の内容に極めて近い。単に他人を不快にさせることや、悪行をもたらし得ることを理由に、VR映像を自己に表示させることを禁ずるのは、表現されていない空想や自己の日記に記載されたメモを罰しようとするのと同様に不適切であるべきである。」47と述べ、自己のセンススケープ内での表示は自由であるべき旨を主張している。その一方で、同論文は、「犯罪や不法行為の回避目的によらずして、自己のVR画面内で本人のアバターを無断で滑稽なものに表示した場合」、「本人の顔や仕草、動作を、本人の体格や肌色に合わせた汎用的なCGの裸体と合成させた場合」に加え、「「私的領域」の天蓋によって、他のアバターが本人の体を触っていることについて、本人には知覚できないにもかかわらず、当該他のアバターには触っている姿が見える場合」、さらには、「ARの場合に…物理的に隣り合う席で、本人を見ながら、SNSサイトから本人の最も恥ずかしい写真や偽の裸画像を眼鏡に読み込ませている場合」48などの例を挙げている。その上で、同論文は、このような場合に、本人は、「自分が無礼な目で見られている(ここでは文字通り見られている)ことに動揺するかもしれない」ことや、「(その主観的な経験において)本人を性的な目で見たり触ったりする人々は、そのような行為に及ばなかった場合と比べて、ARの場合の物理的交流においても、VRの場合の仮想的交流においても、本人に異なる接し方をしてくる可能性がある」49ことへの問題を提起している。

第2節で触れた「自己イメージコントロール権」、「自己像の同一性に対する権利」、「アイデンティティ権」(以下、便宜上「アイデンティティ権等」と総称する。)は、上記の問題状況を想定したものではない。しかし、他者の環境内に限定されていたとしても、本人像が無断で修正されることによって、コミュニケーションを行う当事者間に社会的関係の歪みは生じ得る。①は典型的な「なりすまし」ではないが、このような行為も侵害行為の一種と捉えるべきと考える。

他方、他者の環境内で表示される自己像を本人が許容するものに限定する旨の法的義務を設けることには慎重にならざるを得ない。なぜなら、それを認めると本人の自己像をコントロールするために、他者の私的領域に介入することを義務付けることになりかねず、いわば、自己のアイデンティティ権等を保護するために他者のプライバシー権に譲歩を求める結果をもたらし得るからである。

レムリー&ヴォロク論文は、本人の視点からは見えない態様による名誉の毀損を処罰することには慎重な姿勢を見せており50、「第三者に実質的な影響を与えない画像への私的なアクセスは、一般に処罰の対象とはならない。」51と述べている。すなわち、「現実の児童を描いた児童ポルノを所持することは、最高裁が述べるように、所持自体が児童への犯罪被害を生じさせる言論の創作物の市場を活性化させることから、禁止できる。」ものの、「完全に架空の児童の性的画像など、犯罪行為の結果として作成されたものではない表現の保持は保護される」52とし、わいせつ物の単純所持を処罰しないと判断したスタンリー対ジョージア州事件の連邦最高裁判決53に言及している。

この事件は、自宅のプライバシーを保護したことで知られている判決である。

スタンリーは、ジョージア州法に違反して「故意にわいせつ物を所持した」罪で、同州フルトン郡(Fulton County)の控訴裁判所で審理を受け、有罪認定を受けた。問題のわいせつ物は3本の8ミリフィルムであったが、これは、合衆国及び州の捜査官が、ノミ行為の捜索令状に基づき、スタンリーの自宅を捜索した際に、2階の寝室内で発見したものであった。同州の最高裁判所は、有罪認定の結論を支持した54

本件の争点は、わいせつ物の単純な私的所持を処罰する本件法律は、合憲か否かという点である。連邦最高裁判所は、1969年4月7日、6対3の多数で、州最高裁判所の判決を破棄・差し戻した。

多数意見を述べたマーシャル裁判官(Marshall J.)は、わいせつ物の単純な私的所持を処罰する限りで、本件法律は修正第1条と第14条に違反すると判断した。理由のうち、自宅のプライバシーに触れているのは次の部分である。

「憲法が情報や意見を受領する権利を保障していることは、現在、十分に確立されている…この情報や意見を受領する権利は、その社会的価値にかかわりなく…われわれの自由な社会にとって基本的である。さらに、本件を背景として、‐‐ある人物の自宅のプライバシーの状態に置かれた印刷物又は撮影物の単なる所持を起訴したこと‐‐その権利は、別の様相を帯びるようになる。非常に限定された場合を除き、人のプライバシーに対する政府の不正な干渉から自由である権利もまた、基本的権利である。」

「しかし、当裁判所は、これらのフィルムを単に『わいせつ』と分類することだけでは、修正第1条及び第14条が保障する個人の自由にそのような極端な侵害を与えることに対して、十分な正当化理由にはならないと考える。他の法律がいかなる正当化理由によってわいせつを規制しようが、当裁判所は、それらが人の自宅のプライバシーに及ぶことはないと考える。修正第1条が何かしらを意味するとすれば、自宅に1人で座っている人に対して、読んでも良い本や、見ても良いフィルムを伝えることに、州は何ら出る幕を持たないということだ。政府に、個人の心を統制する権限を与えるという考えに対しては、憲法の伝統すべてが抵抗する。」

「当裁判所は、修正第1条及び第14条によって、わいせつ物の単純な私的所持を犯罪とすることは禁じられていると判断する…既に述べたように、州は、わいせつを規制する広い権限を保有する。その権限は、自宅のプライバシーの状態に置かれた物を個人が単に所持する場合には全く及ばない。」

レムリー&ヴォロク論文は、この判決の議論について、自己のVR画像の内容にも及ぶことが合理的であると評価している。具体的には、「プライバシーに関する私的事実の開示、公衆の誤認、及び、肖像権の法理は、センススケープの自由にも当てはまる-これらの不法行為は、数人の友人と共有する内容にさえも適用されず、また、自己のみに表示される内容には一層適用されないことが明白である」55と述べている。他方、同論文は、「このことは決して、この類の行為に悩まされるべきではないと言っているわけではない。VR企業やAR企業は、それを禁止ないしは制限したり、少なくともそれが生じている(可能性)を警告したいと望むかもしれない。そして、もしそれが被害者を侵害するものであれば、不法行為となる。しかし、それを犯罪とすることは、スタンリー対ジョージア州事件の制限に挑戦することになる。」56と述べ、企業による制限措置及び不法行為の可能性を認めつつ、刑事罰を課すことには慎重な立場を示した。

メタバースは、現在、プラットフォーマーによって展開されている。各サービスの範囲内であれば、利用規約で制限を設けることや、他のアバターの無断改変を技術的に制約することを通じて、ユーザーのアイデンティティ権等を保障することは可能といえる。他方、ムーンショットプロジェクトの想定するメタバースは人の生活全般に及ぶような規模を想定していると思われることから、アバターとその操作者への信頼を確保するために、より汎用的かつ実効性の高い仕組みを用意することが望ましい。

3.2.②について

②は、改変したアバターの表示を外部と共有する場合であり、外部に向けた行為を伴う点で、①と比較すると侵害が成立しやすい類型である。

レムリー&ヴォロク論文は、他者が本人をファシストであると思い、そのアバター画像にヒトラーの小さな口ひげを描き、鉤十字の腕章を装着するなどして改変し、それを第三者と共有した場合57などを例に挙げ、アバターの改変及び共有の「多くは稚拙なものではあるが、誤解を与えるようなものでなければ、とりわけ、政治的、社会的、宗教的及び芸術的な論評に使われ得ることから、均衡に基づき、憲法修正第1条の保護を受けるべき」58と論じている。なお、本人のアバターを性的に改変して公開することは、皆がヌードを偽物と理解していたとしても別異に扱われるべきか、という点は別途問題となる59。同論文は、「VRでは-詰まるところアバターであることから-おそらく誰も本人の裸のアバターを「本物」だとは思わないであろう。」60としても、「根底には感情的又は尊厳の侵害がないわけではない」61と述べ、良識的な第三者がアバターを実際に本人自身の創造物であると信じた場合、名誉毀損による提訴も可能な場合があり得る。」62と論じている。

②の類型は、日本でも、「アイドルコラージュ」や「ディープフェイク」の問題と共通する。前者は、アイドルやタレントの顔写真と別人のヌード写真等を合成させ、あたかもそのアイドルやタレントがヌード等の姿態をさらしているかのように作成した合成写真をいう。これに関して、東京地判平成18年4月21日63は、インターネットサイトを開設、管理していた被告人がアイドルコラージュを作成し、ウェブサイトに投稿した事案において、名誉毀損罪の成立を認めた。

この判決において、弁護人は、アイドルコラージュが合成写真すなわち偽物であることを前提に投稿されたものであって、名誉毀損罪(刑法第230条1項)にいう「事実の摘示」もなければ故意もなかった旨を主張した。それに対し、東京地判は、「確かに、ある表現行為が他人の名誉を毀損するものであるか否かは、その表現行為のなされた文脈を抜きにしては判断できないものであり、本件起訴に係る画像(以下「本件アイコラ画像」という。)について見ても、その発表された文脈を前提にする限り、これが他人の名誉(社会的評価)を毀損する可能性というのは、それほど高いものではなかったといってよいと思われる…そして、いわゆるアイコラ画像なるものは、アイドル・コラージュの略称であって…見る者が勝手に妄想をふくらませて楽しむことを主眼としたものであって、そのアイドルタレントが真実そのような姿態をさらし、それを撮影されたものというメッセージを伝えることを予定したものではない。しかも、本件アイコラ画像は、その内容を見ても…著名なアイドルタレントが真実そのような姿態を写真に撮らせたとはおよそ信じ難い内容のものであった。したがって、本件アイコラ画像がアイコラ画像であることを前提に享受されている限りにおいては、対象とされたアイドルタレントの名誉(社会的評価)を毀損する可能性は、それほど高いものではなかったといわなければならない。」と述べ、弁護人の主張に一定の理解を示しつつも、名誉毀損罪が抽象的危険犯であることを理由に有罪の結論を導いている。この事件について、曽我部説は、「自己像の同一性に対する権利構成をすべきと思われるところ、名誉毀損構成によって処理された事案」64と評価している。共通の問題意識を示す立場として、民事法の分野から「もっとも、今日の民事裁判例で、社会的評価としての名誉に該当しない個人の人格的価値が『社会的評価』という衣をまとって保護の対象とされ、かつ、社会的評価としての名誉の侵害に特有の違法性阻却の枠組みに載せられているのではないのかという観点からの検討が必要ではないかと考えられる。というのも、名誉毀損類型が早期に確立する一方で人格権・プライバシー保護の枠組みが完成していない段階では、人格権・プライバシーの保護が名誉毀損という類型に仮託して実現されることがありうるからである。」65と論じる立場がある。

後者のディープフェイクとは、「本来、機械学習アルゴリズムの一つである深層学習(ディープラーニング)を使用して、2つの画像や動画の一部を結合させ元とは異なる動画を作成する技術」66をいい、サイバー攻撃などに使われる。2022年3月には、ウクライナのゼレンスキー大統領がロシアへの降伏を呼びかける内容のディープフェイク動画(偽動画)が投稿されたことでも話題になった67。日本では、全国初の立件例として、AIを用いて、アダルトビデオ(AV)の出演者の顔を芸能人とすり替えた動画をインターネット上にアップした行為などについて、男2名が名誉毀損と著作権法違反の疑いで逮捕された事案がある68

ディープフェイクもアイドルコラージュと同様に、これらの事案が名誉毀損で裁かれるべきであるか否かは問題となる。単に事実に反するに過ぎない場合や、不適切な発言、不快感では名誉毀損にならないとした裁判例もあり69、このような場合にはアイデンティティ権等の侵害と捉える方がより適しているように思われる。名誉毀損の「社会的評価」の低下については、より精緻に分析し、その民事・刑事における射程範囲をできるだけ明確化すべきである。

3.3.③について

③は本来的ななりすましのパターンに最も近いが、レムリー&ヴォロク論文は、例えば、VRの世界に、偽名を自認する人々のための特別な目印が存在する場合を例示し70、フィクションであることを公開しながら本人の外見を用いた場合の責任について論じている。同論文は、「通常人が、実在の人物についての事実を主張するのではなく、架空のものとして認識する限りにおいて、名誉毀損、公衆の誤認によるプライバシー侵害、又は、パブリシティ権侵害のいずれによっても提訴できないであろう。」71と述べている。

続いて、同論文は、「同様の理屈で、VRやAR環境において、明らかに架空のキャラクターとして実在の人物の氏名や肖像を用いたアバターをデザインすることも許容されるであろう。」、「例えば、有名人のTwitterアカウントにはさまざまな偽物がある。それらが明らかに偽物である限り(例えば、Twitterのハンドルネームが「@fakeDonaldTrump」である場合など)、実在の有名人を模倣することは、欺罔ではなく、パロディとして保護される。」72と論じている。

前記のアイデンティティ権等の議論に即して考えても、偽物であることを表示する限りにおいて、権利侵害の問題は生じにくいように思われる。しかし、レムリー&ヴォロク論文は、VRに内在する没入感によって、映画とは異なり、虚偽のアバターを本人のように感じてしまう心理的効果が生じ得ることに着目し、たとえアバターが虚偽であることを表示している場合であっても、氏名や肖像を用いる行為に本人の同意を求めるべきだと主張している73。同論文は、偽物であることを表示した「ユージン・ヴォロク」のアバターが愚かな言動を行う場合を例に挙げ、「危険なのは、架空の「ユージン・ヴォロク」を経験することで、本物のヴォロクに関する認識が変わることである。たとえ「ユージン・ヴォロク」が述べる馬鹿げた発言や失礼な発言が、本物のヴォロクによって発せられたものではないと知識として理解していたとしても、実際に本物のヴォロクに会うと、それらのことが彼に対する見方を悪化させるかもしれない。もしかすると、彼の発言をさほど真剣に受け止めなくなるかもしれない。あるいは、本物と対話する際に偽物の「ユージン・ヴォロク」を頭の中から追い出そうと努力するかもしれないが、そのプロセス自体が、現実の対話であなたの注意をそらすことになるであろう。」74と主張している。

レムリー&ヴォロク論文は、この問題について、商標の希釈化法理と関連付けて論じているが、この法理が営利的利用に限定されていることや、「著名な商標」に限定されることに触れた上で、アバターのなりすましによってアイデンティティを希薄化されやすいような、特段有名ではない人々に関する懸念には対処できない旨を指摘している75。また、同論文は、パブリシティ権にも言及したが、「パブリシティ権は一般に非営利的利用を除外しており、これは社会的意義のある多くの言論を蹂躙されないようにする権利を守る重要な保護措置であると考える。」76と述べ、その法理の拡大には慎重な立場を示した。他方、同論文は、この論点の最後に「少なくとも VR に内在する性質は、希釈化法理に興味深いテストを与えている。そして、我々が実際のVR体験をより理解すればするほど、我々の見解を変えなければならないかもしれない。」77とも述べている。本稿では、商標の希釈化法理やパブリシティ権の拡大にはこれ以上立ち入らないが、この問題意識はアイデンティティの保護方法に通じるものがある。仮にアバターが偽物と表示されていたとしても、没入感という特殊性から本人像に歪みが生じる危険があり、それを既存の法理によって解決するのが困難な場合には、アイデンティティ権等の保護を論じる意義はある。

4.なりすましへの対応策

4.1.前節までの整理と検討すべき課題

本稿では、メタバースで活動するアバターのなりすましを巡る法的課題について、主にプライバシー保護の観点から考察を行った。仮想空間と現実世界の大きな違いは、アバターを用いることで外見の制約から解放される点にある。外見を自由にコントロールできることは、自己のイメージや自己像を自由に形成できることを意味し、自己の希望する態様でメタバースという新たな世界に参加することを可能にする。メタバースでは、本人がどのようなアバターを用いるかが極めて重要となる。

第2節では、メタバースのプライバシー権を検討した。日本は、アメリカの影響を受けつつプライバシー論議を発展させてきた。アバターを通じて他者との関係を自由に形成すること、本人が形成したイメージへの第三者の不当な介入を予防又は排除すること、また、他者との関係で、アバターを用いた自己の人格的同一性を保持することは、アイデンティティ権等の保護対象となる。アイデンティティ権等の性質や保護対象等は明確ではなく、1つの権利として確立しているとはいいがたい。他方、メタバースという新たな社会を前提にするならば、現実社会以上にアイデンティティを法的に保護する重要性は高いと考えられる。

メタバースでは、1人が1つのアバターを利用する場合のほか、1人が複数のアバターを利用する場合、複数名が1つのアバターを利用する場合などがあり得る。問題は、実在の本人と乖離したイメージをアバター(背後の操作者)が作り出した場合であるが、そのイメージ自体も本人の人格の一側面である。しかし、複数名が1つのアバターを利用する場合には、本人とアバターの結び付きが稀薄であり、当該アバターの活動が誰の人格を反映しているかを外形的に判別することは困難となる。そのため、この場合には、無権限者が当該アバターを不正に利用したとしても、アイデンティティに関わる人格権等の侵害可能性は相対的に低下すると思われる。

第3節では、侵害行為である「なりすまし」を巡る論点を検討した。メタバースでのなりすましについては、典型的な「なりすまし」とは異なる場面を考慮する必要がある。レムリー&ヴォロク論文の前記3つの分類に沿って検討すると、まず、①自己の環境内で他者に気付かれない方法を用いて、本人のアバター表示を偽る行為も侵害行為の一種と捉えるべきと考える。他方、他者の環境内で表示される自己像を本人が認めるものに限定する旨の法的義務を課すことには、他者のプライバシーを保護する観点から慎重な立場を採らざるを得ない。

メタバースは、現在、プラットフォーム事業者によって運営されており、サービス単位で、本人を不快にさせるようなアバターへの改変を制限する旨の利用規約を設け、また、技術的制限を設ける方法が考えられる。ムーンショットプロジェクトが想定するようなメタバースの世界については、アバターとその操作者への信頼を確保するために、より汎用的かつ実効性の高い仕組みを用意することが望ましい。

②改変した本人のアバター表示を第三者と共有する行為は、外部に向けた行為が伴うことから、①と比較すると侵害が成立しやすい類型であり、「アイドルコラージュ」や「ディープフェイク」の問題に共通する。これらは、成立範囲の広い名誉毀損構成によって処理されているが、それに対しては批判もあり、アイデンティティ権等の侵害と捉える方がより適している場面もある。名誉毀損の「社会的評価」の低下については、より精緻に分析し、その民事・刑事における射程範囲をできるだけ明確化すべきである。

③本人を揶揄するために、その氏名と外見を用いて自己のアバターを作成し、仮想空間上で利用する行為は、本来的ななりすましのパターンに最も近いが、レムリー&ヴォロク論文は、一歩進んで、VRの世界に、フィクションであることを公開しながら本人の外見を用いた場合の責任を論じている。これについては、偽物であることを表示している限り、人格権等の問題は生じにくいと考えられるが、他方、VRに内在する没入感によって、虚偽のアバターを本人のように感じてしまう心理的効果をいかに考慮すべきかが問題となる。上記論文は、この問題について、商標の希釈化法理やパブリシティ権と関連させつつも、これらの法理の拡大には慎重な立場を示した。同論文のこうした問題意識はアイデンティティの保護方法に関係する。仮にアバターが偽物と表示されていたとしても、没入感という特殊性から本人像に歪みが生じる危険があり、それを既存の法理によって解決するのが困難な場合には、アイデンティティ権等の保護を論じる意義はある。

4.2.対応策の検討

以上のような整理を踏まえると、第1に、自己のイメージ・自己像や自己の人格的同一性を保護するためのアイデンティティ権等の性質や保障内容を明らかにすること、第2に、本人のアバターを不当に改変される行為に対して制限を設ける際の条件や制限方法が課題となる。第1については、アイデンティティ権等と名誉毀損やパブリシティ権などの他の法理との棲み分け、アイデンティティ権等をプライバシーとは独立した権利として確立すべきか否かなど、各学説の射程範囲を含めて検討する必要がある。第2については、改変された本人のアバターを他者の環境内でのみ表示する行為や、偽物であることを表示しつつ本人のアバターを利用する行為など、典型的ななりすましとは異なる場合を考慮に入れる必要がある。これらのうち、第1の課題はさらなる検討を要するため、詳細は別稿に譲ることとしたい。本稿では、少なくとも人格的利益として、自己のイメージ・自己像や自己の人格的同一性を法的に保護すべきという立場に立ち、第2について考え得る仕組みに触れることとする。

まず、メタバースでは、技術面及び制度面において、適切なID管理の仕組みを必要とする。その前提として、1人1アバターに制限するか、複数アバターの利用を許容するかが問題となるが、前者は、アバターを用いた自由な活動を大幅に制限することとなり、メタバースの利点を十分に享受することができない。従って、1人が複数アバターの利用を許容するメタバース世界が望ましいと考える。

アバターと本人の結び付きを保障するための技術的仕組みの1つに、凸版印刷株式会社の「AVATECT™」がある78。同社は、この技術について、①アバターに関するメタ情報79を記録し、「アバター生成管理基盤」に、アバター本体とメタ情報を紐づけて保管する、②生成したアバターのNFT化と電子透かしで唯一性と真正性を証明する、③同社が提供する「本人確認アプリ」との連携により、アバターの本人認証(2022年度実装予定)を実施する旨を掲げ、研究開発を進めている。この技術は本人確認技術の一例であるが、今後、メタバース間が相互接続され、1人が複数のアバターを操作したり、複数のメタバースを往来するようになると、その活動範囲は格段に広がると予想される。それに伴い、本人との同一性を保障する仕組みの重要性も高まることから、メタバースに適した本人確認技術のさらなる展開に期待したい。

制度面で最も注目を集めているのは、EUの立法提案である。欧州委員会は、2021年4月21日、「人工知能に関する調和のとれた規則(人工知能法)を定め、関連するEUの法令を改正する、欧州議会及び理事会の規則提案」(以下「AI規則提案」という。)を公表し80、日本でも多くの分析が行われている81

AI規則提案の中で、特に注目されるのは、高リスクAIに対する認証評価制度である。AI規則提案は、高リスクAIシステムのうち、適合性評価を受ける義務があるものについて、プロバイダに対し、適合性評価及び認証等(第40条~第51条)の仕組みを用意している。高リスクAIシステムについては、第三者認証機関(Notified Body)(第33条)から、リスクマネジメントの要求事項(第8条~第15条)を満たしているか否かの審査を受けなければならない(第43条)。第三者認証機関が適合性を承認すると、プロバイダが表示するCEマークに、認証を受けた第三者認証機関の識別番号が記載される(第49条)。高リスクAIシステムについては、プロバイダが適合宣言書に署名し(第48条)、欧州委員会が加盟国と協力して設置するAIデータベースに登録され(第60条)、市販後にプロバイダは監視の仕組みを導入しなければならず(第61条)、加盟国の市場監視機関に対する重大事故発生時の報告義務(第62条)が課せられている。この規則提案は、「規則案の根幹にある目的は、「AIシステム適合性評価制度」の導入を目指すための新たな「整合規則」の制定を目指すものであって、高リスクAIシステムの適合性評価及び第三者認証制度の構築を柱とするもの」82と評価されている。

AI規則提案の認証制度は高リスクAIに関するものであるが、本人確認という行為の性質を考えると、第三者認証制度という仕組みは適切なID管理に馴染みやすいと思われる。また、日本国内で先行する主な認証制度には、プライバシーマーク制度やISMS 適合性評価制度が挙げられ、これらの先行する取組みから得られた経験や知見を参考にすることも可能である。そこで、AI規則提案の認証制度や日本の先行する取組等を参考にしつつ、アバターの識別及びアバターと本人との同一性確認を第三者認証制度によって実現する方法が考えられる。

AI規則提案は立法措置として第三者認証制度を設けることを提案しているが、第三者認証制度は必ずしも法制度の中に組み入れる必要はない。また、法制度を設ける場合には、国際私法の問題を避けて通ることはできない83。認証制度を実施する上では、他国にも適用される法制度を目指すのか、自主的若しくは共同規制的な取組を指向するのか、又は、標準化を目指すのか等、全体的な規律の方針を議論する必要がする84

さらに、なりすまし行為に対しては、①処罰規定の創設、②アバターの利用禁止、③不正利用のおそれのあるアバターの遠隔自動停止、④メタバース世界で築いた資産の没収などの事後的制裁を課すべき場面が生じる。その際に侵害者を特定し、メタバース内での活動に責任を負わせる仕組みとして、アバターに登録制を設けるという方法85が考えられる。これについては、登録制度を運営する主体、法律上の義務化の是非、複数のプラットフォームにより共同運用を行うのか否かなど、具体的な制度設計を必要とする。

5.おわりに

本稿では、3D仮想空間で活動するアバターを前提に、典型的な「なりすまし」よりも広い侵害類型を含めた検討を行った。今後のメタバースの展開が予想できない中で、アバターの利点を生かしつつ、本人の予想外の使われ方を防ぐための適切な技術的、制度的対応を見いだすことは至難の業であり、本稿も試論の域を出ない。適切なID管理の仕組みについては、本稿で述べた方策以外にも様々なものが考え得るが、試行錯誤を繰り返しつつ適切なルール形成を目指す必要がある。

参考文献

脚注に引用したもの

Footnotes

1 中央大学国際情報学部教授。本研究は、JST ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2011)の支援を受けたものである。

2 「メタバース」は「meta(超越)」と「universe(宇宙、世界)」を組み合わせた造語であり、ニール・スティーヴンソン氏によるSF小説「スノウ・クラッシュ」に登場する仮想空間の名称として用いられている。

3 ブロックチェーン技術を用いた代替不可能なデジタル資産を意味し、「非代替性トークン」といわれる。天羽健介・増田雅史『NFTの教科書:ビジネス・ブロックチェーン・法律・会計まで デジタルデータが資産になる未来』(朝日新聞出版、2021年)ほか。

4 本稿では、「メタバース」と「仮想空間」の表現を特に区別しないが、主に「メタバース」を用いる。

5 小塚荘一郎「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点―現実世界との「抵触法」的アプローチ」情報通信政策研究第6巻1号(2022年8月)「1.2.本稿の対象(「仮想空間」の定義)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000828891.pdf)。

6 総合科学技術・イノベーション会議(内閣府)及び健康・医療戦略推進本部(首相官邸)「ムーンショット型研究開発制度の基本的考え方について」( https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/system.html)。

7 内閣府「ムーンショット目標1 2050 年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」(https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub1.html)。

8 同上。

9 Charlie Bell, The metaverse is coming. Here are the cornerstones for securing it (Mar. 28, 2022), https://blogs.microsoft.com/blog/2022/03/28/the-metaverse-is-coming-here-are-the-cornerstones-for-securing-it/.

10 佐藤一郎「メタバースのシステム構成論」総務省情報通信政策研究所・情報通信法学研究会。AI分科会(2022年6月29日)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000822521.pdf)14頁。

11 Mark A. Lemley & Eugene Volokh, Law, Virtual Reality, and Augmented Reality, 166 U. PA. L. REV. 1051 (2018).

12 Id. at 1068.

13 Id. at 1069.

14 Id.

15 Id.

16 Id.

17 Samuel. D. Warren & Louis. D. Brandeis, The Right to Privacy, 4 HARV.L.REV.193 (1890).

18 William L. Prosser, Privacy, 48 CAL. L. REV. 383 (1960).

19 判例法上のプライバシー権の発展経緯は、拙著『個人情報保護法の理念と現代的課題-プライバシー権の歴史と国際的視点』(勁草書房、2008年)121頁以下。

20 曽我部真裕『反論権と表現の自由』(有斐閣、2013年)201~202頁参照。

21 Prosser, supra note 18, at 398-401.

22 ALAN F. WESTIN, PRIVACY AND FREEDOM (1967).

23 Id. at 7.

24 日本の憲法学におけるプライバシー論議の発展には、ハーバード大学法学部Beneficial Professorのチャールズ・フリード氏の影響も大きい。See Charles Fried, Privacy, 77-3 YALE L. J. 475 (1968).

25 佐藤幸治「プライヴァシーの権利(その公法的側面)の憲法論的考察(一)-比較法的検討-」法学論叢第86巻5号(1970年)1頁以下、同『日本国憲法論』(成文堂、2020年)203頁。

26 憲法学説の整理は、音無知展『プライバシー権の再構成-自己情報コントロール権から適正な自己情報の取扱いを受ける権利へ』(有斐閣、2021年)8頁以下。

27 棟居快行『人権論の新構成』(信山社、1992年)191~192頁。

28 棟居快行『憲法学の可能性』(信山社、2012年)310頁。

29 棟居快行『憲法の原理と解釈』(信山社、2020年)63頁。

30 曽我部・前掲『反論権と表現の自由』201頁以下。

31 同上203頁。

32 モデル小説とプライバシーについては、『宴のあと』事件判決(東京地判昭和39年9月28日下民集第15巻第9号2317頁)ほか。

33 曽我部・前掲『反論権と表現の自由』201頁。

34 同上225頁。

35 同上。

36 中澤佑一「第I章6 アイデンティティ権」『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル』(中央経済社、第4版、2022年)85~87頁。

37 大阪地判平成28年2月8日判例集未登載。

38 インターネット上の掲示板において、他人の顔写真やアカウント名を利用して他人になりすまし、第三者に対する中傷等を行ったことについて、名誉権及び肖像権の侵害が認められた判決として、大阪地判平成29年8月30日判例集未登載。2022年3月及び同年8月には、アバターへの中傷を名誉毀損に該当するとして、発信者情報開示を認める判決が下された(「分身キャラ中傷は人への名誉毀損 Vチューバーの女性の訴え認める」朝日新聞デジタル2022年3月29日、「「アバター中傷は名誉毀損」 Vチューバーの訴え認め情報開示命令」朝日新聞デジタル2022年8月31日)。

39 角田賢太朗ほか「筋肉質アバタを用いたプロテウス効果が重さ知覚に与える影響」第25回日本バーチャルリアリティ学会大会論文集(2020年9月)2A2-2(https://conference.vrsj.org/ac2020/program/doc/2A2-2_PR0025.pdf)、鳴海拓志「ゴーストエンジニアリング: 身体変容による認知拡張の活用に向けて」認知科学第26巻第1号(2019年)14頁以下。

40 VTuberの場合には、「キャラ設定、脚本等を考える人」、「アバターを作る人」、「アバターを(モーションキャプチャー等で)動かす人」、「声をあてる人(但しそのままの声とは限らない)」(それぞれのカテゴリーで複数の人が関与する可能性もある)等の多数の人が関与することがあるため、VTuberAについて誹謗中傷がされた場合において、Aへの関与者が複数人存在する場合に、「誰」に対する誹謗中傷なのかは必ずしも明確ではないとの問題提起がなされている(松尾剛行「ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第40回」(https://keisobiblio.com/2022/01/25/matsuo40/)より)。本稿の想定するアバターは、必ずしもVTuberのような芸能活動を行う者ではないが、有名アバターの場合には、製作や活動に多数の関係者が参加する可能性があり、その場合の権利侵害の相手をいかに特定するかという論点には留意する必要がある。

41 東京地判令和3年4月26日判例集未登載。VTuberと本人の同一性を示す投稿についてプライバシー侵害が争われた東京地判令和3年6月8日判例集未登載も参照。

42 松尾・前掲「ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第40回」。

43 棟居・前掲『憲法の原理と解釈』63~64頁。

44 関与者が多数に及ぶVTuberへの誹謗中傷については、「他の理論で同一性が認められない場合に、関与者全員に対する権利侵害性を否定すると、Vtuberは架空の人物だから誹謗中傷をして構わないということになりかねず、メタバース時代において重要な社会活動の場と目される仮想空間が「自由に誹謗中傷できる空間」となりかねない。その意味では、現行法の下でメタバースにおける活動を守るためには、(他の理論構成で関与者の誰かとの同一性を認められない限り)関与者全員に対する権利侵害性を認めるしかないのではないか」との指摘がある。松尾・前掲「ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第40回」。

45 アメリカでは、違法行為を行う目的で、無権限かつ故意に他者の本人確認手段を譲渡、保有、又は利用した者を処罰する連邦法の規定がある(18 U.S.C.§1028(7)(2022))ほか、ニューヨーク州、テキサス州、オクラホマ州などで刑事罰が定められている。日本では、不正アクセス行為の禁止等に関する法律が適用される。

46 Lemley & Volokh, supra note 11, at 1117.

47 Id.

48 Id. at 1118.

49 Id. at 1118-1119.

50 Id. at 1119.

51 Id.

52 Id. at 1119-1120.

53 Stanley v. Georgia, 394 U.S. 557 (1969).

54 Stanley v. State, 161 S.E.2d 309 (Ga. 1968).

55 Lemley & Volokh, supra note 11, at 1120.

56 Id.

57 Id.

58 Id. at 1121.日本においても同様に、上記の行為を表現の自由の範疇として捉えるべきか否かという点は問題となり得るが、本稿ではこれ以上立ち入らない。

59 Id.

60 Id. at 1122.

61 Id.

62 Id.

63 東京地判平成18年4月21日判例集未登載。

64 曽我部・前掲『反論権と表現の自由』224頁。

65 潮見佳男『不法行為法I』(信山社、第2版、2009年)174頁注188。曽我部・前掲『反論権と表現の自由』227頁が引用。

66 NECソリューションズイノベータ「ディープフェイク」(https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/ss/insider/security-words/33.html)。

67 Daisuke Takimoto「ウクライナ大統領の偽動画は、ディープフェイクが戦争の“武器”となる世界を予見している」(2022年3月19日)WIRED US(https://wired.jp/article/zelensky-deepfake-facebook-twitter-playbook/)。

68 角詠之「「ディープフェイク職人」逮捕 AVの顔すり替えた容疑」朝日新聞デジタル(2020年10月2日)。

69 松尾剛行・山田悠一郎『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(勁草書房、第2版、2019年)96頁以下。同書は、インターネット上の名誉毀損における「社会的評価の低下」を判断することの困難性を指摘しつつ、社会的評価を低下させる程度や判断基準についての分析を行っている。

70 Lemley & Volokh, supra note 11, at 1122.

71 Id. at 1123

72 Id. at 1123.

73 See id. 1123-1124.

74 Id. at 1124.

75 See id. 1124.

76 Id. at 1125.

77 Id.

78 凸版印刷株式会社「凸版印刷、アバターの真正性を証明する管理基盤「AVATECT™」を開発」(2022年2月18日)(https://www.toppan.co.jp/news/2022/02/newsrelease220218_1.html)。

79 「モデル情報(氏名、身体的特徴、元となる顔写真等)」「モデルが当該アバター生成に対して許諾しているか(オプトイン)の情報」「アバター生成者(もしくは生成ソフトウェア、サービス)情報」「アバター生成日時情報」「現在のアバター利用権情報」等。

80 European Commission, Commission Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council Laying Down Harmonised Rules on Artificial Intelligence (Artificial Intelligence Act) and Amending Certain Union Legislative Acts, COM/2021/206 final (Apr. 21, 2021).2022年10月現在、閣僚理事会で第1読会が行われている。

81 新保史生「EUのAI整合規則提案-新たなAI規制戦略の構造・意図とブリュッセル効果の威力」ビジネス法務2021年8月号101頁以下(2021年)、岡田淳ほか「AIに関するEU規則案の概要(上)-日本におけるアプローチとの比較」NBL第1201号52頁以下(2021年9月)、同下NBL第1202号68頁以下(2021年9月)。

82 新保・前掲「EUのAI整合規則提案-新たなAI規制戦略の構造・意図とブリュッセル効果の威力」105頁。

83 小塚・前掲「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点」1B-11~1B-12。

84 本稿の射程範囲外であるが、アバターを知的財産の1つと捉えた場合には、その利用にライセンス制を設ける方法も考えられる。

85 自律型アバターを前提としているが、メタバースにおけるアバターの登録制と法人格否認の法理を主張する論稿がある。

See Cheong, B.C., Avatars in the metaverse: potential legal issues and remedies, INT. CYBERSECUR. L. REV. (2022), https://doi.org/10.1365/s43439-022-00056-9.

 
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